第三十四話 「心の行き先」

【自殺(スーサイダーズ)ランブル】の特別ルール


 本草 凛花(ほんぞう りんか)を【自殺(スーサイダーズ)ランブル】におけるジョーカーとして機能させるにあたり、以下の条件を満たすことをによって特別に許可をすることとする。





(1)

 本草 凛花(ほんぞう りんか)(以下 本草)は基本的に他の参加者と同じく、【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】を用いて戦闘に参加することを可能とする。管理人れ~みんマウスには、その能力のLvを1~3まで自由に設定すること許可する。ただし、本草が初めに備えた能力以外の力を付与することは禁止する。



(2)

 本草の魂を自殺遊園地(スーサイドパーク)へ留まらせることを特例として許可をするが、それ以外の空間 ("この世"及び"あの世")に踏み入れることを禁止する。



(3)

 本草は【自殺(スーサイダーズ)ランブル】において、最低"10人"の参加者を脱落させなくてはならない。そのノルマが達成されない場合は、強制的に魂を"あの世"へと送るものとする。



(4)

 本草が所望する【この世の人間である「上流 輝義(うえる てるよし)」の魂を強制的に自殺遊園地(スーサイドパーク)に呼び込む権利】の発動許可タイミングは以下の条件が揃った場合のみとする。


『彼女が一度でも"面識"のある人物の魂が、自殺によって自殺遊園地(スーサイドパーク)に呼び込まれ、なおかつその人物が、本草を含む最後の2人目として勝ち残ること』


 この条件が満たされた時、その人物を"霊体"の状態で"この世"へと派遣させて、上流 輝義(うえる てるよし)の魂を霊体として自殺遊園地(スーサイドパーク)へと導くことと、その為の"力"を付与することを許可する。


 ただし、本草にはこの目的の為に自分の素性と目的を他の参加者に明かすことを最後の2人として残るまで禁ずる。



(5)

 上流 輝義(うえる てるよし)(以下 上流)の魂を自殺遊園地(スーサイドパーク)に呼び込んだ際、本草が上流の霊体に接触することは許可するが、上流の魂は必ず"この世"へと戻すこととし、その際、彼の記憶は全て消去させなくてはならない。



(6)

 本草が【自殺(スーサイダーズ)ランブル】の戦闘にて、他の参加者によって敗退させられた場合は、強制的に"あの世"へと送り込まれることとする。これは本人の意志でリタイアを宣言した際も同様である。





 魂管理事務局は上記を満たすことを前提として、管理人れ~みんマウスに、本草の魂を自殺遊園地(スーサイドパーク)に留まらせる上で必須となる力と権限を付与することとする。

 これは当局の審議にて、魂のバランスを考慮した最大限の譲歩である。異議や申し立ては一切受け付けないものとする上で了承するのであるならば、管理人れ~みんマウスと本草、両名の署名によってこれを受理する。




■■■第三十四話 「心の行き先」■■■





 ■ ■ この世 (上流 輝義(うえる てるよし)の自室) ■ ■ 





「……こんなコトになるなんて……」





 上流 輝義(うえる てるよし)は、父親の名義で借りているアパートの一室のベッドに倒れ込みながら、そう独り言をつぶやいた。





 彼はこの日の朝、自身の通う学校の屋上から同級生である清水 舞台(きよみず ぶたい)が飛び降りたコトを発端に、自宅へ戻ることができなくなっていた。





 動揺する心を少しでも落ち着かせようと、彼は「1人で勉強に集中する為」という建前で両親に家賃を支払わせているこの一室に閉じこもり、今後の身の振る舞いをどうすればいいのかを思案していた。





