ワイル州ペロドナー商会 共和国協定千四百四十一年白露
ワイルにペロドナー商会という新興の貿易商会ができたのは夏の終わりの事だった。
交易として物品取引を商売として直接取り扱うよりは、商隊の支援を行うことを目的に経路警護や路程の消耗品の補給を主な業務として掲げていて、先導案内と一種の傭兵のようなものとして認識されていた。
ワイル州のあたりではもちろん共和国一般に広げても珍しい商売というわけではない。
長駆百リーグと考えると、相応に不慮も多く旅の道行きや先達は必要であるが、旅程に臨む者が必ずしも土地の先行きに親しんでいるわけではない。
傭兵ほど武張っているわけではなく、駅馬車ほどに堅くもなく、雇いの同道者という者たちの需要は相応に多い。熊でも猪でも野犬の群れでも旅慣れない者には死を意味するし、そう云うわかりやすい危険以外にもいくらでも道行きの危険はある。
旅慣れたものの案内は凡そどういうときでも心強く命の扶けになる。
ただもちろんある程度商売として軒と看板を支えようとすれば、実績と信頼がものを云う信用商売を簡単に新参が務まるというわけでもない。
彼らは七つの城主に古い順に挨拶をして、町のすぐそばで営業したいと言った。
城主たちは全員直接接見をすることはなかったが、それはいつものことでもあった。
城市の外の市井のことにはおおらかな城主たちは、ペロドナー商会の開業を快く認め、その先行きを大いに期待した。
ペロドナー商会は七つの城市の全てで様々な事務書士の募集を求めたが、当然に応募がなかった。そもそもに雇用条件がすこぶる悪かった。
ペロドナー商会は基本的に外部の商隊を相手に営業を行い、一般客には部屋は貸さないものの柵の中の敷地に馬や荷車を停めることを許した。そのためにオアシス中心部からは少し離れた南の城市の間と云うには控えめに遠い位置に店を設けていた。南側は城市が軒を連ねている大バザールに近い大オアシスからは遠く街道には近い、少ない資金で新たに店を開く者たちが飛びつく、まぁ普通の立地と言えるが、つまり非常に治安が悪く店を開いた者たちがそうそうに店を畳む土地でもあった。
商売をするならワイルを迂回するような街道にこだわるよりは、ワイルを東西に抜けられるオアシスを経由した何処かを選ぶのが宿泊客を狙えて店も多いのだが、今となっては土地に余裕が有るわけでもない。多少北東側が空いているか、という程度で、ペロドナー商会が店を構え柵を広げたような広々とした土地は確かに南側を選ぶしかない。
ペロドナー商会はなかなかに太い資本を持つようで、この辺りでも珍しくなくなってきた貨物車を敷地内に常時何両か止めて、また数百の換馬を準備維持して数十人の奉公人を使っていた。そのうちのいくらかは明らかに軍人上がりの丁寧さで、油断がならないのかどうなのかと、ワイルの様々な身分職業の者達が検分していた。大豆油をあまり安くない値段で売っていた。だが、位置が良いせいか意外と多くの貨物車が利用していることがワイルの人々の気になった。
そのうち敷地に築山と池ができていた。不思議に思っていると西からくる荷物で水を運んでいるという。
水を運ぶなぞバカバカしいと思ったが、そのうち敷地を南に押し上げ池を広げ始めた。
池からしみだした水が次第に辺りを茶色く緑に変えてゆき、秋の終わりには敷地からはみ出すほどに緑が増えていた。
カネを積んで庭を整えるアホウの面を拝もうと幾人かが乗り込んでいったが、なかなかに腕のたつ使用人が多く、ギルドの使いのふりをして乗り込んでいった連中があっさりとつまみ出されて帰っていった。
ふりにせよギルドの名前が効かない、ということであれば、容赦する必要が要らなくなる。
頭の気の毒な余所者を夜討ちに出た一番槍はメルズ一家だった。
彼らはこの辺ではあまり商売をしていなかったが、挨拶代わりに分かりやすく土地の堅気にカドの立たない獲物を狙っていた。夜、敷地に止まっていた自動車を狙って初弾をとんでもないところに外したがそれも構わなかった。
