ワイル 共和国協定千四百四十四年芒種

 結局、圧倒的な早さと利便に負けて、ステアで帰ってくることになってしまった。

 ローゼンヘン館に帰り、様々に貯めこんでいたあれこれを一気に決済し、しかしあの島に十万を超える捕虜を送り込むのはやや難しい、と多少考えていたところで鉄道部から電話がかかってきた。

 ワイルの鉄道線が攻撃を受けていると云う報告だった。

 すでに初動は現地で対応していて、本部初動も開始しているが、どういう対応をとっても政治的な決着が必要になるということだった。

 攻め手に色付きの装甲車が出てきていた。

 事前の打ち合わせ通り初弾は敵に撃たせろ、という指示を徹底してはいるが、そのあとはどうするか考えておいて欲しい、ということだった。

 とりあえず本部初動で増援を武装編成の装甲列車で送ってはいるが、ワイルの七城主が参加しているとあれば面倒なことには違いなかった。

 ワイルの駅の東西で線路に向けた攻撃が行われているらしく、それを理由に戦闘が開始された。

 兆候はあった。

 通行税を支払えという通達が幾度か来ていたが無視していたし、事件容疑者の身柄を引き渡せと要求もあった。

 駅及び線路周辺での無法については、鉄道保安隊による捕縛後デカート本社に送られ、その後デカート州法にて裁かれていた。

 電灯や電話は城市内にはほとんど敷かれていないが、オアシス周辺の店や家には敷かれていたし、共和国軍が取引信用に電話の普及を求めるようになり始めたことでそれはますますの拍車がかかった。

 ほぼ三年のうちにペロドナー商会周辺には新しい街が広がっていたし、更に南側の鉄道駅は建物の真新しさもあってオアシスよりもよほど賑わっていた。

 ワイルの七城主が自分たちの城だけに籠っているのが難しくなるほどに、鉄道の線路の響きはワイルに轟いていた。

 保守区間の線路の断線警報が鳴り響いたことで、ローゼンヘン工業鉄道部鉄道保安隊は脅威の排除と迅速な復旧に向けた準備を促された。

 七城主による合議制は合議制ではあったが極めて権威的な力の釣り合いから過激に極端に振られやすいことは地元では有名でそれ故にギルドなる民間の組織が入り込む余地があったのだが、ペドロナー商会を仲介に建てたローゼンヘン工業はギルドの信用価値を疑った。

 そのことの危険をいつかは味わうだろう、と土地の者は予想していたしある意味楽しみに願ってもいた。

 無法で傲慢な他所者が好きな者はいない。

 七城主側の兵はどういう経路からか機関小銃を相当数入手していて、駅警備兵にも相応の被害が出た。音速に及ばないマスケットの弾丸であれば撃たれたところで生き残る可能性もあったが、音速の数倍で回転しながら飛んで来る小銃弾は、その長さから人体を貫通するときにあっさりと靴が入るほどの穴を開ける。弾丸は人体突入後姿勢を崩し、螺旋渦状の衝撃波が弾体から遠のくことを期待した細い軸部分が、人体を回転ノコギリのようにえぐりとりつつ進むために撃たれたものは弾丸の長さよりもなお大きな半径の穴を開けられて死ぬ。

 人体を貫通した弾丸は概ね横玉になっているがそれでも人の骨を引き裂くのに十分な運動を維持していることも多く、運が悪ければやはり回転工具による様な治りにくい傷になる。

 乗客や待合客はすみやかに地下壕に誘導されたが、尖兵の一部はそこでも混乱を引き起こしていた。

 駅舎内の警備を優先した鉄道警備隊の判断によって車輌部隊は夜戦の視界が極めて限られたままに戦闘をおこなうことになった。

 そのことは街外縁の被害を大きくした。

 七城主側は駅舎周辺の街の明かりを頼りに盲撃ちで混乱を誘えば良いと割りきっていたので鉄道駅施設襲撃は容易にすすんだ。

 その後、車両部隊の悲鳴のような罵声を受けて燭燐弾が連続的に打ち上げられ、ようやく鉄道警備隊の戦車隊の反撃が始まるや、状況は一転した。

 戦闘はおよそ二時間ほどかかったが、駅舎内の混乱が一旦の鎮静に向かってから車両部隊が反撃を開始するとほとんど三十分で襲撃に使われた車輌は撃破されていた。

 あまりに敵に街区奥深くに入り込まれすぎていたために車幅を倍するような砲身を持った戦車隊は路地に入り込むことを嫌い街区を挟むような形でほとんど盲撃ちのような有様で敵の撃破を確認せぬまま、次の敵に狙いを変え、対車両砲弾の携行備弾をほぼすべて射耗していた。

