序:不意なる悪意

 ジネットへの説教が終わり、簀巻きにされた状態で放置された後。改めて、清六達は魔女の飛行実習を見学する事になった。

 アンナ、清六、珠代……そこに辰之兵の姿はない。彼はプールサイドの隅で、気絶したまま放置されていた。

 アンナは辰之兵を介抱しようとしたのだが、

「人工呼吸とか、そういう美味しいイベントは、辰之兵には要らねぇ。放置しときゃあ、勝手に起きる」

 という珠代の発言によって止められた。

 結局、本来視察するべき辰之兵を抜いた状態で、見学を行う事になってしまった。

 視察中の清六は、真剣な眼差しで魔女達を見つめる。

「これは、素晴らしいでござ……ごふぅ! な、何をするでござるか! 珠代!?」

 水着の魔女達に対して、率直な意見を述べた瞬間、その脇腹に杭打ち機の如く肘鉄が突き刺さった。

「うるせー! 見とれてんじゃねぇ!」

「せ、拙者は別に見とれてなどござらぬ! ただ良いものは良いと言っただけ――ぎゃふぅ!」

 今度は正面から鉄拳制裁。

「浮気だっ! 清六の浮気者! 俺の体じゃあ、満足できねぇってのか!?」

「その発言は完全にアウトでござる!」

「うるせぇ! 兄妹でエロい事して何が悪いんだよ!」

「あの……さっきから、あなた達は何を言ってるんですか?」

 不可解な会話を繰り広げる二人に対して、アンナが恐る恐る話しかけてくる。

「な、何でもないでござる! それにしても……見てて飽きないござるな!!」

 気まずさを紛らわすように話題を変える。

 清六の眼前では、水着姿の女子生徒達によるキャッキャッウフフな展開が――起きていなかった。

「うきゃあああああああ!」

 つんざく悲鳴。

 箒に跨った女子生徒が大車輪(縦回転)飛行をして、プールに水柱を作った。

「きゃー! ミーナが、顔面強打したわ!」「衛生へーい!」「あ、泡吹いてる!」

 プールサイドに打ち上げられた少女を介抱する生徒達。その動きは、もはやレスキュー隊並みの迅速な対応であった。確か、彼女達は魔女であるはずなのだが……。

「あのような事は滅多にないんですけど……」

「おいおい、そういう割には、あいつらの応急処置が恐ろしく的確だぜ。あれはかなりの場数を踏まなきゃ生まれねぇ動きだ」

 テキパキと対処する生徒達を見ていると、まるで医療現場にでも立ち会っているかのように思えてくる。

「そ、それはきっと救命訓練の賜でしょう」

「魔術を学ぶ身でありながら、医術も学ぶとは……拙者、感動したでござるよっ」