どのみち今日は様子見の嫌がらせのつもりだったし、うまくいったら丸儲けのつもりだったから、箱に入っている二十発を撃ったら帰るつもりだった。
だから、あまり大きくないというよりものっそりとした薄べったさの自動車がこちらに細く薄い銃身を向けているのにあまり気を払わなかった。マスケット銃ごときでこの車の扉も窓も抜けないのは知っていたし、機関小銃でもよほどのところでなければ撃ちぬけない。
一応後ろの砲手たちになにか出てきたから気をつけろ、とメルズは言ったがどれほど本気だったかはお互い信じていないで笑った。
その笑いが止まらないうちに車の扉を抜けて運転席を爆発が襲い、車がひっくり返った底を貫いて再び爆発が襲った。
余りの不意打ちに生きている者も死んだ者も区別がつかないまま敷地から自動車が飛んできて掘り返すようにメルズ一家の全員を死者生者まとめて引きずるようにして敷地に取り込んだ。
退役軍人たちは与えられた装備を使った初めての実戦にもひどく冷静だった。
装甲自動車は今年に入って暇になったマジンが一気に鉄道警備隊用の装備として設計して数を整えはじめていた新型機械だった。
ローゼンヘン工業の鉄道警備隊に所属することになった警備員、事実上のローゼンヘン工業の私兵たちは相応に訓練を積んでいた。
彼らの笑いのタネはローゼンヘン工業の初年度の給料の払いの渋さとそれに反した手厚い福利厚生で、子供の小遣いかと思った、と笑うところだった。
瘴気荒野での鉄道警備隊との訓練は最初殆ど一方的で、むこうが実弾を使っていても被害がないことがわかっているだけで、こうも冷静で戦闘に臨めるものかと自分たちの落ち着きに驚いてさえいた。
とは言えそう油断した挙句に車輌が横転して重傷を負ったものも数名いる。
幾度か苦手のパターンに追い込まれてむしられるということもあって、やってはいけないことも学んでいた。
高速運転時に側面からの攻撃をくわえる時もうける時も注意せよ。と注意されていたし、そうでなくとも速度が出ている時の自動車は乗り心地とは別に不安定な乗り物でもあった。
そもそも運転席の視界がひどく狭いのりものであることが、鉄道警備隊との訓練での負けの形であったから、動かない動きの鈍い相手、平たい起伏のない土地は安心できる相手だった。
一方で陣地に踏み込むというのは配置を観察して迂回する余裕があればともかく、土塁を乗り越えて空堀があるというのは最悪のパターンだった。策を弄した陣地に対しては高機動と歩兵を圧倒する銃火器と防御などと云っても、長距離巡航を主眼においた車輌ではまともに突っかかって勝ち目が見えるわけでもなかった。
装甲車相手の対応に慣れ始めると、却って徒歩の歩兵のほうが青弾や煙幕などを地形と組み合わせて装甲車を擱座させることも増えていった。
開けた土地では馬なぞ比べ物にならない速さで走ることもできたが、そんな速度で罠にかかれば車体は壊れなくとも、百キュビットも宙を舞った挙句にどこかに放り出されるか、そのまま何かにぶつかるかすることになる。中の人間が車体の内側にいるかいないか、どちらが幸運か判断に苦しむ。
完全な運転姿勢であれば運転手は四肢を操縦のためにそれぞれに安定させ胴体を座席に固定されているはずだから、せいぜい肋骨を何本か折るだけで済むが、射撃姿勢にあるはずの砲手も周囲を見回している車長も座席から放り出されて、様々が待ち構える車内前方百キュビットに墜落する。座席から離れて装填作業を手伝っているなら副運転手は間違いなく死亡することになる。
訓練中に幾度か横転事故はあった。
そういう事故が起きるくらいには彼らは装甲自動車の訓練をつんでいる。
そして長距離巡航しての警護の任務に当たれるくらいにはそれぞれ車輌に慣れていた。
ペロドナー商会に配備された装甲自動車は運転手を二名と射撃手車長の四人編制で乗り込んでいた。基本的に運転席一名砲塔バスケットに一名の二人で完全操作可能だが、五百リーグを巡航する前提で夜間の別なく走るには運転席の視界が狭く、車長の運転指示が欠かせなく、そうでなくとも周囲を警戒しつつ護衛対象の貨物車に追従するにはかなりの疲労があった。
