老錬金術師はかく歩みし

作久

悪魔が来たりて人を食う。

 学校という広い建築物の中では往々にして物置同然になっているという部屋はあるものだ。そういう場所というものは隠れて一人で黙々と作業をすることには非常に向いている。今、夕日が差し込む教室だった場所でもそのようないけないことをしている男子生徒が一人いた。

 彼は、自らがこれから成すであろうことに興奮し時間を忘れて魔術のための陣を描き続けていた。彼がなぜ普通は常識がブレーキをかけて躊躇してしまうことをやっているかと言うとそれは一冊の本に出合ったからだった。


 革で想定された文庫サイズの本。この本に出合ってしまったこと。それが彼の運命を変えた。辞書を片手に古いラテン語の様な物と格闘し、その内容が魔術であることが分かったとき彼は自らの世界が変わったと感じた。そしていま、それを実践しようとしていた。成功すれば彼はこの学校の他の誰とも違う領域に飛び込むことが出来るのだろう。それはとても優越感のある想像だった。

 魔術陣を描き上げ一息を突いた彼は間違いがないかを確認する。

「赤のインクで五芒星。それを構成する五個の三角形。それに上から山羊の角、山羊の肉、その下二つに召喚者の両足の爪を切ったもの。よし、間違いない。間違いないよな?」魔術書と陣を何度も見直し念入りに確認をする。そして、彼は最後の仕上げにかかった。


「ま、真ん中の五角形。そこに僕の血を一滴。」指に針を刺して血を一滴たらす。


「そして、呪文を三回。……応えよ応えよ彼岸の者よ。貴様を呼ぶ声ここにある。」


「応えよ応えよ彼岸の者よ。貴様を呼ぶ声ここにある。」


「応えよ応えよ彼岸の者よ。貴様を呼ぶ声ここにある。」

 赤の五芒星から黒い煙が吹き上がる。


「やった! やっぱりこの本には悪魔を呼ぶ方法が書かれていたんだ。」彼の目の前には二本足の黒い影が立っていた。その姿は勇ましくあり誇らしくあった。

 彼は自らの力と技術に酔いそうになる。彼に呼ばれた悪魔は彼に初めての言葉を掛ける。


「呼ばれ参った。贄をいただく。」と。

「え? ニエ? そんなの書――」その影はそう言うと顔に当たる部分を彼の目の前で真っ二つに割くと床は赤に濡れた。

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