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千紗希ちゃんが開いた箱には、写真で見た絵がしっかりと収まっていた。


「……ありますね」

「え、何で何で!どうしてっ」


箱を開いたまま、千紗希ちゃんは混乱を隠しきれない様子で箱や絵の裏を何度も見返している。


「あー…、何と言いますか、二人に依頼した絵が見付かったみたい。あれだけ大騒ぎしちゃったけど、そもそも私の勘違いだったかも。わざわざ来てもらったのにごめん!部員のみんなにも早く伝えないと」

「絵が無事に見付かったのなら何よりですよ。よかったですね」

「それはほんとよかった!事件解決!一件落着だ」

「……いや、まだ何一つ問題は解決していないぞ」

「え?」


箱の絵に視線を向けたまま、賢琉くんが呟いた。


「むしろ余計にややこしくなった」

「どういう事ですか?」

「ほら、ここを見てみろ」


賢流くんが絵の一部を指差す。ローマ字で書かれた作者のサインだ。


「写真と絵の違いや解像度などは多少あるだろうが、筆跡が微妙に違うと思わないか?」


スマホで拡大されたサインと箱の絵を見比べる。どちらも細い線で小さく、絵の中に紛れるように名前が書いてある。


「…私にはどちらも同じものに見えます」

「ならこっちの花はどうだ?花びらや色の塗り方をよく見てみろ」


賢琉くんが、また別の場所を指差した。今度は先程よりも時間を掛けて、注意深く見てみる。


「…そう言われて見れば、そう見えなくもないような?」

「真実。本当はわかっていないだろう」

「あっ」


隣で同じように絵を見ていた千紗希ちゃんが何かに気付いて声を上げた。


「水瀬も何か気付いたか」

「ううん、何でもない!気のせいだったかも」

「気のせいでも何でも、取りあえず言ってみたらどうだ?」


賢琉くんに促されて、千紗希ちゃんが躊躇いがちに口を開く。


「…何となくだけど、ここの筆の置き方、というか描き方も違うような感じが、する」

「そうだ。さすがは普段から様々な絵を見ているだけの事はあるな」

「…ありがとう」

「ここまでくれば僕が言いたい事はわかるよな」


まさか。理屈ではわかっても、すぐには受け入れられない。だってここは、美術館でも何でもない普通の学校の中なのだ。

千紗希ちゃんも同じ気持ちなんだろう。いつもの元気がなくなって、さっきからずっと俯いている。

もやもやと頭の中を覆っていく私の考えを遮るように、賢琉くんは普段と変わらない口調で先程私の頭に浮かんだ言葉を口にした。


「これは、よく出来た偽物だ」

「そんなはずないよ!」


千紗希ちゃんが透かさず反論する。

ほとんど反射的に出た言葉とは裏腹に、その目には戸惑いの色が浮かんでいた。


「だが写真と違う箇所を、水瀬も指摘しただろう」

「そう、だけど…。でもだったら何で?わざわざこんなとこの絵を掏り替えたりなんかする必要があるの?」

「それはまだわからない。これから調べる。その為には水瀬の協力が不可欠だ」


千紗希ちゃんは少しの間、何かを考えていたようだったけれど、やがて顔を上げるとしっかりと頷いた。


「わかった。元々絵を探してってお願いしたのは私だしね。これが本当に偽物だったらそんな事した理由を知りたいし、途中で放り出すなんて無責任な真似もしたくない」

「そうしてくれると助かる。なら早速だが、この絵が来た日となくなった日を教えてくれ」

「えっと…、来たのは確か、テストが始まる一週間くらい前だから、大体二週間前かな。なくなった事に気付いたのは、テスト期間明けに部室に来た日で、こっちは三日前」

「なくなってから偽物に掏り替わるまで二週間少々か。だとすると、その短期間でこれだけのクオリティの絵を仕上げたという事だな」

「これを二週間で、ですか?」

「あぁ、だから絵を掏り替えた人物は、よっぽど絵の技術があるんだろう。そう考えると、容疑者は自ずと限られる」


私たちは示し合わせたように、部室に並んだキャンバスへと目を向けた。

画材やモチーフ、進み具合が違っていても、自然と目を引く絵というのはある。




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