Episode 051 「その志があるのなら」

 埃を被っていた心が洗われ、等身大の姿は確かなものとなる。

 けれど、そこへ至るまでに生じた心労は許容量を越えていた。

 昼休みが終わる前に、カウンセラーは内線電話を職員室へ繋げた。由美奈の担任に事情を報告し、五時間目の授業は欠席する旨を伝える。

 みっともない一面を晒した由美奈は遠慮がちに口を開く。


『すいません。手間取らせてしまって』

『謝る必要なんてないわよ? わたしは学校のためじゃなくて、子供を助けるためにいるんだから』

『……本当に、ありがとうございます』

『うん。それでいいの』


 感謝を述べる由美奈。その途端、腹の音が鳴った。緊張が和らいだことで体が現在の状態を思い出したのだろう。


『実はわたしもまだお昼食べてないの。折角だから一緒に食べましょう?』

『そうですね。じゃあ、一緒に』

『ふふ。なんだか二人で午後の授業をサボろうとしてるみたいね』

『早川さんとなら退屈しなさそうです』


 子供と大人は、楽しそうに笑みを交わした。

 各々の弁当をテーブルに広げながら、午後の時間は進んでいく。


『今日は早川さんと話せて良かった』

『そう? 笹原さんの役に立てたなら嬉しいわね』


 早川の真っ直ぐな瞳には邪気がない。

 照れ臭さが勝った由美奈は思わず目を逸らした。


『どうしたの。まだ何か話しておきたいことがあるなら聞くわよ?』

『別に、そういうのじゃないんですけど……。今まで早川さんみたいなタイプの人と出会ったことがなかったから。なんかこう、新鮮で』

『――それよ。そういう感覚を忘れちゃ駄目なの』


 親しみやすく接していた早川が、瞬く間にカウンセラーの顔になる。


『な、何がですか?』

『たった十七年で知り合った人たちと、これから先出会うであろう人たち、どっちの数が多くなるかなんて言わなくても分かるわよね?』

『それは……。まあ、そうかもしれないけど』

『だったら少ない判断材料で納得するのは勿体ないわ。もっと広い世界を見なくちゃ。世の中には色んな人がいる。価値観の違いや性別についての悩みを抱えてる人だって、自分が知らないだけで沢山いるんだから。あなたと同じように、しっかりと理知的にを捉えられる人はいるものよ』


 由美奈は早川から目を逸らさなかった。息遣いに至るまでを真摯に受け止める。

 早川も由美奈から目を逸らさなかった。眼差しが望むものを丁寧に受け答える。


『そういった悩みを持っているのはあなただけじゃない。カウンセラーであるわたしが保証する。笹原さんの考え方を誤解せず認めてくれる人だって、ちゃんといるはずよ』

『…………本当に?』


 ただ茫然と、由美奈は無垢な子供のように尋ねていた。

 諦めようとしたものを手にするための道標が、思わぬ形で示される。


『わたしは様々な人を見てきた。凄く身勝手な人がいれば、馬鹿みたいに優しい人もいる。本当に色んな人がいるの。だからいつか、自分を理解してくれる人と、きっと巡り逢えるわ』


 若く人生の途上にいる由美奈は、期待と不安、半信半疑に揺れていた。

 だから、早川綾乃は一つの提案をする。


『そうねえ。

 じゃあまずは、わたしと友達になってみない?』


 なんでもないような当たり前が、誰かにとっては難しい場合もある。

 由美奈が本音で話せる親友を得られたのは幸運なことだった。

 これ以上ない巡り合わせだと、当時はそう考えていた。




 ――――いくつもの出来事を振り返っては噛み締める。

 数日が経てば暦は六月に変わる。由美奈がカウンセリングルームへ出向くようになってから、半年以上が過ぎようとしていた。早川との関係は代えがたいものとなり、気兼ねなく話すことができる唯一の相手になっていた。

