Episode 003 「二人の相性」
「二人はきっと友達になれる――そう思ったからよ」
「…………」
「…………」
「……?」
「……?」
早川の端的な言葉は、しかし当事者二人の疑問を深めるだけだった。
「説明にしては省きすぎじゃない?」
同意見の指摘を耳にしながら、補足を求めるように智史も早川を窺う。
けれど返ってくるのは、直接の答えではなかった。
「和島くんは
「いや、知らないですけど……。そもそもこの学校の生徒で知ってる名前なんてありません」
智史は躊躇いなく断言する。
「あ、うん、まあ。……そっかー、そうなっちゃうのかー」
尋ねた張本人である早川のほうが気を落としていた。
今日が初対面の笹原も哀れむような目で智史を見ている。
「俺の話はいいんですよ。それで、その笹原さんがどう関係してくるって言うんですか?」
続きを促されると、早川はなぜか楽しそうに告げた。
「由美奈はね、校内一の美人って言われてるのよ」
出来の良い娘を紹介する母のような声色である。当人の笹原はそれをつまらなそうに聞いていた。否定もしなければ肯定もない。
「はあ、左様で」
そのように評価されてもおかしくはないだろう、と智史は素直に思った。同時に、早川を介さなければ関わる機会もないであろう人種だとも。笹原の整った容姿から判断する。
華やかな人間には華やかな人間の、日陰者には日陰者の住まう領分があるのだ。近いのであればともかく、距離が遠ければそれだけ関心を持ちにくくなっていく。隣の県に美人がいたとしても、事実以上の意味を持たないことと同じように。智史の心は特別な動きを見せない。
だが、それでは納得しない者がいた。
不服だと言わんばかりに早川は文句を零す。
「随分と薄い反応ね。男の子だったらもう少し興味を示してもいいんじゃない?」
「嫌ですよ、綺麗だからといってそれを理由にはしゃぐなんて。俺は真面目な顔をしてクラスの女子に順位をつけるような馬鹿な男連中とは一緒になりたくないです」
この場に一人の男の子である智史は、きっぱりと言い切る。
「……へえ」
思うことがあるのか、笹原は意外そうに小さく息を吐いた。
「さり気なく綺麗だって肯定してるところには触れないほうがいいのかしら。ねえ由美奈?」
「どうでもいいんだけど。それより綾乃、いい加減本題に入りなさいよ」
笹原の指摘を受けて早川はおかしそうに笑う。
「どっちが歳上なのか、忘れそうになるわよね」
「自分で言わないでよ、もう」
窘める笹原だが、その表情は柔らかい。
「それで確か、私と彼……和島君? が友達になれる、みたいなことを言ってたわよね?」
確認の言葉に早川はうんうんと笑顔で頷く。
笹原は淡々と答えた。
「頼んでないんだけど」
「俺も無理してまで友達を作りたいと思わないです」
主張が同じである智史も続く。
だというのに早川の顔色は変わらない。
「やっぱり。二人とも意見が合うわね」
「意見と相性は別物じゃないかしら」
「大丈夫よ。二人は似た者同士だから、きっと仲良くなれるわ」
早川はあくまでも前向きに進むと考えている。それに反して、二人の他人に対する警戒心は弱くなかった。否定的な見解は続く。
「友達作りは百歩譲るとしても、なぜ相手が彼女なんですか? 似てるところなんてあるように思えないんですけど。見た目的にも明らかに上位カーストじゃないですか。貴族と平民並みの格差ですよ」
校内一の美人らしい、という話を智史は聞いたばかりなのだ。笹原とお近づきになりたい男子は引く手数多だと予想できる。同性からの人気もあるのではないだろうか。第三者が手を貸さずとも交友関係で苦労するとは考えにくい。
しかし、早川は意外な事実を述べる。
「それはまあ、ええと……ほら、由美奈ってわたし以外友達いないから」
「ちょっと、人を残念な子みたいに言わないでくれない?」
「あら、訂正が必要だった? ごめんなさい」
言葉とは裏腹に、早川は意地の悪い笑みを浮かべていた。
「じゃあ改めて。由美奈は天真爛漫で誰とでもすくに仲良くなれる、ムードメーカーのような存在なの。クラスメイトの誰もが彼女を慕っていて、友人が沢山――」
「私ってなぜか友達がいないの。でも孤高とか一匹狼って素敵な表現よね」
前言は簡単に翻った。
笹原がじっとりと睨む。早川は満足そうに笑った。そこに険悪な雰囲気はない。喧嘩のできる気の知れた仲、と呼べる親しさが二人の間では築かれている。
ただ、それは早川と笹原の間柄に限られたものだ。友達の友達と仲良くできるかどうかには関係しない。
何より智史は聞き流すことができなかった。
瞳の色が険しいものに変わる。
「どうして……そんな見た目をして、友達がいないなんてことになるんだ?」
先入観と第一印象がそうさせるのか。綺麗な外見とギャップのある事実を耳にして、自然と疑問をぶつけていた。その響きは重く冷たいものになる。
「その容姿なら、人と仲良くなれる機会なんていくらでもあったはずなのに。それでも、お前には友達がいないって言うのか?」
羨望や嫉妬、疑念に不満。吐き出された文言には度し難い激情が含まれていた。
比較的に交友を広げやすい要素を持っている笹原は、けれど智史と同じように友達がいないと言う。その事実を安易に受け入れることができなかった。
早川は咄嗟に開きかけた口を、あえて
応えたのは矛先を向けられた笹原だ。
「だとしたら何? 確かに私には同世代で気を許せる友達なんていない。それは事実よ」
咎めるような智史の視線に、笹原は相応の強い眼差しで返す。
「今さっき聞いた限りだと、君だって無理に友達を作るつもりはないんでしょ? それと同じよ。何も違わない。とやかく言われる筋合いはないわ」
「それとも、私に友達がいないことで、困ることが君にあるの?」
至極真っ当な発言によって智史は反論の余地を失う。勢いを損ねたのは笹原の指摘が正しいと理解しているからだ。矛盾があるとすれば
冷静を取り戻すための深呼吸が一つ。
落ち着いた心が導き出した答えは、それでも相手に同調するものではなかった。
搾り出すようにして、智史は心情を訴える。
「……別に、そういうわけじゃない。ただ――納得がいかないだけだ」
今一度、しかと笹原由美奈という人間を観て、確認していく。整った顔の作り、しなやかな肌艶、長く透き通った黒髪。見える部分すべてが平均を越えて優れている。その気になれば多くの人に囲まれ、交友を増やし、恋人にも恵まれる立場にいるはずだ。そうであって然るべきだ。誰かとは違い、望まれる存在であるはずなのだ。
想定を踏まえた上で智史は結論に至る。
笹原という人間の多くを知っているわけではない。根底に巣食う感情が褒められたものでないことも自覚していた。
けれど、見た目が優れているだけで全肯定できるほど、智史の心は広くなかった。
「お前のこと、好きになれそうにない」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます