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* * *


「なんだか、図らずも容疑者を絞る結果になってしまいましたね…」

「余分に考える手間が省けてよかったじゃないか」


件の絵を文化研究部の部室(と言っても元は倉庫だが)へと移し、私たちは三人並んで廊下を歩いていた。


「…率直な感想としてはどうだった?」


隣の千紗希ちゃんが窺うように問い掛けてくる。


「どう、とは」

「桜先輩の印象」

「そうですね……。周りの人に気を配れる方なんだろうな、とは思いました」

「そう、そうなの!困った事があるとすぐに気付いてくれるし、努力家だし、優しくて私の憧れの先輩なの!」

「は、はぁ…」

「桜先輩は絵を掏り替えたりなんて事しない。ううん、桜先輩だけじゃない。依も、もちろん壱波先輩もそんな事するような人じゃないよ。だから、絵を掏り替えた犯人はきっと他に」

「水瀬」


急に勢いよく話し出した千紗希ちゃんを遮ったのは賢琉くんだった。


「何かを俯瞰して考える時に邪魔になるのは先入観と思い込みだ。特に今回みたいな場合は尚更、思い込みを捨てろ」

「う"…、そんな事急に言われても難しいよ」

「客観的に物事を考える為には、まずは情報をたくさん集めて精査する事だ」

「地道だね…」

「正しい答えを導き出すのに近道はないと思え」


賢琉くんの言葉に、千紗希ちゃんは何かを思い出したのか、はっとした表情を見せた後、納得するようにうんうん頷いている。


「さて、そういう訳だから他の二人にも話を聞きたい」

「藍田さんは隣のクラスですから、明日教室に行ってみましょうか?」

「いや、用件が用件だけにそれだと身構えられる可能性がある。出来れば自然と話せるような状況の方が好ましい」

「では部活中に少しお邪魔して…」

「さっきと大して変わらないだろう」

「じゃあお家に直接伺って…」

「尚更悪い。どうしてそういきなり振り切った考えになるんだ」


芝居掛かった仕草でやれやれと溜め息を吐く賢琉くんの横でうんうん唸っていると、思わぬ形で助け船が出た。


「ねぇ、学校以外で依に話を聞きたいんだよね?それならちょうどいい場所があるよ」


次の日、千紗希ちゃんに連れられて行ったのは、駅から程近いビルに入った絵画教室だった。



* * *



「ここに藍田さんが?」

「依は、美術部の活動日じゃない日に、週一で絵画教室にも通ってるんだ。先生によって教え方が違うから、いろんな考えを知っておきたいんだって。私も時々遊びに来てるけどね」


ビルの三階、窓ガラスに貼られた“一本絵画教室”の文字を見上げる。絵よりも柔道や剣道が上達しそうな名前だ。


「いっぽん絵画教室、でしょうか」

「はずれー!正解は一本いちもと絵画教室でした」

「なるほど。言われてみれば納得です」

「私も初めて来た時普通に間違ったから。しかもよりによって、みんなが見ている前で先生本人に呼び掛けちゃったから、めっちゃ恥ずかしかったよー」

「……先に教えて頂けてよかったです」


他人事とは思えない千紗希ちゃんの失敗談を聞きながら教室のドアを開けると、生徒さんだろう、二十人程がそれぞれのキャンバスやスケッチブックに向かって黙々と筆を走らせていた。窓とは反対側の壁際に、目的の人物である藍田依の姿もある。

部屋の中心、大きいポケットの付いた無地のエプロンを掛けた優しそうな男性が私たちに気付いて歩み寄ってきた。


「こんにちは。お久しぶりですね、水瀬さん」

「一本先生お久しぶりです」

「今日も息抜きに何か描いていきますか?」

「はい!と、言いたいところなんですけど、今日は友達を体験に連れてきたんです」

「えっ」


初耳だ。思わず声が出てしまった。ここに来るまでにそんな話は一度も出なかったはずだけど、隣の賢琉くんは平然としている。


「…賢琉くん、もしかして知ってたんですか?」

「僕も初耳だが?」

「とてもそうは見えません」

「目的地が絵画教室だとわかった時点で、こうなるだろうとは予測していた」

「だったら一言教えてくださいよ」

「言わなくても気付くのか、試すのも面白いかと思ってな」


私たちが小声でやり取りしている間に、千紗希ちゃんが手続きを済ませてくれたらしい。

あれよあれよと言う間に一本先生から丁寧な挨拶とざっくりとした説明を受け、様々な画材を手渡され、空いているスペースに座って真っ白なスケッチブックと向き合う現在に至る。




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