だだ

鍍金 紫陽花(めっき あじさい)

第1話

 刃物と一枚の紙が自宅のテーブルの上に置かれていた。紙には文字が殴り書きされている。


『余ったからあげる。使い方は書いてある』


 百均で売られてるような料理の包丁。刃先は穴だらけで手入れされていない。


「キモッ!」不気味だから触らずに、警察へ電話しよう。母親には後で説明すればいい。


 カバンを適当に置いてティッシュを被せた。携帯から通報し警察を待つ。俺は異常な展開に興奮していた。

 程なくして警察が到着する。俺の姿を見ると肩にある通信へ話しかけていた。警察は靴を脱いでテーブルの上を見る。


「……?」

「どうしたんですか」

「何もありませんが」


 鈍器で頭を殴られた気分だ。警察は俺を悪戯だと断定し注意してきた。今日のところは何も見なかったことにするからと、優しく言われる。夢なら覚めて欲しかった。

 今日は散々な1日だ。学校で振られてるから幻覚を見たのかもしれない。俺は疲れてソファーに寝転がる。



『雪村は辞めてって思わないの?』

「ううん。みんな、喜んでるからいいの」


 雪村は困ったように笑う。手のひらのアザを見せないように隠してる。喉が渇いていた。


「雪村が喜んでないじゃん」

「なんで、そこまで心配するの?」


 放課後の教室で机の上を拭く。雨上がりの泥はひどい匂いをまき散らし、雑巾で取ろうにも伸ばされるだけだった。


「ごめん。なんでも」

「好きだから」


 雪村の動きが止まった。彼女の目は光を取り込まないほど暗く染まる。ああ、失敗したと察した。彼女は俺のことを好きじゃないのだ。突然現れた刃物が俺の頭に刺さる。脳髄が飛び出るから気持ちよかった。快楽に身を任せビデオを一時停止したような幸村を眺める。目元が血に染まってもずっと見ていた。



「うわああ!」


 ひどい悪夢を見た。汗が服を引っつける。拭うために額を触った。


「……え?」刃物が右腕に刺さってる。「ぬ、抜かなきゃ ……、全然痛くない」


 刃物の取っ手を掴んでみる。胸の辺りに温みを感じて、その温みが大丈夫だと語りかける錯覚がした。


「いやいや、刃物抜くの危ないでしょ」


 俺は救急車を呼ぼうとした。ふと、テーブルの上に目が止まる。紙1枚だけ残してあった。ソファーに座り直す。


「俺、振られたんだな……」


 目元が熱くなる。それはダメだと必死に堪えた。身体の節が痛くなってくる。現実が何か分からない。


「え?」


 刃物が腕から落ちていた。俺は地面から持ち上げて断面を観察する。そこで俺は小さな文字を見つけた。


「なにか書いてある」

『この刃物は指した箇所を切り離せる。腕を分離しても自由に動かせる。ただし、頭は無理だ』


 右腕に傷跡はない。刃物の感触がじんわりと伝わってきた。汗で滑りそうになる。


『頭を刺したら記憶を切り離せる。頭をとったらどうなるのか、俺には分からない』

「どうしよう……」


 俺は刃物を手に入れた。学生には手に余る使い道のないものだ。そもそも、人に刺すことができない。


 翌日になり、俺は学校に向かう。刃物は誰の目にも止まらず気分が浮ついた。


「なあ、俺の手に何か握ってるんだけど。見える?」

「頭大丈夫か、お前」


 刃物は誰にも見えていない。効果を発揮できるのは自分だけだ。誰かに刺せば切り離すことが出来る。でも、迂闊な行動を取れば学校で浮いてしまう。それだけは避けたかった。雪村と話せないのは堪える。


「おい、お前課題はどうした」


 先生が正面に現れる。俺よりも体格のいい男性は圧倒的に正論を吐く。俺は言い返せない。


「すみません。まだ出せません」

「他の人はやれてることを何故お前だけやれない。そんな様子じゃ何もしてないのと同じだ」


 先生はそう言って自分の前から立ち去った。クラスの人々の目線が痛くて扉を開ける。友達は蓋をするように接してくるだろう。それが自身の関係が軽薄だと知らせてるみたいで癪だった。

 お手洗いに駆け込んだ。俺は刃物の先を眼球の前に持ってくる。記憶の棚から昨日の説明を引っ張り出す。


『記憶が消える』


 俺は怒られた記憶を消したい。


「だめだ。出来ない」


 手が勝手に動く。あやつり人形のごとく頭を刺して引き抜いた。朝焼けの空のように心は晴れやかだ。


「あれ。何をしてるんだ」俺は刃物を指で遊ばせる。お手洗いを出たら教室に戻ろうとした。すると、雪村が素通りする。


「おーい、雪村」どんな顔して会えばいい。伸びた腕は地面に近づいた。雪村は俺に気づかず俯いて過ぎていく。突然、頭に電流が走る。


「そうだ」


 俺は刃物を構えた。自身の教室へ早足で帰る。そうすると、雪村の机に落書きをする女子たちがいた。接近して宣言する。


「辞めろよ」


 彼女らの頭を刺した。取り敢えず、もう虐めるなって呟く。同じように横の女子2人にも振り回す。切断はできず、引き抜くだけだ。


「……あれ?」「なにしてんだろ」


 俺は彼女を守ることができる。この刃物があれば雪村も認めてくれるかもしれない。虐めてた二人の記憶を抜いた。この力を人のために使うんだ。


「あ、ゆっきー。おかえり」


彼女が帰ってくるとクラスの皆は騒然とする。イジメっ子が態度を急変したからだ。俺は突発的な行動で注目を集める。雪村は俺と目を合わせなかった。


 その日から雪村の酷い扱いはなくなった。彼女は突然の出来事に戸惑いつつも、他のグループで順応していく。


 俺陰ながら彼女を守ろうとする。雪村の友達がストーカー被害を受けた。俺は探し出して手足を分離する。好きな人のためなら、何にでも慣れた。彼女の兄貴が雪村を冷遇していると愚痴る。それを阻止するため記憶から劣悪をなくす。兄貴は人が変わったように喜んだ。俺は雪村に報告したくなった。

