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* * *


第二美術室。普段授業で使う美術室の隣にある教室で、美術部専用の部室になっている。

放課後になり、私たちは早速調査に乗り出した。


「これが例の絵か」


千紗希ちゃんからスマホに送ってもらった絵の写真を確認しながら廊下を歩く。

パッと見は淡いグラデーション。でもその中にたくさん描かれている人なのか動物なのかよくわからないものは、はっきりとした色のものもあって、一部分だけを見れば宇宙空間を浮遊しているようにも思える。

一言で感想を表すのが何とも難しい印象の絵だった。


「よくわからない絵でしょ」

「…はい、正直上手いのかどうかも私では判断しかねます」

「なんかそれ、モザイクアートなんじゃないかって部長が言ってたよ」

「モザイクアートというと、たくさんの絵や写真を組み合わせて一つの絵にするというあれですか」

「そうそう!でも離れて見ても何か別の絵が浮かび上がってくるわけでもないから、結局よくわからないままなんだよね」

「水瀬、この絵のタイトルはわかるか」


同じようにスマホで絵を見ていた賢琉くんが、視線はそのままに会話に混ざる。


「タイトルはわからないけど、描いた人は奈菰なこもみちるって人らしいよ。まぁこれも部長から聞いた話だけどね」

「奈菰みちる、か……」

「絵画に詳しくないのもありますが、聞いた事のない名前の方です」

「私も最初知らなかったから調べてみたんだ。作品数は決して少なくないんだけど、あんまり出回ってはいないみたい」

「どうしてでしょうか」

「うーん、たぶん、特定のファン?みたいな人がいて、その人たちの依頼分だけ描いてたんじゃないかって。これも部長情報だけど」

「なるほど」

「実はこの奈菰さん、私たちとも繋がりのある人なんだよ。なんとここ縹高校の卒業生なのです!…って言っても、あくまで噂だけどね」

「もしかしてそれも部長さん情報ですか?」

「正解。まぁ部長も先生からさらっと聞いただけで、先生は絵を譲ってもらった画廊さんから聞いた話で、その画廊さんもいつだったかに人から聞いたものらしいからほんとかどうかは怪しいけどね」

「……それはかなり信憑性に欠けるのでは」


そんな話をしているうちに、目的の第二美術室の前に着いていた。隣の美術室は授業で何度も使った事があるが、こちらの教室に入るのは初めてだ。


「ようこそ美術部へ」


千紗希ちゃんが開けようと手を伸ばした扉が、独りでにすっと横に開く。

そこには猫背気味で前髪が少し長めの大人しそうな男子生徒が立っていた。


「壱波先輩」

「水瀬、おつかれ」


千紗希ちゃんが呼んだ名前に既視感を覚える。

それもすごく最近聞いたような…。


「今日はもう帰るんですか?」

「うん、続きは家でやりたいから」

「完成したらまた見せてくださいね!」

「わかった。じゃあまた明日」


私たちの横をすり抜け、黒いカバンを肩から掛けた“かずは先輩”は廊下の向こうへ去っていった。


「随分大きなカバンですね」

「壱波先輩はよくあのカバンに入れて絵を持ち歩いてるから。美術部うちのエースだしね」

「…あっ、もしかして、この前の絵画コンクールで入賞されていた方ですか」

「そう!今までにもいろんなコンクールで賞を貰っててさ、私の憧れなんだ」


中へ入ると、油絵の具の独特なにおいに一気に包まれる。


「結構すごいでしょ。入部したての頃は私もなかなか慣れなくて。でも今じゃこのにおいを嗅ぐと、よしやるか!って気持ちになるんだよね」


壁際にはイーゼルに立て掛けられたキャンバスやスケッチブックが疎らに置いてあった。

進行具合はみんなバラバラで、色が着いて完成間近なものもあれば、まだ描き始めたばかりのものもある。


「この中に千紗希ちゃんの絵もあるんですか?」

「あるよ。だけど描いたり消したりを繰り返してて、まだ下絵とも言えない状態なんだ。イメージはあるというかイメージしかないというか。って今は私の絵よりもなくなった絵!」


そう言うと千紗希ちゃんは手近な椅子にカバンを置いて、中から繋がっている隣の準備室へ入っていった。私たちもその後に続く。

取り付けられた棚や床に、様々な道具や資料が乱雑に置かれている。その一角、たくさんの箱が並べられた場所から一つを引っ張り出して、私と賢琉くんの前に差し出した。


「なくなった絵はこの中に入ってたの。あの日も部活に来て、こうして絵を出そうとして……、ってあれ?」





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