マリカム 共和国協定千四百三十七年蚯蚓出
マリカムという土地に奇妙な面倒を因縁と感じるのも癪に障ったが、面倒を連想させるのは仕方ないところだろうとも思った。
ロータル鉄工に割り当てるはずの社用車でマリカムまでマジンが出向いてみれば奇妙な雰囲気だった。
「なんだ。あなた一人なの」
リザが宛が外れたようながっかりした顔でマジンに言った。
「一日かけてたどり着いてみれば、ご挨拶だな」
流石にマジンも不機嫌な声を出す。
「ごめんなさい。助けて欲しくて呼んだの」
「貨物車を売れ寄越せはナシだぞ」
事情を察したマジンの言葉にリザは口をとがらせた。
「じゃぁ、貸して。運んで」
「そういう話か」
「そういう話よ」
当たり前だと云わんばかりにリザは胸を反らせてるようにして答えた。
「荷は」
「四グレノル」
「それだけでいいのか」
「一週間したら、馬匹の手当がつく。その間の糧食を運んでほしいの」
どれだけの部隊の手当か知らないが、一週間の糧食の手当がたったの四グレノルというわけがない。
「本当は何グレノルだ」
「……二十……四グレノル」
共和国軍輜重が使っている二駢四頭立ての大行李でおよそ百両。
往来の距離にもよるが、秣の分が増えることはあっても百両からはまず減らない。
無茶苦茶を言いやがる。と、内心思ったが、マジンはそうは言わなかった。
全ては戦争だ。
しかも負けかけている。
「場所はウモツのあの丘まででいいな」
「それでいいわ」
マジンは頷くと無線機で輸送隊に繋いだ。
だいぶ遠いらしいが、機嫌よくファラリエラが歌っているのに併せてやいのやいのと合いの手が入っているのが聞こえる。
「みんな。ご苦労さん。元気そうで何よりだ。どの辺にいる」
少し間があって、歌が止まった。
「明日にはキンカイザにつきます。アミザムにいるって話でしたが、何かありましたか」
遠く歪んであまり良くない無線電話の音でもマキンズの声が少し緊張していることがわかる。
察しが良い男の反応にマジンは少し機嫌を良くした。
「これからちょっとそうなるかもしれない。それまでファラリエラの歌を楽しんでてくれ」
そう言ってマジンは一旦無線を切った。
「リザ。その荷を引き受けてやってもいい。だが条件がある」
「なに。言って。荷物引き受けてくれるってなら、この場で裸踊りだってしてあげるわよ」
全く臆することなくリザは改めた。
「馬鹿め。お前の裸なんかでケリがつくかよ。条件は四つだ。まず運賃は二千万タレル。国内なんだから軍票なんてみっともないことはするな。そうでなくても、出納課長の目が最近冷たい。せめて小切手か戦時国債にしてくれ。
――二つ目。鍛冶場工房と鉄石炭骸炭のたぐいを好きに使わせろ。なに。鉄で三グレノルといったところだろう。古い鉄砲とか農具とかああいうものをともかく持って来い。錆釘のたぐいとかなんでもいい。あと、木材と布の類も大量にだ。
――三つ目。ロータル鉄工の後装銃弾あるだろ。アレを十八万発くれ。
――四つ目。お前を殴らせろ。それで三日で荷物は届けてやる。本当に二十四グレノルでいいんだな」
マジンが確認するとリザは頷いた。
「それでいいわ」
リザの言葉を確認するとマジンは無線でマキンズを呼び出し、明日荷を下ろしたら、油をたっぷり入れてキンカイザで六樽余計に買ってマリカムに来るように告げた。
マキンズはそれだけでなにがあったか、だいたい察したようだった。
それからマジンは街にあったクズ鉄の類をまとめて熔かし、叩き鍛えつなげるようにして、朝までに大きな荷車を三台でっち上げた。
大きな柵か籠のようにも見える鉄の車輪の荷車の床の上に布と板を敷き荷物をのせ紐と布で幌をかける。
昼前にどうにかそうやって、出来上がったところで昼に貨物車がやってきた。牽引用の蝶番が噛みあうことを確認して一旦外して荷物をそれぞれに積ませる。
気を利かせて乗ってきたリョウが運転を出来ることを確認すると、とりあえず山道に入るまではリョウとマイノラに運転を任せ、マジンが最後尾につくことにした。