「何か……悩んでいるみたいだね……上流(うえる)……」





「……え!? 誰だ!!? 」





 自分しかいないハズの密室に、突如響かせられたゆったりとハリのある声に、上流(うえる)は心臓が口から飛び出てしまうかと思うほどの驚愕を覚えた。





「久しぶりだね……と言ってもまぁ……"あっちに"行ってから一日も経っていないんだよね」





 上流(うえる)の死角から、ゆっくりと姿を現したその男の姿は、彼のよく知る人物であり、この状況を作り出した張本人ともいえる……





「ぶ……舞台……お前……どうしてここに!? 」





 ドアや窓に施錠をして誰も入って来られないハズのこの部屋に、自身が苦痛を与え続けで自殺に追いこんだハズの、清水 舞台(きよみず ぶたい)が立っていた……





「お前……飛び降りたんだよな……!? 大丈夫なのか? 頭打って病院に運ばれて……意識不明だって聞いてたぞ……? なんでだ? どうしてここにいるんだ!? 」





 舞台は彼の質問には答えず、"喜怒哀楽"どれにも当てはまらない虚無の表情を突きつけ、口を開く。





「上流(うえる)……ボクにとって、キミの存在はハッキリ言ってどうでもいいよ……復讐だとか、報復だとか……少しもそんな気持ちは沸き上がらない……ただ、一つだけ……キミにお願いがあってここに来た」





「……お願い……ど、どういうことだ? 」





「正直言って……ボクもあまり気が乗らない……でも……こうしない限り凛花さんの魂は一生救われないから……」





 舞台はそう言って、ベッドの上で小動物のように怯える上流にゆっくりと右手を差し伸べる。その意味が理解出来ない上流(うえる)は、身体を震わせながら舞台の瞳をのぞき込む。





「上流(うえる)……説明するのが難しいんだけど……ボクのこの手を握ったら、キミの魂は別の場所に導かれる……その後は…………どうなるかボクでも分からないけど………………多分酷い目に遭う」





 病院にいるハズの舞台がどうしてここにいるのか? 魂? 別の世界? 上流(うえる)はすぐさま飲み込めない情報の渦に混乱しつつも、ある一点……彼にとって聞き流せない言葉に対し、舞台に質問をする。





「舞台……色々と意味不明だけど……一つだけ聞かせてくれ……」





「うん……」





「凛花さん……って言ったよな……? それってもしかして……本草 凛花のことなのか? 」





 舞台は彼の発した言葉に驚きを隠せなかった。上流にとって、凛花のことなど、自分が痛めつけた大勢の中でのちっぽけな1人としか扱ってなかったと思っていた。だから、彼が凛花の名前をしっかり覚えていたことがあまりにも意外だった。





「……覚えてたんだね……その通りだよ。凛花さんがキミのことを待っているんだ」





「そうか……」





 そういって上流(うえる)はうつむき……何か考え事をするような間を作る。その姿はあまりにも弱々しく、舞台はまるで自分自身を見ているような錯覚に陥っていた。





「……舞台……これは夢なのか……? それとも俺はうっかりヤバイ薬を飲んじまったからこうなってるのか……? 」





「……これは現実だよ……」





「……そうか……でも、この際どうでもいいな……」





 上流はうつむいていた顔を上げて、再び舞台の目をまっすぐ見据えた。




「凛花に合わせるってのなら……俺をそこに連れてってくれ」





「上流(うえる)!? 」





 思いも寄らない上流(うえる)の潔い態度に、舞台は逆に驚かされてしまった……そしてその醸し出す雰囲気に、上流(うえる)の身に"とある変化"が生じていることを察してしまったのだ。





 上流(うえる)……まさか……キミは……





 上流(うえる)は自らゆっくりと手を差して舞台の右手とつなぎ合わせる。両者の魂は真っ白に発光して一つの球体となり、そのまま部屋の壁を通り抜けて天高く上昇していく……





 残されたのは、魂が抜けてがらんどうになった上流の肉体だけだった。




 ■ ■ あの世 (自殺遊園地(スーサイドパーク)) ■ ■ 





 自殺遊園地(スーサイドパーク)、あの世への扉の前で、本草 凛花(ほんぞう りんか)は案内人れ~みんマウスと共に、"この世"へ派遣した舞台の魂が帰還する時を、今か今かと待ちわびていた。





