第4話・終末の門

プロトと決別したケイトは、更なる世界の創造に没頭して行きました。その様子には何処か必死さが滲み、プロトとの思い出を振り払わんともがいているようでもあった。


辛そうなケイトを支えたのは、彼女によって救われた多くの仲間達でした。辛いケイトの気持ちと、それを労る仲間達の気持ち───いつしか彼女等の意識は一つに溶け合って、神様の教え通りに外へ外へと向かい続けたのです。


拡がり続ける世界で出会った数多の悩める少女達───宇宙に漂う微粒子たる彼女達の思いを内包し、ケイトを中心とした宇宙は更に大きく、そして果てしなく拡がって行きました。


ところが…無限に拡がると思われた世界にも、遂に終焉の時が来てしまったのです。


*  *  *


「ケイト…これって…。」


今や最も旧い友となったエレが、不安げな表情で呟く。


拡がり尽くした世界の果ては、星一つ映らぬ漆黒の世界だったのです。


彼女達は必死で呼び掛けを行いましたが、その声に応えるものはいませんでした。


そこには果てしない闇があるだけで、その救いようの無い真っ黒な景色がもたらす圧倒的な虚無感は、見る者に不安と恐怖、そして何処か違和感のある安らぎを彼女等に与えました。


その完全なる「黒」を眼前にして、ケイト達はただ呆然と立ち尽くすしかありません。


内なる宇宙を捨て、外へ外へと世界を切り開いてきたケイト達は、遂に終焉の地まで来てしまったのです。


行き場を失った仲間達には不安が言葉となって漏れ始めます。ケイトと心を一つにしてきた彼女等に、綻びが現れ始めました。


「私達…これからどうすればいいの?」


「ねぇケイト!答えてよ!」


不安は大きな奔流となり、流石にその中心たるケイトにも動揺が走りました。


無理もない事です。これまで内向きな宇宙から目を背けてきたケイトは、この虚無の中で自分が何をするべき存在なのかなど、考えもしなかったのですから。



その時でした。



ゴロ…ゴロロロロロロ…


「まって、あれは何の音───!?」



ロロロロロ…グロロロロロ…


全てを覆い尽くすような深い闇の底から、この宇宙を揺るがすような不快な音が聴こえて来ました。


ケイトを中心とした皆が音の方向に注目します。



真っ暗な世界が静まり返り、宇宙は沈黙に支配される───。


何も無いこの世界で、一体何が彼女達を待ち受けているというのか…?


しばらくすると、その張りつめた静寂を打ち破るかのように、闇の中から不思議な声が聴こえて来ました。


「やぁケイト…待っていたよ。とうとう此処まで来てしまったんだね。。」


*  *  *


それはとても穏やかな男性の声で───久しく男の子の声を聞いていなかった少女達にとって、その声の主は艶のある魅力的な存在に感じられた。


ところが、声の主はそんな彼女等の期待を裏切るかのように、闇から産まれ出でた彼は自らを神に仇成す存在───『悪魔』と名乗りました。


悪魔を自称する声は、眼前に広がる宇宙の果て───「終末の門」まで辿り着いたケイト達を労うと、これからの彼女達にとって、とても重要な話をして聞かせました。


「君達は本当に良くやった。小さな存在である君達が、まさか此処まで大きな宇宙を造り上げるとは、神も想像しなかった事だろうね。」


その口調は終始穏やかであり、とても神に仇成す存在の声とは思えなかった。


「だが、君達は少し大きくなりすぎたようだ。今や君達が内包した宇宙は、神の手に終えない存在にまで成長してしまった。そんな姿のまま「終末の門」まで辿り着いた君達の存在を、「彼」は望まないだろうね。」


その言葉に、ケイト達はざわつき始めます。

神が望まぬ姿とは、一体どういう事なのだろうか?


