May : Day 06
Episode 044 「無理解に嘆く」
週末を挟んで訪れた月曜日。
変化が少ないはずの朝は、しかし先週と同じようには始まらなかった。
昇降口付近に不自然な人の流れができている。何かを避けるようにして、生徒たちは黙って各々の下駄箱へと歩いていく。
智史自身も周りに合わせ、我関せずといった態度を貫こうとしていた。
その矢先に、大きな怒鳴り声。
「――舐めた口利いてんじゃないわよ!」
女子生徒の甲高い叫びが響いた。何事かについて怒っているようだ。
反論するのは同じ女子の、打って変わって冷静な口調である。
「そうヒステリックにならないでくださいよ。周りの迷惑になっちゃうじゃないですか」
「あんたが癇に障るようなことを言うのが悪いんでしょ」
「気に入らないことがあるとすぐ怒る。そんなふうだから、彼氏に愛想を尽かされるんですよ」
「新入生の分際で……ッ! もう絶対に許さない――」
端から耳にした限りでは、智史に事細かな事情は分からない。
ただ、それが女子同士の対立であることだけは把握できた。
「痴話喧嘩、じゃないな。この場合はキャットファイトか」
頭に浮かんだことを智史はそのまま呟いた。真実それは他人事でしかないのである。
特別何を思うでもなく、靴を履き替え教室へ向かった。
智史にとっての高校生活は依然平坦なものだ。
仮に予期せぬ事態が起こったとしても、長期に渡って影響することは少ない。関わる範囲が狭ければ狭いほど変化は微々たるもの。藤沢との面識が確立されたからといって劇的な進展はなかった。
顔を合わせれば軽い挨拶程度は交わす。それだけに留まっている。
カウンセリングルームという人数の限られた空間であれば、無視することも難しい。けれど環境が変われば接し方も変わる。藤沢にとって、智史との交流は選択肢の一つでしかない。
そのことを智史も十二分に理解していた。
クラスメイトであること。接点を持っていること。隣の席に座っていること。それらは必ずしも、会話に至る理由にはならない。単純だと思い込むことができない人間ほど、阻む壁を本来より厚く高く感じてしまうようになる。
だから、智史の日常は前回を繰り返すだけのはずだった。
昼休みの一室に三人が集まる。定番の光景である。
慣れてしまえば早い。互いの姿を確認しただけで苦い顔をしていた二人は妥協ができるようになった。噛み合わないものは噛み合わないのだと受け入れることが、不安定だった関係を許容できるものにしている。下手に気を遣う必要がないという共通認識も手伝って、ある種のストレスがない自然体でいられるのだろう。
「――ねえ。聞いてる、由美奈?」
「え、ああごめん。ぼうっとしてた」
「何か悩み事でもあるの?」
「これは、そうなのかなあ……」
上の空だった笹原は気の抜けた言葉を返す。
智史が茶化すように口を開いた。
「どうした、五月病か?」
「んー。違うとは思うけど……遠いような、近いような」
根拠のない指摘はまったくの的外れではないらしい。
早川が提案を述べる。
「一度言葉にしてみたほうがすっきりできるかもよ?」
「……そうね。なら、甘えさせてもらおうかしら」
「ふふ。どうぞ」
満足そうに笑みを作り、早川は聞く体勢を整えた。
気の知れた二人のやり取り――特に他人を頼ることができる素直な姿を前にして、智史の瞳が無意識に揺れる。