 ワタシは……今日この日が来ることをどれだけ待ちわびたか……





 上流 輝義(うえる てるよし)……あなたがワタシにしたコトは、決して忘れない……いや、忘れることなんてできない……





 心も身体も……痛めつけられ、陵辱され……尊厳も何もかも……全てを奪い取ったあなたの記憶を抱えながら死ぬなんてまっぴらごめんだ。





 ワタシは……その記憶をどんな手を使ってでも上書きしたかった……だから、この自殺遊園地(スーサイドパーク)に導かれた時、この【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)を使ってあなたに復讐することを誓った。





 あなたみたいな、掃いて捨てる価値もないクズ野郎に人生を狂わされてしまったワタシや舞台くん……そして数え切れない程の被害者の為にも……





 ここでワタシ自ら、焦熱地獄を味わわせてやる! 





「凛花ちゃん、来たみたいだよ」





 れ~みんがそう言って、上空を見るようにワタシを促した。見上げると光の球がゆっくりとこちらに向かって降下してきた。





 その光が地面に降り立つと、ゆっくりと2人の人間の形へと変化し、その一つは舞台くんに、そしてもう一つは……





「……待ってたのね……あなたの胸糞悪い面(ツラ)……数秒たりとも忘れることはなかった……」





 待ちわびた……この時を! この瞬間を!! 





「上流(うえる)ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!! 」





 反射的と言っていいのかもしれない。視界に上流(うえる)の顔面を認識した瞬間に体中の血液が波打ち、気が付いたらヤツの元へと突進している自分がいた。





 両手に発火液を大量に分泌させ、ヤツをどう苦しめようかと頭を巡らせる……





 まず手足を焼いて動けなくしよう……その後はゆっくりと火であぶって終わらない苦しみを与え続けてやる。糞尿たれ流している姿を自分自身に見せつけながら、自身の行いに後悔を覚えさせてやる……! 





 ワタシが望むのは、お前の苦しむ姿と泣き叫ぶ声だけ! それだけが、ワタシにとっての鎮魂歌(レクイエム)!! 





 誰にも! 誰にも邪魔させない!!!! 





「待って!! 」





 なに? 突如ワタシの意識に呼びかけた声……その声がワタシの動きを急停止させた……いや、停止せざるを得なかった。





 どうして……なぜなの? なんで"あなた"が邪魔をするの!? 





「凛花さん、ボクに少し時間をくれませんか? 」





 上流(うえる)の傍らにいた舞台くんが……クソ野郎を庇う形でワタシの前に立ちはだかる……それも……真っ黒な刀の刃先をこちらに向けながら……だ。





「舞台くん、邪魔をしないで!! あなたはワタシにとって恩人なの! だから、こんなことをしてワタシにあなたを傷つけさせるようなコトは、もう2度としないで!! 」





 舞台くんはワタシの言葉にも何も反応することなく、無表情……どうして、どうして邪魔をするの? あなただってこのクズのせいで人生をメチャクチャにされたのに……? 





「凛花さん……お願いがあるんだ……」





「何? なんなの? 」





 次の瞬間……舞台くんはワタシではとうてい予想できなった行動に移り、その姿を一瞬で受け入れることができなった。





「うぅッ!! 」





 うめき声を上げて、上流(うえる)がうつ伏せで地面に叩きつけられた……舞台くんが、突然このゴミ野郎の後頭部を刀の柄で殴ってねじ伏せてしまった。





「ぶ……舞台くん!? 」





 動揺するワタシを後目に、舞台くんは刀を両手に構えて大きく振りかぶった。その狙いは間違いなく、倒れている上流に向けられていた。





「凛花さん……ボクも同じなんだ」





「舞台くん、その刀を降ろして」





「いや、駄目です。ボクもコイツに散々酷い目に遭わされてきた。だから……まずボクにやらせてほしい……」





「……………………」





 ……確かにそうだ……彼だって"その権利"はある。上流(うえる)をゆっくり痛ぶってその鬱憤を晴らしたい。その気持ちは痛いほどわかる……ワタシが燃やし尽くすのを見守るだけじゃなく、自らの手で苦痛を与えたい……十分に理解できる……