それまで外ばかり見続けて来たケイトは、この時初めて今の自分の内包した宇宙───自らの姿を確認しようとしましたが、それは出来ませんでした。何しろ辺りは真っ暗な闇の支配する空間で、自分達の内包したその巨大な宇宙がどうなっているかなど、判りようがなかったのです。


ケイトは焦りました。自分は…自分達は一体何なのか、初めてその事に不安を覚えたのです。


「私達は神様の教えに従ってきただけよ!望まれない存在になるなんてあり得ないわ!」


反論するケイトを嘲笑うかのように、悪魔は続ける。


「君達は「彼」に騙されたのさ。偽りの神にね。だってそうだろう?目の前に広がっている景色をご覧よ、いくら外の世界を見続け…世界を拡げたって、最終的にはこの「終末の門」で終わり。これ以上の拡大は「彼」の手に余る存在になるって事さ。ねぇケイト───」


動揺する少女達を見て気を良くしたのか、悪魔は徐々に饒舌になっていきます。そしてケイト達もまた、少しずつ彼の話に耳を傾け始めていました。


「そういえば君の元には「誰か」が来たんじゃないか?確か───君達を元の宇宙…本来の姿に戻そうと囁く存在がね。」


ケイトはハッとしました。それは紛れもなくプロトの事でした。プロトが…ケイトを元の宇宙に帰すために、偽りの神が遣わした使者だったのだと、悪魔は囁いたのです。


震える声で、ケイト悪魔に問いました。


「私達は…騙されていたの?」


「ハハハ、言っただろう?アレは神様なんかじゃない。「彼」はこの宇宙を支配しているだけの、偽りの神格なのさ。君達の魂は「彼」によって支配され、この宇宙の中でだけ循環するようになっているんだ。故に君達の旅はこの「終末の門」で終わり。だけど───方法が無いわけじゃない。」


悪魔の声のトーンが少しだけ、低くなりました。それはまるで、この宇宙を支配する偽りの神に聞かれまいとするかのようでした。


「ねぇケイト…この宇宙の外に出てみたくはないかい?」


悪魔の誘惑が始まりました。


*  *  *


ケイト達はすっかり悪魔の話に深聴するようになっていきます。次に悪魔は、ケイト達にこの終末の門の外の世界について話をしました。


「終末の門の先には、更に巨大な宇宙が広がっているんだ。そこには「本当の神」が君臨する世界が広がっていて、もし君達がその世界の姿を認知する事が出来たなら…君達はその宇宙の一部となり、新たな命として産まれ変わる事ができるんだよ。」


それは、かつて偽りの神に説かれたケイトの「魂の原罪」が清算される事を意味しました。


「いいかい?ケイト。このまま此処に留まれば、君達は「彼」によって少しずつ解体されていってしまう。それが「彼」が君達に下す「審判」だからだ。君達が築き上げてきた宇宙は、この真っ暗な宇宙に少しずつ吸い上げられ、残った一握りの者だけがあの門から吐き出される。「審判」は魂の選別───新しい世界で転生を許されるのは、「彼」に選ばれた魂だけなのさ。」


仲間達と共に大きくなってきたケイトにとって、それはショッキングな内容でした。此処から先に進めるのは、偽りの神に選ばれた極一部の者だけ…。


しかし、この話は事実だったのです。


「さぁケイト、選ぶんだ。審判はもう始まっているよ?」


直後、悲鳴が響き渡る。


「あああああ!消える…消えちゃう!」


その悲鳴は、ケイトを中心とした宇宙の末端…比較的最近仲間になった少女達からのものでした。


悪魔の言った通り、ケイトの宇宙はこの真っ暗な宇宙に吸収され始めたのです!


もはやケイトに悩んでいる猶予はありませんでした。優しいケイトは、一人でも多くの仲間の魂を救いたいと思いました。


「お願い!外に出るにはどうすれば良いの!?」


(…フフフ。)


真っ暗な闇の果てで、悪魔はほくそ笑んでいました。そして彼は、この終末の門───偽りの神が支配する最後の宇宙を抜ける方法を、ケイトに教えたのです。

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