Episode 014 「変わらず認められず」
五時間目の授業は実習室へ移動するという話で、準備をするために二人の女子は揃って次の場所へ向かった。残った智史と早川は落ち着いた会話を再開する。
「あの子は裏表もなく、純粋に由美奈と友達になりたかったんでしょうね。ああいう子が周りに集まってくれたら、由美奈もきっと楽になれるんだろうけど」
「まあ悪い奴ではなさそうでしたからね」
「和島くんは由美奈とあの子、友達になれると思う?」
まるで保護者のように、早川は見送った笹原の今後について問いかけた。
「少し押しの強いタイプが相手だと苦労はしそうですけど……まあ最後のを見た感じ、なんだかんだ折り合いをつけていくんじゃないですか? 俺なんかより余程可能性がありますよ」
「もう、そうやってすぐに自分を下げるようなこと言うんだから」
「……先生の考えは、今も変わらないんですね」
「何が?」
智史は正しく理解している。先程の早川の言い分が笹原と槙野だけに限ったものではないことを。大枠ではあったが、それはとある二人の間柄についても含まれていた。
「あいつと会って二週間くらい経ちましたけど、仲が深まりそうな気配なんてしない。その気もないし考え方も変わらないから」
「わたしは今でも信じてるわ」
「良かったですね。友達ができるか心配してたんでしょう? あいつは友達を得られるかもしれませんよ」
分かっていて、智史は話題の主軸を逸らそうとする。
けれど早川を相手に意味はなかった。
「和島くんにもその可能性はある。たとえ毎日憎まれ口を叩き合っていたとしてもね」
「俺は未だに、そうは思えないですけど」
「昼休みには顔を合わせるし話だってしてるのに?」
「同じ空間にいるんだから仕方ないじゃないですか」
「ならそれは和島くんのクラスメイトが相手でも同じことよね。一緒に教室にいるんだから。和島くんは二年生になってからクラスの子と関わっていけてるの?」
智史は黙る。校内で行うことといえば、淡々と授業を受けるか、カウンセリングルームで雑談をするくらいのものだった。それ以外に特筆すべきことがない。
無言と泳ぐ視線がそれを肯定していた。
「はあ、そんなことだろうと思った……。ここで話すことが学校での会話の大半だとしたら、和島くんが生徒の中で一番接しているのは由美奈ってことになるわね」
端的な事実だけを拾い上げたなら、そう捉えることもできる。
しかし二つの場所では環境が大きく違っているのだ。
「先生がいるからですよ。そうでなきゃ俺は……」
「今はそれが理由でもいい。だけどいつか、それだけじゃなくなる日がきっと来る」
「あいつだって、無理だと思ってますよ」
「……それじゃ困るのよ。いつまでもわたしに頼りっきりじゃいられないでしょう?」
早川が目を伏せる。
学生にとっての時間は、決して長いものではないことを大人は知っている。
誰もが先のことを考えていかなければならないのだ。
まだ高校生である智史に、猶予が迫っているという実感はないのだが。
「だとしたって、簡単にいくはずがない」
「そう思い込んでしまうのは、今も自分を責めているから?」
片隅に追いやっていたはずの記憶や感情が、智史の精神を揺さぶる。
「自分に厳しいのは変わらないままなの? 許してあげることはできないの? わたしが初めて会った時から、和島くんはずっと――」
「起きた出来事を変えられない以上、過去はなかったことにできない。それに、忘れちゃいけないんだ。もし簡単に許してしまったら、俺はきっと、今以上に駄目になってしまう」
こればかりは譲れないのだと、声は強く主張した。
一つのことを認めてしまえば戻ることは困難になる。必需品となった携帯端末を手放すことが容易ではなくなってしまうように。
自分の足だけで立ち上がろうと律する心が、智史の今を支えていた。
だからこそ、凝り固まった考え方のせいで、智史の心は閉じている。
「そういうところは、本当に由美奈と真逆なのね」
「前にもそんなこと言ってましたね、確か。刺々しいけど実は優しいとかなんとか」
「あら、よく覚えてたわね。なんだかんだ言いいつつも、もしかして……」
「ないです。他意はないですから。人と話すことが少なくて、特殊な事例として覚えていただけですから」
「その悲しい言い分だけでもどうにかして欲しいな」
笑ってみせる早川。しかしその表情は浮かないものだった。
「由美奈は他人を簡単に許すことができないの。さっきの子みたいに同性であっても例外じゃない。自分の中にあるもの以外を、信用することが難しいから」
「人間不信ってことですか」
「不信って言うよりも、由美奈の場合は……」
早川が口を滑らせようとした時、そこで予鈴が響いた。
顔を見合わせた二人はここまでであることを悟る。
「ごめんね。これ以上話したら、きっと由美奈に怒られちゃう」
「どうせ時間ですし気にはしませんよ。それに深入りするつもりもないですから」
次の授業に遅れないように、智史は立ち上がって鞄を掴む。
今までと同じ素っ気ない態度を受けた早川は、可能性について尋ねた。
「和島くんに対する風当たりの強さがなかったら、少しは由美奈と仲良くなれたかな?」
仮定された一つの未来。
それを、過去に支えられている現在の人間が否定する。
「自分がして欲しくないことは他人に対してもしない主義なので。……それじゃあまた」
智史は廊下へと出ていく。
ドアの開閉音が静まると、早川は振り返るように呟いた。
「本当に変わらないなあ。自分に対して、どこまでも厳しいんだから」
智史についての印象は初めから一貫していた。
変わるのであれば、それは本人が望んで変わろうとしなければ意味がない。早川は常にそう考えてきた。できることが少ないのは最初から予想できることだった。
付かず離れずの高校生二人の現状を心苦しく思いながら、大人は子供の成長を待ち望む。
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