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三階は、熱帯魚を主としているだけあって、片側の壁一面に水槽が並んでいた。


私が小さい頃夢中になって眺めていたネオンテトラや、熱帯魚ではないけれど、縁日で見掛ける小さくて可愛いものから見たことのない姿のものまで、様々な金魚が入った水槽もある。


その反対側は爬虫類のコーナーになっていて、一階と二階とは全く違った雰囲気の空間になっていた。


「いらっしゃいませ。何かお探しかな?」


奥でしゃがんで作業をしていた男性が、私たちに気付いて立ち上がった。

お店の名前が入ったエプロンに付いている名札を見ると、“九”とだけ書いてある。


「…きゅう?」

「ははっ、よく言われる。これはね、“いちじく”って読むんだ」

「いちじく?…ってもしかして」

「どうも、ここの店長のいちじくです」


声を掛けてきた店員さんは、見た感じ三十代半ばくらいの、まだ若い店長さんだった。


どうやらお店の名前の“いちじく”は、植物から取ったのではなくて、店長さんの名前由来のものらしい。


「あの、でもどう読んだら九でいちじくなんて」

「真実、一文字できゅう、つまり一文字でだからいちじくなんだ」


言われてみれば。なるほど確かに納得した。

日本のとんちの利いたなぞなぞみたいな、遊び心のある苗字だ。


「その制服ははなだ高校のものだよね。もしかしてベタ部の生徒さんかな?」


いきなり、しかも店長さんの口からベタ部の名前が出るとは驚いた。


「ご存知なんですか?」

「まぁ近所だし、私の地元でもあるからね。部活の方はもう随分前、創設するって時に生徒さんがいろいろ話を聞きに来たから、ちょっとだけ手を貸した事があって知っていたんだ」


これは意外な繋がりだ。

でも考えてみれば、本やネットで調べるよりもより詳しくベタの生態が知れるだろう。


「ベタ部の生徒には今もアドバイスされているんですか?」

「アドバイスなんて今は全然。最初の方こそ何かある度に私のところまで聞きに来ていたけど、今は大体の事は自分たちでなんとか出来るようだし、学園祭の時にこちらから少し顔を出しに行くくらいかな」

「九さん」


いつの間にか壁の水槽を見ていた賢琉くんが、ベタの前で足を止める。


「最近、縹高校の生徒がベタを買っては行きませんでしたか?」

「君たちくらいの若いお客さんは珍しいから、もし来ていたら印象に残っているはずだけど…、記憶にないなぁ。それに今月に入ってからベタを買って行ったお客さんはまだいないよ」


記憶に残っていないのは、私服だったからではないのかという考えが頭を過ったが、そもそもベタを買った人がいないのならば、入手経路はこのお店ではなさそうだ。


「そうですか。ありがとうございます」


店長さんにお礼を行って、私たちは階段を降りた。帰りはキャットタワーに寄り道する事なく扉へ向かう。


「真実」

「はい」

「次行くぞ」

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