#3

「ハシビロコウのへんしん」というお話。


 ハシビロコウは、へいげんちほーに暮らす、ヘラジカとその仲間のフレンズ達のうちの、一人だ。けど、彼女は自分から誰かに話しかけたり、自分の気持ちを表すのが、苦手だ。話すタイミングをうかがって、つい、ジーッと、相手を見つめてしまう。仲間達は、それが彼女の癖であることを理解してはいたが、時々、彼女を怖いと、感じてしまう事がある。ハシビロコウはどうしても、怒ったような顔をしてしまうからだ。

そのせいか、彼女は、仲間のオオアルマジロとアフリカタテガミヤマアラシ、そしてパンサーカメレオンの3人とは、友達ではあるけれど、どうしても、少し距離を感じてしまう日々を、過ごしていた。ハシビロコウは自分の事で精一杯で気付かなかったが、3人も、彼女と同じことを考えていた。


 ある朝、ハシビロコウは湖畔まで、水を飲みにやって来ていた。湖の水面みなもに映った自分の顔を見て、彼女は深く、溜息をついた。どうして自分は、こんな顔をしているんだろう?こんな顔じゃなければ、もっと気軽に友達と話せるのになぁ……彼女は、そう思った。

すると、突然、穏やかな水面が、バシャバシャと音を立てて大きく、波打った。ハシビロコウは思わず、後ろに飛び退いた。


「あー、ビックリしたっす……ハシビロコウさんだったっすか。珍しいっすね」


アメリカビーバーは、朝の運動の為に、湖を泳いでいるところだった。丁度陸に上がろうとした時、目の前にハシビロコウの顔が見えたので驚いたのだ。


「……こんにちは」


ハシビロコウは、力なく、挨拶をした。


「どうしたっすか?元気ないっすね。……あ、ご、ごめんなさいっす。別に、その、さっきはハシビロコウさんの顔が怖かったとかそういう訳じゃなくてっすね……」

「いいの、気にしないで」


ハシビロコウは、また深く溜息をついて、それから、ビーバーの顔を見た。さっき水面に映った自分の顔とは、大違いだ。優しそうで、そして可愛らしい。すると、ハシビロコウは、ビーバーの姿がどこかいつもと違っている事に気付いた。頭に、小さな花の髪飾りが、ついている。ハシビロコウには、なんだかそれがとても、特別なものに見えた。ハシビロコウは髪飾りをじっと見つめながら、思い切って聞いてみた。


「ねぇ、ビーバー。頭のそれ、なに?」

「え?あ、これっすか?昨日プレーリーさんが作ってくれたんすよ。オレっちとても気に入ってるんすけど、いざ見られるとなんか……その、ちょっと恥ずかしいっすね」


ビーバーは、顔を赤くした。


「おお!ハシビロコウ殿ではありませんか!珍しいでありますな、何をしているのでありますか?」


遠くから、オグロプレーリードッグがやってきて、ハシビロコウに声をかけた。

ハシビロコウは、プレーリーに一つ、お願いをしてみることにした。


「ねえプレーリー、お願いしたい事があるんだけど」


 プレーリーは、ビーバーに作った髪飾りに良く似た花の髪飾りを、ハシビロコウに作った。早速、ハシビロコウは髪飾りをつけて、水面を覗き込んだ。けれど、なんだか、納得がいかない。


「なんか、違う……」


ハシビロコウは、顔をしかめた。


「そうでありますか?とてもよくお似合いだと思うでありますが」

「あ。ハシビロコウさん、ちょっとだけ、失礼するっす」


ビーバーは、ハシビロコウの正面に来て向き合うと、まず、髪飾りを外した。それから、彼女の前髪を後ろの方へ持ち上げて、そして、髪飾りをつけた。


「これでどうっすか?」


ハシビロコウはもう一度、水面を覗き込んだ。するとどうだろう。さっきとは雰囲気がまるで違うフレンズの顔が、そこに映っているではないか。


「これが、私……?」

「おお、ビーバー殿!やるでありますな!」

「なんとなくオレっちとお揃いな感じの髪にしたら、いつもと違う感じになるかなと思ったんすよ」

「なるほど!確かに、こうして見るとハシビロコウ殿、大きくて可愛い目をしているでありますな!」


プレーリーはうきうきしながらそう言うと、水面に映ったハシビロコウの顔と、目の前のハシビロコウの顔を交互に見た。ハシビロコウは、思わず頬を赤らめた。でも、可愛いと言われて、彼女はすごく、嬉しかった。


