ダッカ 共和国協定千四百四十四年小満

 デンジュウル大議員が持ってきた、南の島に中立国を作るという話は、それなりに面白くもあった。

 帝国人と直接顔を会わさせたくない女たちもいた。

 更に云えば、作ってしまったはいいが、後の火種になることがわかりきっているステアについてもどうにかする必要があった。便利な機械ではあったが十も二十も作れるほどに材料があるわけでもない。というよりも、二隻目が作れる目処も今のところ立たない。

 こんなものが兵廠の脇にあるとしれたら、まともな軍人がなにを言い出すか、想像はつくし、その威力を一旦見ればマジンの真意にかかわりなく、彼は共和国に過つかの決断に迫られる。

 そのことはあまり深く考える必要もないことでもあったが、同時に深刻なことでもあった。

 成り行きでゲリエ卿などと呼ばれることも増えているが、彼は元来他人の生死盛衰に責任をもつことを喜びとする人間ではなかった。

 いつぞや、愛人たち――子供を産ませてしまった以上、互いに相応の責任があるだろう女たちが指摘した通り、マジンは自身の軍事上政治上の可能性と選択肢について無自覚でいることが許されないことは、既に理解していた。だが彼は政治も軍事も話のツマや庭先の権勢欲以上の興味はなかった。

 そんなに遠くの見も知らぬ誰かのことに心を砕くまでもなく、ローゼンヘン工業の社主だったりゲリエ卿だったの立場を得たりで、マジンにはやるべきことは多かった。

 遠くから拐ってきた女たちについての責任もある。

 彼は彼なりに責任というものをわきまえた結果として、更なる責任を負うことは避けたかった。

 まずは千人を超える、いるはずのない人間の身の振り方を定めることが、家長としての家人に対する勤めだった。

 女達が子供を産み、ミンスの改装が終わり、カロンの建造が終わり、バルデンに港ができた。

 バルデンで測量準備中の油田の完成はまだだが、港周りにはせっかちにも油槽が並び始めていた。

 女達の一部はそろそろ身の振り方を考える時期に来たことをそれぞれに感じ始めていた。

 自分で産んだ子供であっても顔を見るたび腹が立ってしょうがない女もいたし、狭いところに閉じ込められているのが気に入らないという女もいた。船をもらえる約束はどうなったんだという女もいた。中にはそろそろ男漁りがしたい女もいた。

 そもそもにゆくところがなくて付いて来たはいいが、ずっと他所に世話になるのも筋が違うという風來の質の者もあった。

 仕事として子供を孕むことを命じられていた女達だが、別にそうある必要がないとあれば別のことをしたくなるくらいには彼女らの多くは健康だった。

 船があるならと結局百四十三名の女が子供をおいて二隻の船でバルデンに向かった。

 カロンはしばらくバルデンとゲリエ村を往復して燃料を油槽に貯める任につき、ペルセポネの補給のためにたまにダッカまで足を伸ばすことになっている。

 ノイジドーラ一党に預けたペルセポネは軽く足慣らし腕鳴らしをしたら、ダッカで私掠船免状を取得して海賊稼業に乗り出す算段だった。

 残りの女達の多くは状態が様々だった。

 目立って大きな怪我というのはなくとも、投獄され無理のある生活をしていたために、体力の落ちている者たちも多く、二割くらいの女は子供を産んだ後も立ち歩くのがやっとという状態でまずはそこからだった。

 元騎士たちは牧場の馬と戯れる者たちが次第に増え、いずれにせよ、これからというところでもあったし、実のところを云えば主従どちらもあまり宛もなかった。強いてあげれば警備部門で働いてもらうかというところで、そうなるとゲリエ村やクラウク村周辺を騎馬で巡回してもらうかというところだった。

 基本的には危険もない地域のはずだが、身分の証になる家人のお仕着せを着せて、武装を与えると、彼女らの張りにもなったようで、奇妙に張り切って日に四五十名が四五名の隊伍を組んで館の周囲の地形を散策し始めた。