 しかしそれは、正確な表現ではなくなっているのかもしれない。

 今の由美奈にはもう一人だけ、思い当たる人物がいる。無視できない存在がいる。素通りできない価値観がある。他の人間にはなかった期待感がある。

 素直に気持ちを伝えたい、意見や主張を知りたい、そう心から望むことができる。

 早川と槙野、理解に努めてくれる同性の二人と出会えただけで、それだけで充分だと由美奈は考えていた。これ以上のものは、簡単には得られないと思い込んでいた。


 だからこそ――和島の言葉に動揺を隠せなかったのだ。

 何よりも意外なことだったからである。同世代の異性から真っ当な評価を受けること。色眼鏡を通して見られやすい由美奈からすれば、そこには大きな意義がある。

 身勝手な好意でも、逆上による非難でもない。

 拗らせた嫉妬でも、取り入るための甘言でもない。

 それは絶えず求め続けてきたものだった。

 等身大の心と向き合ってもらえたことが由美奈は嬉しかった。ごく普通の一人の人間として受け入れ、価値観を認め、在り方を肯定してもらえたことが心地良かった。

 逃げも隠れもせず文句を交わし続けてきたからこそ、この結果に至ったのだろう。

 早川は最初から言い表していた。二人は似た者同士であると。

 和島も噛み締めるように呟いている。自分も同じようになりたかったと。

 つまり、高校生二人が焦がれていたのは同種のものだったのかもしれない。代え難い絵空事に手を伸ばしていたからこそ、曲がらない姿勢は一人の男子にとっても望ましいものだったのかもしれない。

 その言葉に秘められた真意を、由美奈は想像する。深入りを避けていた領域へ、踏み込みたいと思えるようになる。その感覚が、確かな心の変化であると理解できている。

 気を許せなかった男子の存在が大きくなっていく。

 異性をここまで近しいと思うのは初めてのことだった。


 おもむろに、由美奈はテーブルの上の小銭に触れる。和島が置いていったメニューの代金である。改めて過去を振り返れば、今までに和島以外の男子と二人きりで食事をしたことは一度もなかった。

 同性と価値観が対立し、多くの主張を明言した今日。その日その場に居合わせた異性からの誘い。由美奈には無視することができなかった。厳しく辛辣な意見を語った以上、どのように評されようとも覚悟はできていた。

 けれど、相手が相手である。予想を裏切るような違う結果が待っているかもしれない。その思いが不安を飛び越えてしまったのだ。

 柄にもなく、何かが変わるような、淡い期待をしていた。

 そして、僅かな予感は的中し、特別なものを得ることができた。

 今は誰もいない向かい側の席を眺めながら、弾む気持ちはどこまでも転がった。

 やがて由美奈は違和感に気づく。確認するために伝票の金額と見比べると、遅まきながらに一つの事実が明らかとなる。


「……ふふっ。なるほど、仕返しってわけね」


 由美奈と和島はフレンチトーストを二人で分け合った。であれば支払いも均等に負担するべきだろう。しかし、残されているのはその全額。素直な受け取り方をすれば、奢りということになる。

 それはまるで、とある誰かが行った余計な気遣いのようだ。


「こんなに楽しいのは、いつ以来かしら」


 由美奈は満足そうに笑った。

 取り繕うべき気持ちなどなかったから。


「――随分と機嫌が良さそうね、由美奈?」


 不意に声をかけてきたのは、学校での業務を終わらせてきた早川だ。和島が帰路に着いてから時間を持て余していた由美奈は、この店に寄るようメッセージを送っていたのである。


