第三十七話






 あれ? 





 確か……ボクは蛍(ケイ)さんと一緒にビルから飛び降りて……





 意識を取り戻すと……いつの間にかボクは、見たことのない場所を歩いていた……





 足下の地面は鏡のようにつるつるしていて自分の顔が写り込むぐらい……氷? ガラス? しかし全く冷たい感触が無く、それが妙に不気味だった。





 周囲は青白い靄(もや)が立ちこめ、2m先すら見えない……一体ここはどこなんだろうか? 





 しばらくそのまま歩いていると、靄(もや)が晴れて開かれた場所にたどり着いた。妙なことに、そこにはオシャレなカフェに用意されているような装飾の、白いテーブルと椅子が2脚置かれている……





「どうしてこんなところに……」





 それとなく椅子の一つに腰掛けて休憩をとる……周囲はやっぱり靄(もや)につつまれ、ふと真上を見上げると暗い赤紫色の空の中で、煌めく星のようなモノの数々が見えた。





 一体ここは、どこなんだろうか……? 





「久しぶり、舞台くん。思ったより早く再会しちゃったのね……」





 誰? 突然靄(もや)の中から誰か……女性の声がボクの名前を呼んだ? 





 聞いたことの無い声……いや、でも……どこか懐かしいような……





「あれから……どれくらい経った? 3年……くらいかな? "ここ"と"そっち"じゃ時間の流れが違うからね」





 そう言いながら靄(もや)の中から一人の女の子がゆっくりと姿を現した……神話の話に出てくる女神が着ているような、特徴的なプリーツを施されたワンピースを着て、その手にはティーセットと思われるポットとカップが乗せられたトレーが携えられている。





 真っ黒な髪に、強気なイメージの目つき……この人は……もしかして……





「うっ!!? 」






 彼女の顔を見た瞬間だった……頭の中でせき止めていた記憶のダムが決壊した感覚があった。





 自殺遊園地(スーサイドパーク)……! 


 【自殺(スーサイダーズ)ランブル】……! 


 【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】……! 





 そうか……ボクは……





 全て……全て思い出した!! 





「もしかして……凛花さん……!? 」





「おっ、やっと思い出してくれたのね」





「はい! 久しぶりです。ホントに……」





 戦友とも言える凛花さんとの再会に感極まって椅子から立ち上がろうとしたボクを、彼女はやんわりと制止した。そしてそのまま自分も空いている椅子に腰を落とし、持っていたティーセットをテーブルの中央に置いた。





「ま、とにかく。約束通りお茶でもしようか? 」





 カップに紅茶 (らしき物)を注ぎ、彼女は「どうぞ」と促した。一応ボクは「いただきます」とそれを手にするも、飲む気にはなれなかった。





「凛花さん……聞きたいことがあるんですが」





 彼女はボクの言葉にはすぐに反応せず、カップの中身を優雅に一口飲み込んでから「なあに? 」と答えた。自殺遊園地(スーサイドパーク)で炎をまき散らしながら戦っている彼女の姿しかほとんど見たことがなかったので、こういう日常的な所作の凛花はとても新鮮に見えた。





「あの……こうして凛花さんと一緒の場所にいるってコトは……やっぱりボク……死んじゃったんですか? 今回は自殺じゃなくて……事故だから……」





「……確かにそうとも言えるけど……ちょっと違うのね」





「違う……どういうことですか? 」





「簡単に言えば……"死にかけてる"ってとこなのね。この場所は、"あの世"の内でも最上層の場所。肉体を離れるかどうかの曖昧な状態の魂は、ここに呼び込まれるの」





「そうなんですか……」





 やっぱりボクは、蛍(ケイ)さんと一緒に転落して瀕死の状態に陥ってしまっていたようだ……何らかの奇跡を信じていたけど、やっぱり奇跡はしょせん"奇跡"なのだ……そう信用して良いモノではなかった。





