第三十二話 「ずっと待ってた」
■■■自殺ランブルのルールその25■■■
【自殺ランブル】の優勝者は案内人より、あの世へと通ずる扉を開く"鍵"を渡される。
■■■第三十二話 「ずっと待ってた」■■■
戦いの爪痕を残して廃墟と化した遊園地を、ボクはゆっくりと歩いて"あの世への扉"へと向かった。
賑やかな雰囲気を彩っていたアトラクションや遊具は単なるガラクタにとなって陽気を失っていたが、朝日を受けてうっすらと控えめにその姿を現している光景には、どことなく郷愁を誘った。小学生の頃、早朝に1人で家を飛び出して、人気の少ない町並みの中で世界が自分一人だけになったかのような錯覚を覚えていた……自分はそれを妙に楽しんでいたことを思い出す。
最後の戦いを終え、10分があっという間に過ぎたことで、ボクの両腕は元通りの状態に戻り、体中に負っていた傷も全てキレイさっぱり無くなっていた。
痛みも消えて身体は今すぐ全力疾走できるくらいに好調なのだけど、須藤さんとのやり取りも無かったコトのようにされた気がしてどこか寂しかった。
瀬根川さんが遺してくれた真っ黒な刀は、まだ手放す気にはなれなかった……思い入れがあるということもあるけど、これまでの戦いで、最後まで気を抜けない警戒心がボクに備わったせいでもある。
そして、ゆっくり……ゆっくりと歩き続け……ようやくボクは目的地にたどり着いた。
あの世への扉だ……
真っ白なレンガのようなブロックが積み重ねられ、格調高い装飾が施された木製 (に見える)両開きの扉は、まるで城門を思わせる厳かな雰囲気を醸し出している……神成 雷蔵(かみなり らいぞう)との戦いで知らなければ、これが意思を持った生命体だとはとうてい想像できない。
「お疲れ様。清水 舞台(きよみず ぶたい)くん……」
扉の壮大な姿にしばし見入っていたボクの心に割り込むように、背後から妙に聞き慣れない声が投げかけられた。
「……れ~みん……マウス……? 」
「こうやって面と向かって話すのは初めてだね」
振り返るとそこにはこの【自殺(スーサイダーズ)ランブル】の案内人である「れ~みんマウス」がゆったりと背筋を伸ばして立っていた。
この場にそぐわないタキシードに不気味なネズミ頭。以前より変わらない様相(スタイル)ではあったけど、どことなく雰囲気が違う……何というか……今までのような人を小馬鹿にするような、おどけた口調とは違い、どこか"知的"なイメージを抱かせる明晰(クリアー)なしゃべり方をしている。
「残ったのは、キミ1人みたいだね? 」
「はい……」
「本当なら、ここで優勝者へのトロフィーとして扉の鍵を渡すところなんだけど……キミはもう持ってるからねぇ……」
「はい……」
ボクは再生した右手でポケットに手を突っ込み、チームの仲間と共に奪い取った鍵を取り出した。れ~みんはそれを強奪したコトについて責めるようなコトはしなかった。不思議なほど、淡々とした態度でボクの顔をじっと見つめていた。
「さあ……これでキミは晴れて"死んだ"身だ。その鍵で扉を開き、一歩その先に踏み入れれば、魂は完全に肉体と切り離される……もう現世で苦しい思いをしなくてすむ……」
「……はい……」
「…………どうしたんだい? 清水 舞台くん」
「……いえ…………」
「舞台くん……? 」
感情や思考を先走っていた……
気が付いた時には……ボクは刀を捨て、膝を付いて地面に突っ伏し、泣きわめいていた。
ぐずって言うことを聞かない3歳児のように……目から涙を溢れさせ……みっともなく鼻水を垂らしながら……大声で……
いじめられて酷い目に遭った時ですら……ここまで感情を高ぶらせて泣いたことは無かった……
悲しいと言うにも、悔しいと言うにも例えようがない……
行き場を失ったボクの想いが……体中を乱反射して、ついに耐えきれなくなってしまったのだと思う。
こうするしか、自分自身の身体を保つことが出来なかった。だから……思いっきり泣いたんだ……
「……清水 舞台くん……キミさ……」
れ~みんはボクの傍らに屈み、穏やかに話しかけてきた。
「死ぬのが怖くなったのかい? 」
ボクは……やっぱり臆病で、ズルい人間なのだ。自分で言い出せず……泣きわめいて……密かにれ~みんがその言葉をボクに投げかけるのを期待していた……
そう……
その通りだった……
ボクは……
「……怖い…………死にたくない……ボクはまだ……でも……」
「でも……? 」
「……生き返って……ここでの記憶を失って……また弱い自分に戻ってしまうことが…………もっと怖い……」
出会い、戦い、別れ……この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】での経験が……ボクをここまで強くしてくれた……ここまでたどり着けた……
生き返ってしまったら……ボクはそれらを全て0にしなければならない……誇りも、思い出も、持って帰ることができない……
「ボクは……須藤さん達と違って……勇気がありません……もう一度、現世に戻ってやり直すことが、とにかく怖い……かと言ってこの扉をくぐって死ぬことも……同じくらいに怖い……今になって、どっちも選べなくなってしまったんです……」
戦いを制して……何か強い力を得た気になっていた……でも、やっぱり根本的な部分は一切変わっていない……
「ボクは…………弱い人間です……」
「………………舞台くん……それは違うのね……」
まさか? と思った……
その声は、れ~みんではない……?
ボクの意識の中に、スッと入って来た女性の声……
「舞台くん……キミは、生きてた頃から……強い人よ」
突っ伏していた顔を上げ、その声のする方へと向けると、そこに立っていたのは間違いない……ついさっきまで一緒に戦っていた……
「本草 凛花……さん……? 」
光となって消えたハズの、本草 凛花が……どうしてここに?
