第7話 猫飼ってるだろ? ~小さいおじさんシリーズ3

「猫、飼ってますよね」

黒フチ眼鏡の青年が、おずおずと俺の四畳半の薄暗がりを覗き込んで云った。

「……いや?なんで?」

何で疑われているのかなんて、よく分かっている。彼の視線の先には、最近止むを得ず購入した『猫ちぐら』がある。彼は、違反住民(仮)に多少びびりつつも、問い質そうとする。大家がいずれ大家業を継ぐ息子に度胸をつけさせるために、偶にこういうことをさせているらしいのだ。まだ高校生くらいだろうに。

「その籠っぽいの、知ってますよ。猫の家でしょ」

「あー…これはその…ある人へのプレゼント、というか」

間違ってはいない。

あれを『人』と言い切ってしまって良いのかどうかは疑わしいのだが。



3ヵ月ほど前から、俺の部屋には基本的に3人の『小さいおじさん達』が出現するようになった。



偶にゲスト的に、4人目が出現することがあるのだが、それ以上に増えたことはないし、レギュラー化することもない。いつも出てくるのは俺が『豪勢』『端正』『白頭巾』と一方的に名付けた3人のみだ。

 12月に入り、肌寒くなってきた頃、奴らがこっちをちらちら見ながら

「しかし何だ、ここはとても冷えるものだな。余は足の先が冷たくなってきた」

「エアコンの暖かさというのは、意外と床まで届かないものなのです」

「おお、寒いな。この冷気、体の小さいものには命取りになるやもしれぬ」

などと脅迫まがいなことを呟くので、保温性の高そうな猫ちぐらと猫用ふかふかマットを購入した。ちぐらの中には配線を施し、電気もつくようになっている。奴らは俺のハンカチで入り口に勝手にカーテンまで作ってご満悦だ。

「そ、それだけじゃない!このあいだ親父が集金に来たとき、畳に猫が引っかいたような瑕がついてましたよね!?」

「えーと、あれは知人が暴れて…」

知人というのも嘘ではない。泣く子も黙る関帝様が白頭巾に『ルマンド切れ』と命令されて、ブチ切れて暴れた跡だ。

「この前、家の前を通りかかったら、おっさんの雄叫びっぽいのが聞こえましたよ!?」

「それは…おっさんじゃないかな」

張飛という名の酒乱のおっさんじゃないかな。

「じゃあ、そこの3つの小鉢に取り分けてあるラーメンみたいなのは!?」

「あ」

…奴らが『今日のように冷える日は、温かい麺などが恋しくなりますな』とか、こっちをちらちら見ながら云うので仕方なく取り分けてやったインスタントラーメンが、少し残っていた。おかげで最近、ラーメン一袋では足りない。

「……実は俺はラーメンソムリエで、茹で加減の研究をしているのだ。今のところ、俺的には2分がベスト」

「あぁ分かる分かる、丸ちゃん正麺は3分は茹で過ぎですよね。…じゃなくて!」

不完全なノリ突っ込みみたいな事をした後、大家の息子はちらりと部屋の中に視線を走らせた。

「3匹?3匹も飼ってるんですか!?」

「匹とか云うなよ」

「じゃあ3頭!3頭飼ってるんですね!?」

「誓って云うが、猫じゃない。ほんともう帰ってくれ」

「じゃフェレット!?アライグマ!?ちょっとその籠見せてくだ」

大家の息子の動きが止まった。ついさっきまでの必死さが急に『ふつり』と切れて、口をばかのように開けている。視線の先には…俺の猫ちぐら。

「………げ」



あの空気読まない白頭巾が、ハンカチカーテンを開けて俺達のやりとりを興味深げに眺めているじゃないか!!!