「凛花さん……ボクの行動は……正しかったのでしょうか? 」





「……"ここ"で見てたよ。飛び降りようとした子を助けたかったんだよね? 」





「はい……でも、結局このザマです。助けるどころか、ボク自身が死んでしまったら元も子もないです……」





 ボクはそう言って手に持ったカップの中をのぞき込んだ。揺れる紅茶に写る自分の顔は、ひどく歪んでいて、今の自分の気持ちを代弁しているようだった。





「……凛花さん……思うんです……やっぱりあの時……【自殺(スーサイダーズ)ランブル】で勝ち残った時……ボクは死ぬべきだったのかも……って……そうすれば家族にも苦労をかけることはなかったのに……って……」





「………………」





「ボクが死んでいれば、残された家族に逆恨みの嫌がらせをする輩もいなかったかもしれない……離婚する必要もなかったのかもしれない。そして……蛍(ケイ)さんにも余計な面倒をかけることも無かったのに……それなのに……」





「ガシャン!! 」





 ボクの話を断ち切るように、凛花さんが勢いよくカップをソーサーに叩きつけた。





「舞台くん……キミ、見ない間に随分とヘタレちゃったのね」





「……凛花さん……? 」





「キミ……前の【自殺(スーサイダーズ)ランブル】で蛍(ケイ)さんに会ってたでしょ? 」





 それは、今なら鮮明に思い出せる……ボクが【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】を使いこなせずに自爆しそうになったところを、彼女が助けてくれたんだ……





「はい……ボクと手を組もうとした直後にやられてしまったんですが……」





「舞台くん。【自殺(スーサイダーズ)ランブル】の真の目的が魂を選別することだってのは覚えているよね? 」





「はい」





「本当ならね、蛍(ケイ)さんのように難病を苦にして自殺した人は、ランブル戦の勝敗に関係なく"あの世"に送られることが多いの。それでも彼女の魂は"この世"に送られた……なぜだと思う? 」





「それは……」





「彼女が"生きる"ことを望んだからなの……今回だって、彼女は心の奥底でそう思っていた……だから、あなたに悩みを打ち明けたの」





 …………そうだ……





 そうだよ……ボクだって自分でそう思ってた……なんで忘れていたんだよ……





 誰だって……"好きで自殺をするワケじゃない"……





 行き場を失って……どうしようもないからしているんだ……





「舞台くん……あなたが蛍(ケイ)さんにしたことが、"正しい"か"間違っていた"かは分からない……でも、少しでも"生きたい"と願うその心を尊重したキミの行動は……尊いものだと思う……」





「凛花さん……ボク……」





 いつの間にか周囲の靄(もや)が濃くなっていた……目の前にいるハズの凛花さんの姿でさえぼやけてきた……





「舞台くん! ここで未来を終わらせたら……その答えが分からないままなの! 探すことすらできずに真っ白になっちゃう! 自分の本当の気持ちを隠さないで!! 」





「本当の……気持ち……? 」





 だんだんと体が重くなっていく……自分が自分でなくなっていくような……





「舞台くん! キミはどうしたいの? キミ自身本当はそう願っているけど、今は心の奥にしまいこんじゃってる、その言葉を聞かせて! 」





 凛花さんがボクの両肩を掴んでる揺さぶってる……でもその感触すら感じられなくなってきた……





 ボクは……今のボクは……ロクに力も、教養も無いし……ちっぽけな存在……





「舞台くん! 早く!! 」





 家庭だってバラバラになった……目の前で自殺する女の子を止めることすらできなかった……





 ……でも……





 ボクは……





「死に……」





 ボクは……




「死にたく……ない……」





「舞台くん! 違う! そうじゃないの! もっと! もっと素直になって! 」





「……き……たい……」





「もっと大声で言うの!! 靄(もや)に飲まれたらおしまいなの! 」





「……きたい……! 」





 それでも……ボクは……





「生きたい…………生きたいです!! 」









 口からではなく、全身から吐き出したその叫びに驚いたかのように……ボクたちを飲み込もうとしていた靄(もや)は、突風に吹き飛ばされたかのように一瞬で消え去ってしまった。





 そこから現れたのは、凛花さんの安心した笑みをだった……





「そう……それでいいの……」





 彼女はそう言って、靄(もや)の晴れたこの空間の一点を指さした。そこには数100mは離れた場所にある巨大な扉があることが目視できる。(空気が澄んでいるせいか、遠くの景色もハッキリと見えた)





「舞台くん……あの扉は覚えているよね? 」





「はい、"あの世"と"この世を"繋ぐゲートですよね」





「今ならまだ間に合う。さぁ! 急いで扉をくぐるの! 」





「…………はい! わかりました! 」





 もう今度こそ迷いは無い! ボクは"答え"を見つけ出す為……いや、"生きる"為に、扉まで全力疾走しようと足を踏み出した! 





 ……でも……その瞬間だった。





「うわっ!!? 」





"何か"に足首を握られる感覚を覚えて、思わず走行を止める。なんだ? と思い、足下を確かめるとそこには……





「グジュシュル……」





 人間を本能的に不快にさせるような音をたてながら、ジェル状で顔が無いマネキンのような生き物が、ボクの足にまとわりついている?! 





 周囲を見渡すと、その生き物はつるつるの地面からどんどん沸き上がってきていつの間にかボクたちを取り囲んでいた! その数は100体はゆうに越えている! 





「何ですかコイツらは!!? 」





「舞台くん気をつけて! コイツらは生死の狭間に迷う者の魂を、無理矢理あの世へ引きずり込もうとするロボットのような存在! 亡者(ゴースト)って呼ばれているの! 」





「亡者(ゴースト)!? そんな!? 」





 ボクは何とか足にしがみつこうとした亡者(ゴースト)を払いのけるも、どうあがいても逃げ場のない状態にまで追い込まれてしまっていた。





「ブシュ……ジュグルル……」





 亡者(ゴースト)の群れが輪になり、徐々にボクたちに近寄ってその円を小さくさせる。こんな時……こんな時【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】さえあれば……





「凛花さん……どうすればいいでしょうか? 何とかコイツらを振り切る方法は……」





「そうね……1つだけ方法があるのね……」





「本当ですか? 」





「単純明快でこれ以上ない方法」





「それは? 」





「コイツらを一匹残らず焼き尽くす!! 」





「焼き……えぇっ?! 」





 凛花さんは右手を上げて「パチン! 」と指を鳴らす。すると彼女の全身は一瞬で炎に包まれてしまった! つまりこれは……! 





「伏せて! 舞台くん!! 」





 言われた通りにその場に這いつくばると、頭上に何か液体が激しい勢いで噴出されたような音がする。間違いない……これは凛花さんの! 





「焼成(ベイクオフ)!! 」





 轟く発火音! 空気をも焼き焦がすような激しい熱気! 亡者(ゴースト)たちは炎に包まれて断末魔の声を上げてその形を崩していく……まさしくこれは……! 





「【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】!! 」





「その通り!! 」





 伏せていた顔を上げて凛花さんの方へと向けると、そこにはさっきまで清廉なイメージを抱かせるワンピースを着ていた彼女はいなかった。代わりにいたのは……"誰か"を思わせるタキシードに身を包んだ勇ましい表情の戦士だった……





「凛花さん!? その恰好……まさか? 」





「……ごめんね。ずっと黙ってたけど、ワタシはもう本草 凛花(ほんぞう りんか)って名前を捨てたのね」





 そう言って再び彼女は再び指を鳴らす。すると今度はボクの両手が太陽のように発光し、見覚えのある紋章が手の平に浮かび上がった! 





 これはボクの能力……【吹けよ風、呼べよ痛み (ワン・オブ・ディーズタイムス)】!! 





