#2
「オオカミとつりばし」というお話。
タイリクオオカミは、漫画を描くのが得意で、話好きなフレンズだ。彼女は、友達のアリツカゲラが営むロッジで暮らしている。漫画や物語作りに役立ちそうな物にはなんでも飛びつき、いつも、面白さを追求するための努力を惜しまない。
それが彼女の良いところであると同時に、悪い癖でもあった。彼女は、怖い作り話を考えることと、その話を他のフレンズにして怖がらせることが、大好きなのだ。
「このロッジの裏側にある、森に行く途中の川に、古い吊り橋が架かっているのを知ってるかい?」
オオカミが、バスのタイヤを探しに来ていたアライグマとフェネックに話しかけた。
「あー、その橋なら見たよー」
「バスのまんまるがないかを探しに行こうとしたけど、今すぐにでも崩れそうだったから怖くて渡れなかったのだ」
「渡らなくて正解さ。何しろあの橋は、幽霊に呪われた橋だからね」
アライグマは、ギョッとした。
「の、呪われた橋?って、なんなのだ?」
オオカミは、ここぞとばかりに、語り始めた。
「昔、あの橋を渡ろうとしたフレンズが、ちょうど真ん中あたりで、セルリアンに挟み撃ちにされてそのまま食べられてしまったのさ。それから、フレンズの姿のようなぼんやりとした影が、時々橋の上に現れるようになってね。見間違いだと思って渡り始めると、何故かみんな、途中で橋から落ちそうになるのさ」
「そりゃ、古い橋だから当たり前じゃないのー?」
「ところが、みんな落ちそうになるのは、橋の真ん中辺りなのさ。そう、そのフレンズが、セルリアンに食べられた場所と、全く同じ場所でね……」
勿論、これはオオカミの作り話だ。フェネックはそれをわかっていたが、アライグマの方はすっかり話に夢中になり、怯えてしまった。オオカミはその様子がとても可笑しくて、つい、いつものネタばらしを忘れていた。
その夜、アライグマとフェネックはロッジで過ごすことになったが、アライグマはちっとも寝付けずにいた。あの橋の事が、気になって仕方がない。
「フェネック……アライさんはあの橋に近付いたのだ……きっと呪われてるに違いないのだ……」
「大丈夫だよアライさん、橋の上には何も見えなかったじゃないか」
「見えなかっただけで本当は何かいたかもしれないのだ……怖いのだ、夢にあの橋が出てきそうで……」
オオカミの作り話を本気にしている親友の姿が、フェネックには可笑しく見えた。でも、あまりにも怯えるので、段々、気の毒になってきた。フェネックはアライグマに寄り添って、何とか、彼女を寝かしつけた。
次の日の朝、二人はすっかり寝不足になっていたので、何度も、大きなあくびをした。
朝食のジャパリまんを食べにラウンジに来ると、そこにはキリンがいた。彼女もまた、大きなあくびを繰り返している。
「どーしたの?なんだか疲れてるねえ」
「昨夜は全然眠れなかったのよ。先生から……その、あんな怖い話聞かされたから」
「呪われた橋の話?」
キリンは飛び上がったかと思うと、フェネックに詰め寄った。
「思い出したくないから言わなかったのに!」
「でもアレって作り話でしょ、キリンならわかると思ったけどなあ」
「だって作り話なら、必ず、冗談だよって最後に言うじゃない!」
フェネックは少し、びっくりした。アライグマの反応を見たオオカミが彼女にネタばらしをしなかったのはわざとだと、思っていたからだ。
「おはよう、良い朝だね」
オオカミが、姿を現した。
「先生!昨夜の話って本当なんですか!」
「ん?ああ、あの話か。勿論、いつもの冗談だよ」
「酷い!なんで黙ってたんですか!」
「いや、ごめんごめん。そこにいるアライグマがあまりにも良い顔をしてくれたものだから、楽しくなっちゃってね。良い顔を見るのに夢中で、キリンにも、ついネタばらしをするのを忘れていたよ」