先導にリザとその部下をマジンの乗ってきた車に乗せ、応急隊に当てる。
平野部を走っているとリザの運転が全く後ろを見ていない、集団行動の苦手そうな運転であることがよく分かる。
平野部で輜重の長い列を二回追い抜いて、山地で一回苦労している兵隊を助けつつ追い抜いた。
山間では途中何箇所か森の太い枝を払ったり、作りのいい加減な牽引貨車が危ない動きをしたが、大事には至らずにすんだ。
予想出来ていたことだが、山道では気楽に速度を出せる状態ではなかった。
馬が転げ落ちるような道ではなかったが、馬車をゆうゆうと通せるような道でもない。
そんなところに巨大な車輪だけの荷車を通すのは、いかに大馬力の機関車仕立てといっても、かなり神経をつかうことだった。
ラコン少佐はたっぷり八キュビットはある二階屋と変わらない巨大な幌馬車に驚いた様子だったが、リザとマジンの顔を見た瞬間になにがあったか察した風でもあった。
牽引してきた貨車は置いてゆくと伝えるとラコン少佐は少し驚いた様子だったが、それならばと牽いてきた幌車の方は後回しにして貨物車の方から荷降ろしを始め、三日目昼前には車列は丘を降っていた。
荷を軽くしてからは順調で、四日目の夜、日没後にマリカムにたどり着いた。
過積載もいいところの貨物車を運転していた面々はマリカムにたどり着くと、よろけるように宿の寝床に潜り込んだ。
翌日、朝になって食事の席で、リザが支払いの準備ができたことを告げた。
四日の間に手配でどこからか集めてきた十八万発の銃弾と二千万タレルの軍票をリザは胸を張ってマジンに引き渡した。
その横っ面をマジンはひっぱたいた。
リザはよろけて踏みとどまった。
「小切手とか国債とか無理だって云われた。閣下と呼ばれるようになってからもう一度言ってくれって」
リザは叩かれ早くも赤くなり始めた頬をさすりながら鼻で笑って言った。
「じゃぁ、代わりにお前の今の部署と役職を言え」
マジンは少しも懲りていなさそうなリザの顔を苦々しく眺めて尋ねた。
「何だ、そんなのが知りたかったから小切手だったの。私いま軍令本部のギゼンヌ戦域戦務参謀。なにやる人かって言うと、今回のみたいに滞っているところに横槍入れて無理やり融通きかせる部署。今回は輜重の手配が間に合わなくて一週間分の食料に穴があきそうだったから、お願いしたの。アタンズの馬匹が全滅しちゃってもう大変よ」
赤くなった頬をさすりながらリザはケロリと言った。
帰りがけの道はどうしても武勇伝で花開いた。無理やり牽引させた貨車の鉄の車輪はひどく滑るものでおまけに背が高かったことから、山道ではともすると滑った勢いで倒れこみ、そのまま谷底に落ちるかもしれないという恐怖があった。軍都から西の平らと云っていい街道に至って、一行の疲労と安堵が軽口になるのは仕方ないことだった。
「先輩すごいなぁ」
ファラリエラが帰りの車列の無線で染み染みとした声で言った。
途中、ロータル鉄工で銃弾を積ませたり、出納課で軍票を小切手に変えて銀行に振り込んだりと細々とした作業をしながら合流すると、リザの話がパラパラと出ることになった。
「リザさんのはあそこまでいきゃ、惚気ですな」
マイノラが気楽そうに言った。
マジンは館に帰り着くと三日の中休みのうちに貨物車にもともと準備していた小改造を施し、牽引貨車にブレーキと動力を引き出して、合計四グレノル積載できるように改造し、貸室をまるまる交換し側面を油圧で大きく開くように変更した。前後の荷室にはそれぞれ昇降機を付け、小型の自走できる昇降機までつけてやるとマイノラが流石に嫌な顔をした。
「これ。何人で扱うんですか」
「とりあえず三人づつ乗れ」
「三人ってぇと」
「マキンズ、マイノラ、バールマン、レンゾ。と、あとは、狼虎庵の新人のコルンとエィゼンツ」
「コルンってのは偶に手紙届けたりするんで来てますよね。いつも組んでるのはボーリトン、ってやつじゃないでしたっけ」
「ボーリトンは運転上手いがヒョロちっこいからな。近場や馴染みなら問題もないが、力仕事を知らん土地でさせるのは少し気が引ける。それにボーリトンにはボクの運転手で乗用車の方を任せようと思っているんだ」