「今のワタシは『ボンゾ・リンカネーション』って名前の、魂の管理人なのね」





「ええっ!! つまりその、れ~みんマウスと同じ? 」





 衝撃の告白に腰が抜けそうになった。まさか彼女が、そんな役目を担う存在になっていただなんて。





「そ! まぁ細かいコトは後にしといて、とにかく今は亡者(こいつら)の始末が先ね!! 」





「…………分かりました!! 」





「さぁ……一緒に暴れるよ!! 」








■■■第三十七話 「生還(ライブ)ランブル!! 」■■■









 凛花さんが火球を撒き散らし、ボクの生死を掛けた戦いの火ぶたが切られた!! 





 前は"死に残り"を掛けた戦いだったけど……今は違う……ボクは【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】を……"生き残る為"に使う!! 





「ハァッ!! 」





 右手の紋章を殺風景な世界の地面に作り出し、風のトラップによる竜巻を生み出して亡者(ゴースト)共をまとめて天高く舞い上げる! 





「まだまだ! 」





 そして凛花さん……いや、リンカさんはその駄目押しとばかりに僕の風に発火液を送り込んで発火させた! 





「ズバゴォォォォォォォォン!! 」と爆発音が乱反射! ボクと彼女の協力技によって、熱風の竜巻が生まれ、無数の亡者(ゴースト)が焼かれながら吹き飛ばされていく! 





「この調子でどんどんいくよ!! 」


「はい!! 」





 迫りくる亡者(ゴースト)たちを、リンカさんと一緒に次々と蹴散らしながら、扉への道を確保する。こうして戦うのは3年振りのことだったけど、その勘は鈍っていなかったようだ。





 強敵と対峙した時の集中力が、自然と蘇って来た! 





 風で吹き飛ばし、炎で焼き尽くし……ボクたち2人の前では亡者(ゴースト)ごとき、夏場のうっとおしい蠅程度でしかなかった。





「ハァ……ハァ……」





 ……しかし……大きな問題があった。





「リンカさん!! こいつら、一体何匹いるんですか? 」





 そう……倒しても倒しても次から次へと湧いて出てくる……まるで地下通路で戦った飢獣(モンスター)のような圧倒的な数の暴力が、ボクたちのスタミナを確実に奪い取っている……





「う~ん……これは誤算だったのね……まさか、亡者(ゴースト)達がこんなにしぶといだなんて。れ~みんのヤツ、ちゃんと教えてくれなかったのね」





 リンカさんは6枚切りの食パンを買ったつもりが、家に帰ってから8枚切りだったことに気が付いた。くらいのお気楽な調子でこの状況を憂いた。





「リンカさん! 空を飛んでコイツらを無視して行くってのはどうでしょうか? 」





「う~ん……それは逆に面倒なのね……だって……」





 リンカさんが敵の一団を指差すと、そこにいた亡者(ゴースト)たちはメキメキと骨格を変形させて天使のような翼を作り上げ、羽ばたいて宙に浮き始めた。 





「ほら、コイツら空も飛べるの。ワタシの飛行能力はそれを使っている間は攻撃が出来ないから、そこを襲われたらジ・エンド。こりゃお手上げなのね」





「ええ~!? 」





 あまりにもお気楽なリンカさんの態度に、ボクも思わず気の抜けた返事をしてしまった……どうしよう、このままじゃ扉まで辿り着けない? 





「舞台くん、安心するのね。ちゃんと手は打ってあるから」





「"手"って? それは一体? 」





 そう言ったきり、リンカさんは腕を組んで堂々とした態度で動きを止めてしまった……え? 何この状況……! 翼を持った亡者(ゴースト)たちが、こっちに狙いをつけて滑空して来ているんですが? 





「グギャバババァァァァ!!!! 」





 まずい!! ヤツらが向かって来る!! ……シールドだ! シールドを張らないと……! 風のシールド!! 





