第三十一話 「約束」
■■■第三十一話 「約束」■■■
「ぶ……舞台……か? 」
「須藤さん!! 」
暴走状態が解除され、理性を取り戻した須藤さんは、全身を痙攣させながらボクの名前を呼んだ。
「ボクです! 須藤さん! しっかり! 」
急いで駆け寄ったものの、今のボクには両手がないので助けおこすことすらできないコトが歯痒かった……とにかく彼の近くに寄り添い、安心させようとした。
「……またお前……腕……切っちゃったのかよ……」
「はは……もう何回目か忘れちゃいましたよ……」
「へへ……貴重な体験だな……そりゃ」
お互いに満身創痍……そしてさっきまでつぶし合っていたというのに……こうして面と向かって話をすれば、何十年と共に生活してきた家族のように何気ない会話ができた……
「……舞台……みんなはどうした……? 練と雪乃ちゃんは? ……それに……瀬根川の野郎と……美徳(ぺぱみん)は……? 」
「もう……ボクたちだけですよ……」
「そうか…………」
そう言って須藤さんは切ない表情を作り、しばらく黙って仰向け状態で虚空を見つめた……
「どうやら……オレ……気を失ってたみてぇだけど…………なんかやらかしちゃったのか……? 」
「……いえ……ちょっと寝相が悪くて暴れてたんで……ボクが叩き起こしただけですよ……」
「そうか……腕がちぎれるまで叩きまくってたワケか……どおりで体がメチャクチャ痛えワケだぜ……」
「……はは、ホントに大変でしたよ……」
「だろうな……オレも別れた嫁によく言われたぜ……アンタの寝相が悪すぎて何度も死にかけたってな……」
「…………………………奥さん……いたんですね……須藤さん」
「……ああ…………2年前に離婚したけどな……」
「…………須藤さん…………聞いてもいいですか? 」
「……いいぜ。でも、お前が何を知りたがってるのかは分かる…………どうして自殺したのか…………それだろ? 」
「はい……」
「わかった……」
須藤さんは、緩みきっていた表情を一転、おふざけや冗談など一切感じられない、シリアスな雰囲気を作り、話してくれた。
「まず……お前に会った時にも言ったけど、オレはプロレスラーだ…………そこそこ人気だったんだぞ」
「すみません……知らなくて……」
「いいって……そんでよ……オレは団体のPRも兼ねて、病弱な子供の元に慰問したりして、慈善活動もよくやってたんだ……」
「そうだったんですか……」
「ああ…………子供たちはオレ達が来るとな、みんな初めは恐がるんだけどよ……だんだん懐いてくれてな……一緒に過ごす時間が楽しくてしょうがなかったよ……」
「その活動……須藤さんにぴったりだと思いますよ……」
「ありがとよ……でもな……オレはそれに力を入れすぎちゃったみてえでな…………ある時……どうしようもないことをしちまったんだよ……」
「……何が……あったんですか? 」
「舞台……オレには嫁がいて……息子もいたんだ……男の子で……オレに似ずにちょっと体が弱い子だった…………そんで……オレの息子は……」
須藤さんは突然言葉に詰まって、上手くしゃべることができなくなってしまった……そして両目からは大量の涙が溢れ出した……
「2年前に急に心臓発作を起こして……天国に行っちまったんだ……まだ、たったの2歳だった……」
「………………」
「オレはさ……オレは……何やってんだろうなぁ……息子が病院で苦しんでた時さ……オレは……他んとこの子供の所に慰問しててな…………何度もオレをよぶ携帯の音も無視して……自分の子供をほったらかして……オレは……のんきに自分のやってることに酔ってたんだよ…………ただの、ただの偽善者さ……」
「……須藤さん……」
「観てる人にに元気を与えたくてオレはプロレスラーになったのによ…………自分の家族が困っている時に、何もしなかった……何やってんだかな……嫁はそんなオレに幻滅して去って行ったんだ……弁解なんて何もできねぇ……」
「………………」
「それ以来……自分の生き方が分からなくて……睡眠薬を飲みまくる毎日…………それでここに来たってことだ……」
「須藤さん……」
気が付けば……ボクも涙を浮かべていた……あんなにも力強く……頼りがいのある須藤さんの過去を知り、半ば暴力的に涙腺が刺激されてしまったのだ……
ボクは彼を励ましていいのか……どうしていいのか分からなかった……ただ無言で、目を潤すことしかできなかった……
「……そんで舞台……白状するぜ……オレ、実はな……」
「なんですか? 」
「何度もお前を……無理矢理気を失わせて、脱落させようと思ってたんだ……」
「え……な……どうしてですか? 」
予期しない告白に、体が強ばった……まさか、何度も背中を見せていた須藤さんが……そんなことを考えていただなんて微塵も思っていなかった。
「お前の目がどことなくな……息子に似てた……なんとなくだけどよ…………お前を死なせたくなかった……どうにかして生き返って人生をやり直して欲しかった…………」
「…………そんな……」
「でも結局できなかった……というよりも単純にさ……」
「単純に……? 」
「お前と一緒にいる時間が楽しかったからな…………だから、お前を脱落させようだなんてこと、すっかり忘れちまったよ……」
そう言って須藤さんは子供のように無邪気な笑顔をボクに向けた……ボクも釣られて笑ってしまった。
「強奪チームのみんなと一緒に戦った時間……お前と一緒に時計台でタッグマッチをした時間……どれも楽しかった……そして、忘れかけてたプロレスの情熱がどんどん蘇っちまって…………プロレスをまたやりたくなっちまったんだ……」
「…………やっぱり、好きなんですね……プロレスが……」
「ハハ……そうみてぇだ……ホント……オレはどうしようもない人間だよな……ここまで来てよ……息子が待ってるハズのあの世へ行くよりも…………リングの上に戻りたくなっちまうだなんてな……」
「…………そんなコト……ないですよ……」
須藤さんの体に、うっすらと光を帯び始めた……心の中で"死にたい"よりも"生きたい"という気持ちが強まっている証拠だ。
「舞台……初めて会った時……約束したよな? 」
「……はい……」
「最後の2人になるまで……共闘しよう……って……2人になったら最後の1人を決めようって……」
「はい……」
「……その決着は……もうついた……オレに"生きる気"を起こさせた……お前の勝利だぜ……」
「須藤さん……! 」
「……このあとは……舞台……自分自身で決めるんだ…………」
須藤さんの体全体が発光していく……そして、足の先から徐々に小さな光の粒になって消失しようとしている……
「須藤さん…………今まで……ありがとうございました……」
「……オレのセリフだぜ……ありがとよ……舞台…………それとな……」
「……はい……」
「お前……[風]の力を使ってるときさ…………いつも……嬉しそうな顔……してたぜ」
それが、この自殺遊園地(スーサイドパーク)で須藤さんがボクに手向けた、最後の言葉だった。
光の粒に分解された須藤さんの魂は一つの球となり……ゆっくりと……ゆっくりと……上空へと昇って行った……
その光球を目で追い、小さな点になるまでボクは見送った……
そして……その時初めて、自殺遊園地(スーサイドパーク)の夜が明け初め……廃墟のような園内に優しい光が差し込んできた……
ふと、周囲を見渡して瓦礫の中に埋もれた電光掲示板に目をやると、そこには7本線のデジタル表記で[01]と映し出されていた……
今、この遊園地にいるのは……ボクだけなのだ。
ボクが……
ボクがこの戦いを制した……
50人もいた、この長い戦いで……ボクだけが残った……
■■【現在の死に残り人数 1人】■■
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