他にもう一名、便乗者用の席は狭すぎて、ここに座られると銃座バスケットの旋回が出来ないので通称社主席と呼ばれていた。普段は地図鞄や水筒携行食毛布携行装具などの雑貨置き場になっている。巡航中は副運転手席と社主席が一種の休憩用の席で、交代で車中で仮眠を取りながら体力の温存に尽くしていた。
野を超え山越えやってきた彼らは、一通り満足できる道具であることを理解できる時間訓練を積んでいた。
相応の訓練をしている彼らは、むこうの攻撃はまぐれ当たり以外で怪我することがないことは知っていたし、敵が大砲を持ちだした瞬間に当たらないことはわかっていた。敷地の被害については心配もあったが、それはせいぜい支配人が宿泊客に説明することで、彼らの職分ではなかった。
四十シリカ銃弾は安々と貨物車の側面と底面を貫通させて横転させた。
僅かな時間差で着弾した炸薬によって、高圧の金属流で錐のように鋼鈑を穿つ弾丸は夜目には僅かに明るく着弾を光と音で示したが、彼らはそこまで狙っていたわけではない。コンテナを標的に射撃したことは多かったが、実車を対象にした射撃は初めてで、初弾の爆発で車輪がはねて傾き次弾の爆発で蹴飛ばされるように転がった貨物車を見た瞬間、無線をつないでいるのも忘れて絶叫していた。
細瓶のワインボトルくらいの大きさのトロンド断面の薬莢は機関小銃のような箱型の弾倉に入っていたがバネ式ではなく歯車式で七発弾倉に下部の切り欠きから追加しながら装填でき、機関小銃のように連続射撃もできたが、今日の晩の結果を見るとあまり必要がない機能かもしれないと、楽観的になれた。
二両の装甲自動車はそれぞれ一発づつ襲撃者の運転席を狙い撃ち、側面を見張ってくれる援護の班とともに襲撃者の身元確認をおこなった。
メルズ一家の生き残りは自分たちが何にやられたのか、よくわかっていなかった。
夜目で大砲を放ったということもあったし、大砲の操作を急いでいたこともあった。運転席の親方のメルズは何かを見た様子だったが、彼は直撃で死んでいた。
ただ、やたらと遠くから銃で撃たれたという印象だけはあった。
領主たちともゆるく付き合いもある幅広い取引をおこなう彼らの噂は様々な形でワイル一帯に伝わった。
乱暴なこともするが金離れは悪くない地元の顔役がぽっと出のよそ者にのされる、というのはメンツも義理も仁義にも悖る。と、武張った地場の者達を当然にイキらせた。
そういう成行きで先走った者達による敷地を狙った夜襲が月のうちに二件あって、すべてが全員生死問わずで捕縛されたことで、敷地への夜襲は下火になった。
ビラム一家はよその一家が功名欲しさに先走るのを眺めていて、三両目を見つけた。
親分であるビラムは守りの難しさを考えれば一両でどうにかするわけもないと、よその一家を焚き付け四両目がいることを確かめた。
ペロドナー商会はワイルで非常に評判が悪かった。
ワイルでというよりもワイルのギルドに評判が悪かった。
賞金首の引き渡しくらいしか町には用がない様子でいたし、建屋や敷地もジリジリと南北へ、と言うか主に南に伸びていた。池への給水も定期的におこなっていたし、飲水にも困っていない様子だった。オアシスに興味がありません、と言っているに等しい態度だった。
武装した自動車を四両も抱えている段階で不気味であるのに、水まで自前で運んでくる。
ならなぜ奴らはあんなところに店を構えている。という謎が不気味さを増した。
共和国軍の新兵器を持っているなら連中は軍の何かなのかという噂もあったが、ギルドが軍連絡室や師団本部に潜らせている連中からはまともな答えが返ってこない有様だった。
七城主達の方でも首をひねるばかりだった。
そもそも彼らはなぜここに来たのか。という点が最初の問だった。
当然に疑わしいのは他の六城主の手の者であるという考えだった。
