マジン二十四才

 マジンが花火を作ろうかなぁ、と思ったのは、ローゼンヘン工業の体制の刷新が一通り終わり、鉄道延伸計画や河川水運計画などの採算計画と、海漆喰や石油などのデカート州域外の資源調達の拡大を含んだ第四堰堤建設計画といった長期計画が一通り社員たちに分配され、少なくとも半年か一年は直接事業に手を出すことは却って危険な状態になったからだった。

 昨年採用を決めて退官した退役軍人たちや軍都で面接をしてきた各地出身の各種の事務書士などが四千人近くデカートにやってきて、各所の事業所での点検決裁とそのついでの配属された人員への挨拶、定期的な業務決裁の確認以外、マジンは会社業務をおこなっていなかった。

 実態として業務決裁の殆どは数字合わせと幾つかの報告書の前提と結論がつながっているかを確認するだけで、業態や報告経路が様々に整理をされたことで秘書たちだけであらかたの見当がついて、ちょっとした小説を読むのと同じ程度まで容易になっていた。

 以前はローゼンヘン館に残っていた銃器の製造ラインも警備隊の管理を簡便にするために川沿いに追い出した。

 ローゼンヘン館には分析用の機材と試作用試験用の工具を残して、量産用の生産設備装置治具は全て森の外に出してしまった。

 例外は石炭の乾留窯だけだったが、これも港に新設したものもあったし、やはり川沿いに新設された石油分留施設が発電所を併設していて一時に比べかなり低調で運転していた。

 とはいえ、工房の中ではあちこち萎えて年がいってはいつまでも現役というわけにもいかないという老人たちが、いよいよ本格的に趣味の工作を楽しんでいた。

 ローゼンヘン工業に組み込むことをマジンが嫌った老人たちは、今は軸流式蒸気圧機関と遠心過給器を組み合わせたような軸流噴流機関を作っていた。

 基本的に吸気の圧縮熱と燃料の燃焼による体積膨張で熱流体機関を稼働、吸入空気流量を拡大再運転する装置で、外気と燃料と機械の設定の釣り合いによって稼働する装置だったから、ひどく初期設定と調整の難しいところもある反面、機械的に単純な構造をしていることで大出力を取り出すのに向いた熱機関だった。

 マジンの論文と実際に生産工程に既にある幾つかの機械の動作から、老人たちが退屈しのぎの検討と設計を始め、工房にある機材と材料を使って暇つぶしに作り上げた機械だった。

 初期においては石炭ガスを使っていたが、石油の生成物でも割と燃えにくい胡麻油のような植物油でも運転設定に応じた設計で運転は可能だった。

 吸気に燃料を吹き込み燃焼し、分子の分解と熱膨張による圧力変化を機械動力として回収し風車により外気を吸気する。一方でその動力で空気を高速度で吸い込み速度差で圧縮し燃料点火に十分な温度を作り、連続的な燃焼をおこない動力とし更に外気との排気圧力が噴流を生む。

 すべての熱機関がそうであるように、理論式上は単純な循環構造を持っている。

 そして構造的には往復機関よりもよほど簡素な部品でできている。

 反面設定領域を広くとることは難しい。

 往復運動式の熱機関と違い、連続的な燃焼を動作の基底としていることと、部品が常に一定の温度帯であることから、圧縮燃焼部に冷却工程を機構に組み込みにくく材料の選定が難しかったり、設定を間違えると部品温度が容易に燃料の燃焼温度や材料の限界温度に張り付いたり、吸気の速度と圧力を確保するために高速運動を行う回転体の体積と重心の変化とが性能に直結したりと、部品の熱管理が難しい面があった。

