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* * *


「ベタ増殖事件、これで一件落着ですね」

「分裂による増殖じゃなくて残念だったな」

「まだ言いますかそれ」


ベタ部からの帰り。夕日がオレンジに染め上げた道を、二人並んで歩いていた。


「それにしても、すごく綺麗でしたね!“フィンスプレッディング”でしたっけ?あんなに間近で見られるとは思いませんでした」

「僕も本物では初めて見た」


賢琉くんがあらましを語り、加濃くんの謝罪が受け入れられた事で、ごく穏やかに収束した今回の事件。


その後、せっかくだからと、張永さんにベタのオスが威嚇をしている時に見せるヒレを広げた姿を見せてもらった。これがフィンスプレッディングと言われるそうだ。


ガラス越しに対面した種類も色も様々なベタたちの姿は、色とりどりの花が目の前で咲いたような感動を覚えた。


部屋を出る時には、加濃くんに呼び止められ、改めてお礼を言われた。


『あと、母さんが二人の事気に入ったみたいで…。よかったらまたうちに遊びに来て』


最後にそう言った加濃くんの表情はどこかすっきりとしていて、初めて正面から向き合えた気がした。


「加濃くん、きっともう大丈夫ですよね」

「元々伯父さんが遺したものを大切にする気持ちはあったんだ。今更心配する事もないだろう」

「そうですね。落ち着いたらまたベタを見せてもらいに行きましょう」

「それと加濃家にも、だな」

「その時は、今度こそ夕飯時以外に行きましょうねっ」

「そういえば真実まこと、よく動機なんてわかったな」

「ああ、それは……」


目線の先、路地の隙間から覗く小さな公園が目に入った。先程脳裡に蘇った懐かしい思い出の景色と重なる。


「“むかーしむかし、今よりちょっぴり昔のお話。家の近くの公園で毎日のように遊ぶ女の子がいました。”」

「いきなりなんだ」

「ふふっ、まぁたまにはいいじゃないですか、こういうのも」


歩く先を見つめたまま、私はある春休みの思い出をなぞる様に話し始めた。

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