 確かこうやって両手を合わせて……あれ? 





 出ない? やばい! どうやったっけ? 





「ギャシュルバボババァァァァ!!!! 」





 うわぁッ!! マズい! 羽の生えた亡者(ゴースト)が目の前に迫って来てる! 





 このまま亡者(ゴースト)に襲われてボクは本当に死んでしまうのか? 





 嫌だ!! こんなところで!! まだ女の子とデートしたことすらないのに! 





「ズガガガガガガガガガガゴン!! 」





 シールドの発動に戸惑っていたボクの意識に、突然芯を通すかのような鋭く硬い音の連打が鳴り響いた。





「ブジュルゥウウウウ……!! 」





 続いて鼻の奥を捻り上げらえるような腐臭……





 目の前にまで迫っていた亡者(ゴースト)の群れが……数えきれない程の刀や剣によって串刺しにされ……さらにはアイスクリームのように体がドロドロに溶かされていた。





「久しぶりだな、舞台……いや、さっき会ったんだよな? 」





 この声……この感じ……





 そうだ……ボクが"ここ"に来る直前に……会っていたんだ……"あの人"に……! 





「まさか!! 」





 ある可能性を胸に、ボクが振り返ると……





 そこにいた……! 





「夢じゃ……夢じゃないですよね? これは! 」





「3年振りか、元気だったか? 」

 ……須藤さん!? 





 それに……」





「技の出し方忘れるなんてよ、腑抜けやがったなこの野郎」

 ……瀬根川さん! ……





「でも、思ったよりは元気そうじゃないですか」

 ……走栄さんも! 





「チームメイトの為だ、激シブに助けに来たぜ! 」

「OK! OK! 久しぶり! 」

 ……練さんに雪乃さんまで!!





 かつて共に戦った仲間が……ボクとリンカさんの加勢に来てくれたのだ! 





「みんな!! どうしてここに!? 」





 この場所は、死ぬか死なないかの人間の魂が彷徨う世界……そんな場所に、どうして"この世"で生きているハズの彼らの魂がここにいるのか? 





「わたくしが呼び込んだのさ」





 仲間との再会に喜ぶボクの視界に、不気味な顔ニュッと割り込んでそう言った。一瞬「うおっ? 」腰を抜かしそうになるが、その頭が見覚えのあるネズミ頭だった為、どうにか体勢を立て直した。





「れ~みんマウス!? 」





「キミとリンカちゃんがピンチと知ってね……"この世"で生きている彼らの魂に直接呼び掛けて、特別にここまで来てもらったんだ」





「いいんですかそんなコトして? 魂の管理局から怒られないですか? 」





「ハハッ☆ 大丈夫だよ。昇進はもうとっくに諦めてるからね! 」





「れ~みんさん……」





 どうして……ボクなんかの為に……





 ただでさえ上から良い目で見られていなかったハズのれ~みんさんが、こんなことをしたら、お咎めどころでは済まされないのに……それにみんなだって、ここで亡者(ゴースト)にやられてしまったら、死んでしまうかもしれないのに……どうしてここまで……





「おい舞台! この野郎! 」





 感傷的になっているボクの背中に、突然丸太で殴られたかのような衝撃が走る。





「ぶへぇっ! 」





 須藤さんがボクに"喝"を入れたことは言うまでもない。





「辛気くせえ顔してやがって! もっと背筋伸ばしやがれ!! セネを見ろ! 28歳で無職だった陰気プヲタバンT野郎が、今じゃ立派な鍼灸師になりやがった! それに社畜根性丸出しの走栄さんだって、戦場でイチャついてたあのクソバカップルだって全員乗り越えた! 自壊の螺旋からよ!! もちろんオレ自身もだ! 」





