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「もうお察しでしょうが、このお話は小さい頃の私の話です。突然子猫と友達の両方に会えなくなってしまい、とても淋しくなって、その後暫く猫を見掛ける度に思い出して切なくなった事があったんですよ。だから、もしかしたら加濃くんもそうだったのかなと」

「…そうか」

「あ、今はもう平気ですよ!あの女の子とはあれ以来ずっと会えていませんが、子猫は箱ごといなくなっていたので、きっと誰か優しい人に拾われたんだと思います。そこで幸せに暮らしていたらいいですね」


賢琉くんは少し何か考える仕種をした後に、呟く様に聞いてきた。


「どんな子だったんだ?」

「何がでしょう?」

「その猫と、友達というのは」

「そうですね…。子猫の方は全身白っぽくて、耳と顔の回りに少しだけ黒い毛が混ざっていて、目が真ん丸で愛らしかったです。あと前足だけ黒くて、靴下を履いているみたいな模様でした。

女の子の方は、近所でも噂されるくらいに可愛い子で、名前は…」


名前。あの子の名前は。

思い出せない。短い期間とは言え、あんなに毎日一緒にいて、名前もたくさん呼んでいたはずなのに…。


「どうした?」

「…あの子の名前、急に思い出せなくなってしまいました」

「毎日会ってたんだろ?」

「はい。顔ははっきりと思い出せるんです。遊んでいる時もよく名前を呼んでいましたし、こんな綺麗に度忘れするはずないんですけど…。うー、何だかもやもやします」

「なんだそれ」


賢琉くんはふっ、と面白そうに笑った後に、今度はからかう様な視線を向けてきた。


「ほんとにその子の名前を呼んでいたのか?そんなに一緒にいたなら名前を呼び合う必要もなくて、そもそも聞いてすらいなかったりしてな」

「そんな事ありません!…たぶん」

「自信ないんじゃないか。そんな忘れっぽい真実に良い事を教えてやろう」

「“忘れっぽい”は余計ですけど、何でしょう?」

「明日から定期考査だ」


忘れていた。今の今まで頭の中から綺麗さっぱり抜け落ちていた。途端にサーっと血が下がっていく思いがする。


「気付いていたならなんでもっと早く教えてくれなかったんですか!」

「前に言っただろう。テストなんて普段の授業を聞いていればわざわざ復習する事もないと」

「私も前に言ったでしょう!授業をちゃんと聞いていても復習が必要な人の方が多いって。どうしましょう、まだ全部見直してないのに。しかもよりによって明日は数学からだなんて…」


テスト一日目の一限目は数学だ。苦手な数学からの始まりに、急に足取りが重くなり焦る私とは対照的に、軽やかに歩く賢琉くん。


「真実、早く来ないと置いてくぞ」


立ち止まった私を数歩先からちらりと振り返ると、すぐに背中を向けて歩いていってしまう。


「別に、待ってほしいなんて言ってませんから」


そうは言っても向かう方向は同じ。

口では置いていくと言いながらもゆっくり歩くその背中にはすぐに追い付けてしまう。

隣り合った影が夕日に伸びてゆらゆらと、付かず離れず並んでいた。


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