2nd Chapter
April : Day 06
Episode 012 「異性からの意見」
落ちた陽が昇るのは瞬く間のことである。
次の朝は早々に訪れ、カレンダーの日付を更新していく。
学校生活についても同様だった。一度始まってしまえば生徒たちに為す術はない。授業内容は順調に進み、様々な単語や文章がノートを埋めた。
出だしで挫けなければ人の適応は早い。
高校二年生にとっては二度目の四月。慣れてさえしまえば比較的落ち着いた振る舞いができるはずだった。
「……つまり、様子を窺っていたら出番を逃がしてしまったと?」
「そうなんすよ! 去年までは割と目立つグループにいたんですけどね。今のクラスだと、なんかこれまでの空気と違うっつーか。どうもノリが合わないみたいな? だからどうしたもんか悩んでるんですよ」
「はあ」
早口で言葉を連ねたのは二年生の男子生徒である。制服は注意されない程度に着崩され、髪をワックスで整えている。どこか落ち着きのない人物だった。
智史を含む三人が揃って昼食を頂くことは見慣れた風景に変わりつつある。そこへ彼が訪れたのだ。カウンセリングルームへ来た理由は、曰く話したいことがあるからだと言う。
早川に座るよう促された彼は智史の隣に腰を着けた。購買で買ったと思われるメンチカツパンを片手に、新しいクラスでの自身の立ち位置について語り始めた、のだが。
「二年生になっても同じクラスになった奴はいるんですけど、話したこともない奴なんすよね。そいつはいつも大人しめな連中と一緒にいることが多いっぽくて。見るからにオタク感丸出しみたいな? オレじゃ絶対馴染めないと思いません?」
「ああ、うん。……そうかもね」
智史と笹原は時折ふわっとした曖昧な相槌を返している。
相談というよりは雑談の延長といった流れである。当人も堅苦しい雰囲気では話しにくいのだろう。一般にお調子者と呼ばれる人種だということは、彼の言動や態度からも察することができた。
話をしたいという主張に偽りはなく、現状に対する不満が垂れ流される。
「だからって孤立して暗い奴と思われるのはマジで嫌なんですよ。体育とか昼飯の時間に一人余るとか地獄でしょ」
「確かに人によっては嫌なものよね。傍に誰もいないのは」
唯一、カウンセラーである早川だけが彼の話を真面目に聴いていた。
「でも今のクラスに出来上がってる雰囲気を壊してまで目立とうとすると、逆に浮いちゃう的な? それで空気読めない奴として残りの学校生活を過ごすとか、そんなことになったら最悪じゃないですか!」
「まあ、そうね。逆効果な気がするわ。多分」
「笹原さんもそう思いますよね。まあ美人にそんな心配ないんだろうけど。羨ましい限りだなあ……」
「かもね。ええ。多分」
笹原は弁当を食べることを優先していた。返答は上の空もいいところである。
しかし当の男子生徒は笹原が相手をしてくれるだけで充分なようだった。曖昧な相槌を返すばかりで、意識にすら入っていないことを自覚しているのだろうか。
「やっぱ空気に溶け込むって難しいですよね。オレどうしたらいいと思いますか?」
「ん? ああ、ええと、……え?」
聞き手として満足に内容を把握していなかった笹原が、珍しく間の抜けた顔をする。尋ねられた内容は耳を通り抜けていたらしい。
智史は智史で、辛うじて聞き逃さずに済んでいる状態である。
「なんでそんなに目立ちたいのかな?」
早川がそもそもの動機について質問を投げる。
「目立つか目立たないかだったらそりゃ目立ちたいですよ。じゃないとその他大勢の中に埋もれてしまう。女子の目に留まる機会が減ってしまう。モテない。モテたい……」
典型的な思春期男子らしい、単純な欲求に基づく理由だった。
「あー、そういうことなのね」
直球の気持ちを知った早川も半ば呆れているようである。
最初から前向きでない智史と笹原は、その発言で話に付き合う理由を失っていた。
「カウンセラーのお姉さんなら、なんかこう、心理学とかそういうのでグイっと気を引ける方法とかあるんじゃないかと。そう思って来ました!」
「……本題はそこかよ」
智史が隣で呟くも、彼の耳には入らない。
「もちろん笹原さんの意見も大歓迎ですよ? むしろ同世代的には一番気になる、みたいな」
「えっと、私じゃ参考にならないと思うけど?」
「そんな謙遜しなくても。思うことをそのまま言ってくるだけでありがたいんですから!」
「あはは……」
同性からの見解は求めていないのだろう。彼は眼前に並んで座っている女性の、笹原と早川の意見を引き出そうとしていた。男子のことは視界に入っていないようだ。いてもいなくても変わらない智史は食事に勤しむことができる。一人黙々と箸が進む。
早川から質問が飛んだ。
「そうねえ。きみは普段から今みたいに過ごしてるの?」
「一年の時はこんなスタイルでしたね。でも今のクラスじゃこうはいかないんですよ。様子を見ながら待機してるって感じで」
「だったら、そのままでもいいんじゃない?」
相槌に終始していた笹原が意見を述べる。
「と言いますと?」
「騒がしいのが苦手な女子だっているでしょ? 雰囲気の落ち着いた男子ってだけでも、多少は接しやすくなると思うけど」
言葉を耳にしてから意味を噛み砕くまでの数秒、沈黙が続いた。笹原の着眼点は、彼にとって青天の霹靂だったのかもしれない。
突然立ち上がると、目を輝かせながら拳を握りしめた。
「おお! なるほどそういうアプローチがあったとは……。盲点だった。よっしゃ、試しにその路線で行ってみますありがとうございます!」
言うや否や、残っている手許のパンを一気に完食した。
「じゃあオレはこれで!」
希望に溢れた笑顔をしながら、お調子者は颯爽と部屋から飛び出していく。
「なんだったんだ、今の……」
呆気に取られながら智史は呟いた。笹原も大きく溜め息を吐く。
「本当に単純よね。美人が言うならきっと正しいとか、勝手に思い込んで。そう強く否定もしないで。私の言葉にどれだけの価値があるって言うんだか」
調子の良い男子についての不満でありながら、そこには自虐らしき感情も含まれている。
その様子を見て思うことがあったのか、早川の声色は優しかった。
「由美奈は苦手だったわね、ああいう男の子は」
「ええ。……そう考えると、君はまだいいほうなのかもね」
「おい、さっきのと比べるなよ。男子はあんなのばっかりじゃないぞ」
「本当にそうだったら、いいんだけど」
心外だと訴える智史に、笹原は疑念の目を向けていた。
「お前は、ただその場にいるだけで目立ちそうだな」
「そうなのよね。君が一人でいたって誰も何も言わないんでしょうけど。私の場合そうはいかないもの」
「……これってもしかして、愚痴と見せかけた自慢話だったりします?」
「由美奈のこれは、四六時中誰かが近くにいると苦労するって話よ」
早川が補足説明をする。けれど智史に興味はなかった。
「へえ。ふうん。そうですか。ご愁傷様」
「わあ凄い。とても腹が立つわこいつ」
笹原はにっこりと微笑む。
「どうやら褒められてしまったらしい」
「和島くんも案外図太いわね……」
呆れる早川は、けれど感心できる部分があることにも気づいていた。
少し気の落ち込んでいた笹原は、智史とのやり取りで明るさを取り戻している。
コミュニケーションは肯定的な言動だけに限らないのだろう。
反発し合う二人の距離は開いたままで。
だからこそ、無理なく飾ることもなく、自然体で本音が言い合えるのかもしれない。
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