「誰が陰気野郎だ! 」


「今は幾分ホワイトな仕事してますよ」


「クソは余計だって! 」


「そうそう! 」





 須藤さんの"毒"のある発言に、メンバーはそれぞれ文句を言う。でも、そんなチームのやり取りがたまらなく懐かしくて、ボクは無意識に笑顔を作っていた……





「悪い悪い……今オレ悪役(ヒール)をやってるもんでよ……ついつい言葉に棘が……ってそんなこたいいんだよ! 」





 1人で賑やかに喋り散らしていた須藤さんはボクの両肩を掴み、水面のような瞳を突きつけた……





「舞台……オレらがこうしていられるのは、お前のおかげなんだよ……」





「そんな……」





「お前が【自殺(スーサイダーズ)ランブル】で見せてくれた戦いぶりが、オレ達に生きる力を与えてくれたんだ……だから、せっかく生き返ったお前が、こんなところでくたばっちまうなんて我慢できねぇんだよ! 」





「須藤さん……」





「ここはオレたちが食い止める。だからお前は扉に向かえ! 」





「……はい! ありがとうございます!! 」





 ボクは本当に恵まれているのだと思った。





 危機に陥ったら助けてくれて……心が折れそうになったら発破をかけて闘志を奮い立たせてくれる仲間がいるのだから……





 それが、"この世"とは違う異世界だけでの限られた絆であっても……それだけでもボクにとっては上等なモノだ。





「再会の挨拶もいいけどね……そろそろ加勢してくれない!? さっきからワタシ1人で亡者(ゴースト)と戦ってるんだけど? 」





 やばい! チームメイトとの再会で感極まっていて、リンカさんにこの場を任せっきりにしていた……! その言葉の裏にはそこそこ溜められたストレスの片鱗が見えていた。




「すみません! 」





「まったく……まぁいいのね。それじゃワタシの背中に乗って! 空を飛んで扉まで送るから! 」





 言われた通り、ボクはリンカさんの首に両手を通して背中にしがみついた。なんだかちょっと恥ずかしい。





「おいメラメラタキシード!! 舞台をしっかり届けやがれよ! 」





 須藤さんの念押しに、リンカさんは不敵な笑みを作りつつ……





「言われなくてもそのつもりなのね。毒ゴリラ! 」と吐き捨てる。





 よくよく思えば、2人は因縁の宿敵同士とも言える間柄だし、練さんと雪乃さんだって彼女にやられていたんだっけ……そんな彼女達が今こうして協力し合っているのはちょっと不思議な感じだった。





「それじゃあ皆さん……生(い)ってきます!! 」





 ボクが別れを告げると、リンカさんが飛行能力を使って勢いよく離陸し、全身が引っ張られる感触と共に扉へと向かった。





 絶え間なく襲い掛かる、亡者(ゴースト)たちの退治を仲間に託して……









 ■ ■ ■ ■ ■





「行ったな、舞台のヤツ」





「ああ、全く世話がかかるヤツだ」





「さて……オレらは、この薄ら気持ち悪い、木偶(デク)人形共を掃除しなきゃな」





 須藤は亡者(ゴースト)たちを前に、毒液を両手からゴポゴポと湧き出させる。





「ああ、強奪チーム再結成ってワケだ。ちょっと欠員はいるけどな」





 瀬根川も両手に刀を携えて戦闘態勢を取る。





「でも、今回"強奪"するのは……鍵じゃありませんね」





 走栄は屈伸運動で戦いの準備運動を。





「"あの世"から"この世へ"……」

「舞台くんの魂を奪い取ろう! ってワケね」





 練と雪乃はお互いの左手を握りしめて高々と掲げた。その薬指には銀色に輝くリングがはめられている。





「さて、みなさん。今回あなた方に与えた【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】は、それぞれ最高Lvの"3"ですからね。存分に暴れまわってくださいよ」





 れ~みんマウスは空中に光の長方形を生み出し、その中からライフル銃を取り出し構える。





 彼ら6人を取り囲む亡者(ゴースト)は、数を増して300体近い大所帯となっていた。しかし、強奪チーム+れ~みんマウスの面々は一切ひるむことなく、それどころか遊園地ではしゃぐ子供のような笑顔に溢れていた。





「行きますよ皆さん……生き残りをかけた運命の潰しあい! 生還(ライブ)ランブルの始まりだみ~ん☆」





「なぁれ~みんマウス……」





「なんだい須藤 大葉(すどう おおば)? 」





「結局アンタ……そのネズミ頭はなんなんだ? 」





「ふふ……教えない☆ 」





 ■ ■ ■ ■ ■





 リンカさんの飛行能力によって、どんどん扉への距離を縮めていく……もう少し……あともう少しだ……! 





 仲間の助けを無駄にできない! 1秒でも早くボクはあの扉をくぐらなければならない。高速で飛び回るリンカさんに振り落とされないように、ボクは全力で彼女にしがみ付き、押し付けられる空気の圧力に耐えていた。





「ヤバイ! 」





「どうしたんですか? 」





 リンカさんが突然不安になる一言を叫んだかと思えば、飛行を一時中断して地面に降り立ってしまった? 一体何だと思った矢先、ボク達の進路の先に巨大な"影"が出来ていることに気が付いた。





「舞台くん! 伏せて! 」





「ドグォォオオオオンッッッッ!!!! 」





 爆発音にも似たけたたましい音と共に、巨大なモノが上空より飛来して地面と衝突する! その衝撃で四方八方に飛び散ったのは、なんと無数の亡者(ゴースト)だった!? 





 リンカさんに言われた通りに体勢を低くしたおかげで、飛び散る亡者(ゴースト)たちの直撃を避けられたけど、もしもそれを喰らっていたら"血が出た"くらいでは収まらなかった。察するに、ボクたちの行く先を阻んだ飛来物は、大量の亡者(ゴースト)たちをまるで"おにぎり"のようにまとめた巨大な球体だったのだろう……





 死者の魂が逃げ出すことを、ここまでして喰いとめようとするのは……まさに執念だ……





「まいったのね……こいつらを突破しないと向こうまで行けない……」





 亡者爆弾(ゴーストボム)の洗礼を回避したものの、こちらに襲って来る残った亡者(ゴースト)たちを蹴散らさなければならない……





 それに加えて地面からはニョキニョキと次なる援軍が生まれ出てくる……





「あと少しなのに!! 」思わず自分の太ももを力強く殴りつて悔しさを露わにしてしまう。





「大丈夫なのね舞台くん。よく見て! 」





 リンカさんはそう言うと、目の前に現れた亡者(ゴースト)の背中を指差す。





 ……いや……よく見るとアレは違う? 亡者(ゴースト)じゃない? 





 見覚えがある……あの猿のような体格に、真っ黒で不気味な体毛……





 これは、まさか……飢獣(モンスター)!? 





 気が付いた時には、飢獣(モンスター)の群れがボクたちを守るように、亡者(ゴースト)共を次々喰らい尽くしていた。彼らは味方だったのだ。





「清水(きよみず)くん、ちょっと痩せたな。メシはちゃんと喰ってるのか? 」





 ボクの為に駆けつけてくれたのは……須藤さんたちだけではなかった……





「ら……来徒(らいと)さん! 」





 ボクたちの援軍に加わってくれたのは地下通路でボクが脱落させてしった、飢獣使いの反州 来徒(はんす らいと)さんだった……前に会った時とは違い……肌のツヤや血色も健康的になっていた。





「来徒(らいと)さん……あの時は本当に……」





「いいんだ……気にしないでくれ。それに自分だけじゃないぞ。上を見てごらん」





 彼が上空を指差し、釣られてその先を見上げると、そこには不気味な夜空を煌きながら悠然と飛来する巨大な"龍(ドラゴン)"の姿があった! 





 雷鳴に似た轟音を撒き散らしながら、耳を凝らすと聞き覚えてのある"エレキギター"の旋律が混じっていることに気が付く。





「相変わらず、"能力"のスケールが段違いなのね……」





 あのリンカさんが感嘆を込めた龍(ドラゴン)、の上に乗っているのは……ボクが今、最も敬愛しているミュージシャンの姿……





「舞台くん! リンカちゃん! 助けに来てやったぞ! 」





 "この世"では二度と聞くことのできない彼女の声……声を失った天才ギタリスト、三田 鳴(みた めい)が、ボクの目の前に降り立った。





「三田さんまで!! 」





「お! 舞台くん。それ、ウチのTシャツだね、聴いてくれてたんだ」





「はい……! ありがとうございます……ここに来てくれて」





「絶対生きて帰れよ、今度新しいアルバムを出すから! 」





 そして三田さんは笑顔でリンカさんとアイコンタクトを交わし、再びギターの弦を鋭く鳴らして全身に電流を纏った。





「清水くん。自分の【飢獣夢喰らい(ハンガーズ)】が道を切り開く。その隙に扉へ!! 」





 来徒(らいと)さんが飢獣(モンスター)たちを亡者(ゴースト)の群れに突撃させ、モーゼが大海を切り開くように進路を作り上げた! 





「舞台くん! ワタシの背中に! 」





 再びリンカさんにしがみ付き、ボク達は低空飛行で切り開かれた道を進む! 頭上から襲い掛かる飛行タイプの亡者(ゴースト)は、三田さんの"電撃龍"が暴れ回って駆逐してくれている! 





「このまま突っ切るよ!! 」





 三田さんと来徒(らいと)さんのおかげで亡者(ゴースト)の群れを突破することに成功し、後は扉に向かって一直線に向かうのみ! 





 "この世へと続く扉"はまだ開かれたままで、その奥には斑模様の空間が光を発している。





「あと200m! 」





 リンカさんはラストスパートをかけて、さらに飛行速度を加速させた。少しでも気を抜いたら吹っ飛ばされそうになるほどの圧力に、ボクはジッと耐える……





 みんなの想いを……絶対無駄にするもんか!! 





「50m! 」





 近い……! もう扉まで目と鼻の先だ。リンカさんが着陸の為に徐々にスピードを落とし始め、ボクはいよいよ"この世"へ戻ることができるのだと少し安心した。





 ……でも……ボクはここに来てようやく思い出した。





 いつだって、なんだって……物事は最後まで気を抜いてはならない。





 そんな基本的な心得を、ボクは忘れてしまっていたのだ。この、一瞬まで……! 





「ヌヲオオオオオオオオオオオオオオ!! 」





 世界がひっくり返るほどの豪声が、鼓膜を揺らして皮膚を突いた。





 鏡面を思わせる地面には無数の亀裂が生じ、ミシメシと不快な音をたてる。





「ウソ……?! 」





「あれはまさか……もしかして!? 」





 "この世への扉"が真の姿を現したのだ。地中に潜めていた真っ白でレンガのような体が露わになり、頭部の扉部分は遥か見上げるまでの高さまで上昇し、ボクがこの世界からの脱出することを強く拒んだ……





「扉の巨人……!!? 」





 しかも、その姿は自殺遊園地(スーサイドパーク)で見たものとは違い、ある見逃せない"特徴"を備えていたことで、ボクはもちろん……リンカさんでさえこの事態の異質性に目を丸くして驚いていた。





「サァァーッ!! ワシト……"シアイ" ヲ シヨウゾォォォォオオオオッ!!!! 」





 ボクの生還を拒むその巨人は、どういうワケか"空手胴着"に身を包み、巨大で滝のような"ヒゲ"をたくわえていた。





 これはどう見ても……





「神成 雷蔵(かみなり らいぞう)……あなたのバカさ加減は世界の理(ことわり)すら突き抜けてるのね……」






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