笹原は自身の内情を打ち明けることに躊躇いを示さなかった。カウンセラー以外に無関係の第三者もいることを解っていて、なお気持ちを表そうとする。何度も価値観の衝突を繰り返した過去があるからこそ、同席の是非を考慮する必要はなかった。
「悠香と教室で話すようになってから、他のクラスメイトからも声をかけられるようになったの」
「うんうん」
「それが、なんか慣れなくて」
「相性が悪いってこと?」
「と言うより価値観の違いかな。悠香とするのは大半がくだらない世間話だけど、彼女たちが求めてるのは具体的な恋愛話の類いだから」
「趣味が合わないってわけね」
「ええ。だからその事実をはっきりと伝えてもいいんだけど、相手は悠香の友達でもあるから……少し考えちゃって」
事前知識のない状態で他人の関心事に是非を訴えれば、今後の関係に影響するかもしれない。自分の意見と他人の嗜好のどちらを優先するべきか、笹原個人の問題であれば葛藤することもなかっただろう。接点の数が増えれば、その分だけ気を遣う必要性が生まれてくる。
「なるほど。確かに悩みどころね」
共感するように早川も物憂げな表情を見せる。
一方、智史は男性として客観的な感想を呟いた。
「女子って本当に色恋が好きだよな」
「そうなのよねえ。私だって興味自体は持ってるけどさ、それだけで数十分も喋り続けられないし……。同性ながら凄いと思う」
大きく溜め息を吐き出して、笹原はありありと不満を零す。
「何が困るって、私なら色んな恋愛経験をしてるだろうって勘違いされることなのよね。見た目を無視できないとは言え、先入観を払い除けるのは難しいわ」
「まあ、そう思われても仕方ないだろ」
嘆く笹原の仕草を窺いながら、智史は改めて確認した。
性格を知り対応が変わったとしても、容姿に対する評価は依然高いままだった。外見に惑わされないようにするということは、裏を返せば綺麗だと認めている証でもある。
「私ってそんなに経験豊富そうに見える?」
笹原が小首を傾げて智史に問いかけた。
「知るかよ、俺に聞くな」
「……本当に君は、周りと真逆の反応をするなあ」
まるで、そこに価値があると言わんばかりに。
何かを拾い上げるような、感嘆の溜め息。
早川はふとした女子高校生の飾らない横顔を盗み見る。
「クラスメイトが和島くんみたいなタイプだったら、悩まずに済んだかもしれないわね」
「そうね。気兼ねなく文句を叩きつけられるし」
「俺を犠牲にする以外のストレス解消法でお願いします先生」
「相手になってあげて、和島くん」
「消耗品は黙って擦り切れればいいの思うの、ふふ」
「カウンセリングルームという空間で生まれていいような流れじゃなくね?」
早川が微笑み笹原もくすりと笑う。智史も呆れるように苦笑を浮かべた。各々がある程度の領分を知っている。だからこそ何を冗談のように話し、何が相手の根幹に触れる議題であるかを区別できている。
この関係性は、三人がいて初めて築くことのできるものだ。
人と人とが安定して繋がるには相応の時間と交流が必要になる。
――大きな物音が響いたのは不意のことだった。
「失礼します!」
突然、ノックもなくドアが開く。
荒々しい気配に三人は驚き、声がしたほうに目を向ける。
一人の女子生徒が入室してくるところだった。部屋の中の状態を構う気配はない。精神的な余裕を欠いているのか、カウンセラー以外の生徒がいることも考慮せず二言目を告げた。
「早川さんはあたしの話、聞いてくれますよね?」
問いかけには追い詰められているかのような焦りが滲んでいる。
「まあ、それは構わないけど……とりあえず座ったら?
