謎の落とし物シリーズ

鐘辺完

手落ち

 冬になると道端に手袋が落ちているのをときどきみかける。

 今日も歩いてると落ちてたわけだが、どうも様子がおかしい。

 毛糸で編んだ茶色い手袋なんだが、中身が入っていた。

 拾ってみると、動く。

 びっくりして落とすと、その〈手〉は痛そうにしていた。

 持ち主はさぞや困ってることだろう。


 俺はそんなわけでその手を交番に届けにいくことにした。

 手はときどき、不意にわしゃわしゃ動いてびっくりさせられるが、とりあえず鞄にいれてしまえば気にしなくてよかった。

 口じゃなくてよかったな。うるさくしゃべられたらかなわんもんな。しかも口だけで耳はないから聞く耳もたずしゃべるだろーし。

 そんなこんなで交番にたどりついた。

「はい。なんでしょうか」

 警官が出てきた。

「落とし物を届けにきたんですが」

「何ですか?」

「これなんですけど」

 〈手〉を出してみた。

「手袋ですか」

「中身入りの」

「……中身?」

 警官は〈手〉を受け取ると手袋から中身を取り出した。

 少しふしくれた、男の手だった。

「これはバラバラ殺人かも」

「死んでませんよ」

「ああ、まあ手だけだと殺人だと断定できませんけどね」

「いや、その手が生きてるんですけど」

「まさか」

「いや、ほら」

 俺はその〈手〉をくすぐった。

 動く。

 警官は絶句してあとずさった。壁に背中がくっつく。

「ね?」

「あ、なるほど。確かに生きてます……ねぇ」

「そんなわけで落とし主が見つかったら返しておいてください」

「はあ。はい。……わかりました。一応、書類書きますんで」

 俺は連絡先と名前、それに拾った場所を伝えた。

「はい。ごくろうさま。それではおあずかりします」

「落とし主が表れたらどんな人か教えてください」

「見つかったらご連絡はしますが。これは、落とし主さんが、顔合わせたくないという可能性もあると思いますよ」


 俺は交番をあとにした。

 帰りの道すがら考える。

 落とし主が現れたら、一割くれるんだろうか。

 小指一本とかくれたらどうしよう。

 しかもその小指もわさわさ動くやつで。

 そんなもんいらん。


 ――半年たった。

 俺はもうあの〈手〉のことを忘れかけていた。

 電話がかかった。

 警察からだった。あの〈手〉の持ち主が現れないまま半年たったから引き取りにきてくれという。

 確かに落とし主が半年現れなければもらえることになってるが。

 こんなもんもらってどうするんだ。

 俺は断ったが、警察としてもこんなものをどう処分していいかわからないという。

 警察が処分できないものをただの一市民におしつけようというのか。

 俺は再度きっぱり断った。

 とはいうものの、〈手〉の様子が気になる。

 不思議なもんで半年も気にせずにほっておいたのに、一度気になり始めるとほかのことが手につかなくなるほど気になってしまっていた。

 好奇心に駆られて、とうとう引き取ることをきめてしまった。

 警察にいく。

 交番ではない。警察署だ。

 そこで、書類にサインして、〈手〉を受け取る。

 小鳥をいれるカゴに入ったそれは、一瞬、本当の小鳥のように見えた。

「エサとか何食べます?」

「何も食べません。口もないでしょ」

「散歩とか必要あります?」

「足がないから散歩しません」

「じゃあ、半年、何も食べずに、このカゴの中ですか」

「そうです。なにぶん、どうあつかっていいかわからなかったもので」

「そうですか」

 俺はカゴをさげて帰った。

 さてどうしよう。

 俺はカゴの中の〈手〉をながめる。

 これはひょっとしてこういう生き物なのかもしれない。

 ヒトデみたいな。

 けど、何も食わんしな。

 カゴといっしょに手袋もついていた。拾ったときに〈手〉が入ってたやつだ。

 なにげなく手袋に自分の手を入れてみた。

 するりと入った。そのまま突き抜けてしまうくらいに。

 ――ああなるほど。

 ひとつ理解した。

 手袋に手を入れたとき、手袋ごと手首から先が消えた。

 おれの手もどっかに落ちてるんだろう。

 ……警察に届けにいくか。

 今度は

「手、なくしたんですけど」

って。

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