ホームの古着

 駅の掃除夫がプラットホームで古着を拾った。

 古着は駅員室に届けられ、忘れ物として保存された。

 数日後、また古着がホームで見つかった。新人駅員が見つけたのだ。新人だから彼はまだこの駅に来て間もない。気の弱そうな細面で色白な青年である。

 彼は古着のそのセーターを手に思った。

(忘れ物にしてはわざと置いたように見える)

 決して推理が得意ではないが、不自然さは感じた。

 普通には駅での忘れ物はベンチの上であることが多い。次にあるのは、電車に乗るときに落としてしまった場合。

 しかし、このセーターは、ホームの白線の手前に、きっちりと畳まれた状態で白線と平行になるように置かれていた。そう。忘れたというより置いてあったと考えたほうが自然なのである。

 先日の掃除夫がみつけた古着も、どうやら同じように白線の手前にきっちり置かれていたのではないか。電車が通った風圧で飛ばされていたのではないだろうか。

 そして、この奇妙な忘れ物、いや、『置いていき物』とでもいうべきものは、このあともちょくちょくと、白線の手前で、あるいはそこから飛ばされたのかと思われるところにあった。

 事故につながる危険があるので、わざと置いているのならばやめさせなければならない。


 ある日、その『置いていき物』を置かれる場面を目撃した。

 電車がホームに入るアナウンスのあと、おばあさんが白線の手前に古着のTシャツを置いたのである。

 八十歳くらいの丸っこい背中のおばあさんであった。

「あっ!」

 と思ったときには、おばあさんは電車に乗ってしまった。


 数日後、そのおばあさんが改札を通ったのを新人駅員の彼は見つけた。

 おばあさんのあとを追いかけて、待合室に入ってから声をかけてみた。

「おばあさん。いつもホームに古着を置いてるのはあなたですね?」

 おだやかな口調になるようにこころがけた。

「ああ? はい。そうですよ。わたしがいつも置いてますよ。他の人はぜんぜん置いていかないのがふしぎなんですよ」

「はあ? どうして置いていくんですか?」

「どうしてもなにも、置いていくようにいつも言うてますがな」

「誰がです?」

「駅の放送でですがな」

「は?」

 彼はこのおばあさんはボケているのだろうと思った。

「ああ。汽車が来る」

 おばあさんは待合室を出た。

 ホームでは放送がかかる。

「間もなく電車がホームに入ります。危険ですので白線の内側にお下がりください」

「ほら」

 おばあさんは、言いながら白線の内側に古着を置いた。

「なにがほら、なんですか?」

「おさがりください、言うから」

 おばあさんは電車に乗っていってしまった。

 駅員は首をかしげた。

 数秒考えて、

「ああっ!」

 思わず手をぽんと打った。

 彼の足元、白線の内側に古着がある。


 [白線の内側におさがりください]


 なるほど。おさがりくれたのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

謎の落とし物シリーズ 鐘辺完 @belphe506

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る