だが、撃退した賞金稼ぎを換金しに連れて来ては、法外なと云うか埒外な悪条件で各種事務書士の求人募集をしているばかりだった。
しかし、秋口には悪くない値で作物を引き取っていった。
互いに興味のない隣人は緩やかな良い隣人になれる。という原則に従えば、互いに良い関係を結べるかもしれない。そう思う者もいたし、神聖なるオアシスに背を向ける不届きな愚か者と感じる者もいた。水争いに関係ないなら気にしないでもよろしいと決め込む者もいた。
七城主たちの見方は全くバラバラであったが、ギルドに下った裁定はつまりは、好きにせよ、というものだった。
かくしてギルドは好きにすることにした。
近隣の賞金稼ぎなど六百名余りをかき集め彼らの車輌五十二両をもって攻撃をおこなうことにした。
冬の新月。十分な協調を持って始められた作戦だった。昨日二両今日二両商隊の護衛にでたのを確認した。これまでの調査で他に二両いるのは間違いなかったが、二両が六両でもこれだけの数がいれば関係ない。
外郭の建物がハリボテのように吹き飛ぶのをみれば完璧な奇襲だった。
こうなれば灯楼から煌々と灯りが照らしてくれるのがむしろ楽なほどだった。
その後は完全に圧倒的だった。
あまりのあっけなさにギルドのお目付け役が死なずに済んだほどのあっけなさで、その晩の攻撃は失敗に終わった。
北からの攻撃に対応する形で東西から出てきたペロドナー商会の車輌四両を側面から援護に回ったギルドに対して東西それぞれに二両づつ援護を回すことで無力化し南側から二両づつを東西に大旋回させギルドのそれぞれの支隊を追い立てつつ追い越し北回りにオアシスの街区を経由してオアシスに逃げ込むギルド側の手勢を先回り包囲粉砕した。二両が戦況と周囲を確認しつつ敷地を出るも戦闘に参加はせず、更に六両は建物の地下の待機壕からでもせずに警戒にあたっていた。
こうなると灯楼の灯りは砲火と変わるところがなかった。
いざとなれば魔法の絨毯と変わるはずの自動車は反撃の初期にすべて撃破されていた。
高初速高装填速度の四十シリカ銃は夜目にも明るい照準器と陣地の灯楼の明かりをうけて安々と貨物車の影を捉え打ち抜いていた。仰俯角が殆ど必要ないことで電動銃座の回転速度は走行間射撃を可能にしていたし、外れても次を撃てばいいという自動装填機構の気楽さもあった。
また戦闘中は副操縦士が銃弾の装填をおこなうことも気楽さに拍車をかけていてバースト射撃を試みる車輌もいた。
ワインボトルのコルク栓ほどの径の拳に握り込めるほどの銃弾が破裂するたびに襲撃者の車は動きを止め、逃げ出した者達は同軸操作の肉厚長銃身の九シリカ機関銃で薙ぎ払われていた。
共和国初の自動車化歩兵対軽装甲部隊の戦闘は陣地を含め敵勢力を読み誤ったギルド側の敗北で決着した。
ペロドナー商会は北側の建物を直近の二つの城市からの砲撃を恐れて築いた空堀や土塁を隠すための文字通りのハリボテとして使っていた。
乗車待機の車輌は四両だけだったが、半地下の待機壕の後続が進発し部隊本部のヤツフサ警備主任が無線で指揮統制をおこないはじめると、あとは一方的だった。
騒ぎに対し各城主は城門を堅く閉ざし完全に沈黙を保っていた。
ペロドナー商会警備主任のヤツフサ氏は三百五十三名の脱走兵他の遺体と身柄の引き渡しを軍連絡室の法務担当の憲兵少佐に願い出た。
かつてリザール湿地帯の陣地後方で幾度か顔を合わせたことのある二人がおやという顔をした。
「戦果の報告に参りました」
「……確か大佐殿はデカートで就職されたのでは」
「それが、職場の都合で出向になりまして。試験採用という感じです」
「それでこのような賞金稼ぎのような」
「護摩の灰がへることは共和国にとっては喜ぶべきことのはず。それにこれはこれでなかなかにやりがいのある仕事です」
「退役されてもお達者なようで羨ましい」
「まだまだ現役の方が何をおっしゃいますやら」
二人は笑って敬礼した。