俺と目が合いそうになると、シャッとカーテンを閉めて引っ込んでしまった。

「じゃ、そういうことで」

俺もドアノブに手を掛けて内側に引っ張る。が、眼鏡はドアの隙間に足を挟んで意外な根性を見せやがった。

「ちょっ…あの、今へんなものが見えた気が」

「えーと、何のことかよく分からないんだけど」

目をぱちくりさせて見せてシラを切る。

「えと、あの…小さい、おじさん…?」

――よし、奴もまた、己の視界に入った変なものが現実かどうか確信が持てていない。さあ、今です。

「あれ親戚のおじさん。小さく見えたのは遠近感の問題だ」

「あぁ、そうかそうか、遠近感か、それじゃ仕方ないですね」

眼鏡は頭を掻きながらぺこりと下げて、お騒がせしました、とドアを閉めた。やれやれ……



「……ってそんな遠近感かもしだすような豪邸貸してねぇよ!!!」



――っち、やっぱだめか。

「やっぱりなんか小さいおじさんがいたよな、中に!!」

「――そっか。今年受験だっけ。……ちゃんと寝ろよ♪」

「ちげーよ眼鏡だからって馬鹿にすんな!!いいからあの籠見せろ!!」

ガリ眼鏡の分際で意外と力が強い。ぐいぐい押してくる。

「親父に言うぞ!?強制執行してもらうぞ!?いいんだな!?」

「わ、分かった分かった色々説明する!…ちょっと出ろ」

「何処に!?」

「奴らにとって俺は『居ないこと』になっているんだ」

仕方ないので、眼鏡を近所の喫茶店に連れ出すことにした。





コーヒーを飲みながら、俺はざっくりと今迄の経緯を説明した。眼鏡はちょくちょく妙な顔をしたが、俺の話を最後まで聞いた。否定はしなかった。一瞬とはいえ、奴も白頭巾を目撃しているのだ。

「つまり、あの白い頭巾の人物は…」

「ああ、『あの軍師』だろうな」

眼鏡は目を輝かせた。

「うわぁ、僕ファンなんです!関羽も見たかったなぁ…」

何だこいつ中国古典マニアか。

「そっちは期待すんな、レギュラーじゃないし白頭巾との関係、最悪だからな」

「残念…あ、何か要るものあったら言ってください!僕なら都合がつくから!」

金持ちだもんなお前の実家。あー助かるわボンボンのパトロン。…とはいえ。

「放っておけ。あいつら調子に乗るタイプだぞ」

居候のクセに俺より生活水準が上がるのはなんか納得がいかない。眼鏡は、えーでもー英雄をあんな猫籠に入れとくのはーとか云いながらロイヤルミルクティを啜っている。あれ英雄か。ただの我侭なおっさん達にしか見えないが。

「あの、これからちょくちょくお邪魔していいですか!?」

「ダメと云えば親父権力使うんだろ」

「へへ…」

「さっきも少し話したが、俺達は基本的に『居ない』スタンスだ。話しかけたり、触ったりしたら何か面倒なことが起こるかもしれない。くれぐれも注意しておくが」

「分かってますよ。デリケートな関係性なんですね」

…まぁ、大家の息子が味方についたのはある意味『神風』だ。俺だっていつまでもあそこに住んでいるわけには…



――なんで俺が奴らの心配をしているんだ。



「――僕やっぱり、家継ぎます」

俺の心配を見透かしたように、眼鏡が呟いた。

「親の云うとおり家継ぐのどうかなー、って思って歴史勉強できる大学を受験してて、合格出来たら歴史学者の道もー、とか思うけど、なんかちょっとふわふわしてるかなーっとも思うし」

まじでふわふわしてんなこのゆとり野郎。

「学者しながらでも出来るんじゃないか、大家業」

「どうっすかねー」

「継がなかったとしてもそうだな、この部屋を書庫としてお前が借り上げてくれればいいんじゃないか」

「そうっすねー。あ、これから行ってもいいっすか」

「居なくなってても文句云うなよ」

「そしたら出直します。LINEいれてくださいよ。交換しましょ」

「不安だなぁ…」

白頭巾は既にLINEの使い方を習得しつつある。この間、奴が実家のお袋にLINEでルマンドの追加を勝手に頼んで、ブルボン菓子が大量に届いたことがあった。あいつは幼児以上に厄介だ。そんな話をしたら、眼鏡はげらげら笑っていた。……一つ、分かった事がある。



歴史に名を残す英雄というのは、訳の分からん強運に恵まれているものだ。

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