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* * *


「あの」

「なんだ?」

「話を聞きに行こうとは言いましたけど、今日である必要あるんですか?」

「善は急げと言うだろう。先人たちの教えには学ぶべきものがたくさんある」

「だからって、今何時だと思ってるんですか!

十九時しちじですよ!賢琉くん、夕飯時に突然訪問される側の迷惑とか考えた事ありますか?」


ペットショップ・いちじくを後にした私たちは現在、似たような造りの建物が並ぶ住宅街を歩いていた。

次の行動が決まったとは言え、今日はもう帰るつもりでいたのに、賢琉くんが「このまま話を聞きに行く」と言うので付いて行くことにしたのだ。


「別に真実まで来ることはなかったのに」

「賢琉くん一人で行かせるのが不安だったんですよ。と言うかどこまで行くんですか」

「もう着いたぞ。徒歩二十分か。学校からも同じくらいだろう。まあまあ近い」


賢琉くんが足を止めた先を目で追うと、大理石だろうか。白地に黒い毛筆の文字で“加濃”と書かれた表札があった。


「加濃って」

「先程会った加濃永斗の家だ」


その言葉と共にインターホンに伸ばした手を、慌てて腕ごと掴んで自分の方へ引き寄せる。


「ちょっと、いきなり何してるんですか!」

「何って、インターホンを鳴らそうとしているんだが」

「それは見てわかります。私が聞きたいのは、どういうつもりかって事です」

「こういうつもりさ」


賢琉くんは、掴んでいた私の手からするりと腕を引き抜くと、その指先で今度こそインターホンを押した。

間もなくして、女の人の声が聞こえてくる。


「…はい。加濃ですが、何か御用でしょうか?」

「遅くにすみません。僕は縹高校一年の澄岸賢琉と申します。ベタ部の部長から伝言を預かってきたので、加濃くんをお願い出来ますか?」

「あら、永斗えいとのお友達?今開けるから少し待っててね」


声が途切れると、間もなく玄関の方へ移動する気配がある。


「賢琉くん、私たち伝言なんて預かってました?」

「何か明確に用事がある方が会ってくれやすいだろう」


平然と言い放つ賢琉くんに言葉を返しそびれていると、玄関扉が開いた。

先程応対してくれた女性だろう。柔らかい雰囲気を纏った、加濃くんの母親と思われるその人は、賢琉くんを見るやどこかほうけた表情を浮かべた。


今やすっかり見慣れてしまったが、そういえばこの人は顔立ちが無駄に整っているのだったな…、と横目で賢琉くんを見遣れば、普段あまり見せないような極上の笑顔をその顔に乗せていた。


「初めまして。先程挨拶させて頂いた澄岸です。こちらは同じクラスの清川真実」


そこで初めて私の存在に気付いたらしい。

一歩後ろにいた位置から賢琉くんの隣に並んで挨拶すると、扉を大きく開けて私たちを招き入れてくれた。


「いらっしゃい。永斗呼んでくるからどうぞ上がって」

「ありがとうございます。上がらせて頂きます」


お言葉に甘えて賢琉くんの後に続こうとした時、ふっと感じる匂いがあった。

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