 途端に仕事が増えた馬たちも妙に色めき立ったのは、多分良いことだと思う。

 館の広場をあてた牧場は狭くもないが、馬たちにしてみれば代わり映えのしない風景だったろう。

 帝国の暮らしがどういうものだったかは知らないが、女達の粗方は乗馬の経験があるらしく、なかなかに巧みなものも多かった。

 幼くして贄として獄に放り込まれた女達も数十人いたが、彼女らについてはまぁある意味でこれからというところが多すぎてなんとも言えない。ぼちぼちとゲリエ村の学舎に通わせることにした。

 いずれにせよ、九百もいる赤ん坊をどうにかするのは五人十人の仕事では無理で、何百だかの女達の努力が必要だったから、しばらくは様子を見るしかなかった。

 子供の面倒を見るのに最初のうちはかなりの人数が必要だったけれど、九百の赤子の面倒を見るのに四百じゃ足りないけど六百はいらなくてと云う感じで、代わる代わる何百人だかは丸一日寝て過ごせていた。

 彼女らは産むのが仕事だったから育てるのは初めての女達が多く、総じて大騒ぎだったけれど、纏めて同じ日に生まれたわけでなく、先に生まれた子供と同じことが次の赤子にも起きると思えば、短期間のうちに繰り返しのおさらいで、船に乗る女達が出て行った頃には皆一丁前に母親ヅラをできるようになっていた。

 資材をステアに積んで多島海を目指したのはそんな経緯からだった。

 ステアを隠せる適地を探すために海から見えない内陸に平地か湖の在る島を探す必要があった。

 まともな船に換算すれば数万グレノルと云う値になるステアの巨体はなかなかに厄介な大きさだったが、空から二三日眺めていれば、そこそこの湖や深い入り江がある人が住んでいなさそうな島を幾つか見つけることは、そう難しいことではなかった。

 その後、潔斎も済んで海を楽しんでいるだろうペルセポネを呼び出した。

 今ではセリカ姉妹として名を変えているはずのノイジドーラを呼びつけて必需品を買い付けさせるためだった。

 天測座標を知らせてその間、島の状況を探っていると思ったよりも早くペルセポネはその白い船体と輝く白い帆とを水平線から現した。

 すでに浜辺にでっち上げた小屋の出来に驚きながら女達は資材を運んでくれた。

 その後軽く様々を整えた後にペルセポネでスカローまで送り届けてもらうつもりだった。

 だが、ノイジドーラが言うにはまだ私掠船免状がおりないらしい。

 理由は全く分からないが、むこうの言い分を丸呑みにするなら、どこの馬の骨とも付かない女に免状は出せない、ということであるらしい。

 強いてあげれば、港に入った瞬間から雰囲気は悪かったという。

 面倒を避けるために帆走でわざわざ入ってきたのにであったから意味もわからないのだが、陸に上がって政庁にたどり着くまでにも揉め事が絶えなかった。

 ガラの悪い男どもが見慣れない女どもに妙なちょっかいを出すのは、彼女らにとってもいつものことではあったのだが、どうも雰囲気が良くなかった。

 最初はこちらがお尋ね者であることを知られてのことかと警戒していたが、成り行きで云えばそういうわけでもなさそうだった。

 ダッカは私掠船免状の噂で、有象無象の食い詰めや船乗りたちならず者共が、船のあるなし関わらず集まってきて収拾がつかなくなり始めていた。

 そういう中でどこの馬の骨ともつかない連中にこれ以上街ででかい顔をさせるのかという、なんのために私掠船免状を出しているのかわからない有様になり始めていた。

 いくらかの押し問答があったものの、それ以上の騒ぎにはなる前にノイジドーラは呼びつけられて船を回してやってきた。

 事態の顛末はわからないが、開戦前と違ってダッカ近海を帝国の船が通ることが少なくなりすぎて、獲物が足りないということだろうか。多島海の帝国側の出口であれば帝国領や帝国と貿易する船は途絶えない。なにせ帝都は大陸から切り離された島なのだから、船の便は無視できない。大陸も帝都も多少共和国より陸路の整備もされているようだが、船の量にはかなわない。一旦海に出れば尚更だった。

