○ 歴史研究家

「どんなものにも『歴史』があるのよ。『ルーツ』と言い換えてもいいわね」と、歴史研究家は右手を腰に当て、左手で眼鏡をクイッとやりながら言った。

「例えば、あの滝はどうやってできたと思う?」

 蓮太郎は少し考えて、「わかりません」と言った。

「いい子ね。『素直さ』は大事よ。『率直さ』と言い換えてもいいわね」と言って、歴史研究家は蓮太郎の頭を撫でた。

「滝は大きく分けて二つの生まれ方があるの。突発的な地質変動によるものと、長年の浸食によるもの。あの滝は後者ね。水流が地層の柔らかい部分を削ることで、固い部分が棚のように残ったのよ。では、何故柔らかい部分と固い部分が重なっていたのか? さらに、何故そこを水が流れていたのか? そういったことにもそれぞれのルーツがあるのよね。ああ、たまらないわ……」と、歴史研究家は恍惚の表情を浮かべた。

 がつん、がつんと、一定のリズムで斧を使う音が響いている。大工は少し離れた場所にいて、歴史研究家が落ちてきたことには気づいていないらしい。

「人間の行動にもルーツがあるのよ。あなたにもね」

「僕は何か行動をしているんでしょうか」

「滝壺で生活をしているわ」

 その通りだ。間違ってはいない。

「教えてちょうだい。あなたは何故ここで暮らしているの?」

 蓮太郎は少し考えて、「わかりません」と言った。

「悪い子ね。嘘つきはドロボーの始まりよ。偽証罪は窃盗罪の始まりと言い換えてもいいわね」

「その言い換えはちょっと変なんじゃ……」

 蓮太郎の言葉を歴史研究家の細い人差指が遮った。

「まぁいいわ。答えを聞いてしまったらつまらないもの。あなたのルーツは私が自力で突き止めてみせるわ」と言って、歴史研究家はウインクをした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る