第二十六話 「私の行く先」
車 走栄(くるま そうえい)との戦いを終えた神成 雷蔵(かみなり らいぞう)は、再び自身の目的である本草 凛花(ほんぞう りんか)の姿を探し始め、地下空間を走り回っていた。
「とんだ邪魔者が入りよってからに……全く凛花ちゃんめ、ワシとの戦いを放り出してどこに行きよった」
独りでグチをこぼす雷蔵。アスファルトのように固い地面を裸足でペタペタ突き進んでいる彼の表情からは、明らかに"イラつき"の感情が読みとれた。
時折壁を殴り壊して音を立て、凛花を誘い込もうとするも反応なし。
逃げられたのか? このワシを恐れて……?
思わず自分自身で興をさますような言葉を思い浮かべた雷蔵だったが、その心の声を聞きつけたかのように、暗くて狭い通路に立ちはだかる人影が現れた。
「ん? 凛花ちゃんなのか? 」
しかし、その正体は彼が探し求めていた者ではなかった。
「残念でした☆ 雷蔵さん♪ 」
タキシードを着込み、ネズミを模した頭部を持った異形の者……
「フン! あんたか……れ~みんマウス」
「こうやって面と向かって話をするのは初めてだねぇ……☆ 」
「そんなコトはどうでもいいわい。それよりあんた、凛花ちゃんがどこにいったか知っとるか? さっきまで戦っていたのに、いきなり予定を思い出したかのようにどっかに行っちまってのう」
「悪いけど、案内人は中立な立場でなくてはならないんだ☆ それを教えることは出来ないのさ♪ 」
「それならもう用は無い。さっさとどけ! 気色悪いネズミ頭め」
雷蔵の凄みにれ~みんはワザとらしく怯える素振りを作った。
「あ~恐い☆ 恐い☆ 」
ふざけた態度を取る案内人を押しのけ、通路の先を進む雷蔵。彼にとってはれ~みんですら"One of them(その他大勢)"に過ぎなかった。"我こそが最強"という誇張ではない自信が、彼に尊大・剛胆・不適な態度を作らせていたのだ。
「それじゃあな、ネズミ頭」
「……ねぇ、雷蔵さん☆ 」
れ~みんは先を急ぐ雷蔵を引き留めた。
「なんじゃ!? 」と振り返る雷蔵。彼の拳は力強く握られていた。
「雷蔵さん……さっきの戦いで、10人目だよね? 参戦者を倒した数☆ 」
「フン! いちいち数えとらんわ! 」
怒りを露わにする雷蔵をよそに、れ~みんは話を続けた。
「凛花ちゃんは今回19人……圧倒的だね☆ ちなみに彼女は過去のランブル戦で25人を脱落させたという記録を打ち立てている……これは歴代2位の成績なんだ♪ 」
「凛花ちゃんが歴代2位……だと? 」
戦いに関する話題だったからか、れ~みんの話に雷蔵は興味深い態度を示し始めた。自分にとって最強のライバルよりも多くの人数を脱落させてきた人物とは一体誰なのか……? 彼の関心はそのことで大きく揺れた。
「実はね……雷蔵さん。その歴代1位の戦績を納めた人物が、今回も参戦しているんだよ☆ それにまだ、今なお"死に残って"いる……」
「誰だ! 誰なんじゃそいつは? 」
まさかの情報に、気が気でいられなくなった雷蔵。まさか凛花の他にも隠れた強敵がいたとは、パイの欠片ほどにも思っていなかったからだ。
「教えてあげよう☆ この情報は、今回のランブル戦には関係無いからね♪ 」
「頼む! 誰なんだ!? 」
「わかったよ☆ その選手は、過去のランブル戦で30人もの選手を脱落させてね……」
「30人……!! 」
その数字は、前参戦者の半数以上という驚愕の数字。大きく唾を飲み込み、雷蔵はその者の名前をしっかりと頭に刻み込む準備を整えた。
「その男の名は……"須藤 大葉(すどう おおば)"。君も見たことあるだろう? 体がデカくてマッチョなヤツさ……☆ 」
■■■第二十六話 「私の行く先」■■■
走栄さんが身を挺して時間を稼いでくれたおかげで、ボクたちは無事に、地上へと戻るための"螺旋階段の間"に到着することが出来た。
ボクたちを取り囲むように渦を巻きながら作られた螺旋階段。それを登った先を目で追って見上げると、そこには天井が無くポッカリと穴が開けられていて、真っ暗な夜空に点々と輝く星々の姿があった。間違いない、この階段を登った先には確実に"地上の遊園地"がある。