 安全規則上は問題視されるべき運転助手席へ定数外の弾薬の積載をおこなっていた車輌もいた。長距離巡航時の車内仮眠を可能にする運転助手席は戦闘時にはどう考えても不要のものだったし、砲手側のハッチから入れるよりは簡単に予備弾庫に搬入できた。そういうわけでやはり安全規則上は問題である待機車両脇に搬入せずに放置してある砲弾で助手席で仮眠をとっていた砲手を叩き起こすようにしながら、員数外の弾薬を搬入した車両は多少砲弾に余裕があるはずだったが、そういう戦車でも無垢の対車輌砲弾は次々尽きていた。

 対歩兵陣地用の砲弾は炸薬が入っていて爆発をするからと使用はためらわれていたが、駅周辺のあばら屋は砲弾を破裂させることなく穴を開け弾を通し、何軒か先でようやく爆発するという造りだったので、次第に容赦がなくなっていった。

 市街地で戦車が大砲を撃てば多かれ少なかれ巻き添えは出るし、対車両砲弾はつまりは戦車を貫くことを期待した猛烈な速さで飛ぶ金属の棒だったから、城主たちが持っている装甲自動車を前後に射抜くこともまぐれでしくじるような性質のものだった。装甲自動車を側面からうてばあばら屋が砲弾を通すように穴を開けただけで終わることも運が良ければありえた。

 かろうじて鉄道駅施設の位置だけ確かめながらの勘に頼ったというのもバカバカしい戦い方は、防御が優勢な敵であったり、見当違いの射撃であれば、当然に危険な行為であったが、巻き添えや拙速を咎める状況ではなかった。結果論ではあるが敵の戦術や戦力は想定の範囲内であった。

 高初速の平射砲から放たれた砲弾は多少の目の惑いをものともせずに目標に向かって突進し、外れ具合の勘が鈍らないうちに次弾を装填していた。

 事前の研究通り車格の大きな戦車に火線が集中し、装甲車にはすり抜けて市街に入っていた斥候歩兵だけからの攻撃だったことで車両部隊の被害は装甲車が四個部隊で合計五両が車輪等の修理可能の被害を受けたにとどまった。装甲車が攻撃によって車輪を失い転倒すると火線方向に天井を晒すという傾向もみえてきた。

 訓練を取り入れた対処をしても後手に回った結果として、戦車隊は鮮やかとはいえない忙しない動きを求められ、しかしその圧倒的な火力と防御力で敵の殲滅という本来機能については全うした。

 組織的な攻撃の意図を知る者を求めて捕縛にこだわった警備隊によって潜入部隊の対処のほうが戦車隊が目標を失ってからも長引いていた。

 戦車隊の方は当初は気が回らず後には距離が遠のきすぎて捕虜を取るなどという判断はなかった。それほどに人員には余裕もなかった。

 ワイル七城主による様々合わせて三百両ほどをつぎ込んだ駅に対する攻勢は、夜明けまでの僅かな時間に制圧されたものの、鉄道施設に対する運休修理期間三日の損害と死傷者合計一万名近い住民被害と百名ほどの鉄道従業員に対する被害を発生させた。乗客については重軽傷者は出たものの、命の危険のある怪我や死者はなかったことが幸いだった。