七城市にそれぞれに合計六十二名の手配者を引き渡した。身元の分からない三十名余りの遺体は共同墓地に埋葬された。百名余りが逃げ散ったと目されているが、何者かは定まっていない。
そういう事件があって各城主たちも無視しきれなくなった様子で接見の許可が出て支配人のペロドナーが呼び出された。
この期に及んでバラバラとこちらの都合も考えない日にちも時間も被っていることに使者の先着順で受け付けた。
浮世離れというよりは他人に迷惑をかけることが権威の意味と勘違いしているのではないかと思えるほどの申し出に、むしろこれなら接見してくれないほうが楽だったと思いながらも、それぞれの城の紋章の色に合わせた布生地や宝石で作った首飾りや、紋章をあしらった懐中時計や双眼鏡などの機械類が手土産の献上品として持ち込まれた。
もともと準備していたものだが、無頼漢の襲撃でこちらの到着が遅れたとかなんとか言って日時の調整はうまくとりなした。
ペロドナーは商売人としてバランスの取れた人格で、狼虎庵の日々で客商売に向いている自覚があったから、狼虎庵と同じことをワイルでおこなう。と言われた時には支店を出す位のつもりでいた。
ワイルの不穏な状態については説明があり、以前から逗留する商隊から盗賊の多い土地だという話は漏れ聞いていた。
しかし武装車輌を二十四両配備し独自に整備する拠点として動かすという計画を聞いた時には流石に驚いた。
驚いたというよりも、二百人近い兵隊を預れという話になるとは思っていなかった。
正気と思えないという計画や現実はこの六七年で見ていて、疑うというよりは諦め呆れるという風に近いのだが、ともかく店の仕込みと仕切りをおこなうことには同意した。
マジンの意向と希望はワイルに商隊の安心して休息できる拠点を築くこと。
当面はワイルの街の近く見えるところに大きめの地所を確保して拠点として固守すること。
最終的な拠点の放棄を含めて拠点運営のすべての権限を与える。
物資の搬送には日量で十グレノルを送る準備がある。
倉庫定数については現場判断を認めるが会計消耗品については厳重報告のこと。
施設の拡大、機材人員の増減については逐次請求せよ。
当面現地人員はペロドナーを支配人として三百を目処と考えている。
云々。
警備主任としてヤツフサタトミをつける。ヤツフサ警備主任の配下として警備班二百名を預けるが、最終的な扱いも支配人に一任する。他に拠点の経理や共和国一般法などの運営人員と施設管理の人員を準備する。
そういう話になった。
こういう話はここだけかと思ったら、実はあちこちで一斉に拠点駅を中心に起こっていて、だいたい三百から五百人くらいの人員が保線や警備物資管理などに配置されている。
他所の拠点では除雪や保線に必要な重機を中心にしているが、ワイルでは提携商会に百リーグを上限として長距離護衛を請け負う。一泊二万タレルという金額は高いとも思ったが、複数の馬車を扱うような商隊であれば相応の荷を扱うだろうし、まるごと狩られる危険を考えれば運を天に任せるよりは積み荷によってはよくなる。それに危険なのは街を出たその日か翌日であることを考えれば全行程に護衛をつけるのは無駄でもある。
他に飛び込みの客を相手に油や食料、旅の備品装具などの雑貨を扱う。
今度は宿坊については護衛対象以外はおこなわないでいいぞ。
と、いう話だったがつまりは宿坊をおこなうということでもあった。
「せめて、雑貨屋と宿屋の人員は選ばせてくれるんでしょうね」
というペロドナーに、好きにしてよろしい。とマジンは明るく言った。
ペロドナーはオーダルメイラックスを指名した。
二人の色恋話は聞かなかったが、と思ったが「接客業の女中頭にはそれなりの格ってのが必要なんすよ」と人数ばかりいても若者ばかりだった狼虎庵の宿坊の苦労を語った。
オーダルはその話を聞くと驚いていたが、三十絡み四十絡みの気の利いた女を二三人連れていけるならと幾人か同僚を自分で選ぶことを条件に請け負った。
そういうわけでペロドナーは新たな自分の城を任された。