 でもね……





「舞台くん……ワタシは今日まで、何人もの相手と戦ってこの時を待ってたのね……何度も血を流して、何度も痛みに耐えてきた……だから、ワタシが先なの! 今すぐその刀を離して……ワタシにそのカス野郎の身体を譲って!! 」





「……駄目です」





 その淡々とした口調に、とうとうワタシは"キレ"てしまったらしい。





「なんで……なんで分かってくれないのォォォォッッッッ!! 」





 ワタシは両手から分泌し続けていた発火液を、抑えきれずに発火させてしまった……炎はワタシたち3人を取り囲むように広がり……舞台くんの顔をオレンジ色に照らした……そして、炎の光を反射させるその瞳を見る限り……ワタシは舞台くんに"絶対"上流(うえる)の身体を渡しては駄目なのだと悟った……





「舞台くん……やっぱり、あなたはワタシとは違うのね……」





「いえ……ボクも同じです……この上流(うえる)に……」





「違う!! 」





 そう、違う……あなたの目は……ワタシと違って、とても綺麗なの。復讐だとか、憎しみだとか……そんなコトは一切できない、澄んで真っ直ぐな瞳……だから分かるの……あなたがなぜこんなコトをしているのを……




「舞台くん……お願い……上流(うえる)を渡して……あなた……刀でその汚物野郎の首を一瞬で切り落として、苦痛を与えずに魂をこの世に返そうとしているんでしょ? そうだよね? 」





「…………」





 舞台くんは答えない……





 そう……分かったのね……ごめん……もうワタシ……これ以上抑えきれない!! 





「ウアアアアァァァァッッ!! 」





 ワタシは炎を全身にまとい、最後通告を促す……これ以上はもう……ごめん、舞台くん……こんなコトはしたくなかったけど……





 あなたもろとも……





 燃やし尽くすしかない……!! 





 両手に炎を収縮させ、火球を作る……何人もの参戦者を葬ってきたこの技で……舞台くん……まずあなたを葬らなきゃならないなんて……





 舞台くん! お願い! お願いだから……ここは退いて!! でないとワタシ……ワタシ……ワタシ……このまま本当に……





「……本草……本草 凛花(ほんぞう りんか)……」





 火球を今まさに放り込もうとしたその時だった……今まで口を閉ざしていた上流(うえる)が、ゆっくりと膝立ちになって、そう言った……ワタシの名前を……呼んだ? 





「……舞台……もういい……」





「上流(うえる)……」





 上流の態度を見た舞台くんは、ようやく構えていた刀を降ろし、刃を地面に突き立てた……





「……本草……舞台に攻撃はしないでくれ……」





「何……? 」





 信じられなかった……自分自身の人間以外は、爪の垢以下としか思っていないようなあの上流(うえる)が……他人に気を使っただなんて……





「本草……」





 上流(うえる)はゆっくりと、身体を震わせながら、ワタシの方へと近づいてくる……そして、突然その姿が視界から消えた? いや違う……





 上流(うえる)が突然……私の目の前でひざまずいたのだ……そして、両手と頭を地面にこすりつけるようにして押しつけたこれは……つまり……




 土下座だった……





「……申し訳……ありませんでした……」





 何……何をしてるの……? 上流(うえる)……あなた……一体……? 




「俺がキミの全てをメチャクチャにしてしまった……本当にすまなかった……」





「上流(うえる)……冗談でしょ? そんな形だけの謝罪をしたところで……ワタシの怒りは……」





「だから……キミの気が済むまで、俺を好きにしてくれ……どんな罰だって受けるから……だから……」





「……だから? ……だからなんなの!!?? 」





 気が付いたら、ワタシは上流(うえる)の頭を思いっきり蹴り飛ばしていた。鼻から飛び散る鮮血がワタシの膝にこびりつき、嫌な生温かさを皮膚に感じた。





「凛花さん!」と舞台くんがワタシたちの方へ駆け寄ったが、よろよろと立ち上がった上流(うえる)が右手を突きだしてソレを制止させた。





「いい……これで……いい……」





 溢れ出る鼻血を押さえつけながら、真っ直ぐとワタシの顔見つめる上流(うえる)の姿を見て……ワタシは……





 ワタシは……





 全てを理解した……





 ワタシはこれまで、この自殺遊園地(スーサイドパーク)で数多くの様々な人生を送った人間を見てきた……だから、そうしているうちに自然とワタシの身には、ある"直感"が備わるようになっていた。





