CHAPTER 2 - ワースト・ラック・ウーマン

PART 1 ‐ 裏通り

 ジャッコ・ヘッジが表にでたころ、もう夜はすこしづつ白み始めていた。

 吸い差しの紙巻き煙草に火をつけ、くゆらせる。煙が薄紫色の空に溶けてゆくのを眺めながら、やれやれと頭を振る。

 ジャッコは“掃除屋”である。なんらかの不始末が起こったとき、その帳尻を合わせる。


 事務所――というのも憚られる――ジャッコたちの根城のひとつ――が位置するのは、央都レベンザイアの下街の中でもあまり治安がよろしいとはいわれかねる界隈だった。

 質の悪い酒場、そこに集まる客を目当てにした連れ込み宿、そうしたものが軒を連ねる。それも今は灯りを落とし、前後不覚に酔いつぶれて路上に転がる姿が点々と連なる景色が喧騒の名残を留める。動くものと言えば、その一員になり損なった酔いどれぐらいのものである。

 ジャッコの行く手にもそうした人影があった。

 鍔広の黒い帽子に長衣を纏った姿で、性別もはっきりしない。それが、あちらへ行き、こちらに行き、よたよたと歩を進めては――蹴つまづいて無様に転んだりする。

 ジャッコは鼻に皺を寄せる。

 狂ってしまえば楽だという。が一番性質たちが悪い。

 こいつもそうだ。つぶれてしまえば楽だろうに。そうなれないのが一層哀れだ。

 だが、へたり込んだその脇を、ジャッコが足早に通り過ぎようとしたときだった。

 意想外に素早く、跳ねるように立ち上がったその人影が、じきにまた平衡を崩してジャッコの腕に凭れかかってきた。


「キヒッ」


 縋りつく両手には、ぼろぼろの包帯が巻きついている。

 耳障りな笑い声。


「キヒ、ヒ……! こ、こりゃぁ失礼」


 疳高い声から、女性だった、とわかる。

 だが、見上げてくる顔貌にもぐるぐると隈なく薄汚れた包帯が巻きついていて、その上に裂けた罅割れのような口唇と黄ばんだ歯列がぬらりと光るのがふいになまめかしい。


「ご堪忍くださいまし……あい、すいやせェん……」


 思わず棒立ちになるジャッコの腕を手放しながら、怪異な容貌の女はぶつぶつと譫言うわごとのように唱えて、またよたよたと歩き始める。

 それがどれだけ遠ざかったころか、ジャッコはいつのまにか詰めていた息を吐いて、気を取り直すように頭を振ると、ふたたび一歩足を踏み出した。


 そうして、その後起こったことは、まったくの偶然だった。


 ジャッコの使い古した革靴の踵が、そのときついに割れ、ジャッコの体勢が大きく崩れた。

 倒れ込んだその先に、崩れたあばら家の板壁の残骸が落ちていて、そこから突き出した古い長釘がジャッコの眼球を貫き、その傷は脳にまで達した。


 酔い潰れた浮浪者たちの姿に紛れて、冷たく固まったジャッコの亡骸が発見されるのは、日も高く昇ったころだった。


 “掃除屋”ジャッコが死んだ経緯いきさつは、おおよそそういったところである。

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