5
「実はね…、今ちょっと部活で困った事が起きててさ」
「部活というと、美術部ですか?」
「そう。最近先生が私たちの勉強も兼ねて、ある画家さんの絵を持ってきてくれたんだけど…」
「まさか、増えていたんですか?」
「増える?」
「いえ、何でもありません」
つい、先日のベタの件を思い出して変な事を聞いてしまった。いけないいけない。あぁ千紗希ちゃん、怪訝な顔をしないでください。
「まぁその絵なんだけど、消えちゃったの。神隠しみたいに」
「増殖の次は消失か」
賢琉くんの瞳の色が変わり、口角が持ち上がる。これは、興味を持ち始めた証だ。
「先生はこの事をご存知なんですか?」
「それは、まだ…」
「でしたら、私たちに話すよりも先に、先生にお伝えするべきでは?」
「それはそうなんだけど、ほら、
「あぁ……」
美術部顧問の兵藤先生は三学年の学年主任で、一見するとモデルさんや俳優さんにも思える長身痩躯に整った顔をしている。そのため、(主に女子から)秘かに人気のある先生だ。
いつも無表情で取っ付きにくい印象があるが、生徒が困っていたら手を貸してくれたり、運動会などでクラスTシャツを作れば一緒に着ていたり、更には写真にも写ってくれるという可愛らしい面もある。…のだが。
いざ怒る時には淡々と、延々と、その無表情を崩さないままひたすらに諭し続けるという。
それが精神的に堪えるんだそうだ、かなり。
説教をされている本人はもちろん、その現場を目撃した人にも「雪景色が見えた」と言わしめる雰囲気を持っていて、それもあってか生徒の間では怖い事でも有名なのだ。
「みんなで学校中探したけど全然見付からなくて…。でもなくなったなんて言ったら絶っっ対に怒られる!下手したら絵が見付かるまで部活動も禁止されるかもしれない。出来れば先生には秘密のまま、出張でいないこの四日間のうちに探し出したいの」
「それで真実をここに呼んだのか」
「うん、二人がお悩み相談部みたいのやってるって聞いて。あたしは澄岸くんとあんまり関わりなかったけど、二人はよく一緒にいるから、真実を呼べば自動的に
つまり、このお店のクーポンをくれたのは、テスト明けに私たちが揃って訪れるのを狙っていたという事か…。注文を取りに来た時の「やっぱり二人で来たね」の言葉が今になって腑に落ちる。
だけど一つだけ、いや二つ、訂正しておきたい事がある。
「あの、確かに私たちの所に何かしらお話に来られる方はいますが、特に相談室を開いた覚えはありませんし、賢琉くんともいつも一緒に行動している訳ではありませんよ」
「そう?二人で一セットって認識してる人、結構いると思うけど」
「それは…、ちょっと心外です」
「心外とは心外だな。事実だろう」
「そんな事は!……ありますね」
思わず頭を抱えそうになる私の隣で、千紗希ちゃんがずれかけた話の軌道を戻す。
「まぁそういう訳で、あんまり大事にはしたくないんだ。これはあたしの我が儘!この四日間で見付からなかったら潔く先生に怒られるから、絵がどこにいっちゃったのか一緒に探して欲しいの。今食べてるパンケーキもあたしの奢りでいいからさ、二人ともお願い!」
パンッと勢いよく両手を顔の前で合わせ、私たちの顔を(主に私の目を)覗き込んでくる。
“潔い”の使い方をどこか間違っている気がしなくもないが、私たちを頼ってくれた友達を放っておくつもりもない。
賢琉くんの様子を窺うと、千紗希ちゃんと同じように両手を合わせていた。
「ご馳走さま」の声にテーブルのお皿を見ると、言葉通りのあの山盛りパンケーキが跡形もなく消えている。
途中から千紗希ちゃんも食べるのに参加していたけど、賢琉くん、半分以上を一人で食べているんじゃないだろうか…。
「こういうものは初めて食べたがなかなか美味しかった。食べ応えもあったしな。
「ほんと!?ありがとうっ」
「早速明日、まずは絵がなくなった部室から見てみよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます