第3話・決別
「ケイト、やっぱり君はケイトなんだな!あぁ懐かしい…お願いだ、僕にその顔を見せておくれ!」
懐かしい声がケイトの耳に響き渡る。
巨大な木星の渦のように、激しく揺れ動く心をおさえつけながら、ケイトはその声の主の方を見た。
「プロト…。」
* * *
声の主はかつてケイトが恋い焦がれた、想い人プロトだった。
プロトは以前とは全く違う様子で、ケイトに親しみ深く接してきました。
「今日は君を迎えに来たんだ!さぁケイト、一緒に帰ろう?僕達がいたあの宇宙へ。」
「どうしてプロト…?私には貴方が解らないわ。だって貴方は、私の事なんて見向きもしなかったじゃない!」
ケイトの怒りを受け入れるように、プロトは俯きながら話し始めた。
「すまなかった、ケイト…。ずっと君を無視してきた僕に、今さらこんな事を言う資格はないのかもしれない。だけど、君が居なくなってから、僕は気が付いたんだ。僕の世界には、君が必要だって事に!」
ケイトとプロトのやり取りを、多くの仲間達が固唾を飲んで見守っていました。
「嫌よ、だってあそこにはネウもいるわ。ネウがいる限り、貴方は永遠にネウのもの…私は貴方へと近付く事は出来ないのよ!」
「ケイト…ネウは産まれつきのあの身体だ、だからと言って見捨ててしまうわけにはいかない。僕がネウの傍にいるのは、仕方のない事なんだよ。お願いだ、ケイト!今の僕には…君が必要なんだ。君がいないと、僕は僕で居られなくなってしまう…!」
プロトの釈明は続きました。
プロトにとっての「あの宇宙」は、ネウとケイトの2人の女性が居たからこそ、バランスが取れていたのです。
ケイトを欠いた事で、プロトの心は不安定になっていきました。騒がしいケイトが居なくなり、物言わぬネウと二人だけの生活になったプロトは、次第に息苦しさを感じていったのです。
居なくなって初めて、プロトは彼女───いつも全力で自分の気を引こうとしていた、ケイトの存在の大きさに気付いたのです。
* * *
プロトは必死でケイトを説得しました。
そしてその様子を───ケイトの一部となった何億、何兆もの仲間達が静かに見守っています。
彼女等の内心は穏やかではありません。
何故ならケイトは、今やこの宇宙で全ての仲間達の苦しみを解き放ってきた偉大なるリーダーなのです。
そのケイトがプロトの元に戻ってしまえば、この宇宙は統率を失い、ケイトによって拓かれた続けた世界は一気に霧散してしまう───。
そうなれば、彼女等は再びあの灰色の、報われぬ恋心に苦しむ日々に逆戻りしてしまう事でしょう。
とはいえ、同じ悩みを共有した彼女等もケイトの気持ちが解らぬでもありません。
プロトに対する返事に躊躇するケイトに、周りがざわつき始めました。
恋を取るか、仲間を取るか───。
取り巻く彼女等の意見は真っ二つに割れていました。
エレを中心とした旧き友達は、ケイトがプロトの元へ戻ることに理解を示しましたが、一方で付き合いの浅い新しい友達はこれに大反対しました。
ケイトは悩みました。
このまま決断を保留すれば、この宇宙は2つに割れてしまうかもしれない…。
(あぁ、プロト!今さら私に戻ってこいなんて、貴方はなんて残酷なのかしら!)
ケイトの葛藤が、広い宇宙に響き渡る───そしてその宇宙は、今もなお拡がり続けているのです。哀れな少女達の魂を救済しながら…。
(私は…私はどうすれば…?)
今のケイトは、神様の導きにすがりたい気持ちでした。しかし、今度ばかりは神様もケイトの声に応える事はありませんでした。
多くの仲間達の想いがケイトの方に向けられています。
言葉には出さずとも、ケイトには彼女等の気持ちは痛いほどよく解りました。
そして───
「プロト、私は────」
* * *
思い悩んだ末、ケイトが出した答えは…プロトとの決別でした。
今さらプロトの元に戻った所で、やはり彼の傍には眠り続ける美しい姫───ネウがいるのです。
あの日々に戻ることを、ケイトは拒みました。
「プロト、私はもう前の私じゃない。私はもう、この大いなる宇宙の一部となったのよ。そんなちっぽけな宇宙に固執し続ける貴方なんかに、もう用はないわ。お戻りなさい、プロト。貴方の愛する、ネウの所にね───」
ケイトは、その心の内に燻る未練を振り払うかのように、プロトに辛辣な言葉を返しました。
(もう後には戻らない、自分は先に進むのよ。神様の教え通り私は外を視て、そして世界を拡げ続けるの───)
苦しげに言葉を吐き捨てたケイトを、プロトはどのような気持ちで見ていたのでしょうか…。
少しの間…プロトはとても哀しげな表情で頷いてましたが、しばらくすると彼は顔を上げ、笑顔でケイトに別れを告げました。
「分かった。君はもう、あの時のケイトじゃないんだね…。色々と無理を言ってゴメンよ。そろそろネウの所に戻らなきゃ…。でもねケイト、これだけは忘れないで。あんなちっぽけな宇宙だけど、あそこは君の───僕達の故郷さ。あぁケイト!本当にお別れなんだね…。これからの君がどんな存在に変わろうとも、僕は君の幸せを祈っているよ。」
そうして、プロトは去っていきました。
彼の別れの言葉が、何度も何度もケイトの宇宙にリフレインしました。
しかしケイトは、涙を流しながらその甘美なリフレインをかき消し、その宇宙の断片を、あの懐かしい記憶と共に、無限に拡がる真っ暗な宇宙の底に沈めて行ったのでした…。
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