 それからハシビロコウは、さっきまでの落ち込みがウソのように、上機嫌でへいげんちほーに向かった。なんだか生まれ変わったような気分だし、目に映るもの全てが、新鮮に見えた。彼女は、自分の新しい世界を心行くまで、楽しんでいた。

やがてハシビロコウは、ヘラジカに会った。


「やあやあ、そこを行くフレンズ。ここにいては危険だぞ、もう直ぐ合戦が始まるからな」

「こんにちはヘラジカさん。今日もこれからライオンさん達と勝負ですか」

「うん?私のことを知っているのか?」


ハシビロコウは、何だかヘラジカの様子が変だと思った。


「何言ってるんですかヘラジカさん、私ですよ」

「はて?悪いが私はお前のようなフレンズを見た事がないな」

「え?いや、あの、私ですよ、ハシビロコウですよ」

「ハシビロコウ!そうだった、私はハシビロコウを探していたんだ。ハシビロコウを見たのか?」


ハシビロコウは、訳がわからなかった。ヘラジカは、今までとあまりに印象が違うハシビロコウを見て、今自分の目の前にいるフレンズこそが、今自分が探しているハシビロコウ本人だという事が、全くわからなかったのだ。


「だから、私がそのハシビロコウなんですけど……」

「何?いや、そんなはずはない。私の知っているハシビロコウは、セルリアンすら恐れおののいて逃げ出しそうな鋭い目付きをしているんだ。さては貴様、ハシビロコウのフリをして偵察しに来たライオンの手先だな?ならばここで倒して、正体を暴いてやるぞ!」


そう言うとヘラジカは、ハシビロコウを物凄い勢いで、追い回し始めた。ハシビロコウは、空を飛んで逃げるしかなかった。


 気がつくと、ハシビロコウはライオンの城まで来ていた。これから勝負をすると言うのに、ヘラジカの仲間である自分が、ここにいては少しまずい。そしてハシビロコウは、すぐにまた何処かへ飛ぼうとした、その時だった。


「おい!お前!」


突然背後から現れたオーロックスが、飛び立とうとしたハシビロコウの足を掴んで止めた。ハシビロコウは一生懸命振り解こうとしたが、力自慢のオーロックスはビクともしない。


「へへ、見憶えのある後ろ姿だな?確か、ヘラジカのところの……」


名前を言おうとした所で、オーロックスは、ハシビロコウの顔を見た。


「……あれ?誰だ?お前」


ハシビロコウもオーロックスも、思わず、目を丸くした。オーロックスもまた、ハシビロコウの姿がいつもと違ったせいで、彼女がハシビロコウだとわからなかったのだ。

だが、今度のこれはいいチャンスだと、ハシビロコウは思った。


「わ、私は、通りすがりのフレンズです。何の動物かわからないので、図書館へ行こうと思って」


ハシビロコウは、かばんの事を思い出して、咄嗟にウソをついた。でも、オーロックスはまだ疑わしげに、ハシビロコウの事を見ている。


 それから、ハシビロコウはライオンの所へと、連れて行かれた。自分がハシビロコウだと言っても信じてもらえないし、ハシビロコウではないフリをしても、信じてもらえない。彼女は段々、うんざりしてきた。さっきまでの楽しい気分はもう、何処かへ行っている。