久方ぶりに仰ぐ空の姿に一瞬だけ心を奪われるも、そんなコトをしている余裕はない。ボクたちは一刻でも……一秒でも早くこの階段を駆け上り、"あの世への扉"まで急がなければならない。
「長ぇ階段だな……」
体力には自信のある須藤さんでさえ「こんなのはゴメンだ」とばかりにそびえ立つ螺旋階段の長さにため息をもらした。無論、ボクや他の仲間も同様だ。この階段を普通に一段一段登っていたら、それだけで10分は掛かりそうだ。さっきの胴着男やれ~みんマウスに追いつかれる可能性もある。そもそも体力的にも苦行を強いられ、登り切った頃には足がプリンのようにプルプル震え上がっているだろう。
この階段の存在は地味ながら、ボクたちの大きな障壁となっている……
でも、それも"普通"に登ったら……という場合に限る。
「舞台くん! 」
美徳(ぺぱみん)もそれは理解していた。いや、彼女だけでなく、チーム全員がボク達"風使い"によるショートカットを期待してくれていた。
「頼む、お前達の"風"で俺達を上まで運んでくれ! 」
瀬根川さんに言われた通り、ボクと美徳(ぺぱみん)の【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】を使えば、真上にジャンプしてあっという間に地上へ戻るコトが可能である。
ボクと美徳(ぺぱみん)はお互いに顔を合わせて頷き合い、自分たちに課せられた使命を確認しあった。
「みなさん、ボク達の近くに集まってください! 」
上昇気流を生み出す紋章の大きさは直径4m。ボクと美徳(ぺぱみん)が同時に"右手"で紋章を作って、須藤さん・瀬根川さん・練さん・雪乃さん達と共に、お互いを飛ばしあい、地上にまで昇っていくという算段だ。
「ホント、便利でいいねぇキミたちの能力は。それに比べておれなんか……」
「NONO、そんなコト言ってないで急ぐよ」
練さんが言うように、ボクの能力【吹けよ風、呼べよ痛み (ワン・オブ・ディーズタイムス)】確かに便利で何度も窮地を助けられている。
生きていた頃、何度も苦痛を与えてきたヤツらに、潰れたトマトのようになったボクの姿を見せつけて少しでも罪悪の念を抱かせてやりたい……という"ネガティブで前向き"な動機で選んだ飛び降り自殺が、今こうして仲間の為に大いに役立っているというのが皮肉だった。
「それじゃあいきますよ! 3・2・1……」
「「0(ゼロ)!! 」」
ボクと美徳(ぺぱみん)が作った2つ紋章より発せられた烈風により、強奪チーム全5名は無事に飛び上がり、頭上に待ち受ける漆黒の空間へと引っ張り上げられた。
全身で風を受け、視界の端からどんどん螺旋階段が通り過ぎて行った。
この戦いも、もうすぐ終わる……戦わずに鍵を奪うという目標も果たし、あとは扉を開けるだけ……それでボクたちは全てを終わらせることができる。
三田さんや強奪チームの仲間。戦い、助け合った仲間達との思いが心を過(よ)ぎる……
本草 凛花(ほんぞう りんか)に感じた既視感はなんだったのだろうか? そして、須藤さんは一体なぜ自殺をしたのだろうか? などと、疑問に残ってしまったところもあるけど、それらは知らないままでもいいことなのだと抑え込んだ。
もう、終わるのだから。憎しみも悲しみも全てこの自殺遊園地(スーサイドパーク)に置いて、無色透明な世界へと旅立つのだから……
ほら……上空には夜空に一点、満月の光が一際激しく輝いている……
ボク達を暖かく迎え入れるように……燃え上がるように……どんどん……どんどん近づいて……近づ……
いや、待て! 近づきすぎだ!
違う! あれは満月なんかじゃない! 上昇しているボクたちに向かって、"何か"が真っ直ぐとこちらに向かって落下して来ている!?
「うがぁッッ!!? 」
気がついた頃にはもう遅かった……空から降り落ちて来た発光体は、仲間の内の"誰か"と正面衝突! 風のシールドを張ることもできず、為す術がなかった……
「何なんだよ今のは!? 」
衝突を避けたメンバー達は無事に地上へと昇りつめたものの、突如現れた飛行物体の攻撃により、それどころではなくなっていた。
「今のはまさか……! 」
「間違いない……アイツだ! 」
須藤さんと瀬根川さんが感づいたように、ボクもその飛行体に検討がついていた……あんなコトができるのは、ただ一人しかいない!
