#5

 「かしこいフレンズ」というお話。


 ジャパリパークでは、サンドスターという不思議な物質が、島の中心にある火山の火口から時々吹き出しては、島中に降り注ぐ。それが、様々な動物や、「動物だったもの」に当たると、ヒトの姿に変化して、フレンズが生まれる。

博士と助手は、しんりんちほーにある図書館に暮らす、アフリカオオコノハズクとワシミミズクの、フレンズだ。2人は、ジャパリパークやフレンズに関する様々なことを、知っている。自分たちが島で一番賢く、物知りだと思っているので、コノハズクは博士、ワシミミズクは助手と名乗り、他のフレンズ達にも、そう呼ばせていた。


 ある日、2人がいつものように本を読んでいると、コツメカワウソが、図書館にやって来た。


「やっほー、博士と助手!」


コツメカワウソは、楽しい事や遊ぶ事が大好きなフレンズだ。彼女は、ここ最近、図書館が気に入っていた。博士と助手が面白い事を沢山知っていて、沢山の面白いものを持っているからだ。

でも、博士と助手は、この頃頻繁に図書館にやってくるカワウソの事を、少し鬱陶しく思っていた。本を読もうとすると、必ず、カワウソの邪魔が入る。


「ねーねー、なんか面白いものない?ジャガーにさ、お土産で持って帰りたいんだけどさ!」

「お前にやるものはないのです。わかったらとっとと帰るのです。我々は忙しいので」


博士は、カワウソには目もくれず、本を読みながら言った。でも、カワウソは帰るそぶりを見せない。


「忙しいって言ったって、いっつも本読んでるだけじゃん!」

「本を読むのに忙しいのです」

「本ってそんなに面白いの?」

「我々のように文字が読める賢いフレンズにとって、これほど面白いものはないのです」

「そうなんだ!じゃあなんか本ちょうだい!」


博士と助手は呆れた。


「お前、文字が読めるとでも言うのですか」

「全然!読めないよ!」

「ならお前にやっても無駄なのです」

「でも面白いんでしょ?そんなに面白いなら読めるようになりたいな!だから『もじ』教えて!」


カワウソは、文字の読み方について教えるように、博士と助手にしつこく迫った。そのせいで、2人は全然、本を読むのに集中できない。とうとう、我慢が出来なくなった2人は、カワウソを黙らせようと、ある物を持ち出した。


「そんなに文字について知りたければ、お前をテストするのです」


博士はカワウソに、いくつかの、様々な形をした、小さな金属製の輪が連なったものを、投げ渡した。カワウソはそれを器用にキャッチすると、不思議そうに見つめた。


「うん?なーに?これ」

「それは『ちえのわ』と言うのです」

「その繋がった輪を、形を変えずにバラバラにできたら、お前は我々と同じく、文字を読むに値する賢いフレンズだと認めてやるのです」

「つまり、できなければお前は一生文字を読めないまま終わる程度のフレンズということです。それがわかったらとっとと諦めて帰るのです」

「面白そー!よーし!」


博士達は、カワウソには知恵の輪が解けるわけがないと思っていた。しかも、この知恵の輪は、図書館にいくつかある知恵の輪の中でも、最も難しいものだ。

実は博士達も、この知恵の輪を解けた事がなかった。でも、これでカワウソを黙らせておけば本を読むのに集中できるし、本を読んでいる最中に諦めて帰って行くだろうと、2人はそう思っていた。

ところが、思いもよらぬことが、目の前で起こった。


「できたー!」


博士と助手は、びっくりした。知恵の輪を渡してからまだ5分も、経っていない。2人は思わず、カワウソの傍にバサバサと音を立てて降り立った。


「な、なんと」

「そんな」


2人は、自分の目が信じられなかった。カワウソの手の上には、さっきまで複雑に絡み合っていたはずの輪が、形を綺麗に保ったまま、バラバラにされて置かれていた。カワウソは、とてつもなく難しいはずの知恵の輪を、あっという間に解いてしまったのだ。


「ねーねー博士!これ面白いね!貰ってもいい?」


カワウソは、ニコニコ笑いながら、博士に訊いた。彼女は、今自分の手元にある知恵の輪が面白くて、本のことなんてすっかり、忘れていた。一方で、博士はすっかり、動揺している。