ところが、いざ、ライオンの元へ来ると、びっくりするような事が起きた。


「あれぇ?ハシビロちゃんじゃーん!なになに?イメチェンでもしたの?」


ライオンは、いつもと違う見た目のハシビロコウの事を一目で、見抜いたのだ。オーロックスは、自分の目が信じられなくて、唖然とした。


「わかりますか、私が!」


ハシビロコウは、感激して思わず叫んだ。


「そりゃあわかるよー、ハシビロちゃんみたいな面白い子、そう簡単にわからなくなるわけないってー。で、どうしたの?なんでここにいるわけ?」


 ハシビロコウは、ライオンにこれまでの事を、話した。それを聞いてライオンは、腹を抱えて、大笑いした。


「あははは!いやー、そりゃ災難だったねえ。ヘラジカったら酷いなぁ」


ハシビロコウは、ライオンがくれたジャパリまんを乱暴に頬張りながら、ぷりぷりと怒ってライオンに話した。


「ホントですよ、私のことなんだと思ってるんでしょうか。ちょっと雰囲気が違うだけで、スパイ呼ばわりなんて!」

「あ、じゃあさじゃあさ、いっそのこと本当にスパイになっちゃいなよ!」


ライオンは、自分の計画を説明した。今回の合戦では、ハシビロコウは今の姿のまま、ライオンの陣営に加わり、そのままヘラジカ達を負かしてしまう。そして、その後で、ヘラジカの前で元の姿に戻り、彼女を驚かせてやろうと言うのだ。

ハシビロコウは、とても面白そうな計画だと思った。それに、ヘラジカにはちょっとお灸を、すえたかった。


 合戦の時間が、迫ってきた。ところが、やって来たのは、ヘラジカとシロサイだけだった。

城の前にいたアラビアオリックスは、それを見て驚いた。


「どうしたの?随分少ないみたいだけど……」

「ハシビロコウがいつまで経っても見つからないから、みんなで探していたんですの。そしたら、アルマジロもヤマアラシもカメレオンも見つからなくなってしまって!」


シロサイは、慌てた様子で言った。そして、ヘラジカが真剣な顔で、オリックスに言う。


「今日の合戦は中止だ。すまないが、手を貸してくれないか」


 オリックスはすぐに、ライオンに知らせに行った。


「大将!ヘラジカのところのフレンズ達が3人、行方不明になってるそうです!」


ハシビロコウは、びっくりした。


「えっ、どうして……」

「合戦のメンバー集めのために、みんなであなたを探していたらしいの。探してるうちに、迷子になっちゃったのかもしれないわ」


それを聞いて、ハシビロコウは無我夢中で、城の外へと飛び出した。ヘラジカは、ライオンの城から飛び立つ何かの影を見たが、あまりの速さにそれが何なのかは、わからなかった。


 ハシビロコウは、へいげんちほーの周囲の上空のあちこちを飛び回りながら、必死に、友達を探した。


「空からなら、きっとすぐに見つけられるはず……」


やがてハシビロコウは、森の中を走る3人のフレンズの姿を、発見した。その姿は、間違いなく、アルマジロとヤマアラシにそして、カメレオンだ。ハシビロコウは高度を落として声をかけようとしたが、とんでもないことに気づいた。なんと、何十匹もの小型のセルリアンの大群が、3人を追い掛け回しているではないか。

もっと悪い事に、3人の向かう先は、崖だった。このままでは、逃げ場がなくなってしまう。

セルリアンの大きさは、倒すのは簡単な大きさだ。けれども、数で考えると、3人では厳しい。ハシビロコウは急降下して、3人の前に降り立った。あまりに勢い良く降りたので、ビーバーとプレーリーに貰った花の髪飾りが外れて、どこかへ飛んで行ってしまった。でも、今はそんな事を気にしている場合じゃない。友達を、助けなくちゃいけない。

