18


「生き物を手離すのは、無責任で許せない行為だと私は思います。でも、大切な人やペットに少しでもたくさん幸せになってほしいと想う気持ちもわかります。加濃くんもそう考えたからここへ来たのではないですか?」

「僕は…」


加濃くんが何かを考えるように口をつぐむ。時計の秒針の音だけが響き、やがてそれが一周する頃、ゆっくりと口を開いた。


「…さっきこの二人が言った通りです。張永先輩、淡野、すみませんでした」

「加濃くん、どうして…」


問い掛ける淡野くんの目をしっかりと見詰め返した後、一度小さく深呼吸をすると、決心したように話し出した。


「あのベタは、伯父さんが残したものだった。だから、お世話は僕が引き継ごうと思って家に連れて行ったんだ。これまで生き物を飼った事なんてなかったけど、大事に育てていこうって、そう思ってた。

だけど、毎日水槽を見ているうちに、段々といろんな事を思い出してきちゃって…。一緒に出掛けたり自転車を買ってもらった事、それをすぐにぶつけちゃった事、そして…倒れている伯父さんを見付けた日の事」


そう、伯父さんを最初に発見したのは加濃くんだったと聞いた。

好きだった伯父さんが倒れているところを見てしまったのなら、尚更思い出してしまうのだろう。


「このままうちで飼い続けるか、それともいっそ野良猫の仕業にでもしてどこかへ逃がしてしまおうか、そんな事も考えた。

だけどどちらにも決心が付かずにいるうちに、僕を見兼ねたのか、母さんが誰かに譲る事を提案してきたんだ。

こんな気持ちでお世話されるくらいなら、誰か大切にしてくれそうな人に飼われた方がいいだろうと思って人を探そうとした時に、淡野に誘われていたベタ部の事を思い出して。

いけない事だってわかってたけど、ここの人たちならきっとちゃんとお世話してくれると思ったから。塾へ行く日に、母さんには秘密で塾をサボって、この部室に忍び込んだんだ。

急いでいたからよく確認しないまま、一緒にしてしまったベタたちも傷付ける事になってしまって…、黙ってこんな事してごめんなさい」


一息に言い切って深く頭を下げた。

そんな加濃くんに最初に声を掛けたのは部長の張永さんだった。ゆっくりと近付き、肩に手を置いて顔を上げさせると、その目を見ながら優しく話し掛ける。


「ねぇ加濃くん」

「…はい」

「まだベタを見るのは辛い?」

「え?」

「もし良ければなんだけどさ、ベタ部に正式入部しない?お世話の仕方も教えるし。君の伯父さんが大切にしていた子たちを、今度は俺たちと一緒に育ててみるのはどうかな?」


唐突な提案に、少し考える素振りを見せたが


「僕も加濃くんと一緒に部活出来たら嬉しいな」


という淡野くんの言葉に後押しされたらしい。


「…いいんですか?」

「もちろん」


新しくベタ部の一員になった加濃くんの顔に、明るい笑顔が広がった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る