第二十一話 「スタジアム!! 」

■■■自殺ランブルのルールその21■■■


案内人(れ~みんマウス)には参加者に与えられた【特殊能力(スーサイダーズコマンドー)】を没収する権限は無い。ただし、一時的に使用不可の状態にすることは認められている。




■■■ 第二十一話 「スタジアム!! 」■■■





 ■ ■ グループB (須藤・瀬根川 ) ■ ■






「なんだこりゃ? 行き止まりか? 」





 須藤 大葉(すどう おおば)&瀬根川 刃(せねがわ じん)によるグループBは、地下通路を真っすぐ進んでいく内に奇妙な空間に突き当たり、これ以上進むことが出来ずに立ち往生してしまっていた。





「割れた煎餅が茶筒に詰まってる……みたいな場所だな……」





「瀬根川、もうちょっといい例えはねぇのかよ? 」





「うるせぇ! 」





 彼らがたどり着いた場所は、まるで巨大な煙突の中を思わせた。直径が20mはある円形の壁に囲まれ、上を向けば闇が覆っていて天井がどれほどの高さにあるのかが分からない程だ。





 そして床は瀬根川が言うように、丸い煎餅を二つに割ったかのような半円の石畳の地面が、ちょうど空間の半分を満たすように作られている。





 向こう半分には足場は無く、これまた底が見えない程に深い穴が出来ていて、下に降りることも出来そうにない。完全に行き止まりだった。





「どうする瀬根川? 引き返すか? 」





 これ以上は無駄だと判断した須藤だったが、瀬根川はこの場所に何かを感じ取ったのか、レンガを敷き詰めたような壁を注意深く観察し、隠し扉か何かはないか? と探り始めた。





「おいおい、多分この部屋に長居しても無駄だぜ。戻って他のグループと合流した方がいいんじゃねぇか? 」





「いや、俺はこの場所に何かあると睨んでる。もう少し探してみよう」





「なんか根拠はあるのか? 」





「いや、俺がそう思っただけだ。俺がそう"判断"した」





 須藤はあくまでもこの部屋に留まる瀬根川に対し、大きく溜息をついてその場であぐらをかいた。





「おい瀬根川。初めて会った時から気になってたけどよ。なんかお前、妙に自分の"決断"とか"判断"とかこだわるよな? もうちょっと柔軟に周りの意見も聞いたらどうだ? 」





 それは須藤にとって、カタカタうるさい貧乏ゆすりを指摘するような、何気ない一言だった。しかし、瀬根川にとってその一言はどうしても聞き捨てならなかった台詞だったようだ。





 突然彼は手にしていた日本刀を全力を込めて床に突き刺し、静かな怒りのこもった表情を須藤に向けた。





「お、おい! どうしたってんだ? 何もそんなに怒らなくてもいいじゃねぇかよ」





 さすがの須藤も、あまりの豹変さに少しうろたえ、思わず床に転がしておいた西洋剣(ロングソード)を手に取った。





 二人の間に緊張が走る。しばらく無言でお互いに視線を外さずに睨み合っていたが、徐々に瀬根川が落ち着きを取り戻し、そのまま刀から手を離して須藤と同じようにあぐらをかいて座り込んだ。





「すまん……ちょっと取り乱しちまった」





「瀬根川……」





 その瀬根川の態度に、須藤は今になって大事なことを思い出し、自分の言葉が軽率だったと自戒した。あまりにも当たり前のことで忘れていたのだ、彼も人生に絶望して自ら死を選んだ人間だということを……この自殺遊園地(スーサイドパーク)にいる人間は、自分も含め、誰もが触れて欲しくない痛みがあるということを……





「オレこそ悪かった……すまねぇ」





 素直に謝罪した須藤の態度が意外だったのか、瀬根川はそれに対して上手く反応出来ず、焦げたトーストを噛みしめたような表情を作って黙り、再び静寂が生まれた。





「須藤……」





「どうした? 」





 数十秒続いた無音空間を取り払うように、瀬根川はゆっくりと口を開いて語り始めた。





「俺は、長い間両親のいいなりになって生きていた。着る服も、観たいテレビ番組も、付き合う友達も、学校の選択科目も、進路も、就職先だって……親の顔を伺いながら、自分で決断することをしないまま、大事な10代、20代を過ごしてきた」





「過干渉ってヤツか? 」





「まぁ、そうだな……ハッキリ言ってコレは呪いだ。子供にとっちゃ親は絶対的な存在だから……そうやって与えられたモノを黙々とこなしていく内に"人が正しいと言うのならそれが正しい"って公式が頭の中で出来上がっちまって、主体性を失くしちまってることに気が付かないで大人になっちまったんだ……自分自身で決断することの出来ない人間が、社会で上手く生きられるはずもない……でもな、先月仕事をクビになって絶望した時にな、オレは初めて自分が自分の為にやりたいことをようやく見つけて、それを実行することが出来たんだ……」





