第三十三話 「真の目的」

■■■第三十三話 「真の目的」■■■




 【自殺(スーサイダーズ)ランブル】の真の目的……





 案内人としてこの戦いを運営し、時には清水 舞台(きよみず ぶたい)たちの敵として立ちはだかってきたれ~みんマウスは、おどけた雰囲気ではない、真剣なトーンで語り始めた。






 ■ ■ ■ ■ ■






 まず……この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】の生い立ちについて説明しようか……





 この戦いを始める直後に説明した通り、自殺者が増えたことで"あの世""と"この世"の魂のバランスが崩れてしまったことがコトの発端なんだ。





 わたくしたち魂の管理人たちは、その処理に追いつくことができず、新たな生命が生まれる因果を少なくしてしまった……このままではこの世の魂はどんどん減るばかり。





 そしてこの事態を解決する為に、魂の管理事務局の上層部は、【魂選令(こんせんれい)】と名付けられた指令をわたくしたち管理人に押しつけた。





 その指令を大ざっぱに噛み砕いて説明すると……





 『どんな方法でもいいから"あの世"へ送られてきた自殺者の魂のほとんどを、お前らでテキトーに選んで"この世"に送り返しちまえ! 』





 というモノさ……魂の管理局ってのは、随分いい加減な仕事をしてるんだなぁ……と思ったかな? 





 実際この指令はかなり雑で安直なモノさ……でも、言い訳じみた言葉にしか聞こえないけど、それだけ切羽詰まった状況なのさ……今の管理局は……





 それでね、その指令が出された後は、管理人が各自で考えた選別方法を用いて、どんどん自殺者の魂を"この世"へ送り返すことに成功し、徐々に魂の均衡が保たれてきた……





 これで一件落着……と言いたいところだったけど……そうはいかない……





 【魂選令(こんせんれい)】による選別方法は"管理人が自由に決めることができる"……それが大問題だったのさ。





 身内の恥を晒すようだけど……他の管理人の選別方法ときたら……随分といい加減でね。





 ……例えば、自殺者の魂50人分を集めて、激流の川を泳がせて向こう岸にたどり着いた者だけが"あの世"へ行ける……だとか。





 河原でひたすら石を積み上げさせて、高く積み上げられた者から"あの世"へ旅立てる権利を勝ち取る……とかね……





 わたくしはね……そんな雑な方法で魂を選別するなんて、もってのほかだと思っているよ……





 だってそうだろう……





 自殺した者のほとんどは、誰よりも責任感があって、誰よりも真面目で……誰よりも他人を思いやることのできる……それ故に自分を傷つけてしまった……そんな人間ばかりなんだ……





 そんな彼らの生死を、度胸試しじみた水泳とBBQに飽きた子供がヒマつぶしにやるようなゲームで決めちゃっていいのか? 





 わたくしは……魂の選別の中で、自殺者に"生への渇望"をどうにかして感じて欲しかった……





 その願いを込めて作り上げたモノこそが、この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】さ。








 傷つけて痛めつけ合うことのどこに"生への渇望"があるのか? って思ったかい? 分かってる……わたくし自身それ自体が"良いコト"とは思っていないよ。でも、色々と思考を巡らせてたどり着いた答えがそうだったんだ。





 "生死を掛ける戦いの最中(さなか)"こそ……生きることへの充実感を覚える……と。





 自殺者には【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】という武器を与えられてバトルに放り込まれる……



 すると、その能力を有効活用して何とか勝ち残ろうと頭を巡らせて試行錯誤する者。



 非日常的な戦いの舞台に一喜一憂する者。



 仲間を集めて協力しようとする者。



 霊体となって健康的な体を取り戻したことで冷静になり、自身の行いが早まったモノだと考え直す者。



 そして、この戦いそのものに反旗を翻(ひるがえ)す者。





 全員、様々な思考を持って行動し、その中で得られる"達成感""充実感""出会い""悔しさ"等々……生きる上での活力となる"経験値"を魂に刻み込む。





 生き返った時には自殺遊園地(スーサイドパーク)での記憶は失うが……記憶喪失に陥っていても自転車の乗り方を覚えているように、経験値は生きる活力として心に残り続ける……