自分の城、と言ってもかなり比喩的な積もりでいたのだが、ヤツフサ警備主任はかなり本気の城を築くつもりでいることがわかった。
資材と機材の殆どを持ち込みで一晩のうちに装甲自動車を収容できる小屋を作り、池を掘って残土を土塁として紛れて空堀を掘り、更に拡張工事で建物を増やして残土を隠しつつ空堀を拡張して倉庫を半地下に収め建物を出来るだけ空にした。小型の汎用重機は一気にすべての方をつけられるほどには力はなかったが、池の脇に一台重機があって池を掘ってみせたことで、大方の理解はそちらにあつまり、集中的に重機を使って陣地を形成しているとは誰もおもわなかった。
ペロドナーはヤツフサ主任の歴戦の指揮官ぶりを頼もしく思いながら、未だにこんなに必要なのかしら。と疑ってもいた。
北側にある建物一列はすべて塹壕の土を納めていて一番外側は空堀になっている。貨物車が猛烈な勢いで突っ込んできても前転するような構造のハリボテだった。敷地には要所要所に地下壕化した火点があり、ハリボテの隙間を塞ぐように火線が引かれ、また、南側の制圧が可能なように塹壕が敷かれていた。
これみよがしに南側に敷地を伸ばしてみせたが、往来を確保しつつ防御を固めるにはある程度の広さの陣地が必要で、北側を固めてみせたのはそれだけの余地がなかったからでもある。ペロドナーは資材運用と請求の都合上ヤツフサ主任の見解と構想を確認しつつ、過日自分が死ななかった運のよさを実感していた。
ヤツフサ主任は物分りの良い上官と気前の良い後方本部にあたったことの幸運を噛み締めながら、自分の習い覚え不満を感じていた技術に、新しく手に入れた装備で独自の構想を加える楽しみを満喫していた。
ヤツフサ主任は殺しあいそのものに喜びを感じることはなく、むしろ臆病である事を自覚していたが、手持ちの様々を準備して技術や手管で相手を出し抜くという頭脳競争的な様々には喜びを感じていた。
後退余地が無い死守任務は恐怖というより理不尽すら感じるが、死守固守が目的ではなく本隊到着までの尖兵任務であれば、単に計画全体に帰する踏むべき危険で嫌も応もなかった。
むしろ政治的余地や兵站上の保証、装備人員の充実と様々に積み重ねられる現状は、一段上の拠点設定に主眼があってそこはむしろペロドナー支配人と社主の腕の見せどころであった。
ともかくヤツフサ主任は戦略的優勢を背景に戦術的実績の積み重ねとして政治的局面を確保することに成功した。そのことに一度は果たせなかった自身の証明の機会を得ることが出来たことにひとまずの満足をしていた。
城主たちもここしばらくのペロドナー商会の一連の防衛戦からその戦力と意図を探るために放置していたはずだった。
ペロドナーは通称緑の城と呼ばれているロクシタンを訪れた。
ペロドナーはヤツフサ主任を連れてくればよかっただろうかとも思ったが、手の内を晒す必要もないとも思っていた。
城主たちにとっては時間は味方だったはずで、思いの外迅速にことが動いたのはギルドをひとり完全に無視した戦略の賜物だった。
別にどこかの城主と事を構えて城市を乗っ取ることが目的ではなかった。
目的は地域の治安の成立と、鉄道拠点の確保、当面の信用可能な補給拠点。のその三つだった。
城自体は砂の塊と雪花石膏を積んだものでそうそう高くもできないはずだが、それでも城壁の外から見えるゆるく丸い炎か玉ねぎのような尖塔は八十キュビットほどの高さの重厚な作りだった。
城市の中は幾つかに区切られていて一般には商業区画に外来の様々なものが逗留を許されていた。外区と呼ばれるそこも城市外に比べれば格段に治安がよく、身なりの良い街区の掃除人たちが町を日常的に掃除して歩いていた。
だが一般に新しく居留を許されることは少ない。誰かが商業区角の席を失い、そこでようやく新しい席がゆるされる。一つの席を複数で分割するようにしてより合って小さな店を出している者達もいるが、その席主が旬例の会議に四度続けて欠席すると追い出される。
外区は比較的治安も良いし商売もしやすいが狙っている者達も多く、事件がおこらないというわけでもない。