 群島で形成された帝国本土とも呼ばれる皇帝直轄領は巨大な海洋基地でもあったし、本土それ自体が馬車移動には限界を感じる広さを持つ巨大な島々でもあった。多島海から千リーグほども離れたそこは帝国とも共和国とも異なる世界を作っているという話は様々に聞く。

 そのように本土と大陸で切り離された帝国は大陸のほうが当然に豊かではあったが、豊かゆえの混乱が果てしなく続き、混乱故に大陸は豊かさから得られる幸福とは無縁のままであった。ときたま皇帝の勅命が庭の手入れのハサミのように大陸に入る、それによって一旦大陸の諸派が静かになり、その地の豊かが民草に知られるようになり、皇帝の権威が一層光り輝くことだった。

 大陸はほとんど常に皇帝陛下の采配について憧れ待ち望みつつ、束縛を嫌うという両面性を発揮していた。

 大陸から切り離された本土は盤石といっていいほどに落ち着いた状態にあったし、その安定こそが帝国内の貿易の相場の担保でもあった。したがって各地の往来は本土との洋上輸送を相当に重視しているはずだった。直接本土が必要としない物資も一旦本土の官吏の手を経たモノについては一種の信用の裏書がはいり、多少値が上がることになっても帝国各地では一等格が上がって扱われた。

 それが特等一等という上等品でなくとも、最下層の七等品或いは選外品という評価でさえ、保証という意味で様々な威力を発揮した上で帝国領内に流通していた。

 帝国は多くの国内貿易の信用を本土との海運によって確保していた。

 多島海からは帝国本土は遠いが、大陸沿岸帝国領は帆船で丸二日三日と云うところでちょっとその気ならばやってやれないことはない。

 ただ、やるはいいが海賊をやった後がアーキベラゴをまたいで五日も八日も或いはもっとかけて戻ってくるのは危険が多かった。洋上での船の戦いはどうあっても互いに被害が出るから、切り込んだ後に手近に修理をできる泊地が必要だった。

 だが、諸藩諸王国領は歴史的経緯や地勢貿易から緩やかな親帝国を標榜していて、中立ではあったが洋上の戦闘があれば帝国に手を貸すことが多かった。

 つまり最短距離で諸藩諸王国領の眼前の海域をボロ船で往来した場合、たまたま居合わせた帝国船舶に撃破されることを、考えに入れておく必要があった。

 端から乗り込むつもりである往路であれば、それはむしろ望むところだが、傷ついた復路では勘弁願いたい話である。

 様々に考えれば、帝国の貿易路を襲撃するにはダッカは奥まりすぎていて、拠点として価値が無いということだった。

 マジンは海の上からブラブラしていたときにとった写真を捲り返しよさ気な島を見繕った。

「ここをボクの国にしよう。アレだったらお前が女王になって仕切ってもいいぞ。ノイジドーラ」

 多島海と言っても小さな島ばかりではなく、幾らかは密かに人が住んでいるだろう島々も在る中で、ここは差し渡し五リーグほどの遠浅の環礁と半リーグほどの遠浅の海峡を挟んだ、むかいに大きな島のある海に沈んだ半島のような島をみつけていた。

 波は穏やかでステアを下ろすには様々都合も良かったが、島からも海からも丸見えだったのがちょっと気に入らなかった島だ。海峡を挟んだ長い方で差し渡し五十リーグ程もある島はかなり植生豊かな密林でむしろ深入りすることは危険を感じさせるほどであったが、ともかくも木材という意味では最低限のあてになる。

 共和国の法によれば、測量を起こし地図を示した土地に先住民がいない場合、自動的に地図を示した者の土地となるから、土着民がいなければこの島はマジンの土地とできる。

 大事なのはここから先でマジンには手に入れた土地に手を入れて価値を与えることができるということだった。

 それで、お前はこの島がほしいか、女王様になりたいか、とノイジドーラに地図を示した。女海賊達はひらひらと動かされた地図を、鼻先で蝶が飛んでいるのを眺める猫のような顔で追い回していた。