ハシビロコウは、セルリアンの大群を思いっきり、睨み付けた。セルリアンの動きが、止まった。その一瞬の隙を突いて、ハシビロコウは猛スピードで低空飛行をしながら、ドリルのように回転して、頭からセルリアンの群れに突っ込んで行った。セルリアンはビリヤードの玉のように、次々と弾き飛ばされていく。そのセルリアンの石を、アルマジロとヤマアラシとカメレオンが次々と、叩き割っていく。そして、あっという間に、全部のセルリアンが、消滅した。


 3人は、ハシビロコウを見た。息を切らしながら、鋭い目つきでじーっと、3人を見つめている。3人には彼女が、怒っているように見えた。だが、ハシビロコウは、友達がみんな無事だった事がわかって、心の底から、安心した。そして、大きく深呼吸をすると、笑顔になった。


「よかった、みんな無事で」


その言葉に、3人は一斉に、ハシビロコウに駆け寄った。


「うわーん!ハシビロちゃん!!」

「怖かったですぅ〜!」

「助けて貰ってかたじけないでござるよ〜!」


アルマジロとヤマアラシとカメレオンが、口々に叫んだ。


「私たち、ずっとハシビロちゃんの事探してたんだよ!」

「私たちが時々ハシビロさんの事怖がるせいで、いなくなっちゃったのかと思ってたんですよ!」

「だからうんと遠いところまで探してたでござる!でもそしたら道に迷ってしまって、セルリアンの大群に追われる始末で……」


顔を真っ赤にして泣きじゃくる3人を見て、ハシビロコウは、すごく申し訳ない気持ちになった。


「ごめんね、心配かけちゃって」

「でも、ハシビロちゃんのお陰で助かったよ!セルリアンをギロって怖い顔で睨むハシビロちゃん、すっごくかっこよかった!」


アルマジロのその言葉に、ハシビロコウは慌てて、おでこの辺りをさすった。あまりに夢中だったので気が付かなかったが、ビーバーに上げて貰った前髪は元に戻り、プレーリーに作って貰った髪飾りは、何処かへ消えてしまっていた。ハシビロコウは、また、元の姿に戻ってしまったのだ。


「おーい!お前達ー!」

「大丈夫かーい!」


遠くから、ライオンとヘラジカたちが走って来た。


「おお!ハシビロコウ!今までどこで何をしていたんだ!でも良かった。ライオン達に囚われていたわけではないんだな!」


ヘラジカはようやくいつものハシビロコウに会えて、嬉しそうだ。でも、ライオンは呆れている。


「ヘラジカ〜、私はそんな卑怯な真似はしないよ〜」

「ん、そうか。ん?いや、待てよ、それじゃあ、私が今朝会ったあのフレンズは一体何者なんだ?おいライオン、お前、本当に知らないのか?」

「さぁ、どうだろうね?」

「なんだ?やはり何か隠しているだろう!」

「さぁ、それもどうだろうね?」


ライオンはわざとらしくそう言いながら、ハシビロコウの方を見てウィンクした。ハシビロコウは小さく、ブイサインをした。2人の計画は狂いに狂ったが、考えていた何倍もの成果を、上げたのだ。


 その次の日の朝、ハシビロコウはまた、湖畔にやって来ていた。ビーバーとプレーリーに、会うためだ。


「あれ?ハシビロコウさん、その頭、どうしたっすか?元通りになっちゃってますけど」

「髪飾りもなくなってるでありますよ、どうしたでありますか?」


元の姿に戻ったハシビロコウを見て、ビーバーとプレーリーが不思議そうにしている。


「2人ともごめんね。実はあの髪飾り、なくしちゃって」

「なんと、そうでありますか。でも大丈夫であります!また作るであります!ね、ビーバー殿!」

「そうっすね!」

「ありがとう。でも、もういいんだ」


ハシビロコウはそう言うと、湖の水面に映った自分の顔を見て、にっこりと微笑んだ。自分は、ハシビロコウだからこの顔だ。そして、例えそのせいで初めはうまくいかなかったりすれ違ったりしても、友達同士で勇気を出して本気で思い合えば、もっと仲良くなれると、わかったからだ。

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