 混乱を企図した潜入工作員の武装が拳銃と刃物が中心で爆発物や機関小銃ではなかったことが幸いした。

 手配書が出ていた者達と合わせて装甲車の車輌の残骸を引き渡したが、車輌の中の遺骸については城の者ではないと引取を拒否された。

 当然の流れとして城の兵の名前と顔を一致させるほどの故知はなく、目立った隊長格が加わったわけでもない

 面倒なのはワイルの区間だけに拘る必要もなく、たまたまに最初に面倒を起こしたのがワイルの七城主ということで、この先いくらでも同種の事件が起こるということだった。

 そういう意味では彼らは往生際の悪さを含めてこの先どういう対処をすべきかという教科書的存在でもあった。この瞬間にあっさりと城壁を壊してみせることも考えてはいた。

 逃げ場のない相手を相手にするのは正直簡単なことで、今回のように戦力が明らかになっている敵の攻撃の方法は本来非常に少ない。

 潰したいか潰したくないか、というただそれだけだった。

 潰す場合は敵の総戦力を撃滅出来るだけの戦力を集めて叩きつけるのがよろしい。原則を云えば五倍から十倍というところで技術的な倍増要素を考えても人員で三倍は集める必要がある。そこまで減らすと重機や車輌を相当数揃える必要もあり、結局一万からの兵隊を相手にするつもりであれば相応の規模になってしまう。

 あとは各個撃破で一つ潰して全体からの反撃を誘って協調の取れぬ間に次々と、というのが一つのパターンであるが、様々な理由があって潰したくない敵というものもいる。

 とりあえず姿の見えない位置から各城市外壁に同時に一発づつ攻撃をしておけ、とペロドナーに指示をしておいた。

 外壁を崩すのが目的でもなく誰かを殺すのが目的でもないわけだが、黄の城市の外壁の一部が大きく崩れた。他の城にも穴があかなかったわけはないのだが、黄の城市はめだって崩れた。

 すると翌日から黄の城市の周辺に賊徒が群がり始めた。

 穴を塞いでいる城壁のその脇に衆民の部落が伸び始め賊徒が群がり始め、軍連絡室からペロドナー商会にも治安出動の要請が出た。駐屯地からの来援の間の三日を支えて欲しいということだった。

 ペロドナーとしては単なる意趣返しのつもりの攻撃だったが、いっそ平らげるつもりでなければ、却って面倒になることを実感し本社報告とは別にマジンに報告した。

 いくらかの関係不良があるとして現状ワイルの七城主が倒れることは周辺の治安悪化を無法化という形で促すことになり、鉄道運行にも支障を及ぼす。

 ワイルの城主たちがおそらくはペロドナー商会の殲滅つまりは鉄道業務の破壊を企図したのだろうと云うところまでは理解できたが、何故にというところはわからなかった。ローゼンヘン工業にとってワイルの地に必要な物といえば鉄道が通るだけの土地以外に必要な物はなく、ワイルの支配も統治も興味のないことだったから、事件の不愉快さだけ先方に伝わればそれでよかった。いっそ駅がなくともローゼンヘン工業にとってはよいわけだが、そこは結局保線基地をどこに置くかという問題でもあった。

 結局事件事故の多くは民家のそばで起きることが多い。

 自社鉄道施設を優先してよろしいという条件でペロドナー商会は実質丸四日張り付きでワイルの治安出動に協力したが、駐屯地とワイルの移動が徒歩と馬車であるために共和国軍の治安出動の大隊が揃ったのはそれから十日しての事だった。

 その頃には一応の賊徒の排除も終わっていたが、黄の城市の壁の傷は一段と深く大きなものになっていた。

 配下戦力をこういう形で現場から引きぬかれたことはペロドナーとしても全く不本意であったが、鉄道運行上も東西を結ぶ路線が一本である間は当然に危険も大きいし、南街道線ができたとして南北の切り替えが容易に行えないようであれば同様に起こる問題だった。

 はっきり言えることは装備がどうあれ人員がどうあれ先手を取られることは著しく収拾を難しくし、防備を考えていない乱雑な町は被害を防ぐことができないという事実の確認だった。全く生憎にペロドナーとしては師団にも匹敵するほどの戦力を与えられておきながら贅沢にと思うが、不足を感じずにはいられないということだったし、人の起こす騒ぎを抑えこむには火力ではなく頭数こそが重要だということだった。