「それで、私が女王様になったらどうすんだ」

「別にどうもしない。それをどこぞの政庁に持っていって写しを軍都の大議会審問院に持ってゆけば、見事お前の土地だ。先に大議会審問院でもいいが、むこうはカネで動くところは一つもない。どうやっても遅くなる。ダッカはどうだか知らないが、ボクがデカート州元老院議員だと知れば、一生懸命仕事をすることになるはずだ。そうしなければアーキペラゴに突然デカート州の土地ができることになる。理由を知ればその成り行きの馬鹿らしさに憤慨することになるだろう」

「その後は」

「女王様の手腕を期待する」

「私がやらないと言ったら」

「ボクがやる。お前にはボクの手下として現場の仕切りを任せるが、大筋はボクが引く。必要な掛かりはボク持ちだが、遠いから現場での仕切りは重要だ。それもヤダというなら、べつにどうでもいい。好きにしろ。邪魔はするな。お前らが銭勘定や人の仕切りが苦手だって云うなら、会社から誰か荒事の得意な番頭をよこす」

「そうなった場合にあたしらの立場は」

「ボクの手下だ。別にボクの情婦だという立場でも構わないが、命令には従え。従えないものに船を預ける気はない。バカでも無能でも別に構いやしないが、あっさり音を上げるようなら陸に上がって酒場にでも転がり込んでいるのがいいぞ」

「あたしらは誰も音を上げちゃいない」

「なら私掠船免状なんか適当にして海賊稼業の実績を上げてからでも良かったし、何なら免状をよこさない政庁に砲弾をぶち込んでから交渉に行っても良かったんだぞ。港から政庁の尖塔を撃ちぬくくらい訳はないだろう。どういう風に荒事をやるべきか見せてやるよ」

 自分に関係ないとニヤニヤしているミソニアンをマジンは睨みつけた。

「――ミソニアン、女の色気にボケているのも大概にしろ。港についたら即仕事だ。無線機を持って後ろの砲塔に張り付いてろ。わかっていると思うが、女のケツ拭いだ。女のケツ、好きだろう。気合を入れろ。外したらその分、毛をむしる。わかったら砲座について練習しておけ。砲も砲座もオゥロゥと一緒だが船が軽いから揺れ戻しが違う。気をつけろ」

「ええ、ああ。旦那。社主。若様。あたしはどうも話に乗り残ったという感じなんですが、どういう流れなんでしょう」

「ボクの家の女中どもが仕事の仕方がわかりません。ご教示いただけないでしょうか。というなら、ボクがやり方を教えてやる、って言ってるんだ。コイツラはあろうことか私掠船免状がほしいらしい。面倒だがしょうがない。教えてやる」

「あ……。それはアレですか。旦那。海賊の手ほどきをやってみせると、そういうアレですか」

「コイツラがそういうんだ。拾った女に泣き付かれてやって見せないわけにはいかんだろうさ。お前も見かけだけでなく腕もあることを見せておけるいい機会だぞ」

 むう。と唸ったミソニアンはしばらくマジンの顔を睨みつけて出て行った。

 しばらくすると操船楼に警報が鳴り響き、後部主砲に動力が回ったことが知らされた。やがて船全体にジリジリと警報が鳴った。突然のことに慌てる女達が操船楼に飛び込んでくるのに、船内放送で射撃訓練だと告げる。

 想像したとおり、女達は船を手に入れたあと、まるでふやけていた。船や島を預けて良いのかマジンはかなり心配にもなった。

 まずは普通の手順でと私掠船免状を発行している政庁窓口を訪れると、不遜な態度で役人が応じた。

 人品定かならぬ者に免状を発行するわけにはゆかぬ。ということであるらしい。

 二度ほど改めて言葉を変えて、そういうことであるという。

 三度目には年次で審査をおこなうそこに訪れてしばし待てということである。

 窓が海風を心地よく通しているのに満足して、マジンが役人に尋ねた。

「ここからは鐘楼の鐘の音は聞こえるのかね」

「それが、どうした」

「いいから。聞こえるのかね」

「海風で錆びてもう何年も鳴ってはいないが、政庁中で聞こえたものだ」

「それはいけない。御用があるなら無料で直して差し上げてもよろしい。ボクは私掠船免状がほしいのだ。鐘の音が再び鳴り響くようにするからぜひとも手続きをして欲しい。……やれ。外すなよ」