 先ほどとは打って変わって、清六は生徒達に尊敬の眼差しを向ける。

 その直後、飛行を始めた生徒が、プールの水面を顔面滑走で突き抜けた。

「マルティナさぁぁぁぁぁん! 箒を放してぇぇ!」「毎度のごとく、水上顔面滑走なんて高等技術を……!」「胸に付いている脂肪が重すぎるからよ! ざまぁみろ!」

 口々に文句などを言いながら、救命班(級友)はプールサイドに放り出された生徒に走り寄る。

「あれは、痛そうでござるな……」

 清六は思わず顔をしかめ、その隣では珠代が腹を抱えて笑っていた。

「ウシ乳、ざまぁ!」

「珠代。さすがにその言い方は酷いでござるよ……」

 忠告しても、珠代は聞く耳を持たずにゲラゲラと笑い続ける。これ以上、彼女に何を言っても無駄だと判断し、清六は意識を見習い魔女達へと戻した。

 阿鼻叫喚の実習が繰り広げられている。

「しかし……このような“人”達に、戦いなどできるのでござろうか」

 若くも数多くの戦場を体験している清六には、空を飛ぶ事に苦戦している魔女達が頼りなく思えた。

 空を飛ぶと言う事が、どれほどの努力と経験を積めば修得できるのかは想像もできない。しかし、空を飛ぶ事と戦場に立つ事は大きく違う。

 だから。

 清六からすれば、目の前の魔女達には戦場に立つための“強さ”が足りていないように見える。

「まだまだ使えませんが、あと半年もすれば、立派な魔女になります」

「それでは、駄目でござる」

「え?」

 清六の脳裏には、先日の惨劇が浮かび上がっていた。

 ――運命の日は近いでござる。

 悠長な事を言える状況ではない。この国の寿命が刻々と近づいてきているのだ。

「いつ結界が崩壊するか、分からぬのだ。半年などと暢気な事は言ってられん」

 いつの間にか、気絶から復帰した辰之兵が頭を抱えながら言った。

「なんだ、生きてたのかよ」

 辰之兵は、珠代の軽口を聞き流し、話を続ける。

「それに戦力としては、どうなのだ? 魔空隊という部隊にどれほどの価値が見いだせる?」

 責め立てる言葉は、彼の機嫌の悪さを表していた。

「そうですね……」

 一度言葉を濁しつつ、アンナは二の句を紡ぐ。

「率直に言いますと、あなた方では空を飛ぶ悪魔を討つ事はできません。戦うフィールドが違うからです。人は地、悪魔は空。地の利は悪魔に有り、です。しかしですが、魔女なら――魔空隊なら悪魔と対等のフィールドに立つ事ができます」