 そして分かりやすく城主たちが駅周辺の住民を殺し、遅ればせながら駆けつけた鉄道警備隊が住民と町を助けたという構図が出来上がった。巻き添えも幾らかでたが生き残った者達の感覚としては保安官が撃った弾も流れ弾にはなる。そもそも論としてワイルの新街区に居着くような連中はワイルの旧市街にいつけないような連中でギルドと折り合いが悪く稼ぎの不確かなワイルの人々の中でも訳ありの連中が多い。スジ者の中でワケありというややこしい存在は、別段まともな善人というわけではなく、結局スジ者のろくでなしではあるのだが、利害が直接対立していなければガラの悪いご近所ということになる。

 もちろんそういうご近所も様々な人がいて多くは先住のペロドナー商会や鉄道駅と直接対立する気がない人々だったが、そのうちそういう人々を目当てにするスジ者も増えてと、基本的に思惑は混沌としている。そしてペロドナー商会が近所付き合い以上に他所の揉め事にかかわらない姿勢を見せることで調子づく輩も多かった。

 建前でも本音でもペロドナー商会は隊商の旅団相手の水先案内をおこなっている商会だったし、鉄道警備隊は地域の治安組織ではなく、ただひたすら鉄道を守る組織であるわけだが、今やワイルの南半分といえる地域の治安組織としてペロドナー商会は期待される立場になってしまった。

 様々考えても新しいおもちゃや道具立ては期待できないこともないものの、ワイルの手当はペロドナーの采配とあまり増えることが期待できない人員と大切に使ってゆく必要があった。

 ペロドナー商会はおよそ各部門からの要求や要請を支配人であるペロドナーが調整して運営されていたが、今回は珍しくペロドナー自身が配下各部門の責任者を直接集めて会議をおこなった。

 議題は、ワイル新街区の治安維持を如何に維持するか、と云う議題だった。

 稟議の段階で各人にペロドナーが直接確認した結果として、ワイルの治安は極めて不透明で危険であるということになった。

 今のところ、ワイルの城主たちを退けたことで実力組織としてのペロドナー商会や鉄道警備隊の実力戦闘力はわかりすぎるほどわかったわけだが、住民たちにとってみれば結局それでお前ら敵なのか味方なのかというところでさざなみが立っている。

 敵か味方かという二元論は基本的に社会を成立させるに極めて危険な状態で、敵は始末せよ、さもなければ寝られない、という非常に危険な論理立てに追い詰めることになる。

 貧乏人や暗黒街のよくある理論で子供の物語やショウとしては面白い煽りだが、現実政治的には全く愚かな状態でことに商売にとっては最悪の状態だ。

 僅かな利ザヤであっても数を売ることが信用機会の獲得には重要で、ペロドナー商会という信用を得る商売においては、会計上ローゼンヘン工業やゲリエ家から補填調整される純益そのものよりは信用のほうが大事なのだが、敵か味方かという構造に巻き込まれれば、敵は増えるは味方は減る。つまりどうやっても商売は面倒になる。信用商売は世間が白くも黒くもなく白黒の見分けがつくぐらいに灰色の中で、ペロドナー商会としては白っぽく見えるように黒く縁取りをされているくらいが、都合がいい。

 つまりそれは、ここらで様々に手打ちにしておきたいが仲良くなりすぎるのも面倒くさい。どうするのが良いか。間を全て端折ればそうなる。

 宴会やお祭りを催すとかそういう催しをするのが良いのではないかという話になった。


 いま各駅には五百人体制で駅管理と警備が居て、ペロドナーの管理配下にはおよそ二千名がいるということで、それはそれで顔を覚えて面倒を見ることが困難になるほどの人員規模ではあったのだが、これからも同じことが起こるなら倍か三倍は欲しい。

 すでに駅は基地駅だけで二十は超えていてそこに例えば千人体制ということであれば警備人員だけで二万を超えるし、一般開業駅を含めればもっとということになる。

 とはいえ路線拡大をすすめる上では当然の懸念でもあり状況を鑑みれば急務でもあった。

 現状五千名の最終的に六万名規模にすることの様々は計画稟議が鉄道部以外にも回っていた。

 ただ、現状鉄道部は現在折り返しを目前の部門創立十周年を目途に部内採算黒字化を目論んでもいて、当然に警備部人員の膨張は様々な管理費を膨らませ利益を圧迫することになる。ローゼンヘン工業の市販製品価格に、鉄道税、とも称される価格が乗っていることは社内では常識であったし、取引先においても様々な物品の値付けについて、単に原料加工以外や管理費以外の利幅を載せていることは察知されていた。