その言葉に、三人は呆れかえった。そして、オオカミを少し懲らしめてやりたいと思い、アリツカゲラに相談に行った。
「全く、オオカミさんったら。あまりお客さんに迷惑をかけないようにして欲しいですね。お手伝いできる事があったら言ってください」
その後、アライグマとフェネックは、かばんにも相談に行った。かばんは少し戸惑ったが、面白そうだとも思った。それから、前から試してみたかった事を実行する良い機会だとも思って、引き受けた。
日が暮れて、夜になった。オオカミは夢中になって、漫画の原稿を描いている。早く、アライグマとキリンが見せた良い顔を描きたくてたまらない。
「オオカミさん、ちょっとお願いしたい事があるんですけどいいですか?」
アリツカゲラが、オオカミに声を掛けた。
「なんだい?」
「ロッジの中をちょっと飾り付けたいと思いまして。お使いに行って欲しいんですよ」
「後でもいいかな、手が離せなくてね」
「そういうわけもいかないんですよ、夜にしかお願いできないことなので」
「うーん、それならまあ、仕方ないか。何をすればいいんだい?」
「夜の間だけ虹色に光る、とっても綺麗なお花を摘んできて欲しいんです」
勿論、アリツカゲラはそんな花を見たことはない。だが、オオカミは興味津々だ。
「へえ、そんな素敵な花があるのか。見てみたいね。それで、何処に行けばいいんだい?」
「裏の古い吊り橋を渡った先の森の奥にある、お花畑です」
オオカミは、びっくりした。
「あ、あの古い吊り橋を私に渡れって言うのかい?危なくて渡れないよ。アリツさんは飛べるんだから、アリツさんが取りに行けばいいじゃないか」
「私はほら、管理人としていつでもお客さんをお迎えできるようにしてなくちゃいけませんから、ね?それにオオカミさんなら大丈夫ですよ、あのとんでもなく大きかったセルリアンに、一撃食らわせるくらいに強いんですから!」
そう言われるとオオカミは渋々、外へ出て行った。一方、アリツカゲラは、作戦がうまく行ったと思った。
オオカミは、例の古い吊り橋の前にやって来た。月明かりに照らされて、その姿が浮かび上がる。橋の形は保っているが、今にも崩れそうなくらい、朽ち果てていて、風が吹くたびにギシギシと、音を立てる。でも、これからこの橋を、渡らなくちゃいけない。そう思うと、オオカミは、自分の作り話の出来事が、なんだか本当に起こりそうな気がしてならない。
「怖がってなんかいないぞ……そう、だってアレは、私の考えた作り話なんだから、ね……」
オオカミは自分にそう言い聞かせると、慎重に足を踏み入れた。さっきよりも大きく、橋が軋む音がした。
次の瞬間、突然、オオカミの背後の木と草むらが、ガサガサと音を立てて揺れ始めた。それから、大量の砂埃が、オオカミの周りを舞った。オオカミは思わず、目を瞑った。
何秒かして、砂埃がおさまり、オオカミは目を開けた。すると、橋の上に、青白い、フレンズの姿の影が、ぼんやりと浮かんでいるのが見えた。その影は、真っ直ぐ、オオカミの方を向いて立っている。
「こっちへおいで」
影が、オオカミに言った。オオカミは、目の前の光景が信じられなかった。自分の作り話に出てくる幽霊が、今まさに、目の前にいる。
「こっちへおいで」
幽霊はもう一度そう言うと、ゆっくりと、オオカミの方へ歩み寄り始めた。
オオカミは驚くあまり、その場から動く事ができない。足がすくんで、動けないのだ。尻尾もいつの間にか、丸まっている。
すると、幽霊が突然立ち止まって、俯いた。そして、次に顔を上げたかと思うと、物凄い勢いで、駆け寄って来た。
「来ないのなら、無理矢理にでも連れて行ってやる!!」
「うわああああああ!!」
オオカミは悲鳴をあげると、その場から全速力で逃げ出した。チーターだって、驚くような速さで。
