ガールミーツ爺は突然に

 朝の澄んだ風吹き渡る街。その中で老錬金術師が一人。その老人は顔を隠す様にシャッポを目深にかぶり、仕立ての良い黒の外套をまとい足元にトランクケースを一つ置き立ち在り、駅前で人波と街風に身を任せていた。


 片手に持つステッキと言い明らかに今から浮いてしまう過去めいた洋装。


 普通ならば奇異の眼にさらされることを意識してしまうそのコーディネート。彼はそれを気にしないのかそれとも慣れているのか堂々として街の片隅に納まっていた。


 彼の名はマーガス。正確にはマーガス・ヴァッヂ・トランディル・シーデルオン。目的地などなくふらふらと思うまま放浪している雲の様な老人だ。


 その彼は、街をそれぞれの目的地へまっすぐと歩む人々を眺め、時折眉間にしわを寄せては銜えているパイプを噛む。それは、ある特定の学生服を着ている者たちに黒い影がべったりとまとわりついていたからだ。彼は黒い影の正体を知っていた。それは悪魔の瘴気。


「誰か馬鹿をしたのぅ。女生徒の方が影が濃い処を見ると行使者は男か。」

「見過ごしてほっぽっておいても構わんと言えばそうじゃがのぅ。」パイプをくっと銜えあげハットの奥の蒼い眼で、高く澄んだ青の天を睨んで思案する。

「どうするかのぅ。」彼の人の心はあっさりと決めることが出来ずにいた。

「……どうするかのぅ。」同じことを口に出しつつ上げていた視線を町中に戻す。

 その視線。

 それは一人の少女を射止められていた。

 セーラー服を着て肩口ほどの髪をした女子生徒に。



「失礼。お嬢さん。あなたのその制服に黒い影が巻き付いているのが見える。」

 いつものように高校に登校していた女子生徒。東風こち 安和あんな に声をかけてきたのは老人だった。白髪をオールバックになでつけ、日本人ではない彫りの深い顔立ちに蒼の目。高い背からもおよそ日本人ではないだろう。日本ではほとんど見ないような外套をまとっているし、その中からは拵えのよさそうなワイン色のスーツが覗いていた。


「はい?」外人から突如かけられた理解不能の言葉に安和はこう返すしかなかった。

「そうさの。魔術の知識がない物に言われてすぐ理解せいというのは無理じゃの。まぁまて、見えたほうが説明しやすい。嬢ちゃんにも見えるようにしてやろう。」

 老人は本人と同じくらい古めかしいトランクケースを開けて中をまさぐっていた。


 安和は老人の声など早々に無視して手近な駅員を見つけると



「駅員さん駅員さん。駅前で勝手に商売しようとしてる怪しい、ものすごく怪しい怪しさ大爆発にふてぇ輩がいますよ。」と善意の義務を勝手に果たす。



 彼女に呼び止められた駅員は手慣れているのか手早く複数人を集めて老人を囲む。

「商売してる人って言うのは貴方かな?」

「ここでの商売は禁止されてるんですが。ちょっとお話を。」

「ぬ!? 商売? ワシャ何も! 商売なんてしとらんわ」

「トランクを開けて何か出そうとしてるでしょう。」駅員はマーガスがトランクから脇によけた服や装飾品を指さして言う。

「いや、これは商売ではなくて。カバンの中から物を出そうとして、その、そこの少女のためにじゃな……あれ? どこに行きおった?」

「そういうのは別の場所で伺いますので……。」

「なんじゃ! 駅前でカバンを開ける事すらゆるされんのか!」

「騒がれますと他のお客様のご迷惑になりますのでこちらへお願いいたします。」

「なんでじゃぁ! わしゃ、わしゃぁ!何たる理ィ不ゥ尽ン!理不尽すぎるぞぉお!」

「嬢ちゃん。お嬢さん! なんか言っとくれぇ!」


 もはや悲鳴に近い老人の懇願に安和は

「なんか後ろがやかましいけど、いいことしたなぁ。」と白々しく答え、マーガスをガン無視して清々しい気持ちで学校へ向かった。



 何も変わらないいつもの通学路。のはずなのだが校門に近づくにつれて異様な雰囲気になっていく。


「なにあれ? え?」


 いつもはこんな学外にはいない教師が通学路に立ち周囲に警戒の視線を投げかけていた。

「なにかあったんですか?」顔を見たことがある男の教師に安和は尋ねる。

「ああ、いや。な。早く行きなさい。遅刻するぞ。」教師ははぐらかし、そこから彼女を追い払うかのように通学を促す。

「なんなんだろう?」なおも気になった安和はくるっと振り返りさっきの教師を見る。そこには別の教師と話をし、走っていく教師の姿があった。

「やっぱ。なんか変。」顔をまげて不思議がった。



「じゃから言うたじゃろ。お前さんの学校がおかしいと。」ポンと少女の肩に誰かの手が載った。横を見上げると先ほど駅員に突き出した老人が立っていた。



「い! あんたなんで?」彼女は駅前で彼にやったこともあって距離を取って身構えた。

「この儂、マーガスは天才錬金術師じゃからの。駅員程度を撒くくらいわけはないわ。」突き出したことを気にしていないのか、自らをマーガスと名乗る老人は安和にニッと笑いかけた。

「おかしいってどういうことなんです?」安和は老人をいぶかしみながらも何か得る物があるかもと聞く。


「お前さんの通う学校に絡む誰かが魔術を行使したようでな。それが呪いのように学校全体に禍となって降りかかっとる。さっき渡しそびれたこれを通してみればお前さんでもわかるじゃろて。」


 そう言ってマーガスという老人は金属の輪にレンズをはめ込んだ物、所謂モノクルを胸ポケットから出して彼女に渡してくる。受け取った彼女は注意深くそれを眺めながら彼の話の中で気になった単語を口に出す。


「魔術?」何かしらまともなことを言ってくるのかと思っていた安和は耳を突いてくる漫画や小説の言葉に老人のことをうさん臭いと断じまたも排除を試みる。


「そうですか。ありがとうございます。じゃぁ。」彼女はすぅっと大きく息を吸うと。



「キャー! 先生! 変な人が! イヤァーー!」少女はこれがお礼だとばかりに叫ぶ。

「な!? 嬢ちゃん! またそれはないじゃろう!」よもやの二度目にマーガスは両手で頭を抱えた。


「知ったこっちゃないわよ! この妄言爺! キいヤー!」わぁわぁと駅前以上の大音量。まるでサイレンのように彼女は叫び教師を呼ぶ。

「貴様! うちの生徒に何をしてるんだ!?」上がった悲鳴を聞きつけた教師がマーガスへと蟻のように群がってくる。

「く! ここは逃げるが得策よの!」老伯楽は片手でハットを抑えるとストローク軽く住宅街の路地に消えていった。

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