○ 夜

 墨をスッと流すように、夜がやって来た。

 陽が落ちるのより僅かに先んじて、滝が上の方から「陽の当たっていない色」に変化した。「夜の始まり」が水流と同じ速度で通過した。そしてたちまち夜になった。

 帽子や靴を引っ掛けるのに丁度よさそうな三日月が浮かんでいる。

 三日月の光は弱い。辺りは暗い。昼間とは別世界である。見えない、ということの心細さを蓮太郎は噛み締める。

 旗に触れてみると、完全に乾き切っていた。立派な寝具だ。旗の上に寝そべり、端を持って体を包む。

「んひ」と、ロバが鳴いた。

「おいで」と蓮太郎が言うと、ロバの気配が蓮太郎の近くに寄ってきて止まった。

 彼がロバで良かった。人間の女性でなくて本当に良かった。もし人間の女性だったら、自分が人間の男性であることを苦しみながら一夜を明かすことになっただろう。

 蓮太郎は穏やかな気持ちで瞳を閉じた。

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