PART 3 - 尋問

「あー……困ります、ツィオル卿」


 エリクは柔弱じゅうじゃくに見られがちであるが、巡視官として言うべきことはそれなりはっきりと言うことができる。


「その、村の治安を悪くするようなことをされては」


 それにしても、もうすこし言葉の選びようがあったかもしれない、と口に出してから思う。


「とんでもない」


 対するツィオルはあくまで穏やかで、和やかで、にこやかである。


「近頃このあたりも物騒だと聞き及びましてね。警察のお手を煩わせるのも申し訳ないですから、わたしのほうで人を雇うことにしたのですよ」


 しゃあしゃあとそんなことを言う。

 ロジスカル伯弟は見目も悪くない。万が一零落おちぶれても、舞台役者として身を立てる方途ほうとがありそうである。


「彼らがいるということは、村人の心もおおいに安んじてくれることでしょう」


 その言葉を信じて疑わぬ、自らの言に感極まって目許を濡らすこともできよう、というツィオルの所作である。

 豪奢ごうしゃな長椅子に腰掛け、大仰な身振りで訴える主人の背後では、一癖も二癖もありそうな男が腕を組んで立ち、訳知り顔でにやにやと笑みを浮かべている。

 領主館、応接間での一幕である。エリクとギブンのおとないに、ツィオルは昨日雇い入れたばかりの傭兵団の頭目も同席させていた。

 四十絡み、使い込まれた旅装姿、左目に黒い革の眼帯。人を食った態度には、いかにもという感じがある。


「ですから、当の村人が、その、怖がってまして」


 いきなり現れたむくつけき男たちが、見回りと称して今朝から村の内外を彷徨うろついているのである。

 午頃ひるごろには、畑に出る男衆はともかく、女子供は普段は用のないかんぬきまで戸にかけて閉じこもってしまった。


「なんとかなりませんか」

「そうは言っても、手前どももこれが仕事でしてねぇ、駐在さん」


 笑みを崩さずに、かしらが言う。


「とはいえですね、ええと――」

「ああ、こりゃあ失礼」


 男が胸の前で手を組む礼を執る。


僭越せんえつながら、“黒鉄”の団をまとめさせてもらっております。手前の名はヴァグラン。“かすかな星”のヴァグランとお見知りおきを」

「ヴァグラン殿」


 ギブンが口を挟む。


「襲撃がいつあるか、目星はおありかな」

「捜査官の旦那が知らないものを、手前なんぞが知るわけはないでしょう」

「いつ来るかも知れぬものを見回るというのは、いたずらにご配下のものを疲れさせるだけではないかと思うが」

「お気遣い痛み入ります。ですが手前も含めて十一から頭数がおりますんで、この屋敷に始終たむろしてるってのも、気詰まりなもので」


 ギブンの問いをのらりくらりとなしながら、ヴァグランはふへへと締まりなく笑う。


「それにまあ、雇い主さまに取り敢えず仕事はしてるってとこを見せるのも大事なことでして」


 などと、当の雇用主にも聞こえよがしに際どいことを言う。

 ツィオルにしてもむしろ感心したようにうんうんと頷いているのだから、即席とはいえ似合いの主従である。


「しかし、相手の手並みはご存知かな」

「当てがあるんで?」

「捜査内容に関わります。部外者に漏らすことは、中々なかなか……」

「そうでしょうなあ」

「しかし――」


 ギブンは意味ありげに言葉を切る。


「わたしもまだ到らぬ身ですので、口が滑るということがある」

「えっ」

「そりゃごもっともで」

「ちょっと、捜査官」

「ベルトレー卿とラウス卿は生きたまま首を落とされておりました」

「なんと」


 ツィオルが空々しく驚く。


「痛ましい……彼らの苦しみを思うと友人として胸が痛みます」


 芝居じみた仕草で嘆じてみせる。


「しかも、街中で堂々と。しかし、目撃者もなく」

「そりゃあまた……」

遺憾いかんながら、下手人げしゅにんの手口は判明しておりません」

「由々しきことですね」

「ただ、おそらくは、非常に手練てだれた、職業的な兇手ころしやです。さて――」


 ギブンはずいと身を乗り出す。


「そうしたものから御身おんみを守るに当たって、辺境で無聊ぶりょうかこっていた傭兵団と、われわれ警察局の護衛官の一隊とで、どちらが頼りになると思われますかな、ツィオル卿」