「なにをバカなことを……」

 役人を無視してマジンが無線機に命令を下すと、本来の音に比べてやや歪んだ鐘の音が響いた。

「ボクは私掠船免状の取得の介添えに来たのです。どうやらボクの知人が過日こちらにお邪魔した折、大変失礼をしたらしく、身の証を立てられないからと断られたそうでして。彼女らは立派に海賊として稼業を成り立たせる所存であると私に涙ながらに訴えてきました。必要とあれば腕の程をいくらでもお試しいただけるように手配もいたします。……お役人様が不足だとおっしゃられている。紛れでないことを教えて差し上げろ」

 再び鐘の音が響くと室内がざわついた。

 来訪の人物がついでに海賊をしに来たわけではなく、しかもこれまでの海賊とは訳が違うとわかったらしい。

 衛兵が輪になった。

「ボクらに不用意に触れるなよ。神経が細いんだ。死んだらどうなるかって言うと、目標を指示されないまま放置された連中が退屈しのぎにそこいらを打ち始める。威力がわからないって云うなら教えてやろう。……榴弾。目標は政庁てっぺんの彫像。少し大きいから当てやすいだろう」

 むこうでしばらくうめき声のような抗議があって、建物のうえのほうで爆発音と何かが崩れる音に混じって部屋に埃が舞った。

「いかがでしょう。彼女らの海賊としての腕はなかなかのものだと思うのですが、私掠船免状発行はお願いできないものでしょうか」

 単なる脅しと言うには威力の有り過ぎる実力行使に政庁の受付に座る役人では到底役者が不足していた。

「私の一存では出来ない」

 時間稼ぎだけではないらしい言葉にマジンは残念そうに鼻を鳴らして頷く。

「私掠船免状の受付はこちらだと思っていましたが、心得違いとは残念です。では、できる方に速やかにお取次ぎを。……これから五分毎に鐘を鳴らせ。二十回鳴らすか、お前が外したら交渉終了だ。あとは好きにしていい。臨検も受ける必要はない。お役人様が免状をくださらないというなら好きにしろ。海賊らしく派手に身の証を立てろ。……え?ああ。ちぎれて落ちたら?他にいくつかあったはずだが、狙えないというなら鳴らないな。そういうことだ。目端が利かない海賊だってお役人様が呆れているぞ。……どちらかに出向かせていただいても結構ですよ。お話そのものは短いでしょうし」

 しばらくして途中二回鈍く鐘が鳴り響き、政庁室奥の元首室に通された。

 ダッカ元首マリポスエグラスは秘書官からの始末書を眺めると部屋に招かれた者たちを一瞥した。

「ゲリエ卿。デカートは我が州との戦争をお望みか」

「とんでもない。私に縁のある海賊どもが訪ねてきまして彼女らが訴えるには、こちらの政庁で私掠船免状を求めたところ、どこの馬の骨とも付かない女に免状は出せないと言われたと、海賊の身の証とやらは港を塞ぎ街を焼き人々を殺すことかと問われたので、腕を示すのももう少し穏便な方法があるだろうと言いましたところ、引っ捕らえるようにここまで連れてこられた次第でして。まぁ確かにこちらの政庁で私も似たようなことを言われましたので、腕を見せれば彼女らが海賊稼業に向いていることをお知らせできるかな、と考えました。それで閣下のお見立てでは腕のほどはいかがでしょう」

 白々しい言葉をつまらなさげにエグラス元首は鼻で笑った。

「キミは知らないかもしれないが、すでに海賊どももほとんど海に出ていない。獲物がいないからな。君がどういうつもりで海賊の使いっ走りをする気になったか興味が無いが、そういうことだ」

「彼女らの訴えとは別に私は島を手に入れたく思い、自分の意志でこちらに足を運んだのです。流石にデカートの元老ともあろう者が単に海賊の使いっ走りでは外聞が悪すぎます。元首自らお目にかかれたとあれば、こちらにも利のある話をせねばなるまい、と思いまして手土産です」