 瀬根川の人生初めての決断。それが何なのかは最後まで言わずとも、須藤には簡単に察しがついた。





「それで……自殺遊園地(ここ)に来たってことか……」





「……まぁな」





 瀬根川が"決断"にこだわる理由。それは、生前自分自身が抑制され続けたことによる反動だった……それと同時に、最初で最後の"決断"による自殺という行動を、自分自身で正当的なモノとして折り合いを付けたいという気持ちによるところもあった。





「なるほどな……」





 須藤はゆっくりと立ち上がり、瀬根川に手を差し伸べた。





「分かったよ瀬根川、お前の判断に任せる。確かにこの場所は怪しいからな……もうちょっと調べる価値はありそうだぜ」





 差し出された手に躊躇しながらも、瀬根川もそれに応じて立ち上がり「わ……わかりゃいいんだ……」と、少し照れくさそうに言葉を返した。









 ■ ■ グループC (舞台・走栄・大沢 ) ■ ■





「うわぁぁぁぁ! 何これ? すごーい! 」





 大沢さんが無邪気にはしゃいでいる中、ボクと車 走栄(くるま そうえい)さんは、その壮大さにただただ圧倒され、言葉を失って開口状態に陥っていた。





「凄いな舞台君……」





「はい、まさか地下に"こんなもの"があるだなんて……」





 ボク達グループCが地下通路をひたすら歩き進んでたどり着いた場所。そこには、プロレス等の格闘技イベントを、今すぐにでも始められそうな立派な"スタジアム"が待ち構えていたのだ。





 円形のすり鉢状に広がる客席は二千人は軽く収容出来そうなほどに広く。天井には無数のスポットライト、選手が入場する為の花道やゲート。そしてプールほどの面積があるんじゃないかと思われるオーロラビジョンまで備えられている。





 ボク達の進んでいた通路は、このスタジアムの客席ゲートに繋がっていたのだ。





「ボク、よくテレビでアメリカンプロレスを観るんですが……その会場にそっくりです」





「となると……ここは能力者同士を戦わせる為のコロシアムってことなのか? 」





「そうかもしれません……でも、それにしてはちょっと奇妙です、あれを見てください」





 ボクが指摘した奇妙な点とは、ここが格闘技会場であれば、円形に広がった観客席の中心にロープの張られた四角いリングがあるはずだけど、そのような物は見当たらず。代わりにあるのは直径が20mはありそうな丸い穴がポッカリ空けられていた。





 ボク達3人で穴の近くまで恐る恐る近寄ってみると、その穴には1mほど下方の地点に石畳の足場があることが分かった。しかし、その足場は円の半分を満たす面積しか取り付けられていなくて、陳腐で安っぽい表現だけど、例えるなら半分に割れた丸い煎餅が茶筒にはめ込まれているような状態だった。





「これは……凄いな」





「ふ……深いね、舞台くん……」





「そうだね……」





 足場の反対側にポッカリと開けられた穴は、深淵と呼ぶに相応しいほどに全く底が見えないほど深く、もし落下してしまったらまず助からないだろう。一緒にひざまずいて穴を覗き込んでいる大沢さんは恐怖のあまりか、いつの間にか僕の手を握りしめていた。そうなるのも無理はないだろう……





 しばらく3人で闇の世界の入口を思わせる巨大穴に魅入っていると、走栄さんが突然立ち上がり「なるほどね……」と呟いた。何かこの場所の秘密が分かったのかな? 





「舞台くん、大沢ちゃん。ちょっと頼みがある」





 走栄さんはそう言って、何やら悪戯めいた笑顔を僕達に向けた。一体頼みってなんなんだろう? 





「僕は、この会場内に何か隠されていないか探ってみる。その間、君たち二人はこの穴から何か異変が起きないかを見張ってて欲しいんだ」





「え、あ……はい! わかりました! 」





 何か重大な仕事でも頼まれると思いきや、思いのほか単純なモノだったので、気を張って損した気分になった。それに、探索なら手分けしてみんなでやった方がいいのに……





「それじゃ、何かあったらスグ呼んでくれよ」





 走栄さんは親指を立てながらそう言い残し、颯爽(さっそう)と客席のベンチをかき分けて入場ゲートの奥の方へと姿を消してしまった。その後ろ姿がどこか楽し気な様子を醸(かも)し出していたのはなんでだろうか……? 





「行っちゃったね走栄さん」





「そうだね……」





 ボクは穴の足場がある方へ移動して、円の淵に腰かけるようにして座って見張ることにした。大沢さんもボクの隣に同じようにして座る。





 【自殺(スーサイダーズ)ランブル】に巻き込まれてからは戦いや逃走の連続で、こうして特に何もすることなく、ボーっと動きを止めているのは三田さんと出会った時以来だった。





 三田さんは今頃生き返ってどうしているだろうか? 