中の農業区画や王宮は全く別世界だった。
農業区画は農奴と称される家伝の領民達でたしかに禁足をされている以上は奴隷であることは間違いないのだが、生活は豊かで身なりもヴィンゼの農民よりよほど豊かそうに肌ツヤよく過ごしていた。たっぷり半リーグほどもある農業区画は管理された農村で様々な産業がある別世界だった。
整理され手入れされた林が整然とモザイクをなしている風景はかつてワイルが荒れ果てる前、このような風景が広がっていたのだろうと思えるものだった。
農奴が良い暮らしをしていても貴族ではなく奴隷であるという事実は変わりなく、ワイルの主要な産業が人売りであるという事実は城主がそれぞれに農奴を商品として売りさばいている事実によって結論される。
城市内の人口調整と運営資金の確保としての奴隷売買は、奴隷商人の身分の安定とその管理労働力としての奴隷商の人足私兵というものをワイル周辺に引き寄せ、不穏を引き起こしていたが、城市はそれを防ぐだけの備えを与え続けていた。
とはいえ、最大多数の幸福の分配とその努力という意味においてワイルの城主が必ずしも悪辣というわけではない。奴隷のような商品としてでなく、独自の意志で外に出ることは死刑とされた罪人以外は許された。ただし二度と戻ることは許されない。
町の外に出て許される立場としては兵士と官僚がいるが、彼らにしたところで一度出れば二度と自由に戻ることはできない。家族のもとに帰ることはよほどの恩寵としてのみ許されていた。
昔は疫病と周辺の飢饉によったが、今は統治の安定のために許されていなかった。
すべての善悪を分配することが兵と官僚を束ねる城主の務めであったから、外の様々の汚穢を引き受けるのも城主の務めであった。
「よく来た。幾度かの来訪も伝え聞いている。様々に我が手をわずらわせることの多いことでこれまで会えなかったことに口惜しく思っていた。ともあれ招きに応じよく来た」
ロクシタン城主ロクシタンリョクレイ三十七世が緩やかに笑みを作った。
「お目にかかれ光栄でございます。城主様。陛下、でよろしいのでしょうか」
今度は城主は本当に笑いをこぼした。
「この地でそれは角が立つ。なにせ誰もが同格で共和国への義理立てもある。領民たちには我が君と呼ばれているが、外では閣下というところだろう」
「では、閣下。本日のご拝謁誠にありがたく思っております。本日は先日の来訪のおりにおあずけできなかった品々を手土産に持ってまいりました。宜しければお目通しをいただき、またお気に召しましたらこちらに置いて帰らせて頂けますと、先日の要件果たせまして、心健やかに帰路につけます」
「ふむ。手狭な城の事ゆえ先日は扱いもわからぬ価値もわからぬものばかりで、重ねての手間を掛けさせた。改めての手間にありがたく思う。して、私はなんと呼べば良いかな」
「それは、もう、オイでもオマエでも構いませぬ。商会では支配人で通しておりますが、ペロドナーとそのまま呼ばれることも多うございます」
「ふむ。では支配人。こちらから呼び出しておいてなんだが、支配人がこの地に参った用向きは何だ」
城主は笑いを消して静かに尋ねた。
「まずは、ご挨拶。そして、あの地に駅を定めること。そして街道を整備することでございましょうか」
「先日の騒ぎは、街道の整備というものの一環か」
「あれは、まぁ、せいぜい当地の皆様へのご挨拶というところでございますか」
「するとこの後が本番ということだな。次はどうなる。駅を定めるのか」
「駅は今まさに定めているところでございます。ここしばらく不穏が多く、南北の両街道の人の流れが詰まっております。広い共和国に物を流して通すのが我らの生業であるので、まずは落ち着いて通っていただけるようにしないといけないと思っております」
わかりにくい言い様に城主の眉が顰む。
「具体的には」
「商隊の拠点をここに定めます。もともとここは東西の北街道の中間地でした。水が枯れ細くなっておりますが、あちこちにまだ町があります。ここを拠点に町々を安全に往来できるように街道を整備します」