「か、構いませんが、しかし、お前、これを、短時間で、その、どう」

「貰っていいんだね!わーい!ありがとー!」


博士の質問に答える事なく、カワウソはバラバラにした知恵の輪を、今度は元通りに繋げ直して、図書館から出て行った。


 それからカワウソは、ジャガーに知恵の輪をお土産として渡した。ジャガーは一生懸命知恵の輪を解こうとしたが、解けなかった。


「こうやるんだよ!」


カワウソはそう言うと、いとも簡単に知恵の輪を解いて見せたので、ジャガーは驚いた。それから、ジャガーがじゃんぐるちほーの他のフレンズにこの事を話すと、他のフレンズ達も次々に、知恵の輪を解きにカワウソの元へやってきては、解けずに降参した後、カワウソが解く様子を見て、歓声を上げた。


「カワウソすごいね!私達全然解けなかったのに!」

「どうやって解いてるのか全然わからん……」

「カワウソにこんな特技があったなんて知らなかったなぁ」


こうして、瞬く間に、カワウソと知恵の輪の話は、島中のフレンズ達に広まっていった。それから、他のちほーからも、カワウソの知恵の輪を見物しに来るフレンズが現れ、遂には、PPPぺパブのライブにもゲストとして呼ばれるようになる程の、人気者になった。


 でも、博士と助手は、それが面白くなかった。あの何も考えていないようなカワウソが、いとも簡単に、自分たちが解けなかった知恵の輪を解き、島中のフレンズからの人気を集めるなんて。まるで自分達が彼女より賢くないかのようだと、思ったからだ。2人は、どうにかしてカワウソよりも自分達の方が賢い事を、他のフレンズ達に証明したかった。


 博士と助手は、かばんを図書館に呼び出し、彼女に相談することにした。


「カワウソさんは文字が読めないですけど、博士さん達は文字が読めますよね?それに、博士さん達はいろんな事を知っていますし、それだけでも、おふたりは十分賢いと思いますけど……」


かばんはそう言って2人を励まそうとしたが、2人はまだ、不貞腐れていた。


「ですが、カワウソは文字を読めるほど賢い可能性を秘めているのです」

「このままでは我々のこの島の長としての立場が危うくなるかもしれないのですよ」

「そんな!いくら賢いからって、カワウソが博士達に取って代わろうなんてするわけないよ!」


サーバルが口を挟んだ。


「これは我々のような賢いフレンズの問題なのです。お前は黙ってその辺の蝶かバッタでも追っかけてればいいのです」


博士のその言葉に、サーバルは少し、腹を立てた。


「博士達、ひょっとしてカワウソが解いた『ちえのわ』、解けた事ないんじゃないの?」


サーバルのその言葉に博士達は、ギョッとした。博士は思わず、身体を小さくした。


「な、何を言うのですか。そんな事があるわけではないではありませんか、ま、まったく、我々はか、賢いのですよ?」

「こ、コレだから、お前のような単純なフレンズは困るのですよ、サーバル」


明らかに動揺している2人を見て、これは図星だと、かばんは思った。

かばんは、そんな博士達を気の毒に思い、カワウソが解いた知恵の輪の解き方を、どうにか教えてやれないものかと思った。


「その、良かったら、その『ちえのわ』って言うもの、見せてもらえますか?」

「我々が解けなかった『ちえのわ』はカワウソにやったあれだけなのです」

「見たければカワウソの所に行けばいいのです」

「そんな事言ったってカワウソは今いろんなちほーにPPPと一緒に引っ張りだこだよ?どこにいるかわかんないよ」


その時、騒がしい足音が外から聞こえて来たかと思うと、アライグマが図書館に駆け込んで来た。


「博士!博士達いるか!」


博士と助手は、また面倒な奴が来たと思った。ところが、今の2人にとって更に厄介なフレンズが、アライグマの後ろから現れた。


「やっほー、博士と助手!」


なんと、アライグマと共に、カワウソが現れたのだ。博士と助手は思わず、身構えた。


「何をしに来たのですか」

「アライさんに『もじ』を教えて欲しいのだ!」


アライグマはそう言うと、手に持っていたものを博士達に見せた。なんと、それはカワウソに渡した、あのとてつもなく難しい知恵の輪だった。形を変える事なく、綺麗に、バラバラにされている。博士達は、びっくりした。


「いやー私ったらさ、この『ちえのわ』が面白くって、これ解けたら博士達が『もじ』について教えてくれるって言ってたのすっかり忘れててさ!それで、マーゲイにお休み貰って、ここに来る途中でたまたまアライさんに会ってさ。で、アライさんがやりたいって言うからやらせたら、できちゃったから、一緒に連れて来たんだよね」


