第二十五話 「お元気で」

■■■ 第二十五話 「お元気で」■■■




 みんなの力を合わせ、ようやく手に入れた"扉の鍵"。





 これは本来ならこの【自殺(スーサイダーズ)ランブル】にて勝ち残った優勝者にしか与えられない、いわばトロフィーのような物。その優勝者の証を、ボクたちチームはその結成理念の下、ついに強奪することに成功したのだ! 





 あとはこの地下通路から地上に抜けだし、あの世への扉が設置されている、遊園地のフリーフォール近辺までひたすら進むのみ! 





「ハァ……ハァ……」





 暗い一直線の長い通路を走り続け、5分は経っただろうか? ひとまず背後かられ~みんマウスが追ってくる気配はない。このまま逃げ切れば、何とか地上に戻ることは出来そうだ。





 逃げながら練(れん)さんと雪乃(ゆきの)さんが教えてくれたのだけど、ボク達が3つのグループに別れて行動を取っていた時、練さんの達グループAが通っていた通路にはなんと、地上へと繋がる階段があったのだそうだ……





 でも、その階段を発見した直後に、2人は背後かられ~みんマウスに襲われて気を失ってしまったらしい。本人達は脱落したのかと思っていたらしいけど、再びこうして行動を共に出来たことにとても驚いたのだとか。




 何はともあれ、ボクは再びみんなで行動を共にすることが出来て嬉しい。こうして必死に走って息を切らし、吐きそうな思いをしている中にも、一緒に鬼ごっこをしているみたいな"スリルの中の楽しさ"を共有していることを実感できた。





「ごめんなさい、須藤さん。わたし、重くないですか? 」





「余裕だ! オレはトレーニングで丸太を抱えながら走ってたこともあるんだぜ! 美徳(ぺぱみん)なんて空気みたいなもんだ! 」





 ボクの隣で走っている須藤さんの背中には、走ることが苦手な美徳(ぺぱみん)が背負われている。プロレスラーの男と、小学生と見間違えるほどに小さな少女との体格の差は、ゴリラとウサギを思わせるほどにギャップがあった。





 大きな背中にしがみつく美徳(ぺぱみん)には小動物的な愛らしさがあり、それと同時に須藤さんをちょっと羨ましく感じた……「あと身長が20cm身長が欲しい……」と真剣に考えた瞬間だった。





「ねぇねぇ! ぺぱみんって何? 」


「そうだよ! おれらが知らないうちに大沢ちゃんの名前どうしちゃったの? 」





 雪乃さんと練さんは中間発表の時、彼女のフルネームを見ていなかったらしい。コンプレックスにしていた本名についての疑問を無邪気に投げかける2人に対し、美徳(ぺぱみん)はちょっと照れくさそうに……





「わたしの本名です……大沢 美徳(おおさわ ぺぱーみんと)って言います……」





 と、改めて自己紹介をした。





「へぇ~可愛いじゃん、なんでもっと早く教えてくれなかったの? 」


「そうそう、激シブでいい名前じゃん。おれ、チョコミント大好きだぜ」





「……そ、そうですか……ありがとうございます……」





 練さんと雪乃さんの無邪気な言葉に、思わず美徳(ぺぱみん)は自分の顔を須藤さんの背中に押しつけて隠した。単に名前が可愛いと言われて照れてしまったのか、それとも今まで自分が名前を隠していたことへの自責の念でそうしたのかは分からない。





 ただ一つ確かなのは、世の中はいかに不条理か……ということだけ。





 なぜ、こんなにも心が広くて偏見の無い性格の練さんや雪乃さんが、自ら命を落とさなくてはならないのか……そして、そんな彼らが死んだ後もやりたくもない戦いを強いられなければならないのか……





 この【自殺(スーサイダーズ)ランブル】とういうシステムに、いよいよもって怒りを感じざるを得なくなった。





 れ~みんマウス……自殺者が増えたことでこの世の魂のバランスが崩れてしまうことには、自分自身少し罪の意識は感じ取ってはいるよ。でも、分かってくれ……





 ボクたちは好きで自殺をしたワケじゃないんだ……ってコトを。









「やっとここまで着いたぜ……」





 ボクたち強奪チームは、グループを作って拠点とした"六角形の部屋"にまでようやく到着を果たした。ここから練さん達グループAが通った通路を進めば、お目当ての地上まで戻るコトが出来る。





「練、ホントにあったんだな? 」





 瀬根川さんが念押しの確認を練さんに向ける。その手に握られた鉄製のリングには、ジャラジャラと10数個はある鍵が束ねられているが、そのほどんどの鍵先は砕けて使い物にならなくなっている。彼がこの鍵を手に入れる為に使った裏技が、想像以上に強力だったせいだ。





 ボクが確認出来るだけでは、マトモに使える鍵は1つだけ……まさに何が何でも鍵をもぎ取ろうとする、彼の執念が生み出した結果だ。





「ホントだってば。おれ達が進んだ先には、でっかい螺旋階段があってさ」

「YES! それを登れば、きっと地上へ戻れるハズだよ! 」





 確信にかける情報ではあったけど、今はその言葉を信じて進むしかない。ボク達は背後から迫ってくると思われる、れ~みんマウスの恐怖から未だに解放されていないのだから。





「そんじゃ急ぐぞ! みんな離れるなよ! 」





 須藤さんがチームの士気を促し、いざ通路の先へと進もうとしたが、何やら走栄(そうえい)さんだけが、身動きを取ろうとせずに部屋の虚空をじっと見つめている……何かあったのだろうか? 





「走栄さん? 」





 ボクが声をかけると、走栄さんは口に指を当てて「ちょっと静かに! 」のサインをみんなに向けると、今度は真上の天井に向けて首を大きく反らした。





「何か……聞こえませんか? 」





「何か? 」





 神妙な現象を目の当たりにしたような走栄さんの態度に、チーム内は緊張が走る……





 何か聞こえる……? 





 ボクは耳に手を当て、今まで意識していなかったこの空間の音に対して神経を向ける。





 ゴゴ…………





 確かに……





 ゴゴゴゴゴゴ……





 確かに聞こえる……





 ズゴゴゴゴゴゴゴゴ……





 工事現場を思い出させる、堅い物をひたすら削りとるような、震動を伴ううごめき音……





 ガガガガガガガガガガガガガガガ! 





 そして気がついた。それが……徐々にこちらに……天井の奥からこっちに向かって……





 ガガガガガガガガガガガガガグオオオオ! 





 近づいていることに! 





「ズガグオオオオオオオォォォォーーーーンッ!!!! 」





 地下内に轟音が反響した……





 そして砕け散ったアスファルトのような固まりが辺りに散らばり、砂煙が立ちこめてぼやけた視界から、天井にポッカリとマンホールの様な穴が開けられていることが分かった。





「なんだ? 何が起こった!? 」





 それは、ボクたちにとって、あまりにもイレギュラーな光景だった。





「クソバカ野郎! なんなんだよ? 」


「みんな大丈夫ですか!? 」


「今度はなんだ!? 」


「練! 」


「雪乃ッ! 大丈夫か! 」


「まさか……上から来るとは……」





 パニックになりかけるチーム内。全員目の前で起こった出来事を上手く受け入れることが出来なかった……





「まさか、こんなところに人がいるとはのう……それも大勢……」





 強固な天井を突き破り、突如現れた1人の人間……




 空手の胴着に身を包んだ初老(と思われる)の男は、部屋の隅で野垂れ死にしたトンボの死骸を見るような、淡々とした口調でそう呟き……ボクたちの姿をジッと観察している。





「お主ら……ちょっと知らんかの? 人を捜してるんじゃがな……セーラー服を着て、メラメラ燃えとる子じゃ」





 セーラー服とメラメラと言えば、1人しかいない……その胴着の男は、どういうワケなのか本草 凛花(ほんぞう りんか)を探しているようだった。あの他者を寄せ付けない絶対的な実力者に、一体何の用があるのだというのだろう? 





「んー……その様子だと、みんな知らんようじゃな……そうかそうか……





 黙りこんでいたボクたちの様子から察し、収穫無しだと判断した胴着の男はたっぷりと蓄えられた髭をなでつつ、こちらに敵意の無い笑顔を向けて言葉を繋げる。





「男4人に……娘っ子2人か……なるほどのう。ま、2分ってところじゃろうな」





 2分? 一体何を言っているのだろう? 何が2分なんだろう? 





 ……と、呑気な疑問を浮かべていた2秒前の自分を殴りたくなった。





「ハァッ!!!! 」





 胴着の男は、ボクたちと同じく【自殺(スーサイダーズ)ランブル】の参戦者なのに……生死をかけて戦う敵同士だっていうのに……





 鍵を手に入れて浮かれていたのかもしれない。胴着の男が一瞬で作り出した"殺気"に飲み込まれて、ようやくボクたちが蛇の巣穴に放り込まれた子ネズミなのだと、ようやく理解した! 





「うぉああああぁぁぁぁッッッッ!!!! 」





 狭い地下空間を飲み込むかのような雄叫び! 





 ボクたちの魂を抜き取ってしまうかのような気迫! 





 パチパチと唸る電気を纏わせた、鍛え上げられた二の腕が、牙となってボクたちに向けられる! 





 誰も動けなかった……誰も臨戦態勢をとるコトができなかった……





 逃げ場の無い地下空間で、全員がこの男に一掃されてしまうのか? 





 やられる…… その言葉が頭をよぎったその時……





「ハァッ!! 」





 ボクの真横を、"何か"が高速で横切ったことを、巻き上げられた空気が肌に当たる感触で理解した! 





 「ぐあっ! 」





 胴着の男は吹き飛ばされて壁に激突! その攻撃は封じられた。





「みなさん! 急いで! 」





「走栄さん!? 」





 胴着男の動きを封じたのは、走栄さんだった。彼が高速移動の【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】を使い、男に強烈な体当たりをお見舞いしたのだ! 誰もが指一本動かせなかった状況で、彼がただ1人、迅速な判断と行動力でこの場を救ってくれたのだ! 





 ……しかし! 





「ズゴガゴォォォォーーーーン!! 」





 走栄さんの攻撃で、部屋に強い震動が再び襲ったことにより、天井が再び崩れ落ちて無数の瓦礫が壁のように積み重なってしまった。





「走栄さぁぁぁぁーん! 」


「走栄ィ!! 」





 あろうことか瓦礫の壁は、ボクたちと走栄さんとの間を分断するように積み重なってしまい、彼は胴着男と"向こう側"に閉じこめられてしまった! 





「走栄さん! 待っててください! スグにそっちに向かいます! 」


「おう! オレの毒液でなんとかしてやるぜ! 」





 ボクと須藤さんは、走栄さんを救出する為に壁を破壊しようと試みるが、その向こう側から聞こえた張り上げ声により、それを中断させざるを得なかった。





「ダメだ! みんなは先に行ってくれ! ここは僕が食い止める! 」





「そんな!! 走栄さん!? 」





 走栄さんの無情な提案……ボク達は、ハイそうですか。と簡単にその言葉通りにするワケにはいかなかった。





「走栄! すぐに助けるから待ってろ! 」


「走栄さん! 」





 ボクたちが走栄さんの提案を無視しようと決め込むも、彼はそれを許さなかった。





「ダメだ! そんなことをしたら全員やられる! それに忘れるな! れ~みんマウスだってこっちに向かっているんだ! 僕を置いて先へ進め! それがベストなんだ! 」





「そんな……」





 確かに……走栄さんの言っていることは正しいのかもしれない……あの胴着男は、その雰囲気だけでただ者では無いことが分かる……例え壁を壊して共闘したとしても、何人かは犠牲が出ることは間違いない。





 さらに、れ~みんマウスだ。彼(?)に追いつかれてしまっては、全てが水の泡だ……鍵を盗んだペナルティとして、強制脱落させられてしまう恐れもある……





 でも……だからと言って、みすみす走栄さんをこのまま残していいのか? 共に戦った仲間を切り捨てるなんて……何か方法は……どうにかしてこの状況を打開できないか? 





 頭を巡らせても良い考えは浮かんで来ない……先に進むか、壁を壊すか……その2つしか手段が生まれないことに焦りを募らせる……





 どうする? どうすればいい? 





「……先に行こう」





「え!? 」





 チームリーダーの瀬根川さんが、ボクの……いや、チーム全員の迷いをポッキリ叩き割る無情の決断を下した……





「でも、瀬根川さん! 」





「舞台! 」





 ボクが反論しようとするも、須藤さんがそれを止めた……その表情は、怒っているようでも、悲しんでいるようでもある、どこか"悟り"を感じさせる顔つきだった。須藤さんも、瀬根川さんと同じく、走栄さんの救出を諦めて先に進む決心をしたのだ……苦渋の決断を下したのだ……





「みんな、行こう……」





 ただそれだけ。須藤さんは、ただそう言ってボク達を地上への通路へ促した。





「走栄さぁん! 」


「そうえいさん! 」


「走栄さん! 」


「走栄! 」


「走栄さんッ! 」





 ボクも、美徳(ぺぱみん)も、練さんも、雪乃さんも……もちろん瀬根川さんと須藤さんも、それぞれの想いを込めてその名を呼んだ……





 彼はおそらく助からない……でも、その意志はしっかりと受け継いで、無駄にさせたくはない。だからみんな、誰一人「ごめん」だとか「すまん」だとか、謝らなかった……





 彼を置き去りにするということを、後ろめたいことにしたくなかったからだ。それが、1人で強敵に挑むことを決断した走栄さんに対する、最大限の敬意なのだと……ボク達は自然と感じ取っていた。





