#4

「もりのかんばん」というお話。


 ジャパリパークには、ヒトがその昔に遺した、たくさんのものが置かれている。図書館に置かれた本や、高山のロープウェイ、それから、アライグマとフェネックが、修理の為にタイヤを探し回っているジャパリバス、そして、彼女たちが乗っている『ばすてきなもの』も、みんな、ヒトが遺したものだ。

同じようにヒトが遺したものとして、パークのあちこちに、道案内や、注意のための看板が、立てられている。でも、今となってはどれもほとんど朽ち果てていて読めない上に、読めたとしても、たったひとりのヒトのフレンズであるかばんや、賢い博士達くらいしか、その意味を理解することは、できなかった。


 ある日のことだ。かばんとサーバルが日の出港で釣りをしていると、アライグマとフェネックが、駆け込んで来た。


「かばんさーん、いてくれてよかったよ」

「こんにちは。どうしたんですか?」

「いやー、アライさんがちょっと転んで怪我しちゃってさー。なんかないかなーと思って」


よく見ると、アライグマの足首には、小さな傷があった。


「うわあ、なんか痛そう。大丈夫?」


サーバルが心配した。


「別にこれくらい大したことないのだ!フェネックもサーバルも大げさなのだ」

「まあ、アライさんの元気ならきっとすぐに治ると思いますけど、念の為に見せてもらっても構いませんか?」


かばんはここ最近、図書館で本を読むことが増えた。その時に、怪我をした時の治療法についてを図書館の本で知り、サーバルが無茶な事をしては怪我をするのを、その度に治療した。それが、いつしか他のフレンズ達に広まり、フレンズ達は怪我をした時には、かばんの所に、訪れるようになった。