 毅然として、魔空隊を率いる教員として、アンナは言ってのける。

「どうであろうな。我が輩にも、高いところに上れる」

「梯子を使えば、誰でも出来るでしょう」

「誰でも出来る――か」

 まるでその言葉を待っていたかのように、辰之兵は薄く笑った。

「うわっ、気持ち悪ぃ」

「珠代。辰之兵が格好良く決めているつもりでござる故、邪魔しては駄目でござるよ」

 シーッと口に人差し指を当てる。

「……」

 するとなぜか辰之兵が、もの凄く切なそうな目つきで、こちらを見てきた。

「…………」

 気まずい間が生まれる。

「………………」

 そんな状況が五秒ほど続いたところで、

「“コレ”が誰にでも出来るかどうか、見てもらおうか」

 何事のなかったかのように話し始めた。

 ――後で怒られるパターンでござるな。

 何が彼の尊厳を傷つけたのかは分からないが、おそらく珠代あたりのせいだろう。そう考えた清六は辰之兵の行動を暖かく見守る事にした。

 含みのある事を言った辰之兵は、建物の内壁に近づく。左足を持ち上げ、内壁を正面から蹴り付けた。

 次の瞬間、

「ほっ」

 辰之兵は“壁”に立った。

 残された右足が地面から離れ、辰之兵の体は真横に立っている。それはまるで重力のベクトルが九十度も変わってしまったような光景だった。

 壁に立って見せた辰之兵は涼しい顔で、天井に向かって歩き始める。

 この場にいる全員が、吃驚映像に目を丸めていた。

「あー、あれ、忍者漫画で見たことあるぜ」

「MENMAでござるよ。あれは面白かったでござるな」

 唯一、清六と珠代だけは平然としていた。

 そんな間にも辰之兵は天井にたどり着き、天井までもその足で踏破してしまった。

 天井にぶら下がるコウモリのようになる辰之兵。その姿は髪の毛一本乱れていない。

「我が輩は元忍者。足を置ける場所があれば、どのような難所でも歩けるのだ」

「東洋の神秘ですね……」

「中年のオッサンを、神秘って表現するのも抵抗あるけどな」

「中年の神秘では、どうでござろう?」

「やめとけ、清六。辰之兵に聞こえたら、あいつまた傷つくぞ」

 珠代が辰之兵を見上げながら呟く。

「でも、辰之兵の奴、どや顔しててムカつくぜ。あー、不幸にならねぇかなぁ」

 そんなことを口走った瞬間の事だった。

 メキメキと何かが剥がれるような音が聞こえ、辰之兵の足下――つまり天井の一角が切り抜かれたかのように外れた。

「は……?」

 辰之兵が気の抜けた声を出す。

 彼は為す術もなく、天井の残骸と共にプールに着水した。

 一瞬にして、室内プールが阿鼻叫喚の世界へと化す。

 交錯する悲鳴と轟音。

「俺のせいか……?」

 珠代の言葉に返事をする者はいなかった。


+++


 この日、室内プールにいた誰もが最悪というべき日だった。だが、たった一人だけ、この一連の騒動を僥倖だと思っている人物がいた。

 他の誰でもない、ルシア=エローラである。

 ジネットや辰之兵の不幸は気落ちする出来事ではあったが、天敵の飛行実習が潰れた事で気持ちはすでに有頂天となっていた。

 プールサイドではアンナが、寮に戻るように指示を出ている。しかし、生徒達の興味は壊れた天井とグッタリとする辰之兵に向けられ、なかなかプールサイドから動こうとはしなかった。

 そんな中、ルシアは誰よりも早く更衣室に戻る。

 さっさと着替えて、ジネットのために甘いものでも買ってこようと思っていたのだ。

 アンナにしこたま説教されたので、今日一日はヘコんでいるだろう。

 傷心には甘味が一番。それはルシア独自の治療法であった。

 更衣室に入ったルシアは、自分のロッカーを開く。

「っ!?」

 一瞬、ルシアはそこが自分のロッカーであるのか疑ってしまった。

 実習が始まる前――数十分前とはロッカーの中が一変している。

「なに……これ」

 ロッカーの中、そこにあったはずの制服が、刃物で、ズタズタに、切り裂かれていた。

 イタズラなどと言うレベルではない。

 それは――

 目を背けたくなるほどの悪意。

 胸を突き刺すような敵意。

 あまりにも毒気の強い現実が、ルシアを襲った。

 金槌で殴れたかのように、視界がブレる。

 しばらくルシアは言葉を失っていた。

 眼前の光景が信じられなくて、視線を宙にさまよわせる。

 どうして――という不安を何度も口にした。

 なぜ――という疑問を何度も口にした。

 しかし、返ってくるのは、耳鳴りがするほどの静寂と切り裂かれた現実だけだった。

「ルシィアー! もう、あたしは傷心しまくりで、鬱になりそうだぁ! 放課後も職員室に呼ばれてるけど、あたしは逃げるよっ! だから、一緒に逃避行しよぉ! 愛の逃避行ぉー!」