 察知されていたからどうだ、ということはないが社是として、物は壊れ人は死に知識は広まり陳腐化する、というヒドく冷淡なモノが掲げられていたから、鉄道が陳腐化しないうちに全てを一旦経費回収する努力が求められていた。

 鉄道部の推測では恐らく今後五年以内に類似のサービスをおこなう業者が登場するはずだった。そのサービスの規模は当初極めて小規模であるが、十五年程度のうちには無視できない規模に到達し、二十年程度で州内全域を網羅できる規模に成長するだろうと鉄道部では予想していた。

 それが共和国全域を目論むものになるのは様々な理由で困難であるはずだが、州境を超えることを目指すものは十数年のうちに出てくることは間違いなく、そうなれば鉄道部が採算を取りやすい路線を確保するのも次第に難しくなる。

 それほどに早いわけがない、と云う者達はローゼンヘン工業幹部にはいなかった。

 なぜなら、ローゼンヘン工業はストーン商会を通じて蒸気圧機関や自動骸炭窯の販売を始めていた。どちらも自社で運用されているものを扱いを簡便にするための省略や意図的な低性能化はされているが、背景理論についてはおなじもので本質的にはマジンが過去に学会公演論文として発表した資料をつなぐことで、論理の展開を得ることができる製品だったから、現物を見た上で理論を知れば、それなりの職人であれば自作そのものは単に労力の問題でしかなかったし、低性能化といっても様々を調整できる技術があればほしい性能を引き出すこと自体は難しくない。

 現物を見なくとも、学会論文から自作で熱圧縮機関や骸炭窯の生成にいたったボッシュ博士のような人物もいる。ボッシュ博士は石炭灰を僅かなガラス材と金属を軸に焼成することで極めて耐熱性の高いレンガ状の材料を作り上げ、様々な用途に転用しつつ自身の火薬製造のための硝酸釜を完成させていた。材料の配合と製造の詳細は秘中の秘とされていたが、その冶具の製造には幾度かゲリエ卿を招聘していた。

 ともかくも、当の社主本人が技術知識の陳腐化を当然と看做していることは社員としては様々に思うところもあるが、現場の様々な困難ごとの多くがあまりに大きな技術の格差にあることを思えば、社主の立場ではそれなりに思うところもあるのだろうと、それはそれヒトはヒト、という領分では納得していた。

 はっきり言えることとしてローゼンヘン工業社内においてもボッシュ博士に比するほどに自分たちの扱っている様々を理解しているものは百人にも足りていなかった。

 すでに五万をゆうに超えてほぼ六万という規模になっているローゼンヘン工業の社員数ではあったが、結局社外の文化水準は社内の常識とは大いに異なることが多く、ローゼンヘン工業計画部では来年度にも社内体制の見直しをおこなうべく、稟議を推め調整をおこなっていた。

 それはすでに四年前になっていた社内体制の見直しの第二弾というところで、人員拡張を一旦抑制し、業務内容を整理し、社員教育を専門にした研究機関を立ち上げるべきだという話題になっていた。

 人数の急速な拡張をおこなう上で、社主本人によらない縁故採用者が増え始めていた。彼らが皆有能であればよいのだが、社内と社外の常識の違いから彼らが引き起こす問題によって現場に混乱が起こり始めていた。基本的には四五年前の問題が再び問題と感じられるほどになってきたということだった。

 一万七千いた当時の社員たちが今や少数派になってしまったことが大きい。すでに古参として扱われる彼らではあったが、世間的には多くが若手或いは卵の殻をつけたと称される者たちでもあった。

 また、帝国出身者が社員規模でほぼ半数といえるほどになっていることが問題にとどめを刺していた。帝国出身者の登用自体は今後も当然の方針としてありえた。

 ともかくも一旦人員拡張を抑制し業務内容を整理する必要があった。

 こうなると、現場の状況がどうあれ過大に業務運行に負担のかかる新展開は望むところではなく、ゲリエ卿当人或いはローゼンヘン館はともかくも、ローゼンヘン工業という組織として新規計画についての立ち上げは一旦留保という選択に至るしかなかった。

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