第2話

「賞とっちゃった・・・。」

「あのおじいさん、審査委員長だったんだ!?」

「さすがですゲルクル様!セシルめは感動いたしました!」

こわばった顔で賞状を貰うゲルクルの後ろで、桶を持ったフィリップが大きく手を振っている。

「ただの桶持ちなのに。」

「育てたわけじゃないのに、自分が取ったみたいにはしゃいでますね、フィリップさん。」

「父さん、言葉ペラペラだったね。」

「いや、ジノの父さんじゃないから。」

「もう父さんでいいと思うんだよ。」

「でも良かったねセシル。上手くいって。」

「もう父さんでいいと思うんだよ。」

「はいイライザ。ゲルクル様、嬉しそうです。」

2回言ったがスルーされてしまった。

ピット夫人が爆ぜて、うなだれるジノをなぐさめている。

そこへ、マーガレットが顔を覗かせた。

「イライザ、お客様よ。」

「誰?今日はもうそんな予定ないけど。」

振り返ったイライザの目に飛び込んできたのは、赤い髪を無造作に跳ねさせ、つんと顎を上げた一人の青年だった。


真っ赤なシャツを粋に着こなしたその青年は、イライザと目が合うと片方の眉を上げ、にやりと笑った。

「よう。」

「あ!」

厚顔不遜な最低男!

と、母の前では言えない。

この青年は、あろうことかレッドフォレストのドラゴン、つまり神様なのだ!

母さんの前だからっていつもの「よう、貧乳。」じゃないのがまた腹立つ・・・。

「な、何よ急に!それになんでいつもの言わないのよ。あの失礼なやつ!」

「さぁ、何のことだかな。」

そらとぼけている。これまた腹立たしい。

「あ、ジャニック!」

ぴょこんとジノの尻尾が飛び出た。嬉しいらしい。

「紹介するねセシル。ジャニックだよ、レッドドラゴン。」

「か、神様ですか!?初めまして!私はセシルと申します、ブルーフォレストのしがない民草でありまする!」

「かしこまるな、構わん。」

慌てて正座するセシルの頭をなでながら、ジャニックがジノを眺める。

「良かったな。渡せたんじゃねぇか。」

日だまりのような笑顔に、何故かセシルが赤くなっている。

何のことかすぐに解ったらしく、うん!とジノは尾を振った。

意味が解らなかったイライザは置いてけぼりを食ったようで気に食わない。

腕を組んで負けじと眉を上げてやった。

「で?何の用でしょうかジャニック様。」

「母君、これはほんの手土産だ。受け取っていただけるか。」

イライザを無視しジャニックがマーガレットに手渡した茶色い紙袋には、真っ赤ないちごがたくさん入っていた。

「まぁ、こんなにたくさん。どうもありがとうございます。」

「いや、ちょうどカンガルーの果物屋の前を通りがかったのでな。思いがけず楽しめたものだから、たくさん摘んでしまったのだ。迷惑ではないかな?」

カンガルーの果物屋とは、マダム アン‐スイのフルーツショップのことだ。

カンガルーが切り盛りする、オリビアきっての人気店である。

「とんでもない、これだけあればいろいろ楽しめますわ。そうだセシル、一緒にいちごのミルフィーユを作らない?ゲルクルさんが帰ってきたら皆で食べましょう。残りはジャムにするからお土産にしたらいいわ。ジャニックさんも持って帰ってくださいな。」

ジャニックは嬉しそうに頷いて返すがセシルは浮かない顔だ。

主であるゲルクルを心から愛して止まないセシルは、彼のために何かしたいと常々頑張っているのだが、いかんせん不器用で上手く行った試しがないのである。

「あの、私はその、不器用なので。足手まといになってしまうのでは?いつも怒られてばかりなのです・・・。」

「だいじょうぶよ。このいちごは少し小粒だから、あなたの小さな手でも上手く扱えるわ。準備が出来たら迎えにくるから一緒にやりましょう。」

「はい!」

大喜びのセシルを残し、マーガレットはキッチンへ向かう。

「で?何なのよ、今日は。」

警戒心露わにイライザは臨戦態勢だ。

母がいなければこの男は・・・。

「焦るな、貧乳。」

やっぱり!きぃぃ~っ腹が立つ!