 乱雑に更衣室の扉が開かれ、ジネットの大音声が響いた。説教をされたのに、すこぶる元気である。

「――っ!」

 ジネットの大声に驚き、ルシアは反射的にロッカーを閉めた。

「ん? んんー? ルシアぁ? 今、なにを隠したのかなぁ?」

 敏感な嗅覚を持つジネットが、獲物を見つけた猛禽類のように目を鋭くさせる。口を三日月に開けて歩み寄る姿は、プレゼントを目の前にした子供と大差がなかった。

「ふっふーん。さては、ラヴレターかな? いいねいいねー! 青春してるねぇ、ルシアちゃん!」

「な、何でもないよ?」

 笑顔を作るが、そのわざとらしい仕草がジネットの好奇心を煽ってしまった。

「ルシア! 大親友であるあたしに隠し事なんてしてもいいと思う!? 答えはNOだ!」

「隠し事なんてしてないから!」

 必死にルシアが否定すると、ジネットは毒気を抜かれたようなキョトンとした顔になった。

「……ほんと?」

「うん。本当に何にもないよ」

「そっか……それじゃあ、友情の再確認と言うことで、熱いハグをしよっか! さあ、来い! このあたしのバストに飛び込んできな!」

 相手を受け止めるように、両手を広げるジネット。

「……いや、なんでそんな流れになるの?」

「さあさあ! 恥ずかしがることはないっ!」

 ずいと胸を張って、歩きだしてきた。

 ロッカーに近づかれるのは嫌だったので、ルシアはひとまずジネットに併せるように前へと出る。

 互いの距離が縮まったところで、ジネットが翼のように広げた腕を閉じた。

「友情のハァーグ!」

「わきゃぁ!」

 ベアハッグを食らわせるような勢いで、ジネットが抱き上げてくる。身長差が大きいためか、ルシアの体は軽々と地面から離れてしまった。

「そして、場所チェンジ!」

「へ?」

 ルシアを抱きしめたまま、ジネットが身を捻る。

 互いの位置を交換したところで、ルシアはジネットの思惑に気づいた。

 ジネットは好奇心の塊のような人間だ。一度、興味を持ったものを簡単に諦めるはずがない。

 それに気づいた頃にはもう遅かった。

 床に転がされるルシア。そのわずかな隙に、ジネットはロッカーに手をかけた。

「ロッカーチェックだっ! さぁて、ルシアは何を隠したかったのかなぁ……?」

「だめっ! ジネット!」

 声を張り上げても、ジネットの好奇心を抑制することは出来なかった。

 ロッカーの扉を開き、ジネットは“隠し事”を見てしまう。

 一瞬、ジネットの顔が凍てつく。

 現状を理解できなかったのか、忙しく視線を動かして情報を一つでも多く得ようとしている。壊れた陶器の欠片をかき集めるように、必死に、それてでいて悲しそうに――見ていた。

「…………あーいやー、これはこれは……バラバラ殺人事件だね……これ」

 こちらに向けられるのは、笑顔とは呼びにくい表情だった。

 形容しがたい負の感情が、ルシアの胸を支配する。憤り、悲しみ、羞恥……色々な感情が一度に、ルシアの心の奥底から湧き出てきた。

「ジネット……違うの……」

「違うって、何が?」

 いつもは日向のような暖かい声音が、今では氷のように冷たかった。

 もうそこに笑顔はない。

 ジネットの表情は怒りに染まっていた。

 普段本気で怒らないジネットだけに、今の表情は別段恐ろしく思えて、ルシアは次の言葉を呑み込んでしまった。

「誰がやったのさ?」

「……分かんない」

「誰だよ!! こんな酷い事した奴はっ!!」

 苛立つジネットは、ロッカーに怒りをぶつけた。

 鉄の音が響くと同時に、更衣室に誰かが入ってくる。

「ジネット。荒れるのはいいけど、物に当たるのはやめなさい」

 入室してきたのは、マルティナだった。

 状況を理解していないマルティナは、更衣室内の異質な空気に眉をひそめた。

「違うんだよ……マルティ。ルシアのロッカーが――」

「ジネット!」

 言わせまいとルシアが叫ぶが、返ってくるのはルシアの声を塗り潰すような怒声だった。

「何で止めるんだよ! 黙ってる方が無理だよ!!」

 悲鳴のような一声。

「あたしは、馬鹿だよ! 世の中、言わない方がいいことがあるんだろ!? でも、こんなことを見て見ぬ振りをするくらいなら、あたしは馬鹿でいい! 大馬鹿でいい! あたしは友達として! ルシアとマルティの友達として黙ってられない!」