「言ってくれますなあ」


 やれやれ、とヴァグランは額を撫でる。


「わたしにはエジモガル市より、明朝までに二十名からの護衛官を動員する権限があります。そこでもう一度お尋ね申し上げるが――心当たりはおありですか? ツィオル卿」


 ツィオルはそれにしばらく笑みを浮かべたまま黙考していたが、おもむろに口を開いた。


「そうですねぇ……」


 真実戸惑っているように、苦笑した。


「心当たりが多すぎて、我ながらどれのことか、わからない」


 これはまいった、とヴァグランが宙を仰ぐ。


「犯行をお認めに?」

「ええ」


 ツィオルはあっけからんと首肯しゅこうする。


「エリドナ・ミネスの件は?」

「ちょっと……いちいち名前までは覚えていないな」

「十九歳、女性、小柄、小麦色の肌、瞳は青、金髪、雀斑そばかすのある――」

「ああ! それならわかる」

「どうやって殺害した」

「あくまで実験ですよ」

「どのような実験を?」

「わたしの研究の主題は“痛み”です」


 ある種の人間が自らの得意分野の知識を披瀝ひれきするとき特有の熱心さで、ツィオルは語り始める。


「苦痛に対する生体の反応について調べていたのです。あのときはそうだな、対象を爪先から一定の間隔で切断してみて、その都度記録を取りました、ああ、もちろん――」


 正当な弁明を行う態度で、付言する。


「器具はよく消毒してありますし、適切な止血処置も取りながら行いましたよ」


 どこか誇らしげに、胸でも張りそうな具合である。


「記憶がたしかなら、ええと、二尺三寸五分進んだところで急激な血圧の低下が起こって、意識不明に。被験者の死亡により実験を終了しました」


 無論、ツィオルたちの“実験”はその一回だけではない。

 身元が特定されたものだけでも、三十五名。推定では四十を超える。

 央都医術局の研究員として嘱望しょくぼうされていた彼ではあるが、そうした容疑で身柄を拘束された。

 証拠も確かだった。

 自供だけがなかった。

 それを引き出す前に、各容疑者の生家からの働きかけがあったと思われる。捜査は打ち切りとなった。

 しかしながら、さしものロジスカル伯もそれで済ませることはできなかった。

 僻村へきそんの別邸に弟を蟄居ちっきょ命じつけた、というのが顛末てんまつである。


「……遺体の状態とも一致する」


 ギブンが感情のない声音で呟く。

 決然と立ち上がる。


「ツィオル・ロジスカル」

「はい」

「エリドナ・ミネス殺害の容疑で逮捕します」

うけたまわりました」


 ツィオルは泰然と腕を差し出した。その右の手首に、ギブンは懐から取り出したかせを嵌めた。

 枷に埋め込まれた漆黒の魔吸石まきゅうせきが、咎人とがびとの魔術を封じるものである。


「明朝、護送車を手配します。それまで邸内から出ることを禁じます」

「よしなに」

「どこか、あなたを監禁するのに適した部屋はありますか」

「それなら塔の上階がいいでしょう。いつもそこにこもっていますので」

「わかりました」

「あー、お話がまとまったところ、なんなんですがね」


 ヴァグランが遠慮がちな言葉面とは裏腹に、ずけずけと口を挟んだ。


「手前どもへの払いはどうなりますかね? 一応、向こう十日の契約でしたが」

「あなたがたにもご迷惑をかけましたね」


 ツィオルが鷹揚おうような態度で応える。


「満額お支払いしますよ。わたしから言っておきますので、家のものにお申し付けください」

「お話が早くて助かります」


 へへへ、とヴァグランは卑屈に笑う。


「巡視官」

「は、はい」


 話に置いていかれていたところ、話を向けられて、エリクが動転して答える。


「卿を室まで案内しなさい」

「は」

「わたしは一旦屯所に戻り、エジモガル市局に応援を要請する。電信機は手入れしてあるな?」

「は、はい」

「それじゃあ、手前は見回りにでも出ますかね」

「おや」


 ヴァグランの言に、ツィオルが怪訝けげんな声を出す。


「あなたがたの仕事は終わりましたよ」

「なあに、警察の応援ってのがくるのは明日でしょう」


 ふへへ、とヴァグランは不敵に笑う。


「お代は十分。引継ぎのときまではしっかり勤めに励まさせてもらいますよ」

「ですから、村民が怖がるようなことは……」


 傭兵の意外な実直さに、エリクが口を挟む。


「それじゃあ、村の周りにしときますよ」


 ふへへ、とヴァグランはやはり不敵に笑った。

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