Episode 004 「様々な関わり方」

「お前のこと、好きになれそうにない」



 発した声が静けさを招く。気まずい空気を動かす者はいない。

 はっきりとした否定的な言葉を聞かされて、笹原は瞬きを繰り返していた。まるで珍しいものでも見るかのようだ。

 心情を外に吐き出したことによって智史の頭に余裕が生まれる。それはすぐに居た堪れない気持ちに変わった。実質嫌いだと宣言したようなものなのだ。居心地の良いものではない。

 ソファから腰を上げ、鞄を肩に掛ける。


「……先生。俺、帰ります」


 二人の姿を視界に入れることなく、ドアへと歩いていく。

 智史はそのまま退室するつもりだった。


「待って」


 立ち上がった早川に呼び止められるのと、ドアノブに手が掛かるのは同時だった。

 大きく振り返ることはせず、智史は頭だけを動かす。視線のみを後ろに向ける。


「突然のことで戸惑うのも分かる。すぐには馴染めないことも分かる。でも、見切りを付けるのは少し待って欲しいの」


 早川の声は普段よりも少し強張っていた。


「一人の時間も確かに大切よ。それに、二人が簡単に他人を信じられないことも知ってる」


 笹原の肩が微かに揺れる。

 二人がそれぞれに抱える事情を知る早川は、丁寧に言葉を紡いでいく。


「和島くんも、由美奈も、人間関係で苦労してきた。人の悪い部分を多く見てきてる。そういう経験があるから本当の友達というものを、清く、正しく、損得を挟まない純粋な関係であるべきだと考えてる。理想が高いというより潔癖と表したほうが適切なくらいに。だから他人に対して心を開くことも、受け入れることも難しいって、そう思い込んでる。『友達を作ることが自分には向いていない』っていう先入観があるのよ」


 智史は否定も肯定もせず話を聴いていた。笹原も口を挟まずに耳を傾けている。


「あなたたちが思い描く『友達という関係性の在り方』を否定するつもりはないの。だけど、それだけが唯一の正解ってわけじゃない」


 優しくゆっくりと、聞き逃されないように考えを伝えていく。


「喧嘩友達や悪友だって友達の一種に数えられる。友達という形やその関係性は千差万別よ。人との関わり方に絶対のルールなんてない。だから『自分は一人孤独に生きるしかない』って割り切ることだけは、どうかしないで欲しいの」


 一連の言葉には多くのものが込められていた。

 智史は早川のカウンセラーとしての顔も、友人のように接する時の顔も知っている。そこに嘘偽りがないことも、思い遣りに溢れていることも重々承知している。人柄を知っているからこそ、大きな抵抗もなく主張を受け止めることができる。


 早川の推測に間違いはなかった。生涯を孤独に生きる、と言えるまでの強い気持ちではないが、智史はもう友達ができなくても仕方ないと諦めていた。

 直接口にしたことはなかったが、そんな細かいところまで汲み取ってくれる相手がいる。自分を理解してくれる相手がいる。心配してくれる相手がいる。

 智史にとって、何よりも意味があることだ。

 けれど、凝り固まった価値観を変えていくには時間が足りない。


「早川先生の言葉をすぐ鵜呑みにできるほど、俺はまだ素直になんてなれません。でも、対等に接してくれる先生のことは、できる限り信じたい」


 かけられた言葉、その優しさを無下にしてはいけない。


「色々と考えたいんで、今日はもう帰ります」


 逃げようとして掴んだドアノブを、智史はまたここへ来るために動かした。

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