ガール、爺と邂逅す。
「やれやれ、面倒なことになったな。」会議室のような場所に引っ張って行かれたマーガスは頭を掻いた。
「何が面倒だ。警察が来るまでおとなしくしてろ。この不審者!」彼をここまで引っ張ってきた教師が監視役とばかりにドアのところに立ちふさがる。ロの字に四角く机を組まれた室内には朝の明るい光が窓からさんさんと差し込んでいた。その会議室でマーガスは
「おや、お嬢さん。君もここにいたのかね。」
「勝手に話をするんじゃない!」監視役は談話も許さないといった風に声を荒らげる。
「やれやれ。口も許さんとは気が立ち過ぎじゃぞい。仕方ない。」錬金術師は指を宙で何回か回してトンと押す。
「さて、これでいい。少しぶりだのぅ。嬢ちゃんや。」窓の近くに座りある彼女の横に並べる様に椅子を寄せるとマーガスは腰を落ち着けた。
「マーガス。だったっけあんた。」少女は警戒をたっぷりと表して老人を射殺す。
「一度名乗っただけというに、名前を憶えていただいているとは嬉しいな。」
「あの教室の奴ってあんたの性?」今しがた見た現実らしからぬ惨状。マーガスが発した魔術と言う言葉。今日に突如起こった不思議の中心はこの老人ではないかと彼女は疑う。そして、疑わしい老錬金術師なる人物に真っ先にそう聞いた。
「単刀直入じゃのぅ。いや、儂はやらんよ。」手をふっと横に振って違うと示す。
「じゃぁなんなのさ! この状況!!」安和は怒声を上げる。
「そう熱くなるな。おちつけおちつけ。あれは誰かが魔術を行使した残骸じゃ。おそらくはあれが、この学校に禍を撒いているものだろうのぅ。」マーガスは少女の声量を全く気にせず渋い目をして何かを考えていた。
「先生もなにか言ってくださいよ!」横にいる女教師にすら大声を浴びせていた。が、女教師は全く反応しない。
「先生! ねぇ先生ってば!」耳元で叫んでも微動だにしない。
「あぁ、無駄じゃぞ。さっきわしが二人分だけ認識をずらしたからの。」
「にんしきをずらした?」
「簡単に言うと、そこの教師二人にはわしらは微動だにしてない様に見えとるということじゃ。あの猿の様な門番に騒がれたり止まられたりでは話もできんしの。」
「……あんた、錬金術師って嘘じゃないの?」安和はジトっとした目をマーガスに向ける。
「嘘。嘘とはいやはや。はは、なんでそう思ったのかね?」初めてかけられた言葉らしい言葉に彼は喜んだ。
「今言ってる認識が云々ってのってさ、なんか錬金術ってより魔術じゃない。漫画やなんかでよく見るやつ。錬金術はこういろんなもの混ぜてなんかするようなやつでしょ。」彼女は自らの知識の中から現象について類推し結論を導く。
「ははは。まぁ、今は軸足を錬金術においておるから錬金術師と名乗っておると言うだけで、他にもいろいろとやっとるんじゃよ。なんせワシャ稀代の大天才じゃからして一つだけの事では時間が山どころか星のように余ってしまってのぅ。」
彼は片手で何かを数える様に指を折りつつ空いた手で誇らしく顎をつっと一撫でした。
「さて、さっき外でお主に追い払われる時に渡したモノクル。あれはどうした?」
「え、ものくる? ああ、あのレンズ? それならここに。」ポケットから引っ張りだす。
「おぉ、それじゃ。捨てられておらんか心配しとったぞ。」
「そいつはわしが錬金術を組み入れて作っておるから魔術に関して全くゼロの嬢ちゃんでも問題なく使える。そいつを目に当てて自分を見てみぃ。」
「使い方が分かんない。」
「ああ、知らぬのかこうするんじゃよ。」マーガスは別のモノクルを胸ポケットから出すと彫りの深い眼窩に挟む。
「こうやって、固定して使う眼鏡の一種なんじゃよ。これは。」にこっと笑いかけやってみなさいと言った。安和は彼がやったように眼のあたりにはめてかけようとする。が、モノクルはポロリと落ちて彼のように納まらなかった。
「ちょ。これ、あんたどうやってとめてるの?」
「目のところにひっかけるんじゃが。ふむ、彫りの浅い日本人にはこれは向かんのかのぅ? まぁはめなくても問題はないから気にするでない。」くすりと一つ老紳士に笑われる。
「まだ分かんないでしょ。 っく! よっ!」何度繰り返しても重力に屈する単眼鏡。少女ははめることをあきらめ端をつまんで使うことにして、マーガスに言われたままに見やすい自分の手をじっと見る。
「何よコレ!?」
安和の手には黒い靄の様な物が絡みついていた。彼女は自分の眼がおかしくなったのかとも思いモノクルを離して腕を見直す。自分の腕、モノクルを通して覗いている部分にだけ黒い靄が見える。
「黒い霞の様な物がまとわりついているのが見えたろう? それが今わしが言うた災禍。ここから出た後に他の生徒を覗いてみるといい。他の生徒にも同じようにその靄がべっとりまとわりついとるよ。」マーガスは窓の外を眺めて言った。
「これの元凶があの部屋にあるっての?」
「おそらくな。あそこでは確実に魔術が行使されていた。しかも何かを呼ぶようなな。これは間違いない。」何かに眼を止めたのか彼はチョチョッと手でそれを招き寄せると窓を開けて室内に招き入れる。
それはよく焼けたパンの様なきつね色をした短毛の犬。丸みのある顔立ちからするとまだ子供だろう。