「とりあえずはお仕事お疲れ様。そっちに座って」


 促され、早川が空いている席に腰を下ろす。間もなく店員を呼びブレンドコーヒーを注文すると、視線はすぐに由美奈のほうへと移された。


「それで? 急に連絡してきたのは会って話がしたかったからなのよね?」

「まあ、そうなるかな」

「別に悩み事があるようには見えないけど。……むしろ、いいことでもあった?」


 短い時間の中で、カウンセラーは柔らかい表情から日頃との差異を探る。

 指摘を受けても由美奈は余裕を崩さなかった。


「やっぱり、そう見えるかしら」

「ええ、とっても。由美奈がこんなに満ち足りた顔をしてるなんて稀じゃない?」

「少し前まで、和島君と一緒にいたの」


 予想外の直接的な自己申告は早川の意表を突いた。


「へえ。それなら、さぞ素敵なお話が聞けそうね」

「そんなに期待されても困るんだけど」

「だって仕方ないじゃない。あの由美奈が男の子について前向きに喋ろうって言うんだもの」

「……確かに。なんだか不思議な気分だわ」

「それにしても、由美奈がここまで素直になるなんて珍しいわね」


 早川が感じたままに感想を述べる。

 当人にもその自覚はあった。清々しい気持ちでいられるようになったきっかけは、人と人との繋がりの中にある。


「誰かさんのお陰よ」


 由美奈は一言と微笑みを返した。該当する人物は複数いたのだが、目の前にいる大人はその真意に気づかない。

 頼んでいたブレンドコーヒーが届けられ、早川は砂糖やミルクを加える。


「その誰かさんとはどんな話したの?」

「今日の昼休みのこととか、私の主張や価値観について、かな」

「なるほど……。思うことがあってもおかしくない議題だったものね」


 反射的にカウンセラーの面持ちが覗いた。


「和島君から誘われた時は少しびっくりしたけど、ちゃんとした有意義なやり取りができたから、無駄にはならなかったわ」

「あら、和島くんのほうからだったんだ。彼も彼で、色々と抱えてるからなあ」


 含みのある言い草に対して、由美奈の心が動く。

 早川は和島との間に深い信頼関係を築いている。

 高校二年生になる前、どのような事件があって二人は出会ったのか。経緯を知らない人間には手出しすることもできない。興味を持ったとしても、本人の同意も得ずに他人から事情を引き出すことは、必ずしも好ましい手段ではないだろう。

 悟られないよう由美奈は平静を保ちながら、続けて内心を語る。


「だからこそ、取り零さずに向かい合えているからこそ、私とも逃げずに関わろうとしてくれたんだと思う」

「そっか。――良かった」


 短く、けれど優しい相槌が打たれる。

 一つの願いが、ようやく叶ったように。

 高校生二人と同じ時間を共有してきた早川は、人一倍に安堵していた。


「綾乃が私と彼を引き合わせた理由、今なら分かる気がする」

「本当に? じゃあこれからは仲良くなれそう?」


 打って変わって、一歩離れていた大人が交友の進展を急かす。

 しかし、由美奈は逆らうように笑って応えた。


「それはやだ」


 思春期の只中ただなかにいる子供が導いた通りに進むとは限らない。

 想定外の答えを受けて、早川は戸惑いを隠せなかった。


「……どうしてそうなるのよ。別に和島くんのこと嫌いってわけでもないんでしょ?」

「仮に嫌っていなかったとしても、それとこれとは話が違うわ」

「なんで? 異性の友人を作る折角のチャンスなんじゃないの? それともまだ何か不満でもあるの?」


 疑問ばかりが浮かぶ親友の前で、由美奈は唯一の解答を示す。


「和島君がね、そのままの私でいいって、認めてくれたの」


 そこに咲くのは宝物を披露するような無邪気な笑顔。


「だから私は変わってなんかやらない。自分を曲げたりしない。ぶつかる時は精一杯ぶつかって、真正面から口喧嘩をするの。そのほうが――きっと楽しいから」


 共通の意志を持つ者同士だと知っているから。

 譲れないものを譲るつもりはないと言う。

 そういった二人の間でしか成立しない関係性が確かに存在するのだ。由美奈の言葉には疑念や不信の紛れ込む余地がない。 

 息を吐きながら、早川は友人のスタンスを受け止める。


「何を言ってもその気持ちは固そうね」

「もちろんよ。私のことを決められるのは私以外にいないもの。他人の感覚とズレていたとして、それが自分を否定する理由にはならないでしょ?」

「考えてみれば当然か。わたしが指図して『こうなるべきだ』なんて訴えても、由美奈は納得しないわよね」

「うん。絶対しない」


 にこりと笑った由美奈が、誇るように自らの方針を述べた。


「私はこの気持ちを大切にしたいの。他人の押し付けや先入観に流されて、本来の形を見失いたくない。いつかこの考え方が変わるとしても、今あるこの感情は私だけのものだから」