 それは……その人間の目を見れば、そいつが"嘘つき"なのか"正直者"なのかが一瞬で分かる感覚……





 そして……ワタシは分かってしまった……





 目の前で謝罪をしている上流(うえる)の気持ちが"本物"であることに……





「凛花ちゃん……教えて上げよう」





 受け入れたくない事実に混乱してしまいそうなところて、れ~みんが現れてワタシの肩に手を置いた。その行為に慰めるようなニュアンスが込められていたことで、れ~みんがこれからワタシに伝えようとする内容がある程度予想がついてしまった。





「上流 輝義(うえる てるよし)……舞台くんが飛び降り自殺を図ったその直後に……彼の身に何が起こったのかを……」









 ■ ■ ■ ■ ■





 舞台くんは"この世"の時間で言う昨日の夜に、学校の屋上から飛び降りて、その魂が自殺遊園地(ここ)まで運ばれてきたワケだけど……彼はその時にね、父親にEメールで遺書を送っていたんだ。





 翌朝、舞台くんの父親は息子が死んだことを知り、さらに自身が勤める大企業の重役の息子……つまり上流 輝義(うえる てるよし)によって酷いイジメに遭っていた事実を知った彼は……権力に屈することなく、上流家の愚行を警察に、そして多くのメディアにリークした。





 ネットを介した情報はあっという間に拡散され、さらに追い打ちとばかりに、上流 輝義(うえる てるよし)に脅されて共謀していた教師が、多くの犯罪行為に関わっていたことを警察に自白した……これが決め手さ。





 政治家や警察の重役とも繋がりを持っていて圧倒的な権力を持つ上流家も、社会という魔物には勝てなかった……





 その情報をもみ消すことは出来ず……警察や聴衆が上流家に押し寄せ、混沌となって世間を騒がした。





 そして……とうとう、最悪の結果が残った……





 上流 輝義(うえる てるよし)の母親は、息子がイジメで舞台くんは凛花ちゃんを自殺に追いこみ、夫がそれを金と権力でもみ消していたという事実を知った瞬間……





 精神を崩壊させてしまったんだ。





 彼女は、包丁を手に取り夫の腹部を突き刺してしまった……さらに、自分の息子である輝義(てるよし)にもその凶刃を向けて突進したんだ……





 上流 輝義(うえる てるよし)はその時、かろうじて逃げ切って上流家から逃走し、父親の名義で借りているアパートに逃げこんだ。





 暴走した母親はそのまま包丁を持って無差別に聴衆に斬りかかろうとしうたところを警察によって取り押さえられた……殺人未遂と銃刀法違反……その多諸々の現行犯逮捕さ。





 豹変した母親が父を刺し、さらには自分自身にまで刃を向けた事実をもって……彼はようやく自覚したんだよ……





 自分が行っていたことが……いかに最悪で許されない行為だったということを……





 そして……自分は一生をかけて、この罪を償わなければならない……と……





 ■ ■ ■ ■ ■





「凛花ちゃん……舞台くんが、あんな行動を取ったのはね……キミの中での上流 輝義(うえる てるよし)を最悪な人間なままで終わらせようと思ったからなんだ……改心して罪を受け入れる覚悟が出来た上流(うえる)をキミに見せたくなかった……そして、その行き場を失った怒りの矛先を……自分自身に向けようとした……だから……」





「……もういいよ、れ~みん……」





 れ~みんがワタシに教えてくれたコトは確かなんだろう……上流(うえる)は明らかに……以前とは別人と言えるほどに……変わり果てていた……





 確かに、クズ野郎とはいえ気の毒とは思う……元々罪の無い母親が暴走して逮捕されてしまったという現実は確かに重い……





 でもね……





 これじゃあ……ワタシの……





 ワタシの心の行き先はどうしてくれるの!!!! 