 感情の塊がぶつけられ、ルシアは息を飲む。

 再度、ジネットの口が開こうとしたところで、マルティナが咳払いをした。

「とても良くない事が起きたのは分かったわ。でもそれは、出来るならルシアの口から聞きたいわね」

 問いかけと共に、視線がルシアへと向けられる。その責めるような目つきは、百の罵倒よりも辛いものだった。

「そ、それは……」

 心の中でグチャグチャになった感情が溢れ出そうになる。

 自分自身、混乱しているのだ。

 訳が分からない。

 どうしてこうなるのか。

 誰がやったのか。

 なんで、こんな酷い事をしたのか。

 悲しくて、辛くて、腹立たしくて……嫌になる。

 今すぐ泣き出し、酷い事をした誰かに向かって怒鳴り散らしたい。それでも、小さな意地が惨めにも激情を止めさせた。

「誰かに……ロッカーを荒らされて……それで……その……」

 上手く言葉が出てこない。

 どう説明していいか分からない。

 そもそも、なぜ自分はマルティナに責められているのだろうか。

 理不尽だ。

 ――私は何もやってないのに。

「もういいわ」

 押し殺した声が木霊する。

 マルティナは一度大きく息を吐いて、ルシアのロッカーを覗き込む。

「……鍵をかけてなかったのね。これじゃあ、荒らされても文句は言えないわ」

「マルティ!」

 激高するジネットの怒声を無視して、ロッカーの中をもう一度見回す。

「ルシア、何か無くなってないか確かめなさい」

 マルティナの態度は冷ややかだった。

 ロッカーの中の光景がルシアに、どれほどの苦痛を与えるかを分かっているのにも関わらず、彼女は冷徹な命令を下した。

「で、でも……」

「早くしなさい。後になって騒いでも手遅れなのよ」

 高圧的な視線に、ルシアは臆した。

 おもむろに起き上がり、ロッカーの前まで移動する。そして、下げていた視線を恐る恐る持ち上げた。

 時間を戻す魔術があればいいのに――とルシアは強く思った。

 しかし、そんな願いを打ち砕くように現実は大きく口を開いていた。

 布切れと化した制服とローブ。

 破られた教材。

 その中から、無い物を探す。

 まるで割れたガラス片の中に、手を突っ込むような思いだった。

 ロッカーの底に溜まる布や紙をかき分ける。

 最初に見つけたのは使い慣れた財布。だが、今月分のお小遣いは無くなっていた。

 その事をマルティナに言うと、彼女は最低限の言葉で失せ物を探すよう、催促してくる。

 ルシアは口を堅く結び、作業を再開させた。

 下着も無い。

 生理用品も無い。

 そして、

「……うそ」

 破れた制服のポケットをまさぐる。が、そこにあるべき物が無くなっていた。

 母の形見――金の指輪。

「お母さんの指輪が……無くなっちゃった」

 虚脱感に襲われ、自然と膝が折れる。

 指輪はルシアにとって、家族との繋がりを確かめられる物だった。

 常に肌身離さずに身につけている。なのに、たった一時間だけ外した間に奪われてしまった。

 家族の絆を断たれた――そう考えただけで、ルシアはポロポロと涙が流れ出した。

 ジネットが支えるように寄り添う。

「私は先生に報告してくるわ」

 マルティナは無表情のまま、更衣室から出ていく。

 扉を閉める音が、空しく響き渡った。



 更衣室から出たマルティナを迎えるのは、まだ事故現場に屯する生徒達のざわめきだった。

 同期生達の声を聞き、マルティナは謂われない苛立ちがこみ上げてくる。

 ルシアの苦痛を知らずに騒ぐ彼女たちの声が、無神経のように感じた。

 その怒りが八つ当たりというのは、分かっている。結局は自分の不器用な生き方に対する苛立ちなのだ。

 マルティナは、今の自分ほど愚かな生き物はいないと思っていた。

 彼女の脳裏には、ルシアの事が思い浮かべらている。

 もっと優しい言葉をかけてあげれば良かった。それを自覚しながら、あのような態度をした自分の生き方が嫌になる。

 マルティナの生き方は、常に合理的だった。

 理に適った選択肢を取り、損得勘定を誤る事はない。

 だから、ルシアを慰める事よりも被害内容の確認を優先させた。そうさせる事で、ルシアを傷つけた犯人を一秒でも早く特定出来る。

 本当だったら、ルシアにロッカーの中を見させるような命令をしたくなかった。だが、そうしなければルシアは動こうとしない。気の弱い人間なのだ。

 ――だからこそ、他人から恨まれるような子ではないわ。

 誰だ、こんなことをしたのは。

 絶対に許せない。許してやるものか。

 気を引き締め、犯人に対する怒りを燃やす。

 マルティナは足取りを早め、アンナの所へ向かった。


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