16
「それじゃあ増えたベタって…」
張永さんが窺うように呟いたのを、賢琉くんはあっさりと続ける。
「ああ、加濃くんの伯父さんに飼われていたベタですよ」
「でも、そんな事…」
「ちょっと待って!今の話だと加濃くんがやったように聞こえるんだけど」
それまで黙って話を聞いていた淡野くんが、加濃くんを庇うようにして立ち上がり声を上げた。
「僕は加濃くんを中学の時から知ってるけど、そんな事するような人じゃないし、第一そのベタが伯父さんのところにいたものかなんてわからないじゃないか」
「ラビリンス器官」
「え?」
「ベタが持つ特殊な呼吸器官で、空気中から直接酸素を取り入れる事が出来る。エラ呼吸もするが、このラビリンス器官を持っている為、ベタは酸欠に強いと言われているんだ」
「へえ…そうなんだ。でも今その話は」
「彼の伯父さん。自宅で突然亡くなったそうだね」
遮るように言った賢琉くんの言葉に、張永さんが少し驚いたように
「伯父さんの話は今関係ないんじゃない?」
「いや、関係ある。だからまずは聞いてくれ。不躾かとは思ったが、昨日加濃くんの母親にいろいろと教えてもらったんだ」
伯父さんが倒れたその日。一人暮らしをしている家にちょうど遊びに向かった加濃くんが倒れているところを発見したらしい。
水槽を掃除しようとしていたのか、伯父さんの近くに割れた水槽が落ちていて、ベタたちはそれぞれ別の容器に入れられ、少し離れた場所に置いてあったそうだ。
――『最初はね、うちでずっとお世話しようと思っていたのよ。魚どころか何か生き物を飼った事がなかったから、道具も何もないし、どこかへ引き取ってもらう事も考えたんだけど、永斗が飼いたいって言って譲らなくてね』
『だけど、暫く経つと、なんだか魚のお世話をしている永斗がなんとなく辛そうに見えてきちゃって…。誰かに譲ってみるのもいいんじゃない?って、私から提案してみたのよ』――
ふと、昨日の聞いた言葉が蘇る。
「さっき言ったラビリンス器官。これのおかげで、ベタはエアーポンプが無くても平気なんだ。極端な話、瓶やコップでも飼える。まあそれはあまり初心者向きではないけどな」
そこまで言うと、賢琉くんはベタの方へ歩み寄った。
「ここの鍵は、ポストにあると知っていれば誰にでも開けられる状態にあった。そしてあの日、加濃くんは家から持ち出したベタをこの部室の水槽に入れたんだ」
賢琉くんは、確認するように加濃くんの方へ視線を向けた。
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