ワケが分からなかった……確かに残り人数を示す電光掲示板には、"01"と表示されていたハズなのに……どうして?
「清水 舞台くん。わたくしが前半の戦績発表の時、なんて言ったか覚えているかい? 」
れ~みんは、突如現れた凛花さんの姿に動ずることなくボクに話しかけてきた。戦績発表の時……一体何か……
……そういえば……! あの時……
『ちなみに、ここまで最も多くの参戦者を脱落させた中間MVPは……「本草 凛花(ほんぞう りんか)」ちゃん♪ なんと一人で13人もの相手をリタイアさせちゃったんだって☆ スゴいね! 彼女には、わたくしから"ささやかなボーナス"をあげちゃうんだみ~ん☆ 』
「まさか……あの時"ささやかなボーナス"って……! 」
「その通り……察しがいいね。キミの想像通りさ、あの時に凛花ちゃんに与えたボーナスこそ……"脱落しても一度だけ復活できる権利"だったのさ」
「そ……それじゃあ!? 」
「そう……【自殺(スーサイダーズ)ランブル】はまだ、終わってない」
その言葉を聞いた瞬間……ボクは地面に落とした黒刀を本能的に拾い上げた!
「うっ!! 」
しかし……それを察知していた凛花さんはボクの腕を柔術のような技でひねり上げ、思わず痛みで黒刀を落としてしまった!
腕を取られ、完全無防備。彼女の瞳に写り込む自分の表情が分かるほどに接近していた……
このまま気持ちの定まらないままやられてしまうのか?
ボクは焦りでどうすることもできなかった……そして次の瞬間……ボクは上半身に確かな"熱"を感じ取った……
「……え? 」
その"熱"は……彼女の能力による炎の焦熱ではない……安らぎを感じる、肌の温かさだった……
「舞台くん……ありがとう、ここまで残っていてくれて」
ボクは……どういうワケなのか……凛花さんに締め付けられるほどの力で、"抱きしめられていた"……
「……ワタシはこの時を、ずっと……ずっと…………ずっと待ってた」
ボクの顔に、彼女の髪が覆い被さり……心地の良いシャンプーの香りが鼻の奥をくすぐった。そしてその瞬間、閉ざされていた記憶の扉が一気に開かれ……目の前にいる少女が"誰"なのかを完全に思い出すことができた。
「凛花さん……もしかして……あなたは……」
「そう……やっと思い出してくれたのね……ワタシも……キミと同じ理由でここにいる」
「…………ボクは……あの時あなたを…………」
そう……ボクと凛花さんは……生きていた頃に一度だけ会っていた……
でもそれは、考えうる最悪のシチュエーションで……ボクにとっては一生塞いでおきたい"負"の記憶……
彼女の正体は、ボクをいじめてた上流 輝義(うえる てるよし)とその仲間によって、筆舌しがたい暴行を受けていた女の子だった……
そして……その仲間の1人として……"ボク"も無理矢理加えられていたのだ……
「……すみませんでした……凛花さん……ボクはあの時……助けも呼ばずに……逃げ出してしまって……」
ボクはあの時……自分がどうなろうと、凛花さんに危害を加えることだけはしたくなかった……だから……その場から即刻逃げ出した……
でも、誰かを呼ぶことすらせず……自分が責められることを恐れて……ただただ逃げ出しただけだった……
その時……凛花さんはボクの方を見ていた……
絶望の中に、わずかな希望を抱いたその瞳を……ボクは裏切ったのだ……
「……凛花さん…………ごめんなさい……あの時、誰かを呼んでいれば……こんなことには……」
「……違うの……キミはあの時……ワタシを助けてくれてたの」
「……ボクは逃げただけです……何も……」
「違う! ……キミが逃げたから……連中は誰かを呼ばれると思ってすぐにワタシで"楽しむ"ことを止めたの……キミのおかげで、あの時は助かった……」
「……でも……」
「ワタシも……キミと同じ……尊厳を奪われた人間だから……わかる。あの場で"逃げる"という行為が……どれだけ勇気のいることか……」
その言葉で……ボクの心を覆っていた氷のような膜が、一気に溶かされたような気がした。
「そんな……」
「キミは……上流(うえる)なんかとは違う……ずっと強い人……だから、こうして最後まで残った」
ボクと凛花さんは、気が付いたらお互いに座り込んで手を取り合い……自分たちの弱さをさらけ出し合っていた……もう、目の前にいる女の子は、この戦いで20人以上もの参加者を脱落させてきた戦士ではなくなっていた。
1人の……自己中心的な私情によって人格を壊された……被害者だ。
ボクも凛花さんも……ギリギリの瀬戸際で"人間"を保っていたけど……とうとうそれが限界に達して、自らを傷つけ……この自殺遊園地(スーサイドパーク)にやって来た……
ボクたちには、愛情でも、友情でもない……"負"の体験を共有した同士の"結束"が、この時生まれたことを確かに感じ取った。
「……凛花ちゃん……そろそろいいかな……」
しばらく2人だけの世界を作っていて、その存在を忘れてしまっていた。れ~みんマウスがボク達の間に割り込むように言葉を発した。でもその口調から、威圧的でも、事務的でもなく、どことなく人間らしさを感じさせる"申し訳なさ"を覚えたことが不思議だった。
「うん。ごめんね……」
れ~みんはボク達と視線を合わせる為に膝を付き、ボク達の顔をネズミの瞳で見渡した。感情の読みとれない獣の顔からも、今から大切な話をするという雰囲気は察することができた。
「清水 舞台くん……今からキミに話そう……凛花ちゃんがどうしてきみを待っていたのか……そして、この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】の"真の目的"について……」
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