かばんはアライグマの足首にできた傷の具合を調べたが、奇妙な事に気が付いた。


「アライさん、確か転んで怪我をしたって、フェネックさんが言ってましたよね?」

「そうなのだ」

「変だな……どうして傷の場所が、膝じゃなくて足首なんだろう。それにこれは、擦り傷じゃなくて切り傷だし……」

「それはアライさんが後ろ向きに転んだからだよ。切り傷なのは、きっと転ぶ時に、足首を何かに引っ掛けたからさ」

「でも、何かに足首を引っ掛けて転んだら、前に倒れませんか?」

「そんなことはどうでもいいのだ!アライさんの傷の具合はどうなのだ!」

「あ、このままでも大丈夫だと思いますけど、万が一の時の為に、ガーゼと包帯、つけておきましょう」


かばんはそう言うと、アライグマの足首の傷に傷薬をつけたガーゼを当てて、上から軽く包帯を巻いて、固定した。


「お大事に」


かばんはそう言って、2人を見送った。


 ところが、しばらくすると、今度はキタキツネとギンギツネが、かばんの元へやって来た。


「お二人とも珍しいですね。どうしたんですか?」

「オオカミの漫画を読ませて貰いにロッジに行こうとしてたの。そしたらキタキツネが転んで怪我しちゃって」


かばんは、びっくりした。キタキツネの足首にも、傷ができている。でもやっぱり、膝には傷一つ、ついていない。


「キタキツネさんも、後ろ向きに転んだんですか?」

「そうだよ」

「足に何かを引っ掛けて?」

「そうなんだけど、変なんだ。他のフレンズが転んだりしないようにって、ギンギツネと探したけど、足下には何もなかったの」


 かばんはキタキツネに、アライグマにした時と同じように手当てをして、送り出した。

それから、かばんはまた、サーバルと2人で釣りを始めた。でも、アライグマとキタキツネの怪我の事が気になって仕方がない。


「かばんちゃんどうしたの?」


サーバルが、考え込んでいる様子のかばんを見て、心配そうに声をかけた。

かばんは、立て続けに2人のフレンズが転んで、それも同じところに怪我をしていたことを、とても変に感じていた。その事を、かばんはサーバルに話した。


「もしかして、誰かがイタズラしてるんじゃない?」


サーバルはそう言ったが、かばんは今一つ、ピンと来ない。


「そんな事するフレンズさん、いるのかな。それに、いたとしても、何の為にそんな事をするんだろう」

「わかんないけど、でも、イタズラしてみんなに怪我をさせる子がいるなら、ダメって教えなきゃ!」


サーバルはそう言って立ち上がったかと思うと、突然何かに頭を後ろから突かれ、転んだ。


「かばん、ついてくるのです。お前の考えを聞きたいのです」


博士と助手が、かばん達の目の前で羽ばたいて浮かんでいた。


「博士さんに助手さん?どうしたんですか、こんな所まで」

「お前のところに、怪我をしたフレンズが来たはずです」

「その事について調査をしているのです」


 かばんとサーバルは、博士と助手に連れられて、ロッジの近くの森にやって来た。


「ここ最近、この辺りで転んで怪我をするフレンズが、何故か急に増えているのです」

「それも皆、身体の同じ場所に怪我をしていたことがわかったのです。我々は賢いので」


フレンズ達が怪我をするという現場に着くと、そこにはタイリクオオカミとアミメキリンがいた。


「やあ、君達も来たんだね」


オオカミが、かばんとサーバルに声をかけた。キリンの方は、何か考えるような素振りをしながら、辺りをうろついていた。


「お前達、我々がかばんを呼びに行っている間に何かわかったのですか」

「辺りを調べてみたけど、特に変わったところはないかな。フレンズの匂いがするくらいだね。と言っても、ここを通るフレンズは近頃沢山いるから、当然だろうけど」


オオカミとキリンも、博士達に頼まれて、今回の事件の調査に呼ばれていた。でも、特にこれといった手掛かりは、見つけられていなかった。

かばんは、アライグマとキタキツネの診察をした時に感じた事を、みんなに話した。


「我々もここで転んだフレンズ達から事情を聞いて一つ気づいたことがあるのです」


博士と助手も、自分の持っている情報について、みんなに話した。

怪我をしたフレンズは、みんな、何らかの理由で急いでいたりして、この森を走って通り抜けようとしていた。そして、そのフレンズは、必ず、誰か他のフレンズと一緒だったということだった。


「博士達が言うことからすると、走って何かに躓いて転ぶのは何も不思議なことじゃない。でも、かばんがキタキツネの話を聞いた感じでは、躓いて転んだところに、躓くようなものがなかった。それが変だと、そう思うんだね?」


オオカミが、博士達とかばんの情報をまとめた。


「はい。凄く変ですけど……」

「いいね、ホラーっぽくなって来た」


オオカミは、自分の漫画のネタが一つ増えたようで、何だか楽しそうだ。


「新種のセルリアンの仕業って事もあるんじゃない?セルリアンの中には高速で移動するものもいるって話が……」

「それなら既に怪我だけでは済んでいないのです、頭を使うのです」


キリンの推理に、博士が厳しく指摘した。


「じゃあやっぱり、誰かがイタズラしてるんだよ」

「そんな、姿も見せないでどうやってやろうって言うの?カメレオンじゃあるまいし」


キリンが、サーバルにからかうように言った。その時、博士達とオオカミが、何かに気付いた様子で顔を上げた。


「……もしかしたら」

「有り得ますね」


博士達とオオカミは、どうやら同じ事を考えているようだった。だが、かばん達はさっぱり、わからない。

博士は、助手に何かを囁いた。すると、助手はすぐに、何処かへ飛び去っていった。

それから、博士はかばん達の方へ向き直った。


「さて、突っ立って考えるのも疲れたのです。気分転換に一つ運動でもするのです」

「いいね、何をしようか」


オオカミは、不敵に笑いながら、サーバルの方を見た。かばんはそれを見て、オオカミが何かを考えているようだと言うことはわかったが、肝心の中身は、わからなかった。


「じゃあ、やっぱり『かりごっこ』でしょ!」


サーバルが、ニコニコしながら言った。博士とオオカミは、計画通りだと思った。


 かばんは狩りごっこがあまり得意ではなかったが、博士達には何か考えがあると信じて、付き合う事にした。まず、ジャンケンで負けたフレンズが、鬼になる。次に、鬼が目を瞑って10秒数えるまでの間に、残りのフレンズ達は一度、何処かへ隠れる。その後で、鬼が探し始め、見つかったフレンズは、捕まらないように、逃げなければならない。


「じゃん、けん、ぽん!」


サーバルが、鬼に決まった。彼女は狩りごっこが大好きだ。特に、捕まえるのは、得意だ。

10秒数えると、サーバルはまず目の前から数えて5本目くらいの木のところへ歩いた。すると、そこにはキリンがいた。キリンは慌てて逃げ始めた。


「どうして!?私の分析では完璧な隠れ方だったのに!」

「あははー!待て待てー!」


サーバルは、数を数えている間も、自慢の大きな耳で、みんなの隠れた場所の方向を全部、捉えていたのだった。一番近くに隠れていたのがキリンだったので、サーバルはまずキリンを捕まえることにした。