 こうして生き返った自殺者に、少しでもこの世で生きることに喜びを感じて、アカシックレコードに残された人生を謳歌して欲しいんだ。









 ……そして、戦いというモノはその人間の"本性"をも引き出す。





 突然現実離れした能力を得たことで、欲望の限りを尽くそうとする者は枚挙に暇(いとま)がなかったよ。神成 雷蔵(かみなり らいぞう)がその例だった。





 色欲に溺れて暴漢に堕ちる者、平然と裏切り行為を犯す者……安直に不正に走る者……そういった者たちのせいで、良い経験値を得ることなく脱落してしまった参加者が何人か出てしまったことは……運営者であるわたくしの責任だ……本当に申し訳ないと思っている……





 ……この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】は、まだまだ完璧とはいえない……改善すべき点がいくつもあるし、特に致命的で大きな問題点が残っている……





 ■ ■ ■ ■ ■





「……時間と手間が、掛かり過ぎるのね」





 清水 舞台(きよみず ぶたい)に驚愕的な事実を独白したれ~みんマウスの言葉を繋ぎ、本草 凛花(ほんぞう りんか)が話に割り込む。彼女は、この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】の深層を知り尽くしているような態度を見せていた。





「そう。凛花ちゃんの言う通り……わたくしが発案したこのランブル戦は、効率的な面だけを見れば、他の管理人が運営している魂の選別方法と比べて上等なモノとは言えない……何せ、一回50人参加の選別で最低2時間は確実に掛かってしまう。長い時は20時間を越えたケースもある……他の管理人なら、その間に500人は選別する……」





 【自殺(スーサイダーズ)ランブル】は時間が掛かりすぎる……という言葉に、舞台は地下のスタジアムでれ~みんと対峙した時のコトを思い出す。その時も同じように、彼はその時、戦いの進行が遅延していることに対して憤りを露わにしていた。





 舞台はれ~みんのここまでの話しぶりから、地下で自分たちに心ない言葉を浴びせたことも、参加者にとっての"敵役"となって闘志を沸かせる為の演技をしていたのだろう……と理解したが、その際の主張には若干の"本音"が詰まっていたことにも気が付いた。





 戦闘時間の遅延は、れ~みんにとって一番の悩みどころだったのだ。





「魂の選別にあまりにも時間を掛けてしまうと、上層部により【自殺(スーサイダーズ)ランブル】そのものを打ち切られてしまう恐れがあった……実際『何そこまでマジでやってんの? 』と管理人仲間に嘲笑されてたよ。でも、自殺者の何人かが人生を軌道修正してくれて、確かな手応えを感じていたところだった……こんなところでランブルを終わらせたくなかった」





 魂の管理がこんなにも事務的かつ、ずさんなモノであったことに対し、舞台はショックと悔しさを隠しきれずに、拳を強く握りしめていた。しかし、れ~みんにはそんな管理人の中でも、なんとかこの事態を打破しようと考え、実行してくれる真摯な姿勢があることが伝わった。ネズミの頭をしているが、彼は魂を管理する者たちの中では、最も人間らしい考えを持っている。





「それでね、清水 舞台くん……この試合時間の悩みを抱えていたわたくしだったけど……ある時、その問題を解決する為に力を貸してくれる1人の人物が現れたんだ……」





「それってもしかして……」





 ここまでくれば、舞台にはおおよその見当がついた。試合時間の短縮させるには、もってこいの人物がいる。





 簡単なことだ。トランプを使ったゲームが長引いてしまう場合、それを解決するにはなんでもありの「ジョーカー」を加えればいいだけのこと

。それはつまり……





「そう……ワタシがこの【自殺(スーサイダーズ)ランブル】のジョーカーとして、れ~みんに雇われてたのね。1つ"交換条件"を約束して……」





 舞台の想像通り、本草 凛花こそが……この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】のジョーカーだったのだ。1人で20人以上もの参加者を脱落させる彼女は、戦闘時間を短縮させる役目としてはうってつけの人材だった。