 熱圧力の関係構図としては軸流式の蒸気圧機関の動力部とほぼ正反対になる機関で、単純に熱効率と定常運動の取り出しという意味では、組み合わせの相性は良い。

 大出力一定で運転する条件であれば、機構上も理論モデルもほとんど差がないという特徴もある。

「なんで鉄道機関車にこの機関を使わなさらんかった」

「わざわざ水を積む必要もない」

 老人たちは口々にそう尋ねた。

 石炭は使いにくかろう。と理由をいうと、老人たちは肩をすくめるように自分たちの遊びに散っていった。

 しばらくして久しぶりにローゼンヘン館の工房の屋根と壁が吹き飛んだ。

 死人が出なかったことが幸いだった。

 原因は軸流噴流機関の台座固定の失敗だった。

 もともと連続的に火をつけている大砲と変わらない性質であれば仕方ないのだが、軽量高剛性の耐熱材料で作られた砲弾兼砲身は燃料系がちぎれる僅かな時間で壁をえぐり天井を突き抜ける速度に達していた。子供の体重ほどの丈夫な機械はもちろんバラバラになったが、手に負えない怪我人が出なかったのが幸いだった。

 老人たちの暇つぶしたるやなかなかの威力であった。

 どうにも自分たちの渾身の傑作が無視されたようで悔しかったらしい。

 使ってやるからこういうものに仕上げろ、とマジンが大雑把な仕様と用途を説明し構造概念を図にしてその場はなだめすかし、花火が作りたいなら、もうちょっとおもしろく綺麗にやろうと話をすり替えた。

 そういう花火騒ぎがあったこともあって、本式の花火を見せてやろう、と思い立ったのが理由の一つ。

 そう言って事故の片付けをする老人たちに花火作りを手伝わせることにした。

 鉱石中の希少夾雑物の分離分析で様々な炎色の材料がみつかり、材料として使えるほどに揃ってきたり、フラムの花火が物足りないと思ったのも理由だった。

 花火は黒色火薬の火の粉の形やその火の粉が時間差で連鎖する様を楽しむものだったが、連鎖の形が老人たちの事件のような、砲弾に火薬を詰めてバラバラと包みが壊れて火の粉がこぼれてゆく物がほとんどだった。

 つまりは、計算によって包みが意図を持って解れてゆくというよりは、単に飛んで壊れてバラバラになっている、悪し様に言えばだらしないものだった。

 その壊れ方をもっと意図的に洗練させてみよう、と老人たちに提案した。

 例えば、空中の一点打ち上げられた花火弾体が上昇から落下に切り替わる停止した瞬間に爆発すると爆発の形は爆発の圧力と速度のかたちに整形される。

 設計を単純にするために花火の形を球型にして材料を均等として中心に起爆薬を仕込む。

 起爆薬はその表面の形状に応じた形で圧力を伝播するが、環境の外乱を無視できほどに爆圧が高く、寸法が無視できるほどに十分に小さい起爆薬はその爆圧を伝播する過程で等圧力面の形状を限りなく球型に近づける。

 起爆薬周辺にある物体はこの圧力の伝播によって力を受け加速する。

 この時に周辺に質量密度直径ともに等しい球体が爆薬から等しい距離に球状に配置されていると仮定すれば、その周辺の球体は爆薬からの圧力を等しく受け球状に飛散する。

 飛散した球体が曳火する構造になっていれば球体をなした菊状の孫花火ができる。

 ほう。

 花火の散弾か。

 いや、爆弾か。

 面白いな。

 そんな風にして、ローゼンヘン工業の花火作りは始まった。

 子玉孫玉や各種曳火剤を配合するのは鉄砲づくりでならした老人たちはお手のものだった。何発か実験で打ち上げてみて火薬の量の調整や散らす星の成分を確かめる作業は線路からも見えたようでヴィンゼではなんのお祭りをしているのかという話にもなっていたようだが、誰も知るはずもなかった。

 夏祭りに二百の花火を打ち上げ筒とともに持ち込んだ時にフラムの祭りの幹事はその大きさと数に戸惑った様子だった。紙製の巨大な砲弾のような花火も異様なら大きな攻城臼砲のような発射筒も自分たちで扱うことに恐怖を感じた。