「ふはははは!やったのだ!大成功なのだ!」
猛スピードで走り去るオオカミの後ろ姿を見て、アライグマが大笑いしている。それから、フェネック、キリン、そしてサーバルも、木陰や草むらから姿を現した。彼女らは、何もかもうまく行って、大喜びだった。
一方、オオカミは無我夢中で走り続け、あっという間にロッジに帰り着いた。そして、一目散に、自分の部屋に駆け込んだ。彼女は荒々しくドアを閉めると、大きく、深呼吸をした。
「逃げられると思ったんですか?」
聞き覚えのある声が、部屋に響いた。しかも、その声はオオカミのすぐ横から聞こえた。オオカミは、恐る恐る横を見た。
「うわああああぁぁぁぁぁーッ!」
ロッジに一際大きな悲鳴が、響き渡った。その悲鳴に呼び寄せられるかのように、アライグマ達がオオカミの部屋に集まった。
ドアを開けると、オオカミがベッドの上で、毛布にすっぽりと隠れて、ガタガタと震えてうずくまっている。キリンもアリツカゲラも、こんなおかしな姿のオオカミを見たのは、初めてだった。
「オオカミさん、そんなに怖がらないでください。僕ですよ、僕」
幽霊が、心配そうにオオカミに声をかけた。
「その声は……かばん?」
オオカミは恐る恐る、布団の中から顔を出して、目の前にいる幽霊を見た。黒い猫のような耳と尻尾が生えた、青白い肌をしたフレンズ。だが、黒く少し縮れた短い髪には、確かに見覚えがあった。オオカミが見た吊り橋の幽霊の正体は、かばんだったのだ。
「怖い思いをさせちゃってごめんなさい。でも、アライさん達がどうしてもって言うから、つい」
「その耳と尻尾はなんなんだい?それに、肌の色も。キミは……ヒトのフレンズだろう?」
「これ、作り物なんですよ、ほら」
かばんは、頭の上の猫の耳と、背中に生えた猫の尻尾を外して見せた。それから、青白い顔を手で拭うと、元通りの肌の色になった。
「で、でも、まさかキミが、本当にあの橋の上に立っていたわけではないだろう?」
「実は、実際に立たなくても立てる方法があったんですよ」
かばんの背後からは、一体のラッキービーストが現れた。そして、かばんの姿を、部屋の中に映し出した。
かばんは、幽霊の格好をした自分の姿をラッキービーストに録画させ、その姿を、橋の上に映していたのだった。オオカミは、前にロッジで起きた幽霊騒ぎのことを思い出した。
「まんまと騙されたってわけか……」
オオカミは、ため息交じりにそう言うと、仰向けになってベッドに倒れこんだ。
「かばんちゃんすごいよね!ホンモノのお化けみたいだったもん!」
「その通りなのだ。アライさんも思わずビビったのだ」
「アライさんはオオカミの話聞いたときからずっとビビりっぱなしだったじゃないか」
フェネックの言葉を聞いて、オオカミは、反省した。
「そうか。私が作り話のことを冗談だと言わなかったから、キミ達はあの夜本気で怖がっていたんだね」
「そうなのだ!お陰で寝不足だったのだ!」
「だからちょっとお仕置きしなきゃと思ったんです!名探偵の名にかけて!」
「というわけです。オオカミさん、あんまり調子に乗っちゃダメですよ」
「ああ、よく覚えておくさ」
「いやー、それにしても、あんなに怖がってるオオカミ、滅多に見られるもんじゃないよねえ。こーゆー時ってなんて言うんだっけ?」
フェネックの言葉に、全員が息を合わせた。
「良い顔頂き!」
みんなが一斉に、オオカミの方を見て言った。オオカミは、苦笑いした。
それからは、オオカミは他のフレンズに怖い作り話をした後で、冗談だと付け加えることを、絶対に忘れないようになった。だって、何よりも仕返しが、怖いもんね。
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