「ああ。なるほど」
「まぁ、ファラとリョウはいずれ帰るお客さんだから、いつまでも頼ってはいられないが、二人共軍人だしいましばらくは軍人会は使わせてもらえると助かる。もうしばらく頑張ってもらう。そういうことだ。町の外のタルい道では新人に運転させて、お前らは道の様子を気を配っていろ。軍も動き始めたが却ってそのせいで野盗連中が退屈しのぎに襲ってきてもおかしかない。道はいろいろ変えているが、土地の事情はわかったもんじゃないからな。エィゼンツは里じゃ自警団にいたらしい。どれだけ使えるかわからんが、力仕事くらいはできるだろう」
あまりに長大になって、後続が前車の意図がつかみにくくなったのでブレーキ灯と方向指示器、後退灯と補助側灯を付け、最低限の牽引貨物車の挙動と操作方法とを説明する。
もともと乗っていた四人はしばしば突然不調になる無線機に便利と不安を同時に感じていたので、仕掛けが単純な壊れにくい明りの合図というのは好意的に受け取った。
とくに方向指示器と補助側灯が運転状態ではなく運転者の意思を表示できるということで、純粋な信号にもつかえることも評価が高かった。これまではそういう明りは前照灯しかなかった。
真空管は白金から取り出した耐熱性の高い重金属の利用でかなり安定していたが、それでも理由もわからず不調になることは偶にあり、ファラリエラの歌はそういう奇妙な沈黙に対する確認の意味もあってということらしい。
ここしばらく自前で精錬している質の確かな水晶を組み込んでからは無線電話は相当に実用に耐えていて、真空管の質も上がったことで電池に余裕がなくなる寒い冬の夜以外はかなりの距離の会話をつないでいた。
人が持ち運ぶにはちょっとばかり大きすぎ、背負って抱えるには電源が貧弱すぎて無理のある大きさだったが、旅客車や貨物車、プリマベラに組み込むには問題もなく、春風荘や狼虎庵ではここ二三ヶ月は真空管が切れることもなく使えている。
ローゼンヘン館で数日を過ごした軍人たちは魔導士の消耗を恐れる必要がない無線電話の意味や価値を当然に理解して衝撃を受けていたが、それを言えば昼夜を問わず煌々と明かりが灯り、事務作業に滞りを起こさず、望むときに風呂に入れ、二十リーグどころか百リーグを一日で移動することを実現するローゼンヘン工業の機材は、しかし魔法の産物ではなかった。
凡俗にはおよそ魔法と変わらない事柄を精妙に整えた機構でなす。
問えば答が返ってくる種類の事柄で返ってきた言葉を覚え積み重ねるだけで、この世の真理の周りを巡れる。
ローゼンヘン館はそういう土地だった。
そうであるからこそ、マジンは忙しそうにしていた。
マジンはボーリトンとデナを乗せて牽引貨物車を三台連ねての軍都への便に加わった。兵站本部の購買課と装備課にロータル鉄工の銃弾二十万発と試験用の機関小銃と機関銃を持ち込むためでもあるが、軍令本部でマルミス・アリオン・ミノア各将軍の注文をどういう風に熟せばいいかの確認をするためでもある。
秘書にデナを帯同したのはパトラクシェやジローナがあまりに派手すぎて或いは大本営内部で見知っている者がいるかもしれないというよりは、知っている者が当然いるだろう配慮からだった。
もちろんマヌカンを身請けした以上は別段関係は清算されている訳だが、枕代を貢いだ男の恋慕の逆恨みというものはしばしば妙な形で炎上することもある。
ともかく機関小銃千丁と二百万発を積んで軍都に向かった。
途中、奇妙な一行が街道を塞ぐようにしていた。マジンがマキンズとリョウに小銃を取らせて出向いてみると、軍服の女が商隊を塞ぐようにしていた。
女はマリール・アシュレイ少尉だった。
アシュレイ少尉は奴隷商人の臨検をしているという。逆らった隊商の数人が格闘の末にのされ、武器を出して始末するかどうするかをなやんでいる、まさにそういう状況だった。
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