 日頃から見られるような男性への警戒心は認められなかった。

 由美奈は初めて、偏見なく異性の隣人を迎えることができたのだ。

 同性に対して気を許した時にも似た、純粋無垢な好意だけが存在している。


「分かったわ。なんにせよ自分で考えて誤魔化さずに向き合うって決意したのなら、わたしはこれからも気長に見守っていこうかしら」


 早川も普段の調子を取り戻すように笑った。


「それって結局、綾乃の立ち位置は今までと変わらないってことよね」

「まあね。カウンセラーとしても、歳上の大人としても、可能性のある子供たちに対して必要以上の口出しをするべきじゃないし。……ただ、一人の友人としては由美奈の心境をもっと詳しく知りたいところだけど?」


 余裕を匂わせつつ、早川は抑えるべき関心を少しだけ遊ばせる。

 一方、思春期を誠実に生きている女子高校生は。


「綾乃が期待するような言葉は出てこないわよ」

「本当に? 勿体ぶってるだけじゃなくて?」

「そもそも私のこれは、具体的に説明するようなものじゃないと思う」

「口頭で表現するのが難しい感覚ってこと?」

「違うわ。言葉にできるかできないか以前に……」


 他でもない笹原由美奈という人間は、自信を持って答えた。


「――今はまだ、この感情に名前なんて必要ないの」


 その結論は既存の語句に頼らないものである。

 言語化してしまえば、誰にでもイメージができる観念に置き換えられてしまうかもしれない。他人の物差しはその正体を見誤るかもしれない。余計なフィルターの数だけ、当事者の認識が歪んでしまうかもしれない。

 だからこそ、由美奈は形を与えないという選択をする。

 自分だけの唯一無二を欠けることなく抱き留められるように。


「いいわねえ、青春してるって感じで。……少し羨ましいくらい」


 寄り添うことに努めているはずの早川は、その眩しさに魅せられていた。

 心中を覗けない由美奈は不思議そうに返す。


「何よ急に。綾乃がそんなことを口にするなんて珍しくない?」


 早川は指摘されて初めて顔色を変えた。束の間の戸惑いと躊躇いをコーヒーで押し流していく。


「時々考えるのよ。学生時代のわたしが二人を見たら、どんな行動をしただろうなって」

「……それはなんと言うか、意外ね」


 豊富な経験を有しているであろう大人が、偽りのない子供の姿に何かを重ねているようだった。

 遠い昔を振り返る者の表情は微かに陰を帯びる。


「高校生の綾乃かあ。どっちにしろ、適当に理由を用意して私たちの仲を取り持とうとしそうだけど」

「どうかしら。あるいは、そうならないかもしれないわ」

「当時は今と全然違う考え方をしてたってこと?」

「高校生とはいえ幼かったから。あの頃はあなたたちみたいに周りがよく見えるタイプでもなかったし。……きっと、当時のわたしだったら色んなものを見落としてしまうんでしょうね」


 あくまでも仮定の話である。タイミングや巡り合わせ、時代や世代の特色は人生の大きな要因と成り得るだろう。コミュニケーションの手段が文通かメールかによって、やり取りの性質は変わる。同じ創作物であっても触れた年齢によって、感じ方に差異が生まれる。

 この場面でしか受け取れないものがあるように、その時期だから拾い損なったものも存在している。


「まあ、由美奈なら心配要らないのかな」

「よく分からないけど、私って不安にさせるようなことしてる?」

「時々ね。でも、これからは大丈夫でしょう。わたし以外にも、ようやく頼れる人ができたんだから」

「そんな大それたものじゃないと思うけどなあ……」


 素直でない由美奈の口から反射的な否定が飛び出す。

 しかして、その先に続く言葉がある。


「だけど強いて言うなら、あの手合いの人間と一緒にいられたら退屈はしないんでしょうね」

「言い切れるんだ?」


 分かり切っていることを、今一度確認するように早川が尋ねる。

 答える口許、その頬が少しだけ緩んだ。


「……うん。私はこれからも、和島君とくだらない口喧嘩をしていたい」


 積み重ねてきた関係性を尊重して、対等な間柄であることを望む。それこそは由美奈が心から求めていたものなのである。

 入店を知らせるベルの音が鳴った。早川は意識を外へ向けるのを見て、由美奈もそれに倣う。太陽はすっかり沈んでいた。時計の針は十七時半を回ろうとしている。

 今日という日は濃密な出来事が重なった。由美奈にとっても、和島にとっても、スルーできることではなかった。そして、二人は向き合うことを選んだ。今までと同じように、自身の気持ちを誤魔化さずにいようとした。