 しかし……その事実は舞台にとって、一つ心のとっかかりを作ってしまう。





「……でも……【自殺(スーサイダーズ)ランブル】って魂を救済するシステムなんですよね……それにしては……その……凛花さんはあまりにも……」





「残酷すぎる……でしょ? 」





 舞台が本人を目の前にして出すことをためらった言葉を、平然と繋いだ凛花。彼女の表情は少し強ばっている。





「……舞台くん……確かに凛花ちゃんは、時には見るに耐えないほどに容赦なく相手を痛めつける場面があった……でも、それは誰にでも無差別に行っていたワケじゃない……」





 そう言ってれ~みんは「パチン! 」と指を鳴らして空中に光の長方形を作り出す……そこにはこの【自殺(スーサイダーズ)ランブル】での1シーンが映し出される。いわばリプレイ映像だ。





「……あ! この人は! 」





 そこに映し出されていたのは、舞台の所属していた強奪チームの仲間「雪乃 哀(ゆきの あい)」だった……見る限り、彼女はこの自殺遊園地(スーサイドパーク)で目覚めた直後のようで、事態を飲み込めずに周囲を見渡している。





「雪乃さん……」





 別れた仲間の姿に、思わず感傷的になった舞台だったが、映像に映し出される次の場面を目にした瞬間、思わず「あ! 」と声を上げてしまう。





『キャアァァァァァァァァッ!! 』





 映像から発せられた雪乃の悲鳴。彼女は1人の"男"から突然襲われてしまい、地面にねじ伏せられて蹂躙されてしまう。その映像を見た凛花は歯を思い切り噛みしめた。





 雪乃は覆い被さった"男"に衣服をはがされそうになっている。"男"の目的が自分の欲望を満たすことのみだということは明らかだった……このままでは彼女は辱めを受けてしまう……その時……





『何やってんだぁぁっ! このクサレ豚野郎!! 』





 雪乃を救う為に1人の別の男が駆け寄って来た……そう、後に行動を共にする仲間、「墨谷 練(すみたに れん)」だ。





 彼が助けに入ったことで、雪乃を襲った"男"は即刻退散。そして、その顔が露わになったその時、舞台は"男"の正体が凛花によって尻にパイプを刺されてロケット噴射で観覧車に激突させられた、「郡山 藤次(こおりやま とうじ)」だったことに気が付いた。





「凛花ちゃんがやったことが、正しいかどうかは別として……彼女が非情な攻撃を行った相手は、どれもこの自殺遊園地(スーサイドパーク)にて"好ましくない行い"をした者たちだけさ。彼女は、この戦いの秩序を守る為の"制裁者"としての役割も担っていた……」





 れ~みんは続けて指を鳴らすと、今度は上空より10数個もの光の球が降りて、舞台たちを取り囲んだ。





「れ~みんさん……これは、参加者の魂……ですよね? "この世"に戻ったんじゃないんですか? 」





 れ~みんは舞台の質問に答える前に、ポケットから鍵を取り出し、"あの世への扉"を解錠させた。





 ゆっくりと開かれたその扉の先には、ミルクに様々なカラーの絵の具をこぼしたかのような、斑(まだら)でカラフルな空間が広がっている。舞台はそのあまりにも超自然的な光景に唾を飲み込んだ。





 ……あそこをくぐれば……あの世……死んだ者の魂が行き着く場所……




「舞台くん……この10数個の魂は、今回の【自殺(スーサイダーズ)ランブル】にて"好ましくない行動"をとり、わたくしが"更生の余地無し"と判断した魂さ……この魂は、"この世"へ戻らない」