「本草 凛花(ほんぞう りんか)!! 」
そして……その攻撃の的になってしまったのは……
「練! レェェェェンッッッッ!! 」
上昇を中断させられて、遙か真下の地面に突き落とされてしまった最愛の人の名を叫び続ける雪乃さん……
炎を操る最強の参戦者によって突き落とされたのは、練さんだった……凛花に狙われてそうなったのか、それともたまたま攻撃の矛先に彼がいたせいでそうなったのかは分からなかった。
ただ一つ言えるのは、仲間がまた一人やられてしまったコト……ゴールを目前にして、5分と経たない内に2人も脱落させられてしまったのだ……
「練! 無事なの!? 返事をしてよぉぉーッ!! 」
「雪乃さん! あぶない! 」
「放して! 練が! 練が下に! 」
今にも練さんの元へと飛び降りようとしている雪乃さんを、美徳(ぺぱみん)達が必死に抑えつけようとするが、その華奢な体からは信じられないほどの力でふりほどこうしている。それほどまでに、彼女は練さんのことを想っていたのだ……
「待って雪乃さん! まだ練さんは無事なハズだよ! 」
ボクはとにかく雪乃さんを落ち着かせようとした。参戦者が脱落した場合、その魂は光に変わって空へと吸い込まれていくハズ。練さんの光はまだ未確認。彼がかろうじて意識を保っている証拠だ。
練さんの姿を確認しようと、ボクは螺旋階段の間を地上から見下ろす。そこには遙か真下に、ロウソクの光のような明るい"点"がじんわりと輝いていた。あれがおそらく、本草 凛花……!
そしてその小さな光は、どんどんと大きさを増して周囲にある螺旋階段を明るく照らして濃厚なシルエットを作りだしながら、こちらに向かって来ている……! その光景だけで、ボクは恐怖の胸騒ぎを激しく躍動させてしまっていた。
「狙いが……外れたのね……」
練さんを突き落とした張本人は、アトラクションの照明によってわずかに照らされた闇夜を、体に纏った炎で照らしながらそう呟いた。まるで、ゴミ箱に向けて投げたティッシュが外れてしまった。くらいの平坦な感覚で……
「この野郎! よくも練を! 」
凛花の姿を目の当たりにした雪乃さんは、反射的に【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】を発動し、氷の棺桶から吹雪を発生させて報復に出た!
「無駄なの! 」
しかし、その力及ばず……地上に降り立った凛花は猛吹雪を意に介さず、火球を棺桶に撃ち込んで燃やし、蒸発させてしまった。彼女にとって、Lv1の冷気攻撃など冬の空っ風に吹かれた程度にしか感じていないのかもしれない……
「うっ……」
たじろぐ雪乃さん。ボクたちも凛花の攻撃に備えて身構えるも、ハッキリ言って彼女に勝てるビジョンなど全く浮かんでこない。
れ~みんの時のようにハッタリやズルでどうにかなる相手ではない。彼女の力は、全ての小細工を無に返すほどに圧倒的であり、無双……
生身の人間がどれだけ鍛え上げようにも象には敵わないのだ……
「そっちの攻撃はもう終わりなの? ……それならこっちから攻めさせてもらうの! 」
両手に火球を作り出す凛花……その高熱は離れていても皮膚の産毛をチリチリと焦がすほどに熱く……以前片手を燃やされてしまった時の恐怖が蘇り、足が震える……勝てない……とボクは悟った……
「はぁあああッ!! 」
両手を後方に振りかぶって羽のような構えを取る凛花。次の瞬間には炎のボールがこちらに向かってくるだろう……須藤さんも、瀬根川さんも、雪乃さんも、そして……美徳(ぺぱみん)も、体を焼かれる苦しみを味わいながらやられてしまうのか……?
いや! 違う!
「おい! 舞台!! 」
「舞台くん!? 」
須藤さんらの呼びかけを無視し、気がついたらボクは凛花の前に立ちはだかっていた……
風のシールドを作る暇も無かった……一回でも彼女の攻撃の的になって隙を作り、みんなの盾になろう……ただ、そう思った。
いきなり攻撃範囲に飛び込んできたボクの姿に、さすがの凛花も目玉を飛び出させるほどに驚いている……それほどまでにボクの動きはイレギュラーだったのだろう……でも……ちょっと待って……?
「ううっ!!? 」
違う! 彼女は多分、ボクではなくて他のコトに気を取られていたのだ! なぜなら……彼女の背後には信じられないことに……
「こんな激シブな技……もっと早く使いたかったよ」
練さんの姿があった!? いや、正確には……練さんの姿をした"ガス状"の幽霊みたいな存在があった!!
「あんた、まさか!? 」
「みんな! 構わず扉に向かってくれ! コイツはおれに任せろ! 」
練さんの幽霊はそう言うと、凛花を羽交い締めにし、そのまま一緒に後方へジャンプして螺旋階段の真下へと飛び降りてしまった!? 一体何が起こったのか理解できない!!