 話が見えないままの脅迫に不愉快そうにエグラス元首は机を苛立たしげに指で叩いた。

「どういうつもりだ」

「最近、多島海の島の幾つかを巡らせて測量させています。もちろん個人的な事業を企んでのことですが、よさ気なものがあれば彼女らの拠点にしてやろうとも思っていました」

「つまり」

 先を言えと促す元首の言葉に同意するように窓の外で歪んだ鐘が響いた。

「こちらの島を海賊島にしてしまおうと考えております。島の天測座標はもちろん公開していただいて構いませんし、私掠船免状があれば全て受け入れます。なくとも受け入れますが。島はある程度の広さがある密林ですので木材には事欠きませんし、水源も幾つかはあります」

「いつからだね」

 話を急かすように元首は尋ねた。

「こちらで島の登記が済み次第。彼女らの海賊船免状が頂け次第。港で触れて頂いても構いません。食料の仕入れは宛がありますし、多島海のことですから、真水と材木だけあれば割とどうとでもなるはずです。少なくとも、獲物のない海賊連中を陸に屯させるよりは有意義でしょう」

「陸兵は、島の管理はどうするね」

 ようやく話が見えたことにエグラス元首は鼻で溜息をつくようにして尋ねた。

「海賊の島ですから。要らんでしょう。つまりは好きに遊んでいい島がダッカから遠くにあって、近くに帝国の船がうろつく外海が広がっている。それだけでなにをするべきか理解できない海賊は死ぬべきです。海で死ねない、というなら畑で死んで肥になったほうがよほどに意味のある人生でしょう」

「つまり、ダッカに望むものは何だ」

「島の私有登記と私掠船免状。あとは暇にくだを巻いている海賊どもをご紹介頂ければ」

 これまでとは違い元首は部屋の無礼な来訪者たちに少し興味が出てきたように眺めた。

「彼女らが死んだら」

 エグラスはゲリエ卿の隣で黙ってつったっている女海賊を顎で示し尋ねた。

「とりあえずはどうもしません。彼女らの望んだことですから。ただボクの土地でボクの家人の始末であれば、ボクが思うようにやるのは、不審者の駆除を含めて当然の権利だと思います」

 しばらくエグラス元首は考えていたが、窓の外で鐘の音が更に歪み、どこかに落ちて更に鳴ったのに、無線機から悲鳴のような罵倒が聞こえる。他の鐘を狙うために船の位置を変えさせているらしい。事態を理解できずに歓声を上げてはしゃぎ動きが鈍い女海賊達をミソニアンが怒鳴りつけて船の位置を変えさせようとしているのが聞こえる。

 女たちは本気で海賊をする気があるのかふやけている。

 船を預けても逃げて帰ってきかねない有様にマジンの口は苦笑に歪む。

 その表情を見てエグラス元首は用事を思い出したかのように手元のベルを鳴らして秘書を呼んだ。

「こちらのご婦人がたに急ぎ、私掠船免状を発行せよ。大至急だ。そして地理課に急ぎ登記の手続きの準備をさせよ。……ゲリエ卿、これでよろしいか」

「結構です。……受付は終了した。待機せよ」

 エグラスはしばしそのやり取りを眺めていたが、口を開いた。

「ところで、鐘楼の修理を無料でおこなってくれる、という話を表の受付でしてくれていたようだが、信用していいのかね」

 釣銭を急かし求める客のような態度のエグラスにマジンはにこやかに笑った。

「構いません。政庁の上の彫像も絵図面があれば直させましょう」

 エグラスはつまらなさげに頷いて退室を促した。

「君なら私掠船免状なぞなくとも海賊らしい身の起て方ができそうだがね」

 執務室を退去する男女に元首は背中から言葉を投げつけた。

「海賊をやりたいのはボクではなく、彼女らなものですから。ご承知いただきありがとうございます」

 今度は気の毒そうなため息を付いてエグラスは足を止めたマジンに向かって再び退室を促した。

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