「え? それじゃあ……! 」





 れ~みんは両手を指揮者のように動かして魂の軌道を誘導し、扉の向こうへと次々と導いた。光の球が全て扉の向こうへと吸い込まれていくのを確認すると、扉はゆっくりと閉められて再び施錠される。





「そう。【自殺(スーサイダーズ)ランブル】で死ねるのは1人だけじゃない……それは、嘘さ……」





「嘘!? 」





「その人間が他の者の人生を脅かす存在であった場合、この世へ戻しても自殺者を増やす原因となる可能性がある。それでは元も子もない……そういう者の魂はあの世へと導くのさ。そして……本人からどうしても生きる希望や活力を取り戻させることが出来なかった場合も……やむを得ずあの世へと送る場合がある……」





 その言葉に、舞台はとっさに"ある人物"の顔を連想させた……





「それじゃあ……地下でボクが倒してしまった……来徒(らいと)さんは……? 」





 反州 来徒(はんす らいと)……彼はどうしても"生"への希望を持てず、3度もこの戦いに参加していた。そんな彼の魂が、最終的にどこに導かれるのかが舞台にとっては気がかりだった。





「反州 来徒(はんす らいと)……彼は、最後の最後で生きることへのわずかな可能性を見い出したようだ。大丈夫、彼は"経験値"を持って"この世"へと旅だったよ……それは全て君たち強奪チームのおかげだ」





「ボクたちの……? 」





「そう。君たちは……他に例を見ない存在だった。同じ目標に向かって結託し、ルールの抜け穴を見つけて全員で達成しようという気概に溢れていた。誰かを蹴落とすワケでなく……それがたとえ、自分たちを脅かす敵であってもだ。君たちを地下で反州 来徒(はんす らいと)と戦わせたのも、その可能性に掛けたから。君たち強奪チームなら、彼の魂を救ってくれるかも……と思ったからだ」





「そうだったんですか……」





 自ら手を掛けてしまった来徒(らいと)に、わずかでも救済があったことを知った舞台は、安堵で大きなため息を漏らしつつ肩を落とした。その姿を見た凛花は少しだけ口の端を曲げて笑顔を作っていた。





「でも……」





 この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】の真実を知った舞台には、新たにわき上がった疑問に対して、質問を投げかけざるを得なかった。





「この戦いが自殺者への救済だということは分かりましたけど……気になるコトがあります。まず、凛花さんは、さっきジョーカーの役目を担う代わりに、"1つの交換条件"を約束したって言ってましたよね……? それに……ボクのことをずっと待ってた。とも言ってましたけど……それは一体……」





 終わりのない【自殺(スーサイダーズ)ランブル】の一要素として、この世とあの世の狭間である、この自殺遊園地(スーサイドパーク)で戦い続けることは、ある意味では生きることや死ぬことよりも辛い苦行だったに違いない。そこまでして彼女が欲しかったモノが何なのか? 舞台には想像が付かなかった。





「舞台くん……」





「はい」





「ワタシにとって、あなたがここに来てくれたことは嬉しくもあったけど……逆にとても辛いことでもあったのね……」





「それは……」





 凛花が渋い表情を作るのも当然だった。この自殺遊園地(スーサイドパーク)に来るということは、この世に絶望して自ら命を絶ったということなのだから。しかし、彼女が舞台に対して心を痛めなければならない理由は、まだ他にもあった。





「舞台くん……あなたが生きるか死ぬかを決める前に、一つだけ……やって欲しいことがあるの……! 」





「やって欲しいって……? 何をです? 」





「1人の男の魂を……ここに連れてきて欲しい……その為だけに……ワタシは今まで戦い続けてきた……! 」





「1人の男って……まさか? 」





「あなたもよく知ってる…………ワタシ達が今、ここにいる理由の根元! 上流 輝義(うえる てるよし)の魂を!! 」





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