姿さえ捉えれば、あとは捕まえるだけだ。サーバルは全速力で、キリンを追い回した。でも、キリンの逃げ足もかなり速く、なかなか捕まえることができない。サーバルは段々、疲れてきた。その時だ。


「きゃっ!?」

「みゃあっ!?」


キリンが突然、後ろ向きに尻餅をついて倒れた。その直後に、サーバルも続けて、全く同じように転んだ。更に、空から大量の白い粉が、2人に降り注いだ。


「うわっ!?」


サーバルとキリンとは、明らかに別の声が、森の中に響き渡った。騒ぎを聞きつけたかばんが、2人の前に駆けつけると、そこにはビックリするような光景が広がっていた。


「なにすんだよ!離せよ!この!」


博士とオオカミが、サーバルとキリンとは別の、大量の白い粉を被った、今まで見た事がないフレンズを2人、捕まえていた。


「こらー!仲間を離しなさい!」


遠くから、また別の声がしたかと思うと、もう一度、大量の白い粉が降り注いだ。


「キリン!そいつを捕まえてくれ!」

「あ、は、はい!容疑者確保ー!」


オオカミに言われるまま、キリンは目の前に現れた、粉まみれのフレンズを捕まえた。

かばんとサーバルは、びっくりした。さっきまで影も形もなかった、3人のそっくりな姿のフレンズが、突然、目の前に現れたのだ。


「ご苦労だったのです、助手」


博士が空に向かってそう言うと、助手が空から、大きな茶色い袋を持って、降りてきた。空から降ってきた白い粉の正体は、小麦粉だったのだ。


「噂には聞いてたけど、まさか本当に会えるなんてね」


オオカミが、嬉しそうに言った。


「オオカミさん、このフレンズさん達の事、知ってるんですか?」


かばんが、オオカミに訊いた。オオカミは自分の知っていることをかばんに話したかったが、まずは、博士達に任せることにした。


「さて、長である我々も噂でしか知らなかったので初めて会いますが、お前達は『カマイタチ』ですね?」

「ああ、そう呼ばれてるよん」


3人組のうちの1人が、そう答えた。


「聞いた事ない動物だよ。ねえねえ、カマイタチってなんなの?」


サーバルが、博士達に訊ねた。


「動物というよりも、ツチノコのような未確認生物に近い存在なのです」

「歩いている時に突然転んで怪我をして、その時に何かに切られたような傷ができる。それが、カマイタチの仕業だと、ヒトが遺した図書館の本には書かれていたのです」

「しかし、本の中には、遭遇したという話はあっても、姿を見たという話がほぼないのです」

「ですから我々も、オオカミが考えるような作り話程度の事だと思っていたのですが」

「被害に遭ったフレンズの状況が、本で読んだ内容に限りなく近いことを思い出したのと、キリンが言った『カメレオン』という言葉で閃いたのですよ、我々は賢いので」


キリンは、突然自分の名前が出てきたので驚いた。オオカミはそれを見てくすくす笑いながら、話をまとめた。


「つまり、一連の事件は、カメレオンのように姿を消すことができるフレンズによるもので、被害に遭ったフレンズの状況と照らし合わせたら、カマイタチの仕業かもしれないって博士達は思ったってことだね」