「わからぬな。どこに利がある。どこから稼ぎを得る。護衛か。たしかに大した手勢の働きぶりだったと聞いているが、商隊がこぼせるような銀子であの手勢をまかなえるとは思えない。よほどの大商いをするとして、そんなものが年に何度あるというのだ」
「街道を整備すれば月に何度か大商いをする宛があります」
「どこだ」
「一つは軍。もう一つはローゼンヘン工業。街道そのものが再整備されれば使うものも増えるでしょう」
「軍は、まぁかつてはここを大きく通ってもいた。最近また少し通るようになったが、大商いというほどのことはないな。もう一つは聞いたことがない」
城主は思い出すように言った。
「自動車を作っている工房です」
「ふむ。あの賑やかな馬車、馬がいないから自動車か。なるほどあれを作っているところがなぜここに用がある」
「ローゼンヘン工業はデカートに居を据えております。北街道から南街道に切り替えるのを嫌ってまっすぐ抜けて軍都を目指すつもりでおります」
納得いったというように城主は顔を明るくした。
「なるほど。それであれほどの手勢か。売り物の自動車を与えて先に駅とすべく土地を支配せよと。そう命じたか」
「ご賢察、汗顔の至り」
「しかしそれで、なぜ直接来ない。忙しいのか」
再び城主は首をひねる。
「それもありましょうが、おそらくは角が立つのを恐れたかと。私兵を使ってこの辺りを護衛するとなると軍の仕事を奪うことにもなりかねません。その、ローゼンヘン工業は軍と直接取引をおこなっておりますから、例えば軍の輜重をローゼンヘン工業が護衛するというのは、軍にとってもあまり格好よろしいものでもありませんし、軍にも予算というものがありますので、おいそれと様々を揃えるというわけにも行きません。どこかで下請けをというのはありましょうが、直接では様々に疑われます」
ペロドナーの言葉に城主は笑った。
「私兵が軍の護衛をする。なるほど、ない話ではないが、直接の取引相手に護衛されるのではいらぬ腹を探られるな。それで、我らになにを望む」
「駅の土地と街道の建設往来維持と警備の権利をいただければ、それで」
「意外と多いな。話はわかった。だが、我らだけではそこまでは許せない。駅の土地についても支配人が今いる土地は単に乞食が住み着いた荒れ野と同じだ。城主の誰かが許さぬといえば、そうなる」
「どのようにすれば」
「先日活躍した自動車。あれはまだ軍にも渡していないものか」
「つい先ごろつくり始めたものと聞いております。私共が初めてと」
「それは良い。あれがほしい」
「私共の商売道具であればお譲りはいたしかねますが」
「べつに、支配人を困らせるつもりはない。その、デカートの自動車を商っている者に話をつけてくれればそれでいい」
「ちなみに、いかほど」
「支配人はアレを幾両抱えている」
「……二十ほど」
「ほう。十八と聞いていたが、まだいたか。見事な築陣ぶりに者共も感心していた。ならば我らも二十欲しい」
さすがにどうしたものかと考えるペロドナーを城主は笑った。
「お言葉伝えます」
「うむ。支配人の手の者にも見事ぶりを見届けたと伝えて欲しい。とくに敢えて追わず油断なく手に残した采配を褒めていたと」
「それは、喜ぶことでしょう」
「どのみち他にも挨拶に回るのだろう」
「はい。皆様から招かれております」
「よく無聊を慰めてやってくれ。この地には他に六人も城主がおるので些細な事が悋気を招くのだよ。他人のことを云うのはなんだが、城主という職はなかなかに気晴らしが少なくてな。城外のことは乞食の争いと思ってみても、賑やか楽しげなれば気も惹かれる。久方ぶりに良い客を招いたと思っている。困ったことがあれば我が門を叩け。取り計らおう」
礼を述べるペロドナーに退廷を告げて謁見は終わった。
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