「誰が貧乳よ、相っ変わらず失礼ね、アンタ!」

フォレストの神をアンタ呼ばわりする時点で、間違いなくこちらも失礼なのだが、そこは都合よく忘れイライザはわめく。

屈みこんだジャニックは、暖炉に手をかざした。

「うむ。いい火だ。」

「まぁ、ありがとうございます!」

ピット夫人が桃色に変わる。照れているらしい。

「少し分けてやろう。」

婦人に触れたジャニックの手から紅い炎が湧き出た。

次の瞬間。


 ぶわり


暖炉から激しく火の粉を巻き上げたピット婦人は、しばらくして落ち着いてゆき、うっとりとため息をついた。

「まぁ、ありがとうございます。なんてもったいない。」

ピット夫人がつやつやしている・・・。

満足そうに笑みを返したジャニックは、イライザを見据えた。

「貴様に仕事をやろう、貧乳。」

イライザの扱いだけは、ちっとも変わっていない。


「何それ。仕事なんかいらないわよ!」

「お前、ホワイトフォレストに行って来い。」

偉そうに言い放たれた。

こちらの意見などおかまいなしなのが、いかにも神らしい。

神はいつでも尊大で、自分勝手なのだ。

「っはぁ?!」

イライザにしてみれば「何なのよその言い方は。」とか「私はアンタの手下じゃないわよ!」という意味を含んだ「はぁ?!」なのだが、「っ」を付けようがもちろん通じない。

一方、セシルはおののいていた。

そもそもドラゴンとは紛れもなく神であり、気やすく話せる存在ではない。

それをイライザときたら、全く意識していないどころかケンカ腰なのだ。

セシルに言わせればジャニックの態度は正しく、偉そうなのはイライザの方だが、ぽかんとしたジノが追い打ちをかける。

「白いフォレストなの?そんなの見たことないけど。」

セシルは目眩を覚えた。

友達感覚が一人増えてしまった・・・。

「あ、あの!二人とも。」

お相手ご存知でしょうか?!神様ですよ!

セシルが堪らず割って入ろうとすると、ジャニックがため息まじりに呟いた。

「だろうな。力が弱っているのだ。」

どうやらレッドフォレストの神が気になるのは、この二人の態度ではないらしい。


ジャニックによるとこうだ。

年間を通して温かいレッドフォレストとは対照的に、雪鬼や氷狼、氷の精などが多く住むホワイトフォレストは、雪と氷を司るホワイトドラゴン、リーナの支配する冬の森だ。

リーナはこの度、新しくこのフォレストの守護者となったメスのドラゴンで、まだ子供である。

本来ドラゴンは数ヶ月もすれば大きく成長するが、どういうわけか半年以上経ってもリーナは子供のままなのだという。

「フォレストはドラゴンの力で生きている。力が及ばなくなれば森は衰え、住人達は生きていけなくなってしまう。だからドラゴンはうんと成長が早いのだ。今ホワイトフォレストはリーナが弱っていることで衰え、外側は雪も溶け普通の森と見分けがつかん。力が及ぶ中心部に避難した雪鬼や精霊たちも、このままでは死んでしまうだろう。セシル、お前もフォレストに暮らすなら、ことの重大さが解るだろう?」

「はい。フォレストは神様そのものです。ゲルクル様のお力あればこそ、ブルーフォレストの水はよどみなく流れ、先程の金魚や水の精たちも生きてゆけるのです。もしそれが弱まるなどということがあれば・・・。」

ジャニックは頷いた。

「火の鳥も天女もそうだ。ごく一般的な動物であれば外の森でも暮らせるかも知れん。ただ、多くの住人はフォレストによって生かされている。黄蓮や蒼蓮もな。」

イライザはレッドフォレストで会った天女を思い出していた。ゆったりと空を行く姿は荘厳そのものだった。

そして天女を先導する火の鳥。

その力強い羽ばたきに合わせ、空を紅に染め上げる火の粉。

はらはらと落ちてきた炎の護り羽は今も大切にしまってある。

「リーナはなんで弱ってるの?病気なの?」

心配そうなジノに、ジャニックは首を振る。

「判らん。今は少年が一人付いているらしい。」

イライザは唸った。

「お父さん、そろそろ帰ってくると思うけど。行くならやっぱり置いてかない方が・・・。」

既に二回もフォレストに立ち入ったものの、ジャニックがいるとはいえ私はまだ初心者だし。

父さんを置いていくと後でうるさそうだし。

ジノじゃ頼りないし。

すると、ジャニックが肩口を顎で示した。

「心配いらん。こいつを連れていけ。」

赤いフードから顔を出したのは、青い玉の付いた首紐を付けた炎獣、蒼蓮だった。

暖炉の側で丸まっていた紅蓮が駆け寄ってくる。

「蒼蓮!?気付かなかった!何ですぐ出てこなかったのよ。黄蓮はどうしたの?」

「むくれてるんだ。構わん、連れて行け。」

ジャニックはフードに爪を立てて嫌がる蒼蓮を無理やりつまみ出すと、ぽいっとイライザに投げてよこした。

イライザは慌てて抱きかかえる。

「むくれてるって・・・。」

すると、大きな口を開け、蒼蓮が盛大に文句を言い始めた。

「もっと言ってやってください貧乳!ジャニックはホワイトフォレストへ行くつもりがないのです!何で私が護るべき主の側を離れて、他のフォレストに行かねばならぬのですか!黄蓮も黄蓮です!私も残ってフォレストの番が良かったのに!」

残るという時点で既にジャニックを護っていないが、どうやら面倒くさがりの黄蓮は、早々にこれを決めてしまったらしい。なので蒼蓮は仕方なくジャニックに付いて来たようだ。

いや、連れて来られたのか。

「何よ、アンタ一緒に行かないの?!ドラゴンなんだしアンタのが適任じゃないの!」

ジャニックは、くいっと眉を上げた。

「寒いのは好かん。気が滅入る。」

「アンタの機嫌なんて知らないわよ!」

すかさず突っ込んだものの、例によって全く聞いていない。

「じゃぁ何よ、あたし達が帰ってくるまで、アンタここで待ってるっていうの?!」

するとジャニックは、太陽のような笑顔で頷いた。

「俺はエドワード殿と本を読むのだ。ゆっくりでいいぞ貧乳。」

レッドドラゴンの瞳がきらきらと子供のように輝くのを見て取ったイライザと蒼蓮はうなだれた。

あぁ、これはもうダメだ絶対。

心なしか部屋の温度が上がった気がする。




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