戸惑いつつも早川の取るべき行動に変わりはない。スクールカウンセラーにとっては生徒の言葉が第一なのである。
「綾乃、顔見知りなの?」
「ええ。去年の秋頃まではよくここへ話をしに来てた子よ。あなたたちにとっては一つ上の先輩になるかしら」
笹原の小声に早川が答える。
杉山と呼ばれた女子生徒はソファの傍まで進むと、無言で智史に視線を送った。
智史は早川の正面に座っている。顔を突き合わせて会話をするために、場所を譲れと訴えているのだ。威圧的な態度が明瞭な怒りへ変わる前に対応するのが賢明だろう。
避けるように智史が移動すると、杉山は一言の礼もなく空いたスペースへ腰を下ろした。抑えが効かないのか、逸る気持ちは前のめりになっている。
間髪入れずに話は始まった。
「早川さんも浮気って許せませんよね?」
「……基本は許せないけど、もう少し詳しく聞かないと細かい判断は難しいかな」
「それって、場合によっては認めるってことですか?」
反射的に杉山の怒気が膨れ上がる。
「違うの。そうじゃなくて、今後も関係を続けるのか終わらせるのかは、具体的な状況を教えてもらえないと分からないでしょ?」
踏まえるべき段階を失念している杉山に対し、カウンセラーは沈着に物事を運ぼうとする。湧き上がる感情で手一杯だった姿勢は、深呼吸によって一度トーンダウンした。
「半年前くらいから付き合ってる彼氏がいるんですけど、最近様子がおかしかったから隙きを見てスマホをチェックしたんです。そしたら後輩の女と親しげなやり取りをしてて、何度かデートまでしてるみたいなんですよ」
息継ぎも疎かに文句は次々と並んでいく。
「このことを彼氏に問い詰めても『悪かったから』とか『すまない』の一点張りだし、朝に待ち伏せた浮気相手の女は反省しようとすらしないし。あの生意気な一年、マジで許せない」
隠そうともしない憤りを余所に、智史は直近の出来事を思い出していた。今朝の昇降口前で耳にした口喧嘩。それは女子二人によるものだったのだが、その一方が杉山であるようだ。
「ああムカつく。マネージャーなんだから部活のサポートをするのが本来の務めでしょ、色目使ってないで働きなさいよ。彼氏もどうしてあんなのに騙されるのか、全然分かんない。あたしがいてなんで他の女に目移りしてんの。後輩ってだけでそんなにいいわけ? あたしの何が不満だって言うのよ」
湧き出てくるのは状況説明という名を借りた怒りの羅列だった。誰のためでもない、感じたままを形にしただけの独白に近い。
煮え
「早川さん、どうやったら悪い虫が二度と寄り付かなくなると思いますか?」
子供の包み隠さない物言いに大人は苦笑するばかりだ。
「怒る気持ちも分かるけど、勢いに任せるより冷静になって対処したほうが……」
「うだうだ悩んでても解決しないんですよ。こっちは一歩も譲る気がないんだってことを教えてやらないと、相手が付け上がるだけなんだから」
杉山の根拠は理に適っている部分もある。注意もせず放置したところで自然に問題が解消されるわけもない。早急に芽を摘み取ってしまえば、残る禍根を最小限に抑えられるかもしれないのだから。
客観的な判断が可能ならすぐにでも行動を起こすべきだろう。
けれど、今の杉山は焦りが全面に現れすぎている。
「だったら、少しでも浮気相手のことを教えてもらえないと助言は難しいかな」
早川は勢いに押されるでもなく話を主導する。
「大して知らないですけど、そいつはバスケ部のマネージャーをしてて、素振りだけは取り繕ってる典型的な女子って感じ? 男子部員からの人気がそこそこあるらしいけど、今朝話してみた限り、計算で猫かぶってる小娘ってところじゃないですか? 小さなコミュニティで注目されてるってだけで勘違いできるんだから幸せ者ですよね」
「ははは……」
聞き手に回る早川は苦笑いに終始していた。
「彼氏もバスケ部の部員だから接点があるのは仕方ないんですけど、歳下に釣られる彼氏も彼氏でしょうもないし、何より一年生の分際で上級生を狙ってくるのがホント小賢しいって言うか。確認したスマホのメッセージだってオーバーな反応ばっかで鼻に付くわ、ゴールデンウィークが明けてからは二人で隠れて遊びに行ってるわ、マジでありえない。こんなの野放しにするわけにはいかないんですよ」
「バスケ部のマネージャーで一年生、ゴールデンウィーク頃からの仲、ねえ……」