「うぉおおおおおおッ!! 上流(うえる)!! このクソ野郎ォォォォ!!!!! 」





 ワタシは上流(うえる)を押し倒して馬乗りになり、何度も何度も何度も何度も! 握りしめた拳をその小汚い顔面に叩きつけた。





 止めようとする舞台くんの腕を振り払い、自分の拳の皮がめくれて血が滲みあがっても、ワタシは上流を殴りつけることをやめられなかった……




「なんで? なんでなの? なんで"クソ野郎のまま"でいてくれなかったの? もっと友達と遊びたかった! もっと恋もしたかった! もっと美味しい物を食べたかった! もっと自分の未来を楽しみたかった! それを全て奪ったアンタが! 何をいっちょ前に反省なんかしてるの!!? ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! あんたなんか犬のクソ以下のアホ面してバカな人生送ってりゃ良かったの! そんなあんたを黒コゲにすることだけを考えてずっと戦ってきたのに!! なんなの!! ワタシのやってきたことはなんだったのォォォォ!! 」





 何度殴っても……何度痛めつけても……上流(うえる)は抵抗をせずに、ワタシの拳を受け入れた……それが……それがワタシにとってひたすら悔しかった……





「返せ! 返せ! 返せ! 返せ! 返せ! 返せ! 返せ! 返せ! 返せ! 返せ! 返せ! ワタシの心を返せェェェェッ!! 」





 いくら上流(うえる)を痛めつけようとも、どれだけ血を吹き出させようとも……ワタシの中の人間らしい心は一向に戻ってこない……やればやるだけ……空しさだけが募る……





 ワタシの復讐は……不完全燃焼のまま幕を下ろさなければならなった……









「うぅ……」





 5分か……10分か……いや、もっと実際は短い時間だったかもしれないけど……それぐらいの時間殴り続け……上流(うえる)の顔は原型を止めない程に腫れ上がっていた。





 ワタシは彼を殴るコトを止め、立ち上がって背中を向ける。もう、これ以上彼の姿を視界に入れたくない……





「上流(うえる)……本当はもっとアンタにゆっくりと地獄を見せつけたかった……でも……もういい」





「ほ……本……草……? 」





「そうすれば……全ての覚悟が出来てるあんたの望み通りになるだけだから……報復を受けて"許された"とか勘違いして欲しくないから……もうあんたには何もしない……"この世"で然るべき報いを受けろ。一生その十字架を背負って生きろ……ワタシや舞台くんを死に追い込んだコトを、死ぬ直前まで覚えてろ…………自殺なんてさせない……自殺遊園地(スーサイドパーク)に来たら絶対にこの世に送り返してやる……」





「…………わか……った……わかり……ました……」





「わかったら……もう消えろ……」





 ワタシがそう言うと……れ~みんが、パチン! と指を鳴らす。上流(うえる)が光になって昇って行ったことを背中越しに感じ取った……





「凛花さん……」





 全てが終わり……心にしこりが残る中途半端な気持ちが、ワタシの腹の奥底でうねっていたけど……ワタシに心配そうな声を掛けた舞台くんの顔を見て……少し安心した気分になった。





「舞台くん……ごめんね……嫌な思いさせちゃったよね……」





「いいんです……それより……凛花さん……その……」





「……いいよ、無理に慰めようとしなくて…………キミは本当に良いヤツなんだから……」





「…………凛花さん……」





「……舞台くん……お願いがあるんだけど……」





「なんですか? 」





「ちょっとキミの胸を貸してよ……」





 ワタシは、舞台くんにしがみついてそのまま膝から崩れ落ちてしまった。彼はそんなワタシを支えてくれる……





 ワタシは……この時初めて……この腐りきった世界の下で、ようやく心の安らぎを感じた気がする……





 あなたともっと早く出会っていれば……ワタシの人生も少しはマシになっていたのにな……





 最後の最後に……あなたに出会えたことだけが……ワタシにとって唯一の救いだよ……





 全身にまとわりつく風の感触が……いつもより違って感じられるようになったのも、キミのおかげかもしれない。





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