April : Day 05
Episode 011 「気は許さない」
憎まれ口を叩くことは何度もある。
ただ、相手の顔を見て嫌そうな顔をすることは少なくなっていた。
しかし、それだけのことなのである。仲が深まる気配はない。二人が顔を合わせるのは昼休みの数十分のみだった。校内で偶然鉢合わせしたり、登下校が重なることもなかった。
智史と笹原の関係はカウンセリングルームの中で完結している。
動きを生むとすれば早川の言動にあるのだが、二人を引き合わせた当の本人は自然の成り行きに任せているようだった。あくまできっかけを与えただけなのだろう。
クラスメイトでなければ友達と呼べるほど深い繋がりもない。
だとしても、関連性の薄い二人は今日も昼休みをともに過ごしていた。
雑談を好む人間が一人でもいれば、会話は比較的に成り立つものである。
「そういえば昨日、放課後に新一年生の子が相談に来たの。時間が経つのって早いわよね。二人にも後輩ができたのよ? 気持ちとか気構えとか、変わったりする?」
「どうだろう……、今のところ実感はあんまりないかな。一年生と特別接するような機会だってそうは多くないだろうし」
「俺の場合、同級生とも関わる機会なんてないけどな」
「機会があっても君に有効活用なんてできないでしょ?」
「友達と昼休みを過ごせるようになってから言えば?」
「馬鹿ね。今まさに一緒にいるじゃない。綾乃は私の親友なのよ?」
「そうか。先生を数に入れないと、数える指がないわけだ」
「…………」
「…………」
二人は無言で睨み合う。早川はすでにこの展開に慣れてきていた。
「友達かどうかは別としても、同い年の相手とは一緒に過ごしてるよね。二人とも」
「もしかしてソレのことを言ってますか?」
「もしかしてコレのことを言ってるのかしら?」
「……お互いをなんだと思ってるのよ、あなたたちは」
智史も笹原も、気に入らない相手だと思っている。
「引き合わせた日からずっとこんな調子よね、二人とも。根は純粋で真面目なのに」
その発言の中には看過できない言葉が含まれていた。
「実はいい人みたいに言うの、やめてくださいよ。俺は……そんな奴じゃないですって」
わざわざ言葉に変えてまで、智史は評価を買い被りだと指摘する。
「そういうところは由美奈と真逆なのよね。合わせ鏡みたい」
「……どういう意味ですか?」
「由美奈はこう見えても、優しくていい子なのよ」
「ちょっと、綾乃」
笹原の制止に、早川は微笑みを返すだけだった。
智史は懐疑的な眼差しを向ける。
「今のところ、棘しか見えてないんですけど」
「そうなのよね。わたしも残念だわ」
早川がじっと笹原を見つめた。声にせずとも視線は何かを訴えかけていた。
それは一言で切り捨てられる。
「簡単に、男子に気なんて許せないもの」
一切の冗談もない、笹原が抱いている本心なのだろう。
だからこそ、智史も同じように主張することができる。
「――いいよ。許さなくたって」
「え?」
意図を
「好きになれそうにないって、最初会った時に言っただろ?」
初めてそう口にした際、智史はその場から逃げ出そうとした。気まずい空気に堪えることができなかったのである。
しかし、今回のそれは何かが違った。
二人は同じように、互いのことが気に食わない。それは短い時間でも分かることだった。性別や立場。経験と認識。様々な要素が噛み合わず、異なっている。
そうやって理解できないことだけは理解している。
それは、単なる嫌な気持ちとは違っていた。
「へえ……。言ってくれるね」
不満そうに返す声は、どことなく明るい色を帯びている。
意趣返しのつもりなのだろう。笹原は底意地の悪そうな笑みを浮かべて、断言する。
「――じゃあ私も、君のことを好きになんて、なってあげない」
否定的な内容を口にしながら、その様はむしろ青空のように清々しい。
仮にも笹原は美人と評価されるだけの容姿をしている。異性から好意を寄せられ、同姓からも一目を置かれている。そんな女子に自分を否定されれば、純粋な男子ならショックを隠せなかったかもしれない。
けれど。
「そもそも始めから、そんなつもりなかったくせに」
「まあね」
外見に騙されまいとする智史は懐疑的な目で相手を捉えている。他人に気を許すということは、誰に対しても容易にできることではないと考えている。
だからこそ、耳にした言葉を文字通りの意味として受け取った。
それ以上はない。それ以下もない。
智史と笹原にとってはそれがすべてなのだから。
「やっぱりそう。二人って、とても似てるわ」
早川は感慨深そうに頷いた。
「似てないですよ」
「似てないってば」
数少ない理解者の感想を聞くや否や、我先にと否定する声。
それらを同時に聞いて、カウンセラーは笑う。
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