「犬? 犬なんてどうするの?」安和は犬の頭に手を伸ばす。迎えるように犬は自分から頭を彼女の手にこすりつけてくる。
「いや、まだ学内を調べておれんからな。ここで止められて時間を取られるわけにはいかんのよ。悪魔がまだ残っておればさらなる被害がでるじゃろうでの。なので、こいつにワシになってもらおうとおもってなぁ。」犬をパッと持ち上げマーガスはそう言った。
犬を身代わりにたてると。
「はぁ? 犬を身代わりになんて。馬鹿じゃないの?」
「見ておれ。見ておれ。ワシャ天才じゃぞ。天才。大天才!」マーガスは彼女の反応に嬉しそうに答え、犬の首に布を巻くと背中に指を這わせる。むずがゆいのか楽しいのか犬はもぞりもぞりと身をよじ彼を困らせる。
「こら、おとなしくせんか。後で缶詰でもなんでもやるから。のぅ。こら!」それでも犬はもぞもぞと動いて果てはその指を甘噛みしてまで彼の指を惑わせる。
「えぇい。ならば腹でよいわ!」コロンと犬を裏返すとマーガスは片手で犬の頬を撫で構いながら腹に指を這わせる。指が止まると犬の首に巻いた布が淡く光った。
「よし、これでええわい。さて、ここにおるんじゃぞ。」マーガスが言い聞かせるように指をたてて犬に命じると犬はヒャンと答えて彼の代わりに椅子へちょこんと座った。
「これでホントに大丈夫なの?」安和は疑いの色を濃厚に顔に出しマーガスを見つめる。
「あぁ、気になるなら見ておれ。さて、ではの。」そう言って老錬金術師は犬を招き入れた窓から逃げていった。
「……さん。大丈夫?」
「ん? え、あっぁ。はい。大丈夫です。」突然の呼びかけに安和は身を伸ばす。その声の主は先ほど大声を掛けた女教師。
「そう、さっきから声をかけても全く反応しなかったから心配したのよ。大丈夫だった?」
「え、ええ。(反応しなかったってことは、あの爺さんが言ってた通りになってたってこと?)」
「警察の人が話を聞きたいらしいのだけれどいい?」年端もいかない子供に頼むような優しい声で女教師は聞いてくる。
「えっと。まだ、もうちょっと。頭の中が混乱してて。」安和を助けるためか隣にちょこなんといる犬がワンとなく。
「あなたからは後でお伺いいたしますから静かになさっててください。」警官は犬に対して人を相手にする様な丁寧さで応対している。
「この老人、自分のことを錬金術師だとか言ってまして。」門番の教師が若い犬を示して老人と形容する。
「錬金術師? 錬金術師ですかぁ。」それを聞いて面倒なことになりそうだと警官は素直に顔に出す。
「えぇ、それであの装いでしょう? あんな変わった色のスーツにステッキに外套にトランクケース、もう怪しいなんてもんじゃない。」門番は話を続けていく。
「それに、容姿も明らかに日本人じゃない。だってそうでしょう。あの背の高さに彫りの深さ。瞳の色。どこをどう見たって外人だ。それが何だって学校に。」老錬金術師なる者をここに連れてきた教師は犬に対して犬であってはありえない容姿を説明する。その形容は全て先ほど安和が話していたマーガスの姿とぴたりと一致した。それを見て少女ははっきりと理解した。
(ほんとにあの爺さんが言ったみたいに皆この犬を人間と思ってる?)
「さて、あなた、お名前は? どこに住んでらっしゃるんですか?」警官は犬の前に椅子を置くと腰を据えると手帳を広げ犬に対して真剣に聴取を開始した。萎縮しているのか犬は全く吠えもしない。
「黙ってらっしゃってはわかりません。人が一人死んでいるのかもしれんのです。場合によっては署の方まで同行いただいてうかがうことになりますよ?」話す警官は冗談など全くない目で犬を見つめている。
「うわぁ。」その様をみて安和は思わず声を出す。顔も歪んでいたのか安和を見つめていた女教師が口を開いた。
「あの、彼女は私が叫んだのを聞いてきただけですので、私がお話しする以上の事を彼女は知らないと思います。なので、できれば彼女はもう教室へ返していただけませんか?」これは長くなるなと感じたのか女教師は少女を気遣って願い出る。
「んー。でもしかしそれはですね……。」
「先生がおっしゃったように私は叫び声を聞いて駆け付けただけです。そしてあの部屋には赤黒い床と指が一本あった。それだけしか見ていません。」安和は女教師の助け舟に乗る形で淡々と気弱気を装い言葉を切りながら話す。
「見ていません。」
「んー。では、この老人については?」警官は一応と犬について尋ねてくる。
「何も知りません。」素直に事実を言う。彼女は犬については何も知らない。
「そうですか。また、何か尋ねることがあるかもしれません。その場合はご面倒をおかけすることになると思いますがどうかよろしくお願いいたします。どうぞ、お帰りください。」
「はい。失礼いたします。」退室を促された安和は頭を下げて会議室を後にする。
「保健室とか行かなくて大丈夫か?」門番のように立っている教師は彼女に気遣いを見せる。
「はい、大丈夫です。」
「じゃぁ、体育館に行きなさい。安全のため生徒はみなそこに集合することになっているから。もし、何かあったら近くの先生に遠慮せず言いなさい。」
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