「練!? 練だったの!? 」
飛び降りた練さん(?)の姿を追うようにして雪乃さんが飛び出す。10数mはあろう高さから凛花と共に落下した彼は、おそらくガスの【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】である【銀白のけむり (シルバーヘイズ)】に隠された裏技を使ったのだろう。
練さんの雪乃さんを守りたいという気持ちが奇跡を呼び込み、裏技のトリガーを導き出したのかもしれない……なんにせよ、ボクたちは彼のおかげで凛花の魔手より逃れることができた……
ぼくたちは、また助けられてしまったのだ……
「えぇいッ!! 」
予想だにしなかった展開に唖然としていたボクたちだったが、雪乃さんが突然右足を大きく地面に振り下ろして氷の棺を作り出していた。
「雪乃さん? 何を!? 」
彼女は作り出した氷の棺を横に倒し、それを手で押して階段の方へと滑らせた。まるで霊柩車に納棺するような所作だったが、それだけで雪乃さんが何をしようとしているのか見当がついた。
「ごめんねみんな……私(ゆきの)、練のところに行くから」
「待て! まだ凛花(アイツ)は死に残ってるんだぞ! 危険だ! 」
「そうだ、ここは練の言う通りだ……オレ達だけで扉に……」
瀬根川さんと須藤さんが説得するも、雪乃さんは、涙を流しながら柔らかな笑顔を作って首を振り、それを拒絶した。
「ありがとう……でも駄目なの……私の行く先には練がいないと、駄目なの」
「雪乃さん……」
「みんなでここまで一緒にこれて楽しかったよ……出来れば……死ぬ前に会いたかった」
雪乃さんは棺を下り階段へと押してその上にまたがった。まるでボブスレーのソリのように、氷の棺はどんどん滑り出して螺旋階段を下っていく。
「じゃあねみんな! GoodLuck! 」
「雪乃さん! 」
彼女が最後の言葉を残して滑り下りた跡には、削り落とされた氷がダイヤモンドのよう光輝いて周囲を照らした。
「舞台くん! みんな! 」
美徳(ぺぱみん)が突然声を張り上げ、ボク達に提案する。
「一緒に……雪乃さんと一緒に戦おうよ! 今度は走栄さんの時とは違うよ! 助けられるんだよ!! 」
「美徳(ぺぱみん)……」
彼女の必死な叫び……そう。確かに今ならまだ間に合う。みんなで協力して練さんも雪乃さんも助けられるかもしれない。
ボクと美徳(ぺぱみん)がシールドを作って攻撃を防ぎ、練さんが編み出した裏技で凛花を拘束……その間に残ったメンバーが攻撃を仕掛ける……そうだよ……冷静に考えればボク達だって十分に戦えるじゃないか……!
「美徳(ぺぱみん)のいう通りだよ……! 戦おう! 戦ってみんなで扉に行きましょうよ!! 」
「だけどよ舞台! どうやって戦おうってんだ!? 」
「大丈夫ですよ須藤さん! 可能性はあります! だから……」
「だから……どうした? 」
可能性はある……
……いや……"あった"……
ほんの2秒前までは……確かにあった……
ボクの視界に入った……ある人影を見つけるまでは、確かにあった……
「嘘だろ……」
「なんでだ……なんでだよ……!! 」
「そんな……」
絶望……絶望の中でのさらなる絶望……
その男は、ボク達の目の前に突然現れた……
絶対にいて欲しくない人間が1人、仁王立ちでコチラに不敵な笑みを向けていた。
「また会ったのう、お前ら……さて、死合(しあ)いに付き合ってもらおうかのう? 」
走栄さんが必死の思いで引き留めた、あの"胴着男"が目の前にいた。
前門の虎、後門の狼。ボク達は完全に逃げ場を失う……
なんで? ボク達はただ死にたかっただけだったのに……なぜこんなにも乗り越えなければならない障壁が立ちはだかってくるんだ……! もううんざりだ……
「なんでだよ、死ぬことぐらい皆平等にさせてくれよォォォォ!! 」
■■【現在の死に残り人数 8人】■■
■■■自殺ランブルの能力紹介19■■■
【裏技名】静かな煙、静かな夢 (スティルスモーキング、スティルドリーミング)
【能力者】墨谷 練(すみたに れん)[19歳]
【概要】
銀白のけむり(シルバーヘイズ)に隠された裏技。仰向けに倒れた状態でガスを発生させることで発動できる。
ガスで自分の分身を作り出し、それを自由自在に操って攻撃することができる。ガスの分身は自分の半径30m以内 (※Lvによって距離は変わる)まで宙を漂って移動すること可能。攻撃されてもダメージを受けることは無く、物を掴んだり殴ったりすることができるが、その間は本体が無防備になるというリスクがある。
Lv2以上であれば、可燃性ガスで分身を作り出すことでき、火を使って自爆して攻撃するというコトもできる。
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