「舞台くん!! 」





 地上へと進む通路へと足を踏み出した瞬間、壁の向こうからボクの名を呼ぶ走栄さんの声が聞こえた。





「走栄さん! 」





「美徳(ぺぱみん)を……しっかり守るんだぞ! 」





「はい! 」





「みんな……ここまで楽しかった! 会えて良かった! それと……今から死ぬってのにこんなコトいうのは変だけど…………お元気で! 」





 その直後、壁の向こうで車が衝突するようなけたたましい音が鳴り響き、それを合図にしたかのように、ボクたちは走ってその場を後にした。




 何も喋らず、全員が無言でひたすら、疲れも忘れて走り続けた……悲しんでる暇は無い……ボクたちはやり遂げなければならない……心を強く保とうとしていた。





 でも、ボクは知っている。最後尾を走っていたボクの頬には、何度か頬に、水の粒がぶつかった感触があったことを……





 そして、ボクたちが目的の螺旋階段までたどり着いた頃、走栄さんのモノと思われる光の球体が、素早くみんなを追い越して天高く昇っていった。





■■【現在の死に残り人数 8人】■■









■■【5分前】■■





「さっきからちょこまかちょこまかと! 」





「スピードだけには自信があるんですよ」





 たった一人で3つの能力を兼ねそろえたランブル最強の一角、神成 雷蔵(かみなり らいぞう)の足止めを買って出た走栄。





 高速移動の【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】である【暴走王の孤独 (ランナーズハイ)】を駆使し、何とか雷蔵の攻撃を避け続けて防戦一方ながらも着実に時間を稼いでいた。





 このままの調子でいけば、あと数分は持ちこたえられる……





 車 走栄は、雷蔵と対峙しながら、過去の自分自身の姿を思い浮かべている。





 僕は、広告代理店に勤め、機械のように仕事をこなしてきた……週に10時間しか寝られない時もあった……我ながら、よくも今日まで持ちこたえていたな……と関心するよ……





 奴隷のような待遇にも関わらず、上司に文句一つ言えずに身を削る毎日……何度もこの仕事を辞めようかと心の中で決めつつも、結局は何もできず、自分を守る勇気すらなかった自分……





 よくがんばったよ、僕は……本当にご苦労様……そろそろ体を休ませてあげたいよ……





 でもね……まだそうにもいかないみたいなんだ……はは、僕ってヤツは、死んだ後でも自分の体を投げ出して、こうしてワケの分からない敵と対峙している……本当におめでたいヤツだ……





 でもね……今日はちょっとだけ違うんだ……





 これは、僕を必要してくれて……一緒に笑い合った仲間の為にやっていることなのさ、自分を守ることが怖いワケじゃない……ヒロイックな気分に酔いしれているからじゃない。断言できるよ……





 今僕は、すべきコトを自分の意志で行ってるんだ。





「さぁ! 来い! 仙人被れのエセ格闘家め! 例えお前が僕を倒すことが出来たって……僕の魂に刻まれた志(こころざし)を消すことはできない! 」





 走栄は本能的に……生まれたばかりのヤギが誰にも教わらなくとも4本の足で立ち上がろうとするように、自然な流れで両手の指を地面に突き、陸上競技にて用いられる"クラウチングスタート"の体勢を作った。





「ほう……」





 全身から蒸気のようなモノを吹き出させ、満ちあふれる闘気を発散させる走栄の姿に、雷蔵も思わず唸る。





「さぁ! 行くぞ! 僕の全身全霊のパワーを受け止めて見ろ! 」





「面白い! ならばこっちも行くぞォ! 【螺旋風雷縛掌(らせんふうらいばくしょう)】!!!! 」





 2人は磁石が引かれ合うように真っ直ぐ突き進み、正面衝突を起こした! 





 衝撃波が走り、床に膜を張っていた砂埃が波紋状に広がり、遅れてビルが崩れ落ちたかのような大規模な壊音が轟く。





 ああ……やっぱり駄目だったか……





 全身の骨が砕け、体が煮くずれたミートローフになっていく感覚の中、走栄は思った。





 みんな……僕はね……生き返ったら…………嫌いだった上司に言ってやろうと思っている言葉があるんだ……





 みんなが見ている目の前で、こう言ってやるのさ……





 今までお世話になりました……ってね。




■■■自殺ランブルの能力紹介18■■■


【裏技名】悪夢の最終兵器~激突2秒前~ (2セカンズ・トゥ・ナイトメア)

【能力者】車 走栄(くるま そうえい)[28歳]

【概要】

 暴走王の孤独(ランナーズハイ)に隠された裏技。両手を地面に突き、クラウチングスタートのような体勢を作ることで発動できる。

 全身を硬化させた状態になり、高速移動の能力を高めて音速を越えるスピードでの体当たりをすることができる。

 しかし方向転換は不可能な上、なおかつ一度この裏技を発動させると、代償として視覚を10分間失うことになる。ハイリスクハイリターンの最後の手段と言える技だ。




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