「そうか、だから小麦粉をかけて姿が見えるようにしたんですね」


かばんが、小麦粉まみれになったサーバルとキリンの顔を拭きながら言った。


「とはいえ、小麦粉は賭けでした。こいつらが姿だけでなく完全に透明になってしまえていたら、森を汚すだけで終わっていたのです」

「私達のこと無視しないでよ!」


助手の言葉にキリンが怒った。


「あの……それで、カマイタチさん達は、どうしてこんなことを?」


かばんが、カマイタチ3人組の方を見て言った。


「そうだよ、森を通るみんなの事転ばせて怪我させるなんて、いけない事だよ!」


サーバルが勢い良く立ち上がって、3人組に詰め寄った。だが、カマイタチの方は、不服そうだ。


「なんだよ、どっちが本当にいけないことしてんのかも知らねえくせにさ」

「ボクらは静かなこの森が好きなんだよん。でも最近、ここを通るフレンズが増えて、静かじゃなくなっちゃったんだ」


2人が、口を尖らせて言った。


「だからと言って、お前達が勝手に決めてやっていいことではないのです」


博士が怒ったように言った。でも、3人組は動じなかった。それどころか、何か、自信がある様子だ。


「いいえ、この森では、静かに過ごすように昔から決まっています。悪いのはそれを知らずに入って、平気でルールを破るあなた達ですよ」


1人が、博士に言い返した。


「そんなルール、見たことも聞いたこともないわ」

「なんだ、近頃のフレンズってのは看板の文字一つも読めねえのか。だらしねえな」


キリンが口を挟んだが、カマイタチのもう1人が馬鹿にするように言い返した。その言葉に、キリンはむっとして食って掛かろうとしたが、かばんの声に遮られた。


「看板があるんですか?」


かばんは、図書館の近くにあるクイズの森で見た看板のことを思い出しながら、3人組に訊いた。


「そうだよん。キミは読めるのかい」

「はい、多分……。でも、そんな物はなかったような気がするんですけど……」

「そんなはずありません。嘘だと思うならついてきてください」


 かばん達は、カマイタチ3人組に連れられて、ロッジの前まで戻ってきた。それから、ゆきやまちほーへ続く森の道の方へ向き直り、辺りを見回した。でも、それらしいものは、見当たらなかった。


「そんなのどこにもないじゃない。嘘ついて逃げるつもりだったの?」


キリンが3人組を睨んで言った。ところが、3人組は目を丸くしていた。


「そんな、確かにここにあったはずなのに……」

「あぁ、容疑者が嘘をついて時間稼ぎをしようとする時のお決まりのセリフね。でもこの名探偵である私の前では無駄よ。さあ白状しなさい、私達はフレンズを無差別に襲って怪我させましたって!」


キリンはいつもの探偵ごっこを始めているが、探偵というよりも、まるで刑事の取り調べのようだ。


「違う!確かにここに看板があったんだ!俺たちは、そこに書いてるルールを守らない奴が近頃あまりに多くて許せなかったから……」


1人が狼狽えた様子で、キリン達に訴えている。かばんとサーバルは、周囲を歩き回って探した。その時だ。


「あれ?かばんちゃん、なんか変なのがあるよ?」


サーバルは、足元に転がっていた木の板を拾い上げた。何かの破片のようだ。かばんが板をひっくり返してみると、微かに、文字が書かれているのが見えた。


「看板だ!カマイタチさん達が言ってたのはこれだったんだ!」


かばんとサーバルは、看板の破片を、3人組と博士達のいるところへ持って行った。

すっかり朽ちて変わり果てた看板を見て、3人組は、がっくりと肩を落とした。これでは例え文字が書いてあって、読めるフレンズがいたとしても、何が書いてあるのかさっぱり、わからない。3人組は、自分たちがまるで、馬鹿みたいに思えた。その様子を見て、かばんは気の毒に思った。彼女達は、ただ、静かな森が好きなだけで、静かにしなければならないという注意を促す看板が、いつの間にか壊れてしまっていたことを、知らなかっただけなのだ。同じように、怪我をしたフレンズ達も、この森のルールや、看板の存在を知らなかっただけだ。

そして、かばんは自分の考えを、みんなに話した。


「新しい看板を作って、ここと、反対側の入口に立てましょう。そうすれば、カマイタチさん達はまた静かな森で暮らせるし、他のフレンズさん達も、何も知らないで森に入ってしまうことも防げるはずです」


 かばんの計画には、みんなが賛成した。博士と助手は、湖畔にいるアメリカビーバーとオグロプレーリードッグに看板の部品を作らせ、受け取った。それに、かばんが文字を書き入れる。そして、その近くに、オオカミが大きく、絵を描いた。森では大声を出さないよう、静かに。それから、走らないように。そして、もし、ルールを守らないフレンズに会ったら、決して怒ったり乱暴にしたりせず、優しく教えてやるように。

やがて、出来上がった2つの大きな看板のうち1つは、ゆきやまちほーへ続く森の道の、ロッジ側の入り口に。もう1つは、ゆきやまちほー側の入り口に、それぞれ、かばん達とカマイタチ3人組が協力して運び、立てられた。


「ありがとうございます、かばんさん。これできっとまた、静かな森で暮らせます」

「けど、お前らがやってた『かりごっこ』っての、アレもなかなか面白そうだったな」

「今度はボクらも混ぜてもらっていい?」


カマイタチ3人組とかばん達は、もうすっかり、仲良しだ。


「いいよ!でも、やるならここじゃなくて、他のところにしないとね!」

「そうだね。でなきゃ、せっかく作った看板の意味がないもんね」


サーバルとかばんがそう言うと、みんなが、笑った。

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