 老人の退屈しのぎの渾身の快作である直径二キュビットの大玉とその発射筒はこれまでのフラムの花火がまとめて放り込めるような大きさのものだった。

 祭りの当日これまで外に出ることを嫌っていた老人たちをオゥロゥの二号船イェンコに乗せて花火見物に参加させた。

 ひときわ腹に響く砲声とともに色とりどりの菊のような紫陽花のような炎の花が咲き乱れたことに歓声が沸いた。

 エリスはようやく自分で服や靴が整えられるようになった弟妹達を引き連れて船上の一角を陣取って空をみあげていた。

 翌日からしばらく老人たちがぼやいていた。

 少なすぎるのではないか。

 もうちょっとこう、単にぼんパパぁ~。って感じじゃなくなぁ。こう、どっズどどどどどど、とか。

 実験でさんざん打ち上げていたはずの花火について感じるところがあったらしく、計算機を回して花火の設計計算をおこなったりと楽しげにしていた。

 どうやら軸流噴流機関のことはわすれているらしい、と少しホッとした。

 フラムでも元老院でも花火の評判はすこぶるよく、ぜひ来年以降も頼むという話の口火に様々な懸案の相談や調整に呼び止められた。

 ローゼンヘン工業は私企業でそれも殆ど例がないくらいに個人資産で運営されている企業だったが、昨年の刷新から旧来の事業については社主の直接的な采配を避けていた。

 元老の多くはそれを知らなかったし、知っていてもなぜそんなことをするのか理解する立場にはなかったから、去年は出来たやってくれたでしょ?と不思議そうに首をひねられることも多かった。今年一年休養をいただこうと思っています。というとなにか気の毒そうな顔をされ納得されたりもした。



 機関小銃事業は順調に前半期を終えた。

 納品がデカート受け取りだったことが大きいが、ともかく川祭りが終わってすぐ夏の暑さがますますの盛りを迎える頃、四年で六十万丁銃弾十五億発の納品を完了した。

 後備聯隊や様々な部署に行き渡ってはいないが、帝国との南北の戦闘正面の部隊には後備や義勇兵も含め行き渡っていて、非常に助かっているということだった。

 結果として八年で百万を作ると言ってみせてくれた言葉に至らなかったことは残念だが、その言葉が信用に足ると感じさせる実績だった。

 今後も頼もしく期待している。

 と、実は初めてクエード兵站本部長に直々面談をすることになって言われた。

 常識的な話題として小銃のような消耗品に予備が必要なことはわかっているが、問題は既に小銃の話題で収まるところではなくなっている、というのが共和国軍が一旦は十年百二十万丁を求めかけて取りやめた経緯でもあった。

 前線はもちろん戦線を離れた後方でも捕虜の問題が次第に深刻さを増している実態があり、兵站わけても輸送能力の拡充が必要になっていることは、ギゼンヌにおけるやや異例の試みが功を奏したことで明らかになった。

 我々共和国軍兵站本部としては機関小銃に代わる事業として輸送車の供給拡大をお願いしたいのだが、可能だろうか。と、兵站本部長に直々に確認された。

 段階的に拡充の努力をしていて車輌納車の実績も毎年百両前後まで増加していることを説明したが、それでは足りないということだった。

 せめて二万両を年間二千両程度の割合で欲しいという。

 材料の問題があると聞いていたが、すでに解決したのではないか。

 という兵站本部長は報告書を手元でめくりながら言った。

 実は二つ問題がありまして。と多少気乗りしない説明をマジンは始めた。

 一つには新たに緊急性の高い事業を起こすことになって資材が大量に必要になっていること、そこで部内で取り合いになっていることから急速な生産拡大が難しいこと。

 もう一つは大豆油市場の混乱から各地での燃料調達が困難になり始めたこと。その混乱の対策で近い将来、具体的には鉄道の軍都接続を機に燃料の切り替えをおこなおうかと考えていることを告げた。