 彼女のことを思い出し、ポケットの中にしまっておいた三田さんのピックを取り出そうとした。





 ……でも、なかなか見つからない。





 あれ? 反対側のポケットだったかな? それとも……あれ、こっちにも無い……。





 最悪の可能性が徐々に色彩を帯び、額に汗がにじむ……





 まずい……これってもしかして……





 やっぱりどこにもない……





 失くした……というヤツでは……





「舞台くん? もしかして、コレを探してる? 」





 ボクの慌てふためいた様子を察した大沢さんは、小さな手を差し出してその上に乗せられた金属の欠片のような物を見せてくれた。





「これは! 」





 「May」と刻印された銀色に輝く三角形……間違いない、正真正銘三田さんのピックだった! 





「これだよこれ! よかったぁ! ……でも、なんで大沢さんが? 」





「ごめんね、実はコレ瀬根川さんが拾ってくれてたみたいで……わたしが舞台くんのグループと合流したいって相談した時にさ『それならコレもついでに渡してやれ! 』って頼まれてたのをうっかり忘れてて……」





 なんと、あの瀬根川……さんが拾ってくれていたとは意外だった……多分、飢獣(モンスター)と戦っているドサクサで落っことしてしまっていたのだろう。何はともあれ、大事な形見を失くさずに済んで助かった。





「ありがとう、大沢さん」





 無事ピックを受け取って、次こそはしっかりとズボンのポケットにしまっておこうとしたボク。しかしここでどういうワケか指の間からピックがすり抜けてしまい、その小さな金属片は弧を描き、あろうことか巨大穴へと吸い込まれるように飛んでいく……





 ……あ、マズイ! 





「舞台くん! 」





 それに反応して、大沢さんが身を乗り出してピックをキャッチ! 一難は去ったが、しかしもう一難! 咄嗟のことで力の加減を間違えたのか、彼女は思いっきり穴の方へと飛び込んでしまっていた! マズイ、このままでは下に足場があるとはいえ危険だ! あの足場に乗っても平気だという確証はまだ無い! 





「大沢さん! 」





 反射的に大沢さんの背中から抱き付くようにして腕を回し、全身全霊の力を込めて彼女を引っ張り上げた! 





「ヌウウウウゥゥゥゥッシッ!! 」





 須藤さん何度も戦いの中で使っていた"ちゃぶ台返し"を間近で見ていたことが幸いだった。何かを持ち上げる時は"ヘソ"で重心を捕えると力を込めやすいということを学んでいたおかげで、大沢さんも無事に落下の危機から救えることが出来た。





「ハァ……ハァ……」





 気が付いたら、ボクは倒れた大沢さんの上に"馬乗り"になるような体勢になっていた。そして……ボクは、たった今……ようやく置かれた状況と、ここまで至る流れを理解し……全身の血液が超高速で循環している感覚に陥った……





 走栄さんの笑み……そういうことだったのか……





 そう、ボクは……今更気が付いた……





 さっきまで、女の子と二人っきりだったのだ! ボクは! 





 そして目の前には……床に叩き付けられた勢いで黒縁メガネが外れ、さっきまでとは違った少し大人びた印象を作り、頬を赤らめた大沢さんの顔があった……





「だ……だめだよ……舞台くん……こんな……イキナリ、そういうことは……」





「え……? あ! 」





 ボクの右手には懐かしい感触があることに気が付いた……いや、懐かしいと言ってもまだほんの2~3時間くらい前のことなんだけど……





 この自殺遊園地(スーサイドパーク)に来た直後のことだ……縄の能力者である甲州 蛍(こうしゅう ケイ)さんと空中でぶつかった時に味わった(味覚で、という意味ではなく)あの感触……彼女の時とは違い、ややサイズは小さいものの……その温もりと柔らかさは手の平の触覚を伝い、脳に興奮と安堵をもたらし……全身を生暖かいヴェールで包み込むような……





 ……いや、なに冷静に分析しているんだボクは! 





「ごめんなさぁぁぁぁいッ!! 」





 すぐさま立ち上がって彼女から離れようとするも、ラバーコートの床に突き刺して放置していたコンバットナイフ(瀬根川さんの能力で作った物)につまづいてしまい、顔から派手にドシャリとすっ転んでしまった。





「ぐぇえッ! 」





「舞台くん! だいじょ……」





「へ……平気だよ、大沢さん……」





 床に叩きつけられたボクの両鼻腔は、盛大な鼻血のドリンクバーと化していた。生暖かい感触が唇と下あごを伝い……鉄臭い匂いが頭に抜けた。





「舞台くん……そんなに……鼻血を出しちゃうなんて……そこまでベタな反応をするなんて……」





 ボクの鼻から流れる血液を見て、どういうワケか照れくさそうな表情を作る大沢さん。




「はは……」





 走栄さんがこのやり取りをどこかで覗き見していないことを祈る。





■■【現在の死に残り人数 8人】■■





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