カワウソは笑いながらそう言うと、アライグマの手の上の知恵の輪を元通りにした。


「あー!せっかくアライさんが解いたの戻しちゃダメなのだ!ちゃんと博士に見てもらうのだ!」


アライグマはそう言うと、今度はカワウソから知恵の輪を取り上げて、あっという間にバラバラにした。

その時、かばんはある事に気が付いて、本棚から一冊の本を取り出して、ページをめくった。そして、更に何ページかめくって少し目を通した後、本を閉じて、わざとその場の全員に聞こえるように言った。


「アライさんもカワウソさんも、とっても手先が器用なんですね」


その言葉に、博士と助手は、ハッとした。

フレンズは、あらゆる生物や、「生物だったもの」が、サンドスターの力によってヒトの姿になったものだ。カワウソもアライグマも、元々、手先を器用に動かせる動物だ。

でも、博士と助手は、二人共ミミズク、つまり、鳥のフレンズだ。フレンズになる前は、足と、翼と、嘴しかなかった。


「もしかしたら、『ちえのわ』ができる事には、賢いかどうかはあまり……」

「そこまでです、かばん」


続けて何かを言おうとするかばんを、博士が止めた。助手も、頷いている。これ以上言われては、自分達があまりにも情けないと思ったからだ。

それから2人は、カワウソとアライグマの方を見て言った。


「我々、テストすると言っておきながら、ちゃんとお前達がそれを解くところを見ていなかったのです」

「ですので今度は我々の見ている前でそれをやって見せるのです」


カワウソとアライグマは順番に、知恵の輪を解いた。博士達は、それを食い入るように見つめていた。


「合格です」

「簡単な文字くらいは教えてやるのです」


その言葉に、カワウソとアライグマは大喜びだった。かばんは、サーバルを連れてそっと、図書館から出て行った。サーバルは、訳がわからないまま、かばんの後を追った。


「ねぇかばんちゃん。博士達、急に素直になっちゃってどうしたのかな」


サーバルが、かばんに訊いた。


「博士さん達は、この島で一番賢いフレンズでいる事ばっかり考えてて、一番大事な事を見落としてるんじゃないかって思ったんだ。だから、なんとなく教えてあげたんだよ。そしたら、わかってくれたみたい。それに、博士さん達の事だから、きっと『ちえのわ』の解き方も、カワウソさんとアライさんが解いてるのを見たら覚えられるよ」

「へぇ、そうなんだ。あ、ねえねえ、その『大事なこと』って、なんなの?」

「やだなぁ、サーバルちゃん、僕はそれを君から教わったんだよ?」

「ええー?なんだったっけ?かばんちゃんとお話した事多すぎて、どれのことだかわかんないよー!」


 フレンズは、様々な動物や「動物だったもの」が、サンドスターの力によって、ヒトの姿となって、生まれるものだ。だから、色んな姿をしているし、得意な事もみんな、違う。

今、博士達は一生懸命、アライグマとカワウソに文字を教えている。でも、なかなか、上手くいかない。


「違うのです。何度言ったらわかるのですか」

「文字を書くのには順序というものがあるのです。正しい順序を覚えるまでこの紙一面にひたすら書くのです」

「ふぇぇ〜!フェネック〜!博士達が意地悪するのだ〜!」

「アライさーん、今が頑張り時だよー」


アライグマは、書き順を覚えるのに苦労している。時々、博士達の指導に耐えきれなくなっては、付き添いのフェネックに泣きつく。フェネックは、そんなアライグマを面白がって、見守っている。


「あはははは!紙に書くのたーのしー!『もじ』って一杯並んでるとおもしろーい!」


カワウソは、文字の練習をすることよりも、紙に何かを書くことの方にばかり意識がいっている。そして、自分が紙に書いた文字のようなものを見て、ゲラゲラと笑い転げている。その様子を見て、博士と助手は呆れながら、注意をする。


「お前のはまず文字として成立していないのです。きちんと見本通り書くのです」

「まったく、こんな奴らに追い抜かれるとほんの少しでも思っていた我々が本当に馬鹿のようですね、博士」

「まったくですね、助手」


そう呟く博士達の横で、カワウソの付き添いで来たジャガーも、うんうん唸りながら、紙に文字を書いていた。


「『もじ』って難しいんだなぁ。やっぱ博士達って凄いんだね」


ジャガーがそう呟くと、博士達は誇らしげに言う。


「当然です」

「我々は」

「「賢いので」」


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