 俺は君のためになんでもやれる。この刃物を君に渡そう。「雪村雪村雪村雪村」


 俺は刃物の扱いに長けてきた日、彼女から一緒に帰ろうと誘いを受ける。俺は冷静を装って靴箱で待ち合わせをした。何も変わらない彼女がそこにいる。


「ねえ、私いじめられなくなったね」


 雪村は俺に対して打ち明ける。胸のうちに閉じ込めていた疑問を放った。舞い上がって言葉を返せない。叫びたくて胸を抑える。


「なんか都合のいい日が続いてると不安になっちゃう」

「雪村はイジメっ子を殺しても差し支えない」

「殺してくれるの?」

「へ?」


 雪村は道路で立ち止まり訝しげに睨む。目を合わせられなくて地面の雑草に視線を移す。


「最近、変わったよね」

「は?」

「前の方が好きだった」

「……」

「何があったのか教えてよ」

「雪村に振られたんだよ。何がダメなのか教えてもくれずに」

「だって、そんな間柄じゃないでしょ」


 彼女は残酷にも笑う。後ろの夕日と重なり美しいと思えた。刃物を彼女に向けて、戻す。彼女から告白のことを消しても前を向けない。


「雪村が望むなら、虐めてた奴らを登校拒否にできる」

「……出来ないでしょ」

「できるから」


 俺は計画通りに学校へ向かう。イジメっ子達はいつも学校へ早く到着する。でも、今の教室は人が少なくイジメっ子も来ていない。部活生がグラウンドで番号を叫ぶ。俺は刃物があればすべて思い通りだ。でも悪用はせず雪村のために使う。好きな人の笑顔が見たい。

 教室の扉が開かれた。入ってきた男子生徒の頭に切れ込みを入れる。今日見ることを忘れろと力を込めた。次も同じことをする。繰り返されたところで、イジメっ子が来た。


「お前は学校のことを忘れろ」


 刃物を振りかざしたはずなのに、イジメっ子の頭に俺の拳が当たるだけだった。相手は険しい表情をする。


「ちょっと、何? 恨みでもあるわけ。陰キャ野郎」

「お、おい。刃物はどこに消えた」


 俺は地面に這いつくばった。女子の靴が手にあたる。


「え、キモッ。は?」

「刃物をどこに隠した!」


 イジメっ子は後退りする。目線が後ろを見た。彼女は身を隠す気だ。

 咄嗟に袖をつかみ机まで来させる。鞄の紐を腕と机に括りつけた。


「やめて! 嫌! みんな、助けて。助けて!」

「うるさいうるさいうるさいうるさい。かえせかえせかえせ」


 刃物の効力を知らない。クラスの人間は洗脳したけど、他のクラスに漏れたら失敗だ。俺は雪村に出来る人間だって教えないといけない。

 教科書を破り丸めて口に突っ込む。イジメっ子の涙が腕汚く引っ付く。早く刃物を見つけて改善したい。


「ねえ、何してるの」


 背筋が凍る。振り向けば真実になりそうだった。


「やっぱり」

「ち、違う」


 自分に何が違うのか聞きたい。傍から見れば、犯罪者だと勘ぐられる。


「違うんだ!」


 振り向くと彼女の姿はなかった。ただ足音だけが廊下に響いている。雪村を追いかけてるはずなのに、心は段々遠ざかるような気がした。


「違う。違うんだ聞いてくれ。お前のためにやったんだ!」

「来ないで!」


 雪村は俺の前で転んだ。スカートの下は黒のスパッツを履いていた。


「雪村……」


 俺は刃物が消えた理由がわかった。彼女のために動くと刃物は現れる。今回は、雪村から認めてもらうため働いてる。


「なあ、雪村。俺のどこが嫌なんだよ」

「やめて。何もしないで」

「話がしたいんだ。俺は」


 刃物を彼女に向ける。目を見開いて俺から離さない。


「この刃物ってなんだろうな。俺の作り出した幻想なのかな。だったら、何でみんなに聞いたんだろ」


 雪村から今の光景なくせばどうなる。彼女に告白し直したい。そのためには彼女を刺さないといけなかった。俺は雪村の彼氏になりたい。


「雪村、俺のことってどう思う」

「無理。キモイキモイ」


 俺は刃物を右腕の上に置く。雪村は身を捩らせる。刃物を重力に任せた。彼女の右腕が落ちる。

 雪村は絶叫して咳き込む。俺は切断された右腕を手にした。手のひらは男子より小さい。


「俺は、何をすれば良かったんだ」


 手のひらを俺の頬に当てる。僅かな温もりが心を刺激した。頬に右腕を滑らせる。赤子をあやす親の手のようだ。

 それから俺は先生が止めるまで、彼女の右腕を触っていた。刃物は学校の廊下に落ちて回転してる。やがて音が聞こえなくなった。

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だだ 鍍金 紫陽花(めっき あじさい) @kirokuyou

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