学び舎は超常に赤く染まる。

「ふぅ。さて、学校行こう。」校門をくぐり、昇降口へ、教室に着くまでの廊下、その全てにいつもにないピリピリと張った空気が流れていた。

「なんだろこれ。あの爺さんが言ったみたいにほんっとに何かあったの?」ドアを開けた教室には張った空気ではなく怪訝さ、不可解さ、それを感じた皆から滲みだす恐怖や恐ろしさが満ちていた。


「ねぇ、一体何これ? 何かあったの?」手近なクラスメイトに安和あんなは声をかける。

「さぁ、みんな何かおかしいってのは気づいているのだけれど理由がわからないの。先生も何も教えてくれないし。ネットにも何も。」声をかけたクラスメイトも彼女と同じ程度しか知っていないようだった。

「ほかの学校が原因とかは?」安和はマーガスが告げた自分らの学校に何かあると言うのを少し気にした。

「わかんない。それも何にも。」

「そうなんだ。」黒板の上の時計をみるとまだ朝のホームルームまで時間があった。


(あの何度も粉掛けてくる爺さん。あいつが言ってたうちの学校に何かあるってのが引っかかるのよねえ。なら。さ。)


「……。まだ、ちょっと時間あるわね。」好奇心の強い少女は少し考えて何かを決めて荷物を置くと廊下へ、学内を見て回ることにした。なによりこんな疑心暗鬼と猜疑の溜まり続けている場所にいては心が窒息すると感じた。

 廊下に出て棟同士をつなぐ広い廊下へ。

「右へ行くか左へ行くか。どっちかな。」教室が並ぶ左側の棟には今逃げて来たばかりの不安の空気がサウナのように満ちている。

「全く、息が詰まるわね。」彼女は人気のなさそうな右の方向へ足を運んだ。リノリウムを鳴らして進むごとにいつもの空気になってくる。そんな気がしていた。

「でも、一体全体なんでなのかしらね?」変わったことはないかと視線を巡らせる。視線が窓の向こう実習棟へ向けられたとき、



 その方角から何とも形容しがたく言語化しにくい叫び声が一つ。



「 ! 」あまりもの音量に安和のつま先から頭までが一本の棒になる。それをほぐして悲鳴の上がった方へ彼女は駆け出した。実習棟への角を曲がる。廊下の奥でへたり込んでいる女教師がいた。教師はどこかを開けたのだろう。戸の奥をジッと見つめているようだった。駆け付けた安和は声をかける。


「どうしたんです!?」


 開け放たれた戸からはひどく生臭く鉄臭い、生きてるものが生理的に嫌悪する腐敗した臭いがあふれてくる。女教師が力なく指さす先。それを安和の目線は追いかける。見えた先には赤黒くなった床とそこに転がる指一本。


「何。なんなのよこれ……。」少女は理解が及ばなかった。

「何があったんだ?大丈夫ですか!」女教師の悲鳴に呼ばれて他の教師が集まってくる。そして皆、その部屋の光景に絶句して立ち尽くしてしまい何もできない。生徒も野次馬に集まり周囲は途端に人の山になる。

「ほら、下がって。下がって! 教室に戻りなさい!」後から来た未だ部屋の中を見ていない男性教諭の一人が生徒を諭し散らしていく。きびきびと生徒を捌いていた彼は部屋の前に立ち尽くす安和も追い返そうと声をかけた。

「ほら、君も。こんなところにいないで教室にかえr……。」

 そんな冷静な判断をやってのけた彼も、部屋の中を眺めて立ち尽くす。




「あー。ちょいとごめんよ。ごめんなさいね。通しとくれ。」どこから学内に侵入したのか現れたマーガスはその混乱の人垣を割って安和のところまでくると

「見ちゃいかん。君の様な子はあんなものを見つめてはいかんぞ。」彼はそう言って生臭い惨劇の部屋の中をじっと見つめる二人の前に立って外套を広げると二人の視線を切った。



「誰か! 警察を!」呆けていた教師の一人が我に返って叫んだその言葉は不用意だった。遠くに押しやった野次馬の学生にとんでもないことが起こっているのだと気づかせてしまったから。

「君ら、警察もいいが。怪我をした者がおらんのか調べなくて良いのかね?」女教師と安和の指が全てあることを確認していたマーガスは近くにいる教諭にそういった。

 老錬金術師はあの場に指が一本だけあると言う事実を気にしていた。マーガスは部屋を見やる。最も目だつ床は床の色ではなく血の、いや、それを超えた死の色が塗り広げられていた。


(呼んだ奴が逃げれとればよいが。この血の量からすると望むだけ無駄じゃろうのぅ。もし、指が落とされただけであればここまで血が広がってはおらんじゃろうし。)


 彼は床に向けていた視線を上げ室内を見渡す。そこは余った机や棚が収められていた物置同然の部屋。その真ん中から放射状に赤い嫌な染みが床いっぱいに広がっていた。


(魔法を行使するためだけに場を開けたという感じかのぅ。この机や棚には魔術の残渣はないのぅ。)老錬金術師は顎に手をやり思案する。

「こうも血で汚れていてはここからは何もわからんか。」

 魔術を行使したであろう床から何かわからんものかと再度見つめていたが得る物はなしと彼は断じた。


「ん? あれは。」一冊の書籍がそのマーガスの注意を引いた。


 それは、今の時代の書籍ではまずない革のしっかりとした装丁。長々と生きている彼が懐かしく感じるほどの古さを感じるほどに場違いな装丁をされたものだった。ジッと注視する。わずかだが中からこぼれ出る魔力を老錬金術師の瞳は感じた。


「馬鹿モンが使った魔術書か。どうせ、警察が持って行ったとしてもこれはわからんもんじゃろなぁ。ならば。」マーガスはさっと手を伸ばすとそれを外套の下に納めてしまった。


 さてと出ようとしたマーガスの肩を掴むものがいた。

「あんた、誰なんだ。」真っ先にマーガスを気にしたところを見ると応援に来た教諭なのだろう。

「いや、通りすがりの錬金術師だよ。では」彼はさっと会釈をしてその場を去ろうとするがそれは許されなかった。

「錬金術師? 何言ってるんだあんた。部外者が学内に入っていいと思ってるのか?」

「まぁ、そのな。緊急事態だった故な。致し方ないことなんじゃよ。」

「これは!? あんたがやったのか!?」ちらりと部屋の中を見たその教諭は当然マーガスのことを真っ先に疑う。

「まぁ、そう疑うがあたりまえかのぅ。」今日でもう三度目かとマーガスはほうとため息を一つ。

「あんた、ちょっとこっちに来てもらおうか!」

「おいおい。乱暴なことはやめてくれたまえ。」教諭は老錬金術師の腕を強くひっつかむと引っ張って行った。

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