 その二つの問題の解決は目処が両方共概ね三四年後になる。

 マジンが見込みを口にすると兵站本部長は上体を大きく揺すった。

「解決の目処としているのは鉄道の完成。軍都までの接続かね」

「それも大きいのですが、調査中の資材の調達が安定するのがそのくらいと考えています」

 普通であれば、まともな取引先をみつけてやり取りするまでの期間は一年二年ということはない。相応に目処はあるがこれからという話であるらしいことは本部長にも伝わった。

「そうすると機関小銃事業の後期分はどうなるね。秋にも再検討、春にも予算化会議と云う段取り自体は決まっている。規模そのものは決まっていないが、常識的に銃弾と消耗分の小銃補充はおこなわれる」

 指先だけで感情を示してクエード本部長は既に決まりつつある件について尋ねた。

「ひとまず人員は整理する方向ですが、設備の解体転換は来年いっぱい待ちます。機関銃や迫撃砲に関しても長期計画を示していただけると生産調整が行い易くて価格の圧縮ができます。あと一昨年から銃器関係は生産品目を増やしたので装備課と調達課には報告をさし上げたので、宜しければご注文いただければと考えています」

「青弾というやつと一回り大きな機関銃か。迫撃砲にも青弾というのはあるのかね」

 本部長は既に報告を読んだことを示すように尋ねた。

「……ん。ああ。たしかに。作れますし、使えると思います。準備いたしましょうか」

「いや。いい。ああ、いや。見せてもらったほうが良いだろう」

 混ぜ返したつもりの言葉に真顔でかえされ兵站本部長は鼻白んだ。

「……つまりなんだね。ん。ああ。貨物機関車の生産は当面年二千両にのせるのは難しいということかね」

 感情の落とし所を探すように話を戻すように本部長は尋ねた。

「当面というのがこの先一二年ということであれば、そうです」

「油の件を気にしないと言えば」

「他所を止めて慌てて五百というところでしょうか。ご存知と思いますが、いまデカートで大規模な工事事業をおこなっておりまして、資材の多くをそちらに回しております」

「聞いてはいるが、戦争よりも重要なのかね」

 事実の確認という態を装っているが、感情をにじませながら本部長は改めた。

「そういう言われ方をされるのは全く心外ですが、とりあえず勝利に圧している戦争よりもデカート州全域にとって危険な状況であることは間違いありません」

 諦めたように兵站本部長は鼻息をついた。

「……ふむ。それでは電話交換器の搬送もそのくらいになるのかな」

「そちらは来年中には水路の拡幅に目処がつくので、必要であれば再来年には持ち込めます。前提としてエルベ川が遡上できるならということですが」

「概ね、予定通り、かね」

 皮肉なのかどうなのか兵站本部長は言葉を区切るように言った。

「齟齬は様々にありますが、決済期日という意味であれば年度内ではあります」

「規模は小さくなるが兵站本部で使ってみるという話で今進めている。年内には見解がまとまるからそのつもりでいてくれたまえ。

……ともかく機関小銃納入事業の件、計画当初は正直多くの者が疑ってもいた。だが、まったく見事だった。いまは計画の無謀を疑っていた者たちの多くも、帝国との戦争が優位に転じたのは君の事業努力が結実したものと感謝している。無論、これで戦争が終わりというわけではないが、君がかつて言った次の戦争のための努力が実りを見せているものと私は確信している。ローゼンヘン工業の発展が今後も共和国の栄誉と等しくあることを祈っている」

 クエード兵站本部長は改めて機関小銃の納入実績に感謝を述べて、今後を祈ってくれた。



 軍学校に立ち寄って、アルジェンとアウルムに花火の写真を見せたが、既に花開いた後の風景と丸い紙の玉の状態ばかりで、実際に空中に上がっている写真がないことは全く残念だった。

 代わりに構造と概念的な運動方程式を書いて時間的な空間広がりから、こーんな感じ、という説明をしていたのだが、何の新兵器の話だ、と砲兵科の生徒たちが集まってきて少し賑やかになり軍曹が踵を鳴らして巡回を始めた。

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