 だから、これからも自分らしく生きられる明日がやって来る。

 早川は願い、和島も認め、由美奈が焦がれていた未来に手を伸ばす。

 次もまた、二人の少年少女は取り留めのない会話を繰り返すのだろう。


「もう帰る時間みたいね。長話はまた今度しましょうか」

「ええ。……綾乃、今日は少しのお喋りのために呼び出して悪かったわ。次回は余裕を持てるように気をつけるから」

「いいのよ、これくらい。わたしだって会いたくてここに来たんだもの」


 急な頼みをした由美奈にとって多少の負い目を感じる部分ではある。

 相手の意に応じた早川は、その優位を均すための問いを投げた。


「申し訳ないって思ってるなら、最後に一つだけ聞かせて?」

「何?」

「彼のこと、気に入った?」


 この場に一人、誰より由美奈の心に近いはずの大人が意地の悪いことを尋ねる。大体の見当はついているのか、楽しそうに様子を窺っている。

 二人が連想していることは少なからず似通っていた。


 ――男の子を否定的に見ていない時点で、由美奈の中ではかなりいい部類じゃない?

 ――きっと気に入るわ。わたしがそうだもの。


 由美奈と和島が初めて出会った際、由美奈と早川は別々の見解を示した。一方は気が合わないと訴え、もう一方は仲良くなれると考えた。

 今現在の心境はどのように移り変わっているだろうか。

 一人の女の子が小さな微笑みを浮かべる。

 その答えは明白だった。

 あるのは、それをどう表現するのかの違いだ。


「私がどう感じていたってすることは変わらないと思うけどね。和島君は自分から友達を作る気がないらしいから、これからも昼休みになれば顔を合わせることになるだろうし。悠香との付き合いが増えても私はカウンセリングルームには足を運ぶつもり。だから、今まで通りよ。今までみたいにお喋りして、怒って、笑って、一緒の時間を過ごすだけ」


 明言を避け、特別なことはないと言い含める由美奈。

 しかし、そこには大きな進展がある。

 感情によって言動が左右されないということは、多少の不快感を覚えたとしても方針は揺らがないということだ。口論が起こり価値観に相違が生じようとも、確立した個性として受け入れ、一人の人間として尊重するつもりだと言外に語っている。

 由美奈は否定的な表現を躊躇わずに用いることが多い。嫌悪の心象があれば隠さず公言することを早川は把握していた。

 前向きな肯定は、好ましい存在であることを認めている証でもある。


「いつの間にか日常になっていたことが、この先も続けばいいなって思ってる」


 そう答えて、由美奈はテーブルの上にある和島が置いていった代金をそっと撫でた。二人の高校生だけが共有する繋がりを確かめるようだった。

 早川は、穏やかな眼差しが追いかけているのは誰かなのかを想像する。


「今日のところは、これで見逃してくれる?」

「充分よ。ご馳走様」

「何かを振る舞った覚えはないんだけどね」

「そんなことないわ。色んなものを、ちゃんと受け取ったつもりよ。そもそも伝えたいことがあったからわたしを呼んだんでしょう」

「はいはい。お会計するんだから早くしてってば」

「ふふっ。分かったから急かさないで」


 各々が荷物を持って席を立つ。

 レジへと歩き出す前に、由美奈は横目に親友を捉えた。

 ぶっきら棒な態度をしながらも、届けるための一言を呟く。


「綾乃には感謝してる」

「……どう致しまして」


 何に関する礼であるのか、早川は問わない。

 由美奈は気恥ずかしさを遠ざけるように、早足で前へと進み始める。

 その手には、余計な気を遣った和島の小銭が握られていた。

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