強く主張する杉山とは対照的に、早川は慎重に情報を整理する。他人事のように耳を傾けていた智史と笹原も、遅れて脳裏に思い当たる記憶が存在することを自覚した。
四月末の連休前、とある女子生徒が相談に訪れた。彼女は入学したての一年生であり、マネージャーとしてバスケ部に所属していると語った。恋愛に関して積極的かつ真剣に臨もうとする姿を、三人は思い出すことができる。
想い人は同じ部にいる歳上の先輩とも話していた。伝聞だけを参考にすれば、杉山と交際している男子生徒こそが意中の相手であった可能性は高い。
そうであるならば、と智史は考える。
朝から言い合いをしていた女子二人の情報が揃う。献身的な後輩と目前にいるような同級生、果たして男性はどちらを好むだろうか。多くを知らない者であっても、見えてくるものはあるとすれば――。
「そんなに取り乱してしまうほど、杉山先輩は彼氏さんのことが好きなんですね」
黙っていた笹原が発言する。
「当然でしょ」
「ならどうして、その彼氏さんは先輩を放ってまで浮気をしたんでしょう」
「……何が言いたいわけ?」
杉山の威嚇するような視線を受けても笹原は狼狽えない。
「誰を責めようと本人の勝手でしょうけど、自分にも悪い部分があったかもしれない、とは考えないんですか?」
「正式に付き合ってるのは他でもないあたしなの。彼氏を横取りするほうが悪いに決まってるでしょ」
怒気を含んだ低い声が威圧する。
人間関係の構図だけを見れば、浮気をするほうが間違っているのだろう。
しかし。
「別に私は浮気を正当化しようだなんて思ってません。……だけど今回の場合、浮気をした相手だけが一方的に悪いとも思えない」
「要するに、あたしにも落ち度があるって言いたいの?」
「はい」
笹原が肯定を口にした瞬間、杉山の苛立ちは矛先を変えた。
「ふざけないでよ。どうしてあたしが責められなくちゃならないわけ? 悪いのはどう考えたって向こうでしょうが」
「そうやって責任を全部他人に押し付けてるから、彼氏に愛想を尽かされるんじゃないですか?」
「あんたに……あんたなんかにあたしの何が分かるって言うのよ!」
ボルテージが一気に跳ね上がる。
杉山が今まで以上の激情を露わにしていた。
「ちょっと、杉山さん落ち着いて」
早川が呼びかけるも反応は返ってこない。もう一度働きかけようとするが、隣に座る笹原がそれを止めてしまう。差し伸ばされた手が口論の中断を拒む。
二人は徹底抗戦に打って出ようとしていた。
「分かりませんよ。他人の私に分かるわけないじゃないですか」
「だったら余計な口挟まないでくれる?」
「理解できないから尋ねているんです。どうして浮気されたと思うんですか。自分には一切原因がないと言い切れるんですか」
「なんなのよあんた、美人だからって何言っても許されるって勘違いしてない?」
「また責任転嫁する」
「こいつ……! 後輩のくせに、あんたもあたしを馬鹿にしてるわけだ」
「はあ。こんな調子じゃ苦労は絶えなかったでしょうね。和島君はどう思う? こういう女と付き合いたいって思える?」
「え? いや、俺は」
「外野は黙ってて」
しどろもどろの智史が答えるより前に、杉山が遮ってしまう。眼中にあるのは笹原一人だけのようだ。
「話を振ったのは笹原だろ。俺に当たるなよ」
「だってさ。あんたも話をするなら相手を選んだらどう? こんな冴えない奴の意見なんて参考にならないでしょ」
杉山は初対面でありながら躊躇いなく他人を批判する。智史への見下すような侮蔑を隠そうともしない。
――だからなのか。
同じように、笹原も杉山に対する敵意を剥き出しにした。
「参考にならない、ねえ……。そうやって選り好みして、自分が認めた意見にしか耳を貸さないから。そういう態度を改めようともしないから、後輩に男を奪われるんですよ」
「…………ッ!」
声ですらない吐息が溢れ、杉山の表情が歪んでいく。
ヒートアップする二人の論議を傍観することしかできない智史は、唯一の大人に視線を送る。けれど、早川は黙って首を横に振るのみだった。下手に割り込むことを避け、事の顛末を見届けようとしているのだろう。
今回の一件について、客観的である第三者は主だった原因を推測することができていた。当の本人はその点を視野に収めようともしていないのだが。
「なんなのよ、あんたは。偉そうに上から目線でべらべらと……。そんなにあたしを笑い者にしたいわけ?」
杉山は、自身が被る悪影響だけは過敏に応じようとする嫌いがある。
否定されることを何よりも恐れているのだ。
自己防衛という大義名分のために、肯定的でない者たちへの敵意を正当化していた。
「単純に感じたことを話しているだけですけど」
「あんたはいいわよね。そんな綺麗な見た目をしてれば味方になってくれる人も多いでしょ? 大勢から認められて、悩み事も少なくて、恋愛に不自由がなくて……さぞ楽しい学校生活なんでしょうね」
無理解を叫んだ人間が偏見を連ねる。
笹原は、周囲への配慮に欠ける自己中心的な思考回路を許さない。
「先輩こそ私のことを大して知りもしないのに、よくもまあそんなふうに言えますね」
「否定できる部分があるって言うの?」
「私に恋愛経験なんてありませんよ」
「は?」
さらりと告げられた事実。異性に対する警戒心が強い笹原にとっては、興味があっても重要度の低い事柄なのである。
智史と早川はこういった感覚を受け止めならが今までを過ごしてきた。
けれど、誰もがそのように向き合えるとは限らない。
「……意味分かんない」
「別に理解して欲しいとは思いませんけど、そんなにおかしいことですか?」
「冗談でしょ? あんただったら彼氏の一人や二人、できないわけないじゃない」
「必要だと思ったことはありません」
「何それ……」
毅然として答える笹原の価値観は、杉山にとって不可解でしかないようだった。
根本的な思考の違いが露呈する。固定観念を突き崩すための言葉は充分に効果を発揮した。
そうして、二人の溝は深まっていく。
「本気で言ってるの?」
「嘘を吐く理由があるとでも?」
初めから笹原は冗談も虚偽も口にしていない。
正気を疑う者と歪曲を嫌う者が数秒見つめ合う。
笹原の言葉が額面通りの意味を持つのだと、杉山はようやく理解するに至った。同時に落胆の声が上がる。
「なんだ。偉そうに指摘しておいて、あんたには語れるだけの体験すらないんだ」
「思い込んでいたのは先輩のほうですよ。私は自分の意見を示しただけです」
返す文句は否定の意味合いを持たなかった。
ただ、それが明らかになったことで杉山の態度は一変する。
「はあ、焦って損した。他人の恋路にとやかく言う暇があったら、自分の心配でもしたらどう?」
「お気遣いどうも」
「彼氏の一人も作ろうとしないで、そんな高校生活楽しいわけ?」
恋愛に関する経験の差を重要視している杉山からすれば、序列は決まったも同然だった。劣勢であったがために、場数の違いを強調しようとしている。
片や笹原には動揺も身を引く素振りもない。対抗心や敵対心を向けられることに慣れているからこそ、平静を保つことができていた。
「私はそこそこ楽しめてますよ。逆に、自分の恋愛ばかりに専念している先輩こそどうなんですか? 彼氏さんとの仲は良好ですか?」
「男と付き合ったこともないあんたに言われる筋合いなんてない」
「盲目的で周りが見えてない先輩よりは、落ち着いた分析ができていると思いますけどね」
「経験がないからそんなことが言えるのよ。人を好きになるって気持ちがどれだけ大きいものなのか、理屈っぽいあんたはまるで解ってない!」
語気を強めた杉山の指摘。
笹原はそれを呑み下すために一呼吸をする。
「……その大きな気持ちとやらが恋人に届いていないんじゃ、意味がないでしょう。もし伝わっていたら、きっと浮気だってしなかったかもしれないのに」
「――――」
「先輩は単純に、自分の話を黙って頷いて、ただただ聞いていてくれる相手が欲しいだけなんじゃないですか?」
客観的な観察眼が抉るように深層心理を暴く。
返す言葉はなかった。杉山は膝の上で拳を握り締め、わなわなと身震いする。
着実に限界が近づいている。
「どうして……どうして誰もあたしを分かってくれないの? なんで彼氏も友達も、あたしの味方になってくれないのよ!」
杉山は勢い任せに立ち上がった。ソファの脚が床と擦れて鈍い音を鳴らす。
同調も、同情さえも認められずに終わる。
思春期の女子は堪えられない。理解されず、一人きりになることを受け入れられない。
擦り切れた心は苛烈に、より内心に迫ったことを口走ってしまう。
叫び声が訴えた